遠いけど近いこと
「君が好きだ」
昨日の夜、小牧先輩から言われた。
全然気が付いていなかった私はただただビックリするばかりで、幸平の存在を話して逃げるように帰ってきた。
ランニング同好会の会長である小牧先輩は今年4年生で、身長は175センチくらいで割と細見で、面倒見がよくって、みんなから信頼されている人。ファンを公言する人も多数いる……
素敵な人には違いないと思うけど、ごめんなさい、私的な思いはありません。
幸平に相談したいと思って、しばし悩む。
一応でも彼女の私から、先輩から告白されたけど、どうしよう・・・なんて相談、おかしいと断言できる。
いや断ればいいだけだよね。
次の日、迷ったけれど何事も無かったようにサークル活動に参加した。
先輩のそばに近寄らないように走れば良いと考えてたけど、そんなに簡単に行くわけがなかった。
2年になって新入生も入ってきたのに、相変らず一番後ろを走っている私。
なのに私の横に小牧先輩はやってくる。
「昨日はごめん。驚かせちゃったね」
そう言われても返答に困る。聞こえないふりをして走り続けるしかないじゃない。
「迷惑だった?」
そんな恐れ多い感情を持ったことはない。
先輩ファンに睨まれちゃうと思いつつ首を振る。
良かったと笑顔を浮かべる先輩。
「東京で就職が決まったんだ」
話の脈略がわからなくて、しどろもどろに「おめでとうございます」と口にした。
「ありがとう。東京出身だから、向こうの企業に絞って就職活動してたんだ。
だけど内定もらって嬉しい筈なのに、急に淋しくなった。
理由を考えたら君の顔が浮かんだんだ。
懸命に走る君の姿と時折見せる笑顔に惹かれていると思う。
もちろん付き合っている人がいるってことは知ってるけど、俺にもチャンスがあるんじゃないかって」
「はぁ」
何とも間抜けな返事。
いつの間にか二人とも走るのを止めている。
手がつなげるほど近くに小牧先輩がいて、もうどうしていいのかわからない。
「……やっぱり困らせてるね。でも、あきらめない性質だから、俺」
小牧先輩はそう言って私の手首を掴んで走り出す。
「あっ、えっ?」
引っ張られるように私も走り出した。
隣を走る小牧さんをそっと窺うと目が会ってしまう。
ニッコリ微笑まれて、私は顔が赤くなるのがわかる。
もう嫌だ。本当にどうしたら良いんだろう……
私の困惑をわかっているのか、小牧先輩はそれ以上、その話題に触れることはなくランニングは終了となった。
「飲みに行こうぜ」
他の先輩たちからの誘いもバイトがあるからと逃げ出した。
同じ塾で講師のバイトしている麻美も抜けだしてくる。
「小牧先輩に告白されたん?」
二人になったとたんに言われる。
「えっ、わかる?」
「わかるよ。ずーっとアプローチされてたやん」
「???そうなの?」
なんで麻美が気が付いているのに私はわからなかったのだろう。
「遠距離恋愛がうまくいってるから、他の人は目に入らんかったんよ、沙耶は」
「そんなことないと思うけど。それにうまくいくも行かないも全然会ってないからケンカも出来ないじゃない」
「遠距離恋愛って会えないことがケンカの原因になるんよ」
「へーそうなの?」
麻美の言葉を何度も考える。
会いたいとは思うけど、会えないことが不満ではない私。
幸平に対する気持ちは恋ではないの?
なんだか自分の気持ちに不安になる。
そんなこと思っていたからだと思うけれど、久しぶりに幸平の夢を見た。
それもちょっとエッチな夢。
そういう欲求って男だけじゃないって身をもって知る。
会いたいな……
来月になれば夏休みになる。
今年も同じ時期に東京に帰ろうと約束している。
その日、ポストに幸平からの手紙が届いた。
猫と犬と馬の写真。
授業ではなく、街で見かけて撮ったらしい。
馬はさすがに牧場だと書いてあった。
日曜日に牧場でバイトしているんだって。
――― 沙耶が京都で頑張っている姿を思い浮かべて俺も頑張るから。
他の女には目もくれず、最近、夢中な奴らを同封します ―――
ちょっと顔をかしげたような犬の顔アップ
道路で長~く寝そべってお腹を見せてる猫
馬の後姿、それも首から前の流れるようなライン
良い写真。
手帳に挟んでおこうとバックに手を伸ばしたら、洋服の裾で写真を下に落としてしまった。
何か裏に書いてあるみたい。
小さい字。でも見覚えがある癖字。
『しぐさが似ている』『Hな…』『ポニーテールした時の首元』
涙が出てきた。
寂しいけど、会いたいけど、我慢できる。
それは相手が幸平だから
「ごめんなさい、私、他の人のこと考えられません」
それが私の答え。