愛猫ネオ
九千字程度の短編小説です。
6:30
朝。腹にずっしりとした温かみを感じて布団の中を見ると、今日もネオが上に寝ころんでいた。
僕はネオを起こさないようにそっと腹の上から下ろし、布団から出た。今日も仕事だ。
7:00
茶色い食パンを二枚だけ食べて、ネオのためにツナ缶を開けて置いといてやる。トイレに行って戻ってくると、ネオは布団から出ていて、缶詰の中身を食べていた。
しゃりしゃりくちゃくちゃ、みたいな音を聞きながらスーツに着替える。ネオの抜け毛がついていても、この黒いスーツではあまり目立たない。だが念のため、養生テープを少しだけとり、スーツにぺたぺたと付けてみる。
粘着面には少しだけだが、ネオの抜け毛が付いていた。僕はそれを丸めて近くに置いてあったゴミ袋の中に捨てた。
そして、会社にとっては重要だが、僕にとってはさほど重要ではない資料が詰まった鞄を持ち、玄関まで歩いた。振り返ると、まだネオはツナを食べている。
「行ってくるよ。ネオ」
声を掛けると、ネオはこちらを向いて「にゃあん」と鳴いた。きっとそれは「行ってらっしゃい」という意味があるだろうと思いながら、僕は家を出た。
8:00
いつも通り、朝礼で社訓の斉唱を行い、仕事が始まった。社訓の内容はいつも唱えているのに不思議と頭の中には入ってこない。覚えていても無意味な事には変わりないが。
パソコンと睨み合いながら、後輩の提出した資料の添削を行う。これは本来の業務には含まれていないが、これをそのままにして出したら怒られるのは僕だ。確認と修正を僕が行って、評価されるのは後輩。世知辛い世の中だと思う。
9:00
仕事。
12:00
昼休憩。しかし朝にあらかじめ買っておいたコンビニのパンを食べながら、片付けられていない仕事に手を付けている。
他にも何名か同じようにしている。後輩は食堂に行った。なんだか八つ当たりの様になってしまうが、僕の仕事が増えているのは彼のせいなのだから、少しくらい申し訳なさそうにしてほしい。
16:00
仕事。
17:00
仕事。
20:00
先輩に叱られる。それが理不尽なものではなく、正当な理由をもって行われることだと僕は理解している。だけど、だからと言って、僕一個人を追い詰める様な言い方はしていいとは思わない。
その言葉を胸の中に飲み込んだ。全て僕が我慢すればいい。事を荒立てないことが社会で生きるのには最も重要だ。
21:00
しばらくしてようやく、仕事が終わった。今日も長かった。
22:00
家に帰ると、僕が「ただいま」を言う前に、ネオが鳴いていた。そこで僕は気付いた。今日の昼分のご飯を出すのを忘れていたことに。
僕は急いで部屋の電気を点け、台所の上の扉にしまってあるネオの食糧、缶詰や茶色い固形の顆粒を取り出した。
ネオは待ってましたと言わんばかりに鳴きながら、僕の足を両の足で掴んでくる。
「ああ、待って待って。すぐ用意するからね!」
戸棚にしまっておいたままだった猫用の餌皿を取り出し、そこに大量の顆粒を出し、上に缶詰を開ける。昼の分も兼ねているが、流石に多すぎたかもしれない。そう思ったが、ネオの顔は「早くよこせ」と言っている様だったので、そのまま床に置いた。
ネオは差し出されたそれに必死に食らいついていた。その姿に、僕は昼間に餌を用意できなかったことを申し訳なく思った。
僕もネオと同じように夕食をとった。コンビニで買ったインスタント麺をそのまま食べただけ。
「ネオ、最近太ったんじゃないのか?」
ネオはそれに答えない。くちゃくちゃと皿に盛られた食料を貪っている。
ネオとの出会いは、あまり思い出したいものではない。ネオの事を思い出すたびに、彼女の姿が脳裏にちらつくからだ。
彼女とはもう一年も前に別れた。彼女は小さくてかわいいものが好きだった。だから、雨に濡れていた小さい黒い毛玉を彼女が拾ってきた。
