背中の押し方(後編)
3月の半ばになり、私たちはケーキの美味しい店で会うことになった。
いつものように先に店に着き、私は取材機材をテーブルに置き二人を待っていた。
大きな窓から外を見ると幸平君が歩いてくるのが見える。
一人?かと思うと幸平君の前にメモを見ながら歩いている女の子がいた。
彼女は真っ直ぐに店の前に来て、初めて後を振り返り幸平君と言葉を交わしている。
自動扉が開き、二人は店に入り店の中を見回しているので、私は軽く手をあげて合図した。
女の子の方がすぐに気が付き、幸平君を連れて私のところにやってきた。
「はじめまして、井原沙耶です」
そう名乗った女の子は思っていたより小柄で華奢だった。
肩より少し長い髪と切りそろえられた前髪。眼鏡姿の彼女は確かに賢そうに見えた。
多分に幸平君から聞いているイメージの刷り込みがあると自嘲する。
「まずは合格おめでとう」
「ありがとうございます」
ニコリと微笑む顔が可愛い。もう少し優しいイメージの眼鏡をかければ充分美少女の部類に入ると思う。
「優秀なのね」
「そうでもないですよ。勉強が一番の取り柄なので頑張っているだけです」
一度でいいから使ってみたかった、そのフレーズ――私は心の中で呟いた。
無難に自己紹介をして取材意図の説明をすると、
「私達の話を元に一般論には出来ないと思いますが」
そう返された。
「もちろん、一般論なんてこと書かないわ。恋愛なんてデータで分析するものではないから。二人のことを聞きたいの」
沙耶ちゃんは隣の幸平君の顔を見る。その一瞬、今までとは違う表情を浮かべた。
「私、ずっとK大に行きたいと思って勉強してきたから、幸平と付き合う事になったからって変えるつもり無かった。
でも幸平が北海道の大学を志願するってきいたら『嫌だ、寂しい』って感情が沸きあがって来て・・・・・・。勝手なんです」
「幸平君と離れることを実感したんだ」
「そうだと思います」
肩を寄せているわけでも手を繋いでいるわけでもないのに二人の距離が近く思える。
そういう事かと、ズルイ大人の私は思う。
「志望を変える選択肢は思いつかなかった?」
「思いましたよ。でも幸平に叱られた」
「なんて?」
「諦めた思いを一緒に背負うことは出来ないって」
突き放しに出たかと思い幸平君へ目をやる。照れたように鼻の頭をかいている。
「遠距離恋愛になるわけだ」
私の言葉に二人はほんの少し見つめ合って笑った。
「そうですね。でも一緒に居る時間で何かを量るのは止めようと思っています」
幸平君が言う。
「お互いのやりたい仕事を考えると、離れていても平気な関係になるべきだと」
「クールなのね」
沙耶ちゃんの答えに私はそう言ってしまった。
「そうかもしれません」
サラリとかわす沙耶ちゃんの横で幸平君がクスクス笑っている。
二人の間で交わされた秘密の約束があるようだ。
その後、勉強と恋愛について二人から話を聞く。
嫌になるほど優等生の発言の沙耶ちゃん。
大人の余裕の幸平君。
やっぱり優秀な高校生は違うのねと思う。
インタビューを終え、帰りがけに幸平君がこっそり教えてくれた。
「あんなに格好の良いこと言ってましてけど、二人でかなり長時間話した結論ですから・・・・・・」
「その話も冷静だったの?」
「まさか!」
そう言って幸平君は苦笑した。やっぱりそうだよねと私は少し安心する。
「そうだ、悦子から頼まれてことが・・・・・・」
今更、彼らに避妊の話もないだろうとは思ったけれど、一応約束は守らなければ。
でも私が話をする前に察した幸平君が早口で言う。
「ちゃんとしてると言っておいてください」
顔が見る見る真っ赤になっていく。
母親の心配などお見通しってことだ。
タイミングよく、お手洗いに行っていた沙耶ちゃんが戻ってきた。
もう一度、挨拶を交わして二人は夕暮れの街並みに消えていく。
遠ざかるシルエットは、来た時とは違い手を繋いでいるように見えた。