背中の押し方(前篇)
「受験生の恋愛なんて聞いてどうするんですか?」
彼は会うなり、私にそう言った。
最初に取材の申込をした時と対応が違って驚く。
滝川幸平君は、友人の息子だ。
高校3年生の18歳。
目の前で少し怒った顔して座る少年の様子を見ながら何があったのかと考える。
話は1週間ほど前にこと。
幸平君の母親で私の友人である悦子と会っていた。
看護師の彼女は平日の昼間に時間が取れることがあり、フリーライターの私と時々ランチを一緒に食べているのだ。
大学生ぐらいのカップルが隣のテーブルにいた。
人目も憚らずイチャツイテいる。
素知らぬフリをして大人の私達は全然別の話をしていた。
が、カップルが店から出て行くと途端に彼らの話になる。
その流れで幸平君の話になったのだ。
悦子の話によると最近、彼女が出来たらしい。
ちょうど雑誌の企画で10代の恋愛をルポしていたので話を聞きたいと申し入れた。
「うちの息子の話なんて聞いてどうするのよ」
悦子はそう言って笑った。
「だからさ、進学校に通う高校生の恋愛についてのリサーチよ」
「恋愛って言ってもさ、幸平の場合、相手は幼馴染の子なのよね。
それに、私が気が付いていることも知らないと思うのよ」
「幸平君、上手く隠しているつもりなんだ」
「そう、気付かないフリも大変よ。その反面、いろいろ心配もあるじゃない。今時の子どもだからね」
「うんうん、解る。その危機感」
「でも具体的に言えないじゃない」
昼間の喫茶店でケーキを食べながら『性教育』について語り合ってしまった。
おばさん化しているのかしら。
まだ45歳、独身!人生これからってバツ一女頑張ります。
ま、これは置いておいて。
「データではない、生の男の子に話を聞きたいわけよ。
悦子の心配なこともさり気無く聞きだして、上手くアドバイスしてあげるからさ、持ちつ持たれつって事で」
「いいわよ。紹介するけど、素直に話すかどうかは知らないわよ。
それに現役は無理そうでも一応受験生なんだから」
「了解、了解。任せてちょうだい」
親の了解の上、本日、めでたく呼び出して話を聞こうというわけです。
1月の終わり。
センター試験も終わっていよいよ本番と言う時期に悪いとは思ったけれど
母親が『いいのよ、今年は無理そうなの。美味しいものでもご馳走してくれたらいいわ』と言うのでお願いしたのだ。
注文した飲み物が届いても彼は押し黙っている。
「取材、嫌だった?」
こういう場合、単刀直入に聞くのが一番。
「いいえ。大丈夫です」
私の問いに彼は慌てて笑顔を見せる。
良かった。取材への不満ではなさそう。
やっぱり受験の悩みかな?
その後は、私の問いかけに素直に話してくれだした。
受験の方は準備が間に合わず、今年は腕試しで浪人覚悟のようだ。
悦子に言わせると1年頑張って駄目なら他の夢を見つけなさいって事らしい。
通っている学校は進学校として有名だから、かなり優秀な子なのだろうけど、目の前の少年は普通の子に見える。
「ごめんね、受験で大変な時に呼び出して」
「・・・・・浪人決定ってかんじなので、今は落ち着いてます。
既に予備校のパンフレットを集めている状態ですから気にしないで下さい」
そう言って幸平君はパンフレットの束を見せてくれる。
「諦めるのは早いでしょう?」
「いやー惨敗。夏に思い立って急に獣医学部は無理でした」
「ああ、獣医学部なのね。それは大変だ。悦子が国立しか行かせられないって行っていた意味が解ったわ」
「私立でも良いって言ってはくれるんですけど、6年もあるし、先のことを考えると国立受かるぐらい頑張れないと駄目だと思いまして・・・・・。スロースターターなんですよね、俺」
しっかりと将来を見据えた顔が頼もしい。
悦子の子どもだと感心し、こういう時、子どもがいない寂しさを感じる。
「そっか、1年なんて長い人生においては僅かなことよ」
私にしては常識的な返答をする。
「そうなんですけどね」
幸平君は小さな溜息を吐く。
進路のことではないとしたら恋の悩みなのだろう。
彼女が出来た言っていたから喧嘩でもしたのだろうか?
「彼女と喧嘩でもしたのかな?」
「ケンカと言うか、俺の中では、結論は出てるんです」
「えっ、別れるの?」
私の言葉に一瞬、驚いた顔をして幸平君は爆笑した。
「戸田さんって面白い」
結論=別れるって今の子の感覚じゃないのかな?
「別れるつもりは無いですよ。アイツの背中の押し方が難しいから悩んでいるだけなので」
「背中の押し方?」
「はい。アイツの行きたい大学の場所が東京ではないんです」
「どこなの?」
「たぶん京都。ハッキリ言わないけど」
「ちょっと距離があるわね」
「ですよね」
遠距離恋愛は辛いわよってアドバイスするべきなのか、離れて駄目になる関係ならそれまでよと言うべきか私も迷う。
「反対したいの?」
「う~ん、どうだろう。離れるのは、すごく寂しいとは思っているんですけどね」
「そう言ったの?」
「いいえ、言った方が良いでしょうか?」
「それは言われた方が嬉しいと思うわ。女心としては」
クスリとまた笑われた。
「ごめんなさい。女心なんて言葉、アイツに使ったら烈火のごとく怒りそうで、でもきっとそうなんでしょうね」
何だか達観した物言いだ。大人としてアドバイスするつもりが押されている気がしてくる。
でも、進学校の受験生の多くは同じような悩みを持っているのだろう。
地方の子どもなら尚更だ。
「彼女は特殊な学科を希望しているの?」
「いえ法学部です。弁護士が夢なので」
うわー秀才カップルだと私は心の中で感嘆する。
「東京にも大学いろいろあるでしょう。どうして京都に?」
「どうしても師事したい教授ががいるそうです」
何をどう学びたいかなど考えもせず受験した私には耳に痛い事だ。
「なるほどね。そう言われれば反対できないわね」
「俺も東京から出ることになるだろうし・・・・・・」
18歳、まだこれからたくさん悩むんだろうな。
私は良いアドバイスなどできるわけがない。
自分だって、未だに悩んでばかりいる。
でも、分かることがある。
悩んで苦しんで抗って、それでつかめるものもあるのだ。
相手の女の子にも会って見たくなったが、さすがにこの時期は遠慮しよう。
3月の半ば過ぎに、もう一度会えたらと思いつつインタビューを終えた。