一歩前に進んでみよう
そうやって俺達の夏休みは終わり、秋の文化祭がやってきた。
「今年は、高校生活最後の文化祭です。受験のことも気になりますが、思い出作りのためがんばろう!!!」
クラス委員長の利雄が言う。
「リオ、何やるつもりなの?」
「お化け屋敷!と思ったのですが、すでにC組が申請していました。そこで」
もったいぶって言葉を切る利雄。
「仮装喫茶はどうかと」
その提案にクラス中が大騒ぎ。
「利雄の趣味丸出しじゃん!」
「ドレス着たい!!!」
「女子は水着着ろ!」
「男子が褌なら考える」
「よし、俺、褌にする」
で、結局、委員長の提案通り仮装喫茶となったのだ。
馬鹿馬鹿しいことになると張り切る何人かが仕切りだし、次々と話が進んでいく。
女子は、今、流行のセーラーレンジャー、男子はウルトラ忍者仮面の格好と言うことになる。生地調達隊が予算内で買え
る安い店を探してきて衣装作りが始まった。
受験生でもある俺達は短期決戦で1週間で衣装を形にし文化祭の日を迎えた。
教室の準備が終わるといよいよ着替え。
皆で着ると、何となくそれらしく見えるのが不思議だ。
着替え終わった女子達も教室に戻ってくる。
沙耶の姿が目に入った。
いつもの結んでいる髪を下ろして飾りの付いたカチューシャをしている。
おまけに眼鏡も外していた。
驚いた。
小学校の入学式に見た沙耶だと思った。
可愛かった。
「幸平、井原に見とれてるんじゃないぞ!」
後から中野に言われた。
「見てないよ」
そう否定しながら俺は自分の顔が赤らむのが分かった。
「トイレ行ってくる」
と慌てて教室を逃げ出した。
頃合を見て教室に帰ってくると坂井と中野に捕まえられた。
「言葉にしなくちゃいけないよ」
「そうそう、俺のことは気にしなくていいからさ」
中野と坂井がそう嗾ける。
そう言われても……何を言えばいいんだ?
「ったく。大きなお世話だ!!」
俺は怒ったフリをする。
『それでは只今より青葉学院高校文化祭を開始いたします。各クラス準備はいいかな?』
放送での呼びかけに各クラスから歓声が上がる。
『それでは来場者の皆様、ようこそ、青葉文化祭へ!』
意識しないつもりなのにチラチラと視線に入る沙耶の姿。
その度に戸惑っている俺。
自分の気持ちを持て余し、当番の時間が過ぎると教室を飛び出した。
「幸平!」
後から沙耶の声がした。
俺は立ち止まりゆっくりと振り返ると沙耶が困った顔をしている。
性格キツクたって、傷ついて泣いてる姿を俺は知っている。
弱い自分を誰にも見せたくないって肩肘張って・・・・・・でも俺の前では違ってた。
大きく息を吸って覚悟を決めた。
「一緒に行こうぜ!」
教室の中から様子を窺っているだろう友たちに聞こえるように言った。
沙耶は少し泣きそうな笑顔で俺の横に来る。
何か言葉を探したけれど、何を言っても違う気がして手が触れ合うギリギリの距離で歩き出した。
いつからか分からないけれど俺達はずっとこうして歩いてきていたのだ。
そして、これからもずっとこうして歩いていけたらいいと思っている。
沙耶と俺の間にある確かな絆。
あのプロポーズ、きっといつかもう一度言うから、今は返事はいらない。
これが俺達の18歳の記憶だ。
アルバムの中の1ページ―――始まりでもなく終わりでもない大切な一瞬。
<おまけのお化け屋敷編>
お化け屋敷をやっているC組の前に長蛇の列ができていた。
中からは時々悲鳴が聞こえる。
でもたかが高校生の作ったもの。怖くない!
「幸平、怖いんじゃない」
って沙耶が言う。
「ったく。そんなわけないだろう」
「だって小学生の時、遊園地のお化け屋敷で泣いて途中で脱出させてもらったじゃない」
「そんな過去の話。沙耶だって雷で泣いたじゃないか、ついこのあ・・・」
俺のセリフは最後まで言えなかった。
ボカッと殴られたから。
「やな奴」
この勝負、引き分けだなと思っていると俺たちの順番になった。
「中、暗いので気を付けてくださいね」
係の奴がにこやかに言う。
入口の布をくぐると確かに真っ暗で、手探りで歩くしかない。
すぐ後ろに沙耶の気配がする。
「ほんとに真っ暗だね」
「段ボール、かなりの量集めて窓に貼りまくってたからな」
「キャーッ!」
沙耶が悲鳴を上げて俺にぶつかる。
「どうした」
「何か足に当たった」
俺のシャツをつかんでいる沙耶の手をそっとつかむ。
誰も見てないから・・・
暗闇の教室に作られた迷路を手探りで歩く。
顔に何か触ったり、冷たい風が吹いて来たり、結構ドキドキだ。
沙耶がギュッと手を握ってくる。
そうなると俺には余裕が出て、沙耶のこと可愛いなと思ってしまう。
前の方を歩くグループが大きな悲鳴を上げる。
何かあるんだろう。覆面男が下から懐中電灯で顔を照らしながら現れる。
サッカー部の友達だと瞬時に見抜く俺。
教室の一番後ろあたりに来て、ぼんやりロッカーが見える。
もう出口だと思ったとたん、バタンとロッカーが開く。
「ウァー!」
思わず声が出てしまう。
やられた。
沙耶がくすくす笑っている。
「お疲れ様、出口です。」
カーテンが開けられて明るい廊下にでる。
「楽しかったね」とまだ笑っている沙耶。
恰好よかったのか、悪かったのか、なんだかよくわからないけど、俺も楽しかったから良しとしよう。
二人で一緒に行ったのだから。
第1部はここまでです。次回から第2部となります。