表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
足跡の理由  作者: 瓜葉
第2章 そっちとこっち
19/42

ランナーズハイ 2

SIDE:沙耶


ジョギングを始めて一月。

幸平の言うとおり少しずつ走れるようになってきた。

とは言っても、集団で走り始めれば、瞬く間に置いて行かれる有様には変わりない。

麻美はそこそこ走れるようになっているみたいで、正直、悔しい。


「井原さん、腕振って。前見て走ろうね」


地面の陰を見ながらノロノロ走っていた私に声を掛けてきた人がいた。

顔を上げると、同好会の会長である小牧さん。

細身でなかなかイケメンと評判の人だ。

はいと返事をしたかったが息が苦しくて声にならず、首だけで応えた。


「だいぶ速くなってきたから、頑張れ」


私のペースに合わせてゆっくりと小牧さんは走ってくれる。

いつもなら立ち止まって一休みしてしまう頃だったけれど、私は頑張って何とか目標のカフェテラスに到着した。


「はい、お疲れ。冷たいものでも飲みながらミーティングしよう」


そう言って小牧さんはカフェテラスへの階段を上がっていく。

階段!

疲れきっている体を何とか上へ向かわせる。


「お疲れ」


麻美が爽やかな笑顔で出迎えてタオルをくれた。


「ありがとう」


絞り出すようにお礼を言う。

オープンデッキの片隅には同好会のメンバー達が集まっている。

夏の合宿の行き先を決めるらしい。


暑い夏に走る!なんて考えただけで気が滅入るけれど、先輩達は汗をたっぷりかいて飲むビールが最高だと盛り上がっている。


「井原さんも参加できるでしょう?」


そう聞かれて「はい」と返事をしてから考えた――費用ぐらい自分で稼ごう。

麻美に相談すると、塾の講師の口があると言う。


「K大生ってだけで、いいんだって」

「へーそうなの?」

「そう言われたんよ、私。誰でもいいから大学の友だち紹介してくれって」


紹介されたのは高校受験を控える中学生を教える塾だった。

教えるのは初めてで緊張したけれど、少人数の塾で何とかこなせそうだ。

人前に立って授業をするなんて私には考えられない。


『中学生相手なら楽勝じゃん。でもさ、こっち帰ってきて勉強付き合ってくれるんじゃないのか?』


電話の向こうの幸平が珍しく不満そうな声を出す。

邪魔したら悪いからと言うと溜息が聞こえてきた。


『俺、沙耶が傍にいても、ちゃんと勉強する自信あるのにな。うちの親も腫れ物に触るみたいに扱って嫌になる』


幸平の苛立ちが伝わってくる。

何かあったの?と訊ねても大丈夫だとしか答えてくれない。

私では駄目なのだと寂しさが込み上げる。


「ごめん、何日かは東京に帰るから」

『ばーか。ちょっと弱音吐いただけだから心配するな。頑張って働いて、合宿、楽しんでこいよ』

「ありがとう」


そう答えて電話を終えたけれど、気になった。

アイツ苦しいんだよね、立ち止まりたい気分かもと自分と重ね合わせる。



SIDE:幸平


「ったく。愚痴ぐらい言わせろ」


俺は電話に向かって呟いた。

置いていかれた子どものような寂しさを感じる。


五月に帰って来たとき、見違えるほど綺麗になっていた。

もともと自信たっぷりの顔をしている沙耶だから少し心配になった。

誰かが沙耶に恋心を抱くかもしれない。俺より・・・・・・。

周りの人間全てに嫉妬を覚えそうだと自嘲する。


沙耶と一緒に生きるには、まずは受験に立ち向かわなくては行けない。

途中で放棄するような態度を沙耶が受け入れてくれる訳が無いのだ。

俺は諦めない。

諦めない。

呪文のように繰り返す。


ここのところ問題集の正答率が上がってきているのが分かる。

努力が実を結び始めていると信じたい。


『幸平、私、逃げずに頑張るから・・・・・・』


沙耶の言葉に隠された俺への応援。

頑張っている場所もやっている事が違っても互いに解っている。

これが大切だと思う。


問題集から顔を上げ、重くなった首を回す。

体中、凝り固まって運動不足だと思った。

沙耶が歯を食いしばって走っている姿を想像し、俺も体力作りのために走ろうと決意する。


翌日、6時に起き出して俺は久しぶりに走った。

サッカーに夢中になっていた頃は当然のように毎日走っていたのだが、やはり今は体が重い。

それでも額に薄っすらと汗が滲む頃には体がリズムを思い出していた。

ほんの10分ほど走って終了。


明日も走ろうとタオルで汗を拭きながら思った。

この爽快感を沙耶も感じているのだろうか?



SIDE:沙耶


幸平の模試の結果が出た。

思ったように成績が伸びないと落ち込みを隠せない幸平。

努力しても結果に結びつかない時ほど苦しいことはないと思う。

少し前の私なら、やり方が悪いとか口先だけの頑張るなんて意味がないと叱咤していただろうけど、走るようになって苦しさが解ってきた。


どんどん走れるようになって行く麻美。

仲間達と雑談しながら走っていることもある――それも私より速いペースで。

彼女も高校までは運動は苦手にしていたらしいのに。


そんな時に幸平からの電話だった。

一足先に大学生になった私が受験を失敗して浪人している幸平にどんな励ましをしたらいいのだろう。


誰かを励ますなんて事、考えたこと無かった。

いつも自分の思うような結果を手に入れてきたから、努力は結果に結びつくものだと信じていた。


誰かを励ますこと・・・・・・。


ふとノートに目が留まる。

少々オタク系な所がある私は記録魔だ。

だからジョギングの記録も付けていた。

見返しても溜息ばかりが出てしまう。歩いた方が速いんじゃないと言われてから2ヶ月近く。

笑っちゃうような悲惨な記録だけど・・・・・・これは私の努力の証。



SIDE:幸平


模試の結果は思ったほど良くなかった。

まだ夏休み前だ。これからだと強く自分に言い聞かせる。


『模試は模試よ。まだ努力するべき所があるんだから大丈夫』


沙耶の言葉は優しいのか厳しいのか解らない。

それでも俺は救われるのだ――まだ頑張れると。


数日して沙耶から手紙が届いた。


何か数字が羅列してある。


「何だ、これ?」


よく見ると沙耶のジョギングの記録だ。

1キロ10分と書かれていたものが、ほんの少しずつでも速くなり距離も伸びている。


最後の紙には大きく『笑うな!』と書いてあった。

笑うものか。

遅い速いは問題じゃない。

走れるようになりたいと頑張っている沙耶が愛しかった。


メッセージは受け取ったから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