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足跡の理由  作者: 瓜葉
第2章 そっちとこっち
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生まれてくること 3

大学3年になり、周りは就活の話が出始めた。でも私は司法試験に挑戦のため就職はしない。


両親は離婚しているけれど、私への負い目なのか、ただの親ばかなのか「お金の心配はしなくて良いから」と二人とも言ってくれる。


だけど父親のところにはもう直ぐ子どもが生まれる。

元妻の子どもに養育費を払うのは夫婦喧嘩のもとになるのではないかと心配になるけれど「大丈夫だ。沙耶は何にも心配しなくて良い」と言われた。

私が納得していないと思ったのか真理子さんからも電話がある。


「信哉さんは沙耶ちゃんの父親なのよ。愛情表現だと思って受け取ってあげて」


経済的援助だけでもしないと落ち着かないとも言われる。

真理子さんが計算高い人なら嫌いになれるのに……

お人好しで泣き虫で、自分のことは後回しにしてしまう。


ママと離婚した後、すぐに再婚しなかったのは、真理子さんが自分を許せず、父の求婚を受け入れれなかったかららしい。

「3年経っても私のことを好きだったら」と言われて、本当に3年待った父。

そんなこと知ったら憎めなくなるじゃない。



だから私のバイト代は交友費になっている。

そして今は北海道への旅費をためるため。


夏になったら東京で落ち合って、幸平と一緒に北海道に行く計画を立てていた。



夏休みの後半になり予定通り実家に戻ったけれど、明後日には幸平と北海道に行くことになっている。

ママは寂しがってる。

ごめんね。


埋め合わせに1日はママとデート。

相変わらず私のファッションに文句を言う。

でも前のように反発はせず、ママの選ぶものを着るようになった。


「私の娘で美人なんだから。ほら、よく似合う」

ママは着せ替え人形のように私の服を選び喜んでいる。

こんな親孝行もありかと最近は思うようになった。


今回は北海道旅行での衣装選びとなっている。

そんなに気張りたくないんですけどって不満を言うけど聞き入れてはくれない。


途中で荷物が多くなりすぎてママの恋人が呼ばれる。


私が大学生になれば直ぐにでも結婚するかと思っていたのに未だに恋人同士のまま。

ママより年下の男は尽くすタイプのようで、突然の呼び出しなのにイソイソとやってきた。


そのまま夕飯を一緒に食べることになる。


高校生のころは反発して、ママの恋人と一緒に食事をするなんて考えられなかったけれど、今は平気になっている。

時間が解決してくれたのか、それとも私が成長したのかな?


デザートを食べながら「結婚したら」と口にした。

ママと彼である榎本さんはビックリしている。


「本当にいいの?」


ママが訊く。


「いいよ」と迷いなく言えた。

一緒に住むのは嫌だけどねって心の中で付け加えたけど。



次の日、私は幸平と一緒に父の家を訪ねた。

父は香港に出張しているらしいけど、今回の訪問の目的は真理子さんだから良いの。


約束通りの時間にインターホンを鳴らす。

直ぐに応答があり玄関のドアが開かれる。


久しぶりに会った真理子さんは少しふっくらして、大きなお腹になっていた。

リビングで冷たいお茶をいただく。


私はバックから白い袋に入ったものを取り出して真理子さんに渡した。


「私に?」


真理子さんの問いに頷くと、彼女はおずおずと袋を手に取る。

中味は安産の御守。


私はいつからこんなにも信心深くなったのだろう。

幸平の受験の時にもご利益があったのだからと、ふと思いついて買ってしまったのだ。


買ってから渡すべきかすごく悩んだけれど、今、目の前で涙ぐんで喜んでくれている姿を見ると来てよかったと思う。

部屋の中に生まれてくる赤ちゃんのためのベビーベットがある。


なんだか古ぼけている気がする。


「それは沙耶ちゃんが使っていたものなんですよ。信哉さんの実家に置いてあったのをいただいてきました」

「新品、買えば良かったのに」

「……不快にさせたらごめんなさい。でも私はこれが良かったの。この子のお姉さんが使ったものだから。年齢もずいぶん離れてしまっているし、私が生む子だから沙耶ちゃんには迷惑かもしれないけれど、この子の兄弟だから同じものを使ってあげたかった……」


