第2話 よく滑る魔法の粉
「部長、開発部から連絡です」
朝から部下が報告に来た。
「何やら、とんでもないものができたそうで。すぐに見に来てほしいとのことです」
「……またですか」
とんでもないもの。
この会社に来てから、その言葉には何度も驚かされている。
たまには「普通に便利なものができました」と呼ばれてみたい。
とはいえ、商品企画部長として無視するわけにもいかない。
開発部へ顔を出すと、待ち構えていた担当者に、そのまま社屋の裏庭へ案内された。
「で、何ができたんですか?」
「こちらです!」
担当者が得意げに取り出したのは、小さな袋だった。
中には白い粉が入っている。
「これは先日われわれのチームで開発に成功した、『よく滑る魔法の粉』です!」
「よく滑る……?」
「はい! つまるところ、物質の摩擦係数を操作する魔法です。それをなんとか応用し、こうして製品として実現にこぎつけました!」
「ほう」
摩擦係数、か。
たしか、物と物が触れたときの、滑りやすさを表す数値よね。で、小さいほど滑りやすく、大きいほど滑りにくい。
前世での理科の授業で、そんなことを習った覚えがある。
「では、実際にご覧ください!」
担当者は庭の土の上に、白い粉を細長く撒いた。
それから、足元に転がっていた石を一つ拾い上げる。
「いきますよ!」
ぽいっ。
放り投げられた石が、粉の上に落ちる。
次の瞬間。
つるーーーーっ!
「うわっ!?」
石は庭を横切り、建物の方へ滑り飛んでいった。
しかも、とんでもない勢いで。
「……すごいですね」
「でしょう!」
普通、石を土の上に投げたところで、あんなふうには滑らない。
「摩擦を極限まで減らせるよう、何度も改良を重ねました!」
「それは確かに、大したものですね」
思わず感心してしまった。
魔法というのは、つくづく何でもありだ。
ただ。
「それで、これを何に使う予定なんですか?」
「えっ」
担当者の笑顔が、少し固まった。
「ええと……そうですね……」
なんだか歯切れが悪い。
まさか、何に使うかも決まっていないのに、私を呼んだのだろうか。
「あっ! そうです! 夏でもスケートができるのではないかと!」
「スケート?」
「はい! 氷を張る必要がありません! この粉を撒くだけで、一年中スケートが楽しめるのです! しかも滑りやすさは氷の比ではありません!」
ああ、なるほど。
確かに、さっきの石は氷の上を滑っているみたいだった。
広い場所を柵で囲って、この粉を一面に撒く。
すると、真夏でも即席のスケートリンクができあがるわけだ。
氷を用意しなくていいのなら、設置も簡単そうだし――って。
「……それって死ぬくない?」
「え?」
「いや、だって、ほら」
私は庭の向こうを指さした。
そこには社屋の外壁がある。
そして、その壁には。
先ほどの石が、見事にめり込んでいた。
「…………」
「……あれ、人間だったら大変なことになりません?」
曲がろうとしても曲がれない。止まろうとしても止まれない。
最後は柵に激突するのではなかろうか。
……そもそも、あれだけ滑るとして出足の時点で踏ん張れないのでは?
前世で一度だけスケートに挑戦したことがあるが、普通の氷ですら立っているのが精一杯だった。
まあいざとなれば誰かに押してもらうという手もあるけど、それはそれであんなスピードで滑るなど想像しただけで怖い。
「そ、そう言われてみれば……」
担当者の顔が青ざめた。
「ちなみに、人が滑る実験は?」
「……まだ、です」
なるほど。
それでよくスケートリンクを思いついたものである。
「というか、そもそも氷と同じくらい滑れば十分なのでは? どうしてそこまで摩擦を減らしたんですか?」
「それはもちろん、より高い性能を追求するためです!」
当然のように答えられた。
いや、当然じゃないが。
すると、横で見守っていた年配の職員が、妙に誇らしげに口を開いた。
「部長。我が社の魔導士たちには、基本的に『ほどほど』という概念がございません」
「……はい?」
「やるからには限界まで。常に全速前進。それが当社の伝統でございます」
「なぜそんな偏った思想を……」
思わず頭を抱えた。
なんだろう。
うちの魔導士たちはみんな、前世が猛牛か何かだったりするのだろうか。
先日の空飛ぶ絨毯といい、技術力を犠牲になにか頭の中の大事なネジが飛んでいる気がする。
ともかく、このままスケートリンク用として売るのは無理だろう。
せっかくの技術なのに。
私は足元に撒かれた白い粉を眺めた。
摩擦係数を操作する魔法。
つまり、滑りやすさを変える魔法、か。
ん?
「ちょっと聞きたいんですけど」
「はい!」
「これ、摩擦を減らすだけなんですか?」
「と申しますと?」
「逆に、増やすことはできません?」
担当者が少し考えた。
「……理論上は可能です。元々は摩擦係数を操作する術式ですから。調整すれば、増やす方向にも作用させられると思います」
「なるほど」
だったら。
「靴の裏に使えませんか?」
「靴、ですか?」
「ええ。滑らない靴です」
雨の日の石畳。
磨かれた建物の床。
革靴やヒールのある靴なんて、場所によっては驚くほど滑る。
私だって何度か、ヒヤッとした経験がある。
でも、靴底の摩擦を増やせるなら。
「滑りにくい靴が作れますよね。雨の日でも安心して歩けるような」
「……ああ!」
担当者が、ぽんと手を打った。
「なるほど! 確かにそれは可能です!」
「靴に直接加工できるか、効果はどのくらい持続するのか、そのへんも調べてみてください」
「承知しました!」
「あと、摩擦は最大まで増やさなくていいですからね」
「え?」
「止まりすぎても転びますから。普通に歩けて、滑りにくい。そのくらいで十分です」
「………………なるほど」
担当者は真剣な顔で頷いた。
……なんだ、今の間は。
念のため、もう一度だけ言っておこう。
「くれぐれも、『ほどほど』……ですからね?」
「ぎょ、御意!」
どうして商品企画部長が、こんなことまで念押ししなければならないのだろう。
……まあ、いいか。
そんなこんなで、数週間後。
摩擦を調整する魔法を靴底に組み込んだ、新しい靴が発売された。
これが、なかなかの評判だった。
雨の日でも滑りにくいと好評で、革靴や女性用の靴を中心に、注文が次々と入ってきたのである。
研究部門も大喜びだった。
私としても、あの粉がちゃんと商品になったのは嬉しい。
ちなみに。
石がめり込んだ社屋の外壁は、つい先日、業者によってきちんと修理された。
修理費用は開発部の予算から出たらしい。
……なるほど。どうしてこれまでわが社が赤字続きだったのか、ちょっとわかった気がした。
あとがき
というわけで、短編を連載化してみました。ちなみに作者は物理や化学の専門ではないので、「それっておかしくない?」という箇所があったら、生温かい目でスルーするかコメントでこそっと教えてください。
それと今後の展開としては、おもしろ魔道具開発だけでは圧倒的にネタ切れの危険があるので、おかしな社員たちとの社内折衝とかもやるかもしれません。
なお、本作の更新は超不定期の予定です。というのも、いまだにこの作品に需要があるか半信半疑だからです。
よって、もしよければぜひブックマークや評価などで応援いただけると嬉しいです!




