ランナーズハイ 3
SIDE:沙耶
合宿は和歌山の白浜。
格安で大勢が止まれて走ると言うよりは散策できる場所があればオッケーらしい。
先輩たちが手配した車に分乗して合宿先に向かう。
荷物の中には水着!
ランニング同好会じゃないんですか?と言う私の疑問など誰も答えてはくれない。
小さい頃をは別としてスクール水着以外の水着を買ったのは久しぶりだ。
海もプールも出来れば近づきたくない場所なのだ。
ミニバンの中はノリの良い音楽が流れ、誰かが口ずさみ始めるといつの間にか皆が歌っていたりする。
3列シートの一番奥に座った私の元には次々とお菓子が回ってくる。
お礼を言いながら、口の中に消えていく。
「食べ過ぎになりそう・・・」
隣に座る麻美とこっそり話した。
車は大きな渋滞に巻き込まれることもなく順調に目的地に着いた。
3階建ての小さなペンション。
壁は薄いピンクをしているのは、名前が“ペンション サクラ”だから?
この小さなペンションに17名の部員達が泊まる。
荷物を置いたら直ぐに水着に着替えるように言われた。
海水浴場までの行き帰りのランニングがメインなんだよと小牧さんが笑って言う。
海の家までの10分がランニングタイム。
水着の上にTシャツと短パン姿で、リュックにバスタオルや日焼け止めクリームを入れて走り出した。
暑い!
走り出す前からかいていた汗は滝のように流れ落ちる。
目の前に近づいてくる海が、気持ち良さそうに見えた。
水の中に飛び込んだらどんなに冷たくて気持ちいいだろうか。
そんな訳でいつもは足元ばかりに目が行く私にしては珍しく景色を楽しんだ。
道沿いの店には浮き輪が並べられたり『氷』の幕が手招くように揺れている。
後で絶対、食べたい。
ほんの数分で海に到着。
男連中は海の家でTシャツと短パンを脱ぎ捨てて海に駆け込んでいく。
残りの私たち女性陣は日陰で日焼け止めをたっぷり塗る。
化粧も殆どしない私だけれど日焼けは嫌だ。
先輩達はビキニ姿になっているけれど、私と麻美はワンピース型の水着。
「麻美も沙耶も色気無いなぁ」
一美先輩に笑いながら言われる。
グラマラスな先輩の横にいると完全に引き立て役だ。
でも、私、この美人の誉れ高い先輩が少し苦手。
『女』の部分を必要以上に感じてしまうところに付いていけない。
しかし、今はそんなことより海に入りたかった。
水は冷たくて気持ち良さそうに見える。
太陽に熱せられた砂浜を走って波打ち際まで行く。
足の裏が火傷しそうに暑い。
バシャバシャと駆け込んだ海の中は思ったほど冷たくは無かったが気持ち良いことには変わりない。
あまり泳げない私が波打ち際にいると、小牧さんがシャチの形をしたフロートを貸してくれた。
「これに掴まって、もう少し深いところに行っておいでよ」
泳ぐことも苦手だとバレてしまったのかと苦笑しながら私は麻美の所まで行く。
足が着くか着かないかの位置だ。
最初は浮いていることも不安だったけれど、そのうち慣れてくる。
波の動きに合わせてプカプカ浮いていることって案外楽しいのだと気が付いた。
幸平の姿が脳裏に浮かび、ちょっと罪悪感。
ほんの少しの間、ぼんやりしていたら顔にバシャッと水を掛けられた。
「うわっ、びっくりするじゃないですか」
振り向くと1年の男子たちで、ビーチボールで遊ぼうと誘われる。
またしても苦手なものに誘われて躊躇してたけど、シャチのフロートごと岸へと連れて行かれ、砂浜でビーチボールの輪に加わった。
案の定、私の所にボールが来る度に失敗。
高校の頃には考えられなかったけれど、そんな自分を笑えた。
時々、小牧さんが打ちやすいボールを回してくれて上手く行くと嬉しくなった。
夕方近くまでたっぷり遊び、宿に戻る。
食事は味も量も申し分なく、それだけでも得した気分。
夜には恒例の花火をやり、飲み会から怪談体験の自慢?大会が始まって、女子部屋に引き上げてからは女の子同士のおしゃべり…
私はいつの間にか眠っていたようで、次の日、「いきなりベットに潜り込んで寝た」とみんなから笑われた。
高校までの私では考えられないことばかり。
こうして2泊3日の合宿はあっという間に終わった。
走る方に成果があったのかどうかは怪しいけれど、新しい自分に出会えた気がする。