トンネルの中の君
その後、俺はトボトボ家に帰った。
塾の問題集をとり合えず机に広げてみたが、沙耶のことが頭から離れない。
どうしてあんな事、聞いたのだろう。
あの笑顔が悪いんだ。
俺の心に浮かぶ言葉を必死に打ち消す。
沙耶の気持ちを知りたかった。
日が沈むには早い時間に暗くなったかと思ったら夕立だった。
ベランダに干してあった洗濯物を取り込んでソファーに置くと、玄関で音がする。
お袋が帰ってきたようだ。
「幸平、いる?」
また雑用を言いつけられるのかとウンザリした気分で部屋を出る。
「何?」
「沙耶ちゃん、来ていないわよね」
「沙耶?来ていないよ。どうしたの?」
「喧嘩して飛び出して行ったらしいのよ。今、そこでママに会ったのよ」
「飛び出していったって、この雨の中を?何、喧嘩したんだよ」
「沙耶のママ、再婚することになってね・・・・・・・」
再婚?俺は沙耶の泣き顔を思い出し、玄関の傘を引っ掴み外に駆け出す。
「沙耶!」
雨の中で俺は叫んでいた。
沙耶の顔を思い出す。
何か話したいことがあったのだ、なのに俺は気付いてやることも出来ずに・・・・・・
沙耶の行きそうな場所を考える。
取り敢えず中野達のいた駅に向かおうかと公園の横の道を走りだした時、昔よく隠れていた遊具を思い出した。
公園の隅にあるログハウスのように丸太で作られたトンネル。
大人たちは狭いから入ってこない絶好の隠れ場所だった。
小学校3年の時、近所の子と喧嘩で相手を泣かしたと怒られて、悔しくて俺はあそこで泣いていたんだった。
気が付くと沙耶がいて、イチゴミルク味のキャンディを口に入れてくれた。
小学校4年の時、沙耶が傘を壊されて、ここで悔し泣きしてた。
サッカーでレギュラー外された俺を沙耶が見つけてくれたのもそこだ。
駆け回って遊んだ記憶。
ちっちゃな打ち明け事もしたなぁ。
そんなことを考えながら俺はその遊具に近づいた。
激しい雨で公園の中はアチコチ水溜りが出来ている。
丸太のトンネルを覗き込むと沙耶がいた。
俺は、ほっと胸を撫で下ろす。
窮屈なそのトンネルに体を潜り込ませる。真っ直ぐ座るのも難しいほど狭い場所だ。
「幸平?」
沙耶が気配に俺に気が付く。
俺は何も言わず横に座る。
ジーンズの後ポケットにあるものを思い出した。
眠気覚まし用のガムだ―――色気がないなと思いつつ、それを取り出し沙耶に渡した。
「ありがとう」
雨の音が激しくなる。沙耶は雨に濡れたようで少し寒そうに見えた。
その時、稲妻が走り、ドーンと大きな音がする。
沙耶の口から小さな悲鳴が漏れた。
そう言えば沙耶の唯一の弱点は雷だった。
小学生の時、俺の家で二人で留守番していて、あの時もすごい雷雨で泣いたんだった。
再び稲光が起こり、その瞬間、沙耶は俺にしがみついてきた。
狭い遊具の中で密着している沙耶の体は寒さと怖さでガタガタ震えている。
「ここなら大丈夫だよ。ちょっと待ってろ」
そう言って俺はTシャツを脱ぎ、それで沙耶を抱え込んだ。
「こうしてたら、少しは暖かいだろ?」
ウンと頷く沙耶。
ギュッと沙耶を抱きしめて、俺は雨音を聞いていた。