真理子さんの思いに胸が詰まる。大人の事情と生まれてくる子どもは関係ないはずなのに背負ってしまうものがある。

私の兄弟。


あんまり長居をしてもいけないと思っていると、真理子さんが「あっ」と声をあげてしゃがみこんでしまった。


「大丈夫ですか?」


狼狽えた顔をしている真理子さん。


「破水してるかも……」

「えっ?どうしよう」


私もドキドキしてくる。どうして良いのかわからない。

なのに幸平が落ち着いた声で真理子さん話しかけた。


「破水しているなら病院にいった方が良いと思います」

「そうします。ごめんなさい、せっかく来ていただいたのに……」


立ち上がろうとする真理子さんを幸平が止める。


「一人で動くは危険です。一緒に行きますから、病院の場所を教えてください」

「でも……」


遠慮する真理子さん。もう遠慮するのもいい加減にして!


「一緒に行きます!!!」


思わず大きな声になってしまう。


「ありがとう。病院は近いので…」

「診察券はどこですか?それからバスタオルを何枚か欲しいのですがどこにありますか?」


幸平がテキパキと指示をして、タクシーを呼び一緒に乗り込んだ。

かかりつけの病院は大学病院で混んでいたけれど、早産の可能性があるとのことですぐに診察を受けれることになった。

診察の結果、もう陣痛も始まっていて、このまま出産になりそうとのこと。


私は慌ててパパに電話する。

すぐに仕事を切り上げて、帰国の手配をするとは言っていたけれど、早くても夜にならないと帰れないらしい。

35週は過ぎているから、小さい赤ちゃんでしょうが大丈夫だと思いますと先生は言ってくれるが心配でたまらない。


私たちが訪ねたから破水して早産になってしまったのだろうか?

私の杞憂を真理子さんが笑う。


「沙耶ちゃんたちが居てくれて良かった。病院まで無事に来れたもの」


私の方が慰められてる気がする。


初産の人は時間がかかると聞いたことがあるのに、真理子さんの陣痛の間隔はみるみる短くなっていく。

パパから連絡がある。

飛行機のチケットが取れたけれど、病院に到着できるのは10時ごろになるらしい。


生まれちゃうよ。


帰っていいと言われても、陣痛で苦しんでいる真理子さんを一人にできなかった。

幸平のお母さんが取り敢えず必要と思われるものを買ってきてくれる。

さすが看護師さん。


でも私と幸平に荷物を渡すと、さっさと帰って行く。


「祥子さん(私のママのこと)が大切だから、私は会わないわ」


その言葉にハッとする。

ママがどう思うかまで気が回らなかった。


私がここにいることでママを傷つけるかな……


そのうちに分娩室に運ばれる真理子さん。

パパは立ち会うつもりだったらしいけれど、間に合わないよ。


分娩室の前にある長椅子に幸平と並んで座る。

膝の上で握りしめてる私の手を幸平が包んでくれる。


「大丈夫だよね」

「大丈夫だよ。ここは大学病院で小児科もあるんだから」


頑張れ、真理子さん。

頑張れ、兄弟。



ホギャーホギャーホギャー


産声が聞こえた。


無事に生まれたんだ。



目頭が熱くなってくる。

私、感動してる?


しばらくすると赤ちゃんが保育器に入って分娩室から出てきた。


「1958gの男の子ですよ。ちょっと小さいのでNICUで様子を見ますね」


小さな保育器に入った赤ちゃん。肌はほんのりピンク色。

ちっちゃな手が動く。


生きている。


男の子だから弟なんだ。


看護師さんが保育器を押していくのを不思議な気持ちで見送った。

だって「生まれてきてくれて、ありがとう」って思っているんだもん。



その後、真理子さんが病室に運ばれてきた。

そしてパパが到着。


「真理子、大丈夫か?」

「ごめんなさい、私のせいで……」


早産してしまったこと詫びる真理子さんだけど、パパは何度も「お疲れさま、ありがとう」を繰り返している。


「先生が問題ないと太鼓判を押してくれたんだから気にしなくて良いよ」


パパと真理子さんの醸し出す雰囲気が甘くなってきたので、私たちは病室を後にした。


帰る前に、もう一度NICUに寄りガラス越しに弟と対面する。

かわいいなぁ。


「初めまして、私がお姉ちゃんだよ」


私のつぶやきに幸平が笑う。

慌てん坊の弟君だけど、君の生まれる瞬間に立ち会えて、本当に良かった。


ありがとう。


















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