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足跡の理由  作者: 瓜葉
第2章 そっちとこっち
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生まれてくること 4

沙耶の弟が生まれた。


35週での早産だったけれど、大丈夫そう。

でも破水から始まったお産だったので沙耶も真理子さんも狼狽えていた。


男の俺が冷静でいられたのは、牛の出産に立ち会った経験があったからだ。

でもこんなこと言ったら沙耶に怒られそうだから絶対言わない。


パニックになる沙耶と真理子さんを落ち着かせ病院に向かう。


やっぱりそのまま分娩だと言われて、俺はお袋に電話した。

取り敢えず入院に必要なものを聞こうと思ったのだ。


「幸平に指示しているより私が買って行った方が早いわ」


と買い出しを引き受けてくれた。


真理子さんの性格を考えたら、きっと用意しているだろうけど

留守宅にお邪魔するのは気が引ける。

おじさんだって、どれぐらい把握しているかわからないと思う。


病院に荷物を持ってきてくれたお袋は、沙耶のママのこと口にする。

別れたとはいえ元夫の浮気相手の出産に娘が付き添うのは、やっぱり面白くないだろうな。



10時過ぎにおじさんが病院に到着したのを機に俺たちは帰ることにする。

でも沙耶が「もう一度赤ちゃん見ていく」と言うのでNICUに寄った。


ガラス越しにいつまでも見つめている沙耶。

それは母性?それとも兄弟愛?


いつか、未来の沙耶もこうして我が子を見つめるのかな……



夜遅くに帰宅した俺たちだったけど、翌日の飛行機を変更するわけに行かない。

そしたらおばさんの恋人が空港まで送ってくれることになった。

遠慮したけど、結局甘えている俺たち。


「昨日はご苦労様。幸平君が一番落ち着いてたんだって?」


迎えに来てくれた車にはおばさんも乗っていて、会うなりそういわれた。


「いやーそうでもないですよ」


おばさんの意図がわからず曖昧な返答を返す。


「9月の終わりだって聞いてたから驚いたわ。それにしても出張の時に産まれるなんて兄弟よね」

「「へっ?」」

「沙耶も信哉の出張中に産まれたのよ。結局、立会出産は出来なかったのね」


ご機嫌で話し続ける沙耶のママ。

隣に座る沙耶を見ると、ちょっと脹れている。

親子喧嘩でもしたのかな?


俺の疑問は飛行機の中でようやく解決したのだ。


「ママったら真理子さんとパパのこと、とっくに許しているって言うのよ。信じられない。あの病院を紹介したのだってママなんだって。不妊治療の権威がいるとかで。パパと別れたのは価値観の違いで浮気はそのきっかけに過ぎないから、沙耶もパパと真理子さんを許してあげなさいって」


墓穴を掘らないよう注意深く言葉を選ぶ。


「沙耶も許してるんだろう」

「そりゃ、そうよ。あんなに可愛い赤ちゃんが産まれたんだよ。私の弟」


思い出して微笑む沙耶。


「ママが教えてくれなかったことに怒っているのよ、私」

「でもさ、もう少し前ならママにも裏切られたって怒りモードになってたんじゃない」


ちょっと突っ込み過ぎかと思うけど聞いてみる。


「うん、そう思う。子どもだったんだね、あの頃は」


沙耶が背負っていた負の感情に区切りがついただろう。

良かった。本当に良かった。


「だから私、ママにも再婚勧めたんだ」


大ゲンカするほど嫌がってたのに、おばさんのことも許せたのだと思う。



「……幸平」

「何?」

「幸平のおかげ」

「俺の?」

「そう、自分でもコントロールの出来ない感情があるって気が付いた」

「コントロール出来ないって?」


沙耶の言いたいことなんとなく気が付いているのに、わざと聞く。


「……どうしようもなく好きだってこと」


早口で言うと沙耶は仮眠用に借りていた毛布を頭まで被ってしまう。

普段、なかなか口にしてくれない言葉に俺は嬉しくて仕方がない。


「俺も沙耶のこと、どうしようもなく好きだよ」


毛布なり抱きしめてささやいた。




沙耶と出会うため生まれてきたと思う時がある。










<おまけの話>


沙耶に札幌の街を案内する。


時計台、赤れんが庁舎、大通り公園。

羊ヶ丘展望台には車を借りて訪れる。


「幸平、大丈夫?運転できるの?」


なんて失礼なこと言っていたのに、帰り道では熟睡してたから、それなりに安心してくれたのだろう。


円山公園に行って動物園にも寄った。

もちろん自分の大学にも連れて行く。

友人たちがジンギスカンを用意してくれて一緒に食べた。

堂々と俺の彼女ですと紹介できて嬉しかった。



美味しいものをたくさん食べて、写真もいっぱい撮った。

買い物もいっぱいした(主に沙耶だけど)


……でも、買ったものの多くが生まれたての弟のもの。

赤ちゃんを連れた人にやたらと目線が行き、微笑んでいる。


あんなサルみたいな奴に沙耶の関心が向いているのは面白くない。

恐るべし弟。


そして、ふと思った。


将来、きっと自分の子どもにもあんな優しい視線を向けるのだろうと。


生まれてくる子どもに。









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