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足跡の理由  作者: 瓜葉
第2章 そっちとこっち
17/42

恋文 ~返信~

カレンダーに付けた丸印の日になる。

いつものバックに簡単に荷物を詰めた。


授業の関係で4日ほどしかいられない。

着替えなどは実家にあるから、レポート用の資料などを持って帰るだけ。


ふと目に留まった紙の束、どうしようかと少し考えてバックに入れた。



新幹線は2時間半もかからずに私を東京へ連れ帰る。

ホームに会いたかったアイツの姿があった。


「どうして?」

「おばさんが教えてくれたんだ。到着時刻と座席番号」


ママの気持ちが嬉しいやら恥ずかしいやら複雑で、私は少し不機嫌になる。


「お帰り」


でも穏やかな声に気持ちが解れた。


「ただいま」

「荷物、それだけ?」

「うん。何で?」


と聞くと幸平は私のカバンに手を伸ばした。


「荷物、持ってやるよってやってみたかったから」


馬鹿みたいと言おうして止めた。

素直になる時はならなきゃね。


「ありがとう」


私はそう言って幸平に荷物を渡す。

くるりを回り込み幸平の空いてる手に自分の手を重ねる。お返しのサプライズ。



ホームを二人でゆっくり歩きだす。

一月ぶりの再会だというのに、昨日も会っていたように自然にいられる。


「新幹線、混んでた?」

「ゴールデンウィークだからね」


大きな荷物を持った旅行者達の姿を幸平は溜息をついて眺めている。


「みんな楽しそうだよな」


少し疲れているみたい。

予備校の授業が大変らしくて、電話で話す度に音をあげる。


「そんな悲壮な顔しても事態は変わらないわよ。遊んでる人が羨ましいなら遊べばいいじゃない」


もっと気の利いた言葉を掛けれれば良いのにと心の片隅で思う。


「わかってるよ」


幸平は諦めたように言う。

頑張ってるのは知っているから、頑張ってなんて言えない。



「幸平、図書館に行こう」


唐突な私の提案に幸平は笑い出す。

こんなにいい天気の休日に図書館もないとは思うけれど、大きな目標に向かう幸平にとっては貴重な時間。

それに高校時代も図書館での受験勉強がデートのようなものだったのだから。


「やっぱりな、沙耶はそう言うと思ったよ」


幸平は肩にかけたリュックをポンポンと叩いて、

「持って来たよ問題集」

と言った。



東京駅から電車を乗り継ぎ、図書館のある駅まで来ると

幸平がいつもと違う方へ手を引いた。


「どこ行くの?」

「こっちの方が景色が良いんだ」


幸平が連れて行ったくれたのは川沿いの遊歩道。

桜の季節は花見客で賑わっているところだ。

そういえばちょっと遠回りすれば図書館へ行けることを思い出す。


初夏の日差しの中で川面はキラキラ光っている。

本当は言いたいことあるのに、それは言葉にできなくて。

まして甘い言葉を交わすことができるわけもない。


途中に川の上にせり出した休憩所がある。

木製の屋根があり、その下にはテーブルとベンチ。


お弁当を買ってくれば良かったと思っていたら

幸平がリュックからおにぎりを取り出した。


「すごい、用意良いね」

「昼代浮かすために、毎朝、おにぎり作って予備校行ってるからさ。

今日は沙耶と食べれたら・・・って・・・」


最後の方は小さな声で早口で言われてよく聞き取れなかった。

目を合わせようとしない横顔が照れている。


「ありがとう。ちょうどお腹が空いてきたとこだから」


ママが作ってくれるおにぎりより一回り大きなおにぎり。

色気のない返事をして私はかぶりつく。


「美味しい!私の好きな焼きタラコだ」


おにぎりの具材で一番好きなのは焼きタラコ。

前日の残りものだったと思うけど、偶然、ママがタラコを焼いて作ってくれてから大好物になった。


だからママ、忙しくてもおにぎりには焼きタラコを入れてくれていたんだ。


「だろ。おばさん、いつも大変って言いながら遠足の前の日によくタラコ買ってたもんな」

「良く覚えているね」


幸平の思い出話に驚く。そんな話したことあったかな?