「ねえ、飼えるでしょ?」
そう言われたから、飼った。そこに僕の意思は介在していなかった。
彼女はネオの事を相当可愛がっていた。ネオは彼女のお気に入りだった。しかし彼女は、ネオの持っている汚い部分が大の嫌いだった。
ネオは飼い始めてしばらく自分のトイレの場所が分からなかったから、フローリングに糞尿を垂れ流していた。それを見付けると彼女は甲高い叫び声を上げて、僕に処理を命令した。
僕だって汚物の処理は嫌だった。でも、彼女に言われたから、やった。
たまにネオは嘔吐することがあった。そのたびに彼女は叫び、僕が諸々の処理をした。
それは段々と積み重なり、僕の限界を引き起こした。
そして一年前、彼女と喧嘩してそれっきりだ。彼女はネオを置いて行った。だから今、僕はネオと暮らしている。もう糞尿をフローリングに垂れ流すことも、嘔吐することもない。毛並みは綺麗に整って、寝る時は一緒に寝ている。
今ではネオさえいてくれればそれでいいとすら思っている。人間の雌より猫の雄だ。去勢済みだけど。
24:00
何もせずぼうっとしていたらこんな時間だ。もう明日のために寝ないといけない。
いつも通り、昼の間に猫砂の中にたまっていたネオの糞を掃除する。これも慣れれば別に苦でも何でもない。
風呂に入ってシャワーだけ浴びて、パジャマに着替えたらそのままベッドの上に寝転んだ。すかさず、ネオは僕の傍にやってくる。
ネオ、ネオ、ネオ
「おやすみ」
その黒い毛並みを僕の肌に触れさせている。温かい。けれど、どこか寂しい冷たさを感じる。一人で吸う煙草の様だ。前の彼女が出来てからもう吸っていない。今も吸う気は起こらない。猫はそういう匂いが嫌いと聞くからだ。
ネオ、ネオ、ネオ、ネオ……
ぎゅっと、その存在を抱いた。この温かみで、世界の冷たさを忘れられる。ネオの冷たさも無くなっていくような気がする。
ネオ、ネオ、ネオ、ネオ……
僕達はこの世界できっと二つだけだ。僕はネオを抱いている。ネオは僕に抱かれている。飼い主と飼い猫の関係はいくらでもある。こうして抱き合っている関係も、いくらでも。
だけど今、僕とネオの中で世界はたった二人の中にしか存在しない。
ネオ、ネオ、ネオ、ネオ……
だから僕とネオは唯一で無限だ。
「ネオがもし人なら、結婚してたのにな……」
意識は段々と薄れていった。
今日もまた、暗い世界に潜っていく。
そして、明るい世界がまた始まる。
6:30
目が覚めると、なんだか違和感があった。顔に触れる毛が、妙に艶々している。温かさもない。柔らかくない。むしろ、硬い。
どこかで、死体は冷たくなって硬くなると聞いたことがあった。だから僕は急いで掛け布団を剥いだ。
そこにはネオの姿はなかった。かわりに、黒い髪の少女がそこに寝そべっていた。
「え、誰……?」
毛の情報が目に入った次は、身体の情報が飛び込んで来た。彼女は全裸だった。
「なっ!?」
慌てて布団をそいつにかけた。そして、昨夜の事を思い返してみる。記憶を失う要素が無い事を把握した。
じゃあ今この布団の中にうずくまっている少女はいったい誰なのか。
どたどたと足を踏み鳴らしながら玄関まで行き、鍵を確認した。ちゃんと閉まっている。不法侵入者が鍵を閉めるとは考えにくい。僕は昨夜家に帰った後、ちゃんと鍵を閉めたのだ。ならどこからも侵入できる余地はない。同時に、どこからも出られる余地もないはずだ。
その情報が導き出してしまった結論は流石に荒唐無稽すぎて僕はすかさず職場に電話をかけた。
「すみません、どうやら酷い熱を引いてしまったみたいで。ええ、幻覚が見えるのです。今すぐ病院に行きます。診断書は……」
「にゃあん」
その言葉にはきっと額面通りの意味のみがあるのだろう。
『にゃあん』———猫の鳴き声を表す語。
僕は足元を見た。その言葉を発しているのは紛れもなくあの少女であり、その喉から発せられた声に、僕の中で放棄された仮説は仮説の域を逸脱した。
