ランナーズハイ 5
SIDE:沙耶
タッタッタッタッ・・・・・・・気持ちよくリズムを刻む。
頭の中を真っ白にして、ただひたすらに走る。
京都は不思議な町。
知らない間にタイムスリップしてしまう気がする。
そこここに自然が溢れている。
暑い夏が過ぎ、短い秋が訪れて、そして冬がやってきた。
ランニングは毎日の日課となり、同好会の活動が無い時でも一人で走る。
そんな時の定番が、とある神社の境内を抜けるコース。
大きな木々に囲まれた小さな神社。
有名な神社ではないけれど由緒があるらしい。
自分のために祈ったことは無いけれど、今は願う。
幸平が自分の力を信じて頑張れるように、
体調を崩さないように、
夢を叶えるための第一歩が踏み出せるように・・・・・・
相変らず幸平への手紙には伸び悩むジョギングの記録を書いている。
そんなの読んでも面白くと思うけど幸平は頑張っていると褒めてくれる。
だから私は、手の中に小さなお守りを握って走るのだ。
神頼み。
こんなに応援しているのだから神様だって手を貸してと合格祈願のお守りを握り締め、私は今日も走る。
SIDE:幸平
年が明けセンター試験を迎える。
今更、焦っても仕方が無い。
自分でも信じられないくらい頑張ったのだから、これで駄目なら仕方がないと思う。
会場に着き自分の席を探す。
見つけた場所に腰を下ろし、カバンを置く。
筆記具と受験票を出してから、ポケットに手を入れた。
そこには沙耶からもらったお守りがある。
お正月に沙耶に少しだけ会った時には、夏休みに会った時のような焦燥感を抱くことはもう無かった。
早朝の初詣。
耳が痛くなるような寒さだ。
「寒くない?」
と沙耶に訊かれたから手を繋ぐ。
「これで寒くない」
近所の神社に行き、ガランガランと鈴を鳴らす。
俺は願い事ではなく、頑張ると誓った。
その後、二人で並んで手を合わせ境内に出ていた屋台で甘酒を飲んだ。
寒い中で飲む甘酒は体をホクホクさせくれる。
参拝の人の列を眺めていると沙耶が俺の手に何かを握らせた。
「これ、幸平に」
手を開いてみると、お守りだった。
袋に入っているわけではないお守り。
握り締めていたのか、沙耶の温もりが残っている。
「神頼みなんて、らしくないと思ったけど、気が付いたら買ってたのよ。だから・・・・・・」
言い訳のようなに理由を付け加える沙耶の言葉を遮るように俺は抱きしめた。
沙耶の頭の上にあごを乗せて、ありがとうと言う。
そのお守りを握りしめた。
だから、大丈夫。
いつも通りに出来ると思う。
俺は大きく深呼吸をして試験の開始を待った。
SIDE:沙耶
幸平の合格の知らせを聞いて不覚にも泣いてしまった。
「沙耶が泣くことないだろ」と幸平に笑われる。
わかっているけど、ほっとしたのだから仕方がない。
自分のことよりドキドキしてた。
朝からずっと、本当はもう何日も前から胃が痛いほど緊張してたんだから。
受験生の母の心境かもと自分で思ってしまうほどだった。
電話を切っても興奮状態が治まらない。
第1希望に合格。
やるじゃん!
じっとしていられなかった私はトレーニングウェアに着替えて外に出た。
挑戦しようと思っていたランニングコースを走ろうと思ったのだ。
たぶん10キロぐらいになる。
軽く準備運動をして私は走り始めた。
速くはないけれど、少しづつ走れる距離は伸びてきた。
走りながら私は幸平のことを思った。
どれほど頑張ったのだろうか。
幸平のひたむきな姿が好き。
ボールを真剣な眼差しで追いかけていた様子は今でも思い出せる。
……言ったことはないけれど。
走る距離が3キロを越え、5キロを過ぎ、自分でも初挑戦の距離になってくる。
相変らずノロノロペースなのだと思うけど、私は走り続けた。
頭の中が真っ白になって行く。誰かが後から押してくれているような不思議な感覚。
楽しい。
苦しいけれど、楽しい。
辛いけれど止めたくない。
これがランニングハイなのかもしれないと頭の片隅で思う。
ゴールに決めていた神社に着き、鳥居をくぐった。
何とも言えない高揚感。
私、走りきった。
そして幸平にあげた物と同じお守りを取り出した。
社の前で2礼2拍手1礼の正式な形で参拝をする。
温まった体に冷たい空気が心地よい。
そして誰も居ないことを確かめて私は大声で言った。
「幸平、合格おめでとー!!!」
SIDE:幸平
合格した。
信じられない。
大学は遠方なので電報で報せが届く。
震える手で紙をめくると『ゴウカク』の文字が目に入った。
隣で控えていた母に渡す。
「良かったね」
ホッと肩で息を付き、ポツリと言う。
「ありがとう」
心配してくれてありがとう。イライラしたり不機嫌だったり、本当にごめん。
母は父へ電話をしている。
職場にまで連絡するなんて恥ずかしいだろと思うが止めることはできないよな。
「今夜は外でお祝いしようって、お父さんが」
受話器を置いた母が言う。
わかったと返事をして自分の部屋から沙耶へ電話をかけた。
おめでとうの声が涙声になっている。
お袋とは普通に話していたのに、沙耶の声を聞いているうちに実感がわいてくる。
人生初めて、あんなにも勉強したと自分で思う。
受験勉強は大変だったけれど、最後の方はやった分だけ自分の力になるように感じられ拍車がかかっていた。
夕方、今度は沙耶から電話があった。
10キロ近くランニングしてきたらしい。
「興奮して、勢いで走っちゃった。ランナーズハイって感じだったんだ」
と言う沙耶の言葉に俺も頷く。俺もそんな感じだったのだ、きっと。
沙耶が苦手だったことに挑戦している様子は、俺の励みになっていた。
伸び悩み、迷走する記録が送られてくるたびに、俺は温かい気持ちになっていた。
それがどんなに力になっていたことか沙耶は知らないだろう。
だから恥ずかしくても伝えたい。
「沙耶、支えてくれてありがとう」
そして合格したら言おうと決めていた言葉。
「離れていても沙耶が好きだから」
俺の言葉に沙耶の気配が固まって、それから小さな声が聞こえる。
「私も」
その言葉は聞こえないほど微かだったけれど、俺は嬉しかった。
遠距離恋愛。
受験生に大学生。
いろいろ障害はあるけれど、二人の絆は繋がっていると思う。
これからも、きっと。
今は携帯やネットで発表が見られるそうですね。
ちょっとだけ前の時代です。