熱だけでは進まない
次の日、俺は何年ぶりかの熱を出し寝込んだ。
朝、電話を掛けて来た沙耶がそれを聞き、自分のせいだと看病に来てくれる。
「悪いわね」
と言いながらお袋は沙耶をすっかり当てにして仕事に出かけて行った。
ただの風邪で看病なんて大げさだと主張する俺の意見など聞き入れられることはなく、母と入れ替わるように沙耶がやってきた。
「うつると行けないから帰れよ」
そう言う俺の横で、
「何処で勉強しても一緒だから」
と、沙耶は涼しい顔で参考書を開き勉強を始めた。
それでも何度か帰るように促したが、沙耶が勉強に集中し始めると声が掛けられなくなる。
緩くかけたエアコンが時々、盛大に稼働する。外は今日も猛暑だ。
薬のためなのか熱のせいか俺は、沙耶の姿をぼんやり見ながら眠ってしまった。
お腹が空いて目が覚めるとタイミングよく声が掛かる。
「目、覚めた?お粥、温めたから食べる?」
沙耶が小さな土鍋を持って現れた。
ベットの脇にある小さなテーブルの上に土鍋を置き、小鉢によそってくれた。
「沙耶が作ってくれたのか?」
「残念、おばさんが作ってくれてあったのを温めただけ」
「そうなんだ」
「安心したような声、出さないでよね。お粥ぐらい作れるわよ」
プンと怒る顔が可愛かった。
「……食べたいな、沙耶の作った料理」
「無理、やっぱり作れない私」
俺から目を逸らして、沙耶はそう言った。
「あの後、おばさんと仲直り出来たのかよ?」
「まあね」
「そっか」
「取り敢えず私の受験が終わるまでは保留してもらうことにしたから」
「そっか」
「うん。受験が終わったら、ママを解放してあげられるかなって」
「解放?」
「そう、母親って縛りからの解放。そのためには絶対現役で合格しないとね!」
沙耶の強い思いが伝わってくる。
自分の進みたい道が見えているんだろうな。しっかり見据えている姿がまぶしい。
いろんなこと一人で乗り越えていくタイプだと思うけど、昨日みたいに泣いている時には横にいてやりたい。
だから俺は沙耶と家族になりたいと思ったんだ。
唐突だったけど昨日のプロポーズは本気だった。
再び問題集に取り組む沙耶を見つめる。
沙耶の気持ちを知りたいのに、俺は聞けないままでいる。
俺の存在ってなんだろう?
このまま、この中途半端な気持ちを抱えたまま幼馴染でいるしかないのか……。
熱は一日で下がり、翌日から俺達は受験生に戻っていた。
獣医なんて目標が急に沸きあがり、俺は慌てて志望校を探すことになる。
そして思い知ったのだ―――無理、少なくとも現役では無理に思えた。
沙耶に弱音を吐くと
「やる前に諦めるの幸平の悪い癖だわ。本当にやりたいなら死ぬ気でやれるでしょ!」
と、叱られた。
のんびりと高校生活を過ごしてきたツケが来ていると思う。
焦っても、やらなければならない事が減っていかない。
それでも獣医になりたいと思った。
沙耶は時々、図書館に誘ってくれた。
「涼しいし、他の人の目があるからやるしかないのよ」
そう言って沙耶は黙々と問題集と取り組んでいる。
その姿は綺麗だった。クラスの女子の中にはガリ勉ちゃんと沙耶のことをからかう奴もいたけれど、動じない強さがあった。
自分のやりたいことをしっかり見据えて頑張っている沙耶に俺は敬意を払う。
俺もやれるだけのことはやろう。
今年は間に合わなくても、諦めたら駄目だと思った。