「そりゃそうさ。沙耶から教えてもらって、俺もお袋に作ってもらうようになったからさ。

あ、でも言っておくけど、それは俺が作ったんだからね」

「……ありがたくいただきます」


私だっておにぎりぐらい作ってるわよ。タラコは入れないけど。


幸平の作ってくれたおにぎりは良い塩加減で、タラコのプチプチ感がたまらない。

自然に笑顔になる。


カシャっとシャッター音が響く。

幸平がカメラを私に向けていた。


「やだ、変なとこ撮らないで」

「じゃあ一緒に撮ろう」

「へっ?」


また色気のない返答している私。

そんな私の反応を気にすることもなく幸平は、木の囲いの上にカメラをセットしてファインダーを覗いている。


「もう少し右に座って、そうそこで良いよ」


そう言って私の横に座った。

「ほら、笑って。早くしないと変な顔で写るよ」

ストロボが点滅してカシャリとシャッターが下りる。


「上手く撮れていないと嫌だから、もう1枚」

幸平はそういうけど、もう無理。これ以上、恥ずかし過ぎる。

「もうやだ」

私はカメラに背を向けておにぎりを食べる。

「ま、いいか」

幸平もあっさりとあきらめて隣でおにぎりを食べ始めた。


遊歩道は犬を連れた人や子ども連れの家族が時々通る。

のどかな時間を楽しむ。


でもドキドキしてる。

ちょっとだけ大人のフリしたあの日のこと思いだしちゃうから。


幸平もかな?


臆病な私たちは、やっぱりそれ以上、何も言えなくて、予定通り図書館に行った。

夕食はママと食べることになっていたから、夕方には帰宅した私たち。


次の日は朝からママに付き合って買い物。

着ないと言っているのに洋服を買ってくれる。


「絶対、沙耶は可愛いんだから。ほら、これ良いじゃない」


白いワンピース。小さな花柄が可愛い。

薄手のカーデガンを合わせると、いつもの私じゃないみたい。


少しヒールの高い靴も履かされた。

歩けないと思ったけれど、意外と大丈夫で驚く。


1日買い物に付き合わされてクタクタで、幸平とどこかに出かけるなんて考えられなかった。

次の日は幸平が予備校の特別講座があり、夜、マックで一緒にハンバーガーを食べただけ。


そしてあっという間に私が再び京都に戻る日になってしまう。

幸平は東京駅まで送ってくれると言う。


ママが選んでくれたワンピースを着てるから、なんだか恥ずかしい。

並んで歩いている時に頭の上から

「良く似合ってるよ」と幸平の声がした。

私は「ありがとう」と小さな声でつぶやいた。


何か話したいのに言葉が見つからない。


繋いだ手だけでは物足りなくなる。

幸平も同じなのか手に力がこもる。


「沙耶」


名前を呼ばれる。

見上げると幸平の顔が近づいて慌てて目を閉じた。


軽く触れ合うだけの行為なのに、どうしてこんなにドキドキするのだろう。

本当はもっと一緒にいたい。

だけど衝動に流されない幸平と自分の性格を呪う。


でも、これが私たちなのだから。


それ以上のことは何もないまま東京駅に着く。

ホームで新幹線を待つ間、バックの底の手紙モドキを思い出した。


アナウンスが列車の入線を知らせる。

乗車する新幹線がホームに入ってきた。


私は無造作に紙を取り出して幸平に渡す。


「何?」


幸平の疑問に、「読んで」とそっけなく答える。

手紙モドキに目を落とした幸平は、困ったような照れたような笑顔を浮かべただけで何も言わない。

『馬鹿』だとか、『電話かけて来い!』とか、『寂しいと言え』などなど一方的な私の思いの殴り書き、もらっても困るよね。


幸平からの何を言われるか怖くて、私は扉が開くと直ぐに新幹線に乗り込んだ。


「飲み物買ってきてやる」


幸平はそう言って売店に向かう。声は怒っていないと私は小さく安堵する。

飲み物を買いに行っただけなのに、幸平はなかなか戻って来ない。

発車時刻が近づいて焦り始めた頃、ようやく幸平の姿が見えた。


私はデッキに向かう。


「間に合って良かった。はい、飲み物とお菓子」


ビニールの袋の中にはお茶と一緒にポッキーだとかポテトチップスが入っている。

子どもじゃないんだからと思ったけれど、言葉にする前に発車のベルがなった。


「頑張って勉強しろよ。俺も頑張るからさ」


幸平の声に急に涙が出てくる。

唇を掠めるようにキスをして、幸平は「お守りも入れておいたから」と言った。


「お守りって何?」


返事を聞く前に扉が閉まり、ゆっくりと新幹線が動き出す。



ちょっとだけ涙を零して、私は座席についた。

ビニール袋の中に紙切れが入っている。

小さく折られた紙の上に『お守り』と書いてある。


――ラブレターありがとう。

  また、たくさん書いてください。

 

  沙耶の頑張る姿を知っているから俺も頑張れる。


  だから、一日のうち5分ぐらいは俺のこと考えて

  俺も10分くらいは沙耶のこと思い出しているから 


                   滝川 幸平――



どこがお守りよ。それにラブレターなんかじゃないんだから!

ひとしきり手紙に向かって文句を言って、私は手帳に挟んだ。


自分で決めたことだから、やるしかない。

でも、見ててくれる人がいる。


私も信じている。

1日5分はアイツを思うことにする。

寂しがったり恋しがったりするから、アイツもきっとそうしてくれている。


それが私達の絆。




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