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足跡の理由  作者: 瓜葉
第2章 そっちとこっち
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ランナーズハイ 4

SIDE:幸平


久しぶりに会った沙耶は健康的に日焼けしていた。


「これでも日焼け止め塗っていたのよ」


そう言いながら沙耶は笑った。

5月に会った時には思わなかったけれど、笑顔が変わった気がする。


しゃべっていると沙耶の口から失敗談が次々と出てくる事にも驚いた。

自分の弱い部分を見せないように頑張っていたのに変わったのだと思う。

苦手なことを認めて笑い飛ばせる強さが出来て良いことなのに俺の気持ちは複雑だ。


俺の胸中を知ってか知らずか沙耶はランニング同好会の話を続ける。


沙耶の話を聞きながら俺は寂しかった。

なんだか置いて行かれた子供のような気分に陥る。


目の前で楽しそうに話す沙耶。

Tシャツにハーフパンツ姿が眩しくて仕方が無い。

素足に、細い手首に、そして胸の膨らみに目が行ってしまう。

小麦色に日焼けした肌と首元からうかがえる水着の痕。白い肌……


「幸平!」


やばっ。


沙耶に名前を呼ばれるのあと少し遅かったら押し倒していたかもしれない。


「な、何?」


理性を取り戻せて良かった。

リビングにはお袋もいるんだった。あぶねぇ。


俺の考えなどお見通しのように沙耶は怒っているように見える。


「拗ねないでよね」

「えっ?」


拗ねる?誰が?

俺が、何で?


「俺は勉強ばかりしているのにって顔してる」

「してない」

「してる。邪魔みたいだから帰る」


そう言って沙耶は立ち上がる。

勝手に人の気持ちを決めつけるなと怒りがこみ上げてきた。


「帰るなよ!」


俺が強引に沙耶の手を引っ張ると、よろめいて倒れてきた。


「うわぁっ」


沙耶を抱えたまま俺もひっくり返り、ゴツンと頭をぶつけた音がした。

図らずしも沙耶を抱きかかえる格好になってしまう。


怒りはスーッと収まって行くが、今度は柔らかな沙耶の感触に脈拍が速くなる。


触れたくて堪らなかったのだ。


沙耶の夢を何度も見た。


「沙耶」と名を呼び、そっとキスをする。

二人の視線は絡まったまま、さっきまでの距離が消え失せる。


「ここでは駄目」


沙耶が小さな声で言う。

俺は沙耶の背中に手を回してギュッと抱きしめる。


そして財布になけなしの小遣いを入れ、沙耶を家から連れ出した。





SIDE:沙耶


幸平を励ますために帰って来たのに、彼の顔から笑顔が消えて行く。

苛立ち、焦燥感、諸々の感情が伝わってくる。


私も迂闊だったと思うのだ。

充実した学生生活の話をしてしまうなんて思いやりがない。


私が同じ事をされたのなら怒り狂っていただろう。

幸平も怒っていたと思う。


そして私を求めてもいた。


それは私も同じ。

幸平に触れたかった。

体温を、温もりを感じたかった。


認めたくないけれど、頑張ってるって褒めてもらいたい私がいる。


初めての一人暮らし、大学生活、ランニングにバイト。

充実しているようで、本当はいっぱいいっぱいの状態だったのだから。


張り詰めた気持ちを解して欲しかった。

だから、優しく抱きしめて・・・・・・


甘い言葉なんていらないから、照れながら繋いだ手で十分。


気持ちも身体もコントロールなんて出来ないと感じるのは幸平だから?

幸平とずっと一緒に居たいと思っている私と、やりたいことを手放せない私。

どっちも私。


突き詰めて考えると矛盾してしまうから、今はまだこのままでいい。






SIDE:幸平


バイトが休めないからと沙耶は1週間もせずに京都に戻っていく。

あの日以外は勉強の邪魔をしたくないと予備校の帰りにお茶を飲むだけ。


歯止めが利かなくなりそうだからと抱きしめた手の中で言われる。

わかっている。そんな事、充分わかっているけど、沙耶が欲しかった。


導火線が燃えていくように俺の時間が過ぎていく。

余計なことに気を取られている暇はないと予備校の講師たちは声を大にして言っている。


わかっている!


自分のやりたいことを叶えるための努力であり忍耐なのだ。

この山を越えなければ夢は夢で終わってしまう。


でも、沙耶は余計なことなんかではない。

一人で見知らぬ土地で頑張っているのを知っているのに優しい言葉をかけてやれない。

それどころか自分の欲望を押し付けた。


『自分のものだ』とその瞬間、感じている気がする。

 


沙耶にも俺は必要なんだろうか?

でも腕の中のぬくもりは真実だと思いたい。



何をしたいのか、どうしたいのか、どうすればいいのか。

離れている関係は想像以上に辛い。


走り出している沙耶とスタートラインの手前でもがいている俺。


あと半年。

止めるわけには行かない。


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