電話の向こう側から聞こえる声が脳内で何度も響く様な感覚がする。部屋が斜めに傾いている様に感じられる。
床が揺れている。迫ってくる。
いや、違う。これは……
どたん、という音と共に、僕の身体は冷たいフローリングの上に無造作に落下した。
そんな僕の傍らには、通話途中のスマートフォンと裸の黒髪少女のみが確かに在った。
× × ×
10:30
病院で目が覚めた。職場の人が救急車を呼んでくれていたらしい。医師は大事ではないと言っていた。だから僕は自分の身に起こった事を話した。
「僕の飼っていた猫が、少女に変わってしまったんです」
精神科に案内された。
精神科の医師は過度なストレスによるものだと言い、経過を診るためにも通院を提案してきた。働いていたらそんな時間は無いので、僕はそれを拒否した。
会社の人間に病人だからと気遣われるのは嫌だ。それによって僕に配慮しなければならないという空気が作られるのも堪えられない。
そのため、僕は会社に連絡し、午後から仕事に出ることを決めた。
12:30
会社に到着すると、後輩も先輩も心配していた。いや、格好だけかもしれない。「大丈夫?」なんて言葉は誰でも言える。優しそうな、心配しているみたいな顔も、誰でも出来る。
僕は「軽い貧血だったみたいです」と会社に行くまでに考えていた台詞を吐き、今日も業務に取り掛かることにした。
そんな僕だったが、会社の人達は僕の体調を本気で案じていたみたいだった。
「スーツは……どうしたんです?」
僕の格好は病院から引き続いてパジャマだった。つまりは病院から出て電車で二駅行ったところから徒歩十五分の地点まで、僕はパジャマだったというわけだ。
それどころか、僕は今日仕事道具を何一つ持ってきていない。横に転がっていたからという理由で回収されたスマートフォンしか手元には無い。
普段の僕ならば決してそんな行動をしない。というか、一般的に心身が健康ならば人がそのような行動をとることはまずありえないのだから、職場の人達は本気で僕を心配していたのだと思う。
僕はもう今日は早退し、一度家に帰ることにした。
そう、家に……
16:00
この時間になるまで僕は外を歩いていた。なぜだろう。その問いの答えはきっともう分かっている。そして今、ついに向き合わなければならない時が来てしまった。
眼前には無機質な扉がある。鍵はかかっていないだろう。
一つ息を吸って、吐いた。そして扉を開けた。
目には橙色の光が入ってくる。廊下の先の窓から差し込む光が床に反射している。思わず目を細めた。
ぺた、ぺた、と部屋の奥から音がする。足音なのだと直感的に分かった。そして、その足音の主はひょっこりと扉からその姿を現した。逆光で身体全体が真っ黒に見える。その影の形は紛れもなく人間のそれだった。
「……ネオ?」
口から言葉が零れていた。影は言った。
「にゃあん」
僕の身体は何かに引っ張られるように部屋の中に動いた。突き動かしているのは紛れもなく僕の中にある”なにか”だ。それが何なのか、僕には分からない。
影は逃げる様に部屋の奥に消えていった。僕はそれを追いかける。そして、机の下に隠れている少女を見付けた。
「……ネオなのか?」
「………」
少女は静かに机の下から出てきて立ち上がった。果たして、猫が立ち上がるだろうか?彼女は相変わらず服を着ていない。目のやり場に困ってしまう。
少女は僕の側を抜けて、キッチンへ移動した。そしてちらりと僕の方を見る。
その意図が理解できない僕をよそに、彼女は戸棚にその細くて白い腕を伸ばした。その戸棚には、キャットフードや猫缶が置かれている。
そこで僕は、朝からネオに何も与えていないことに気が付いた。
「あ、ああ。すぐに準備する」
反射的に声に出し、反射的に行動した。エサ皿に顆粒と猫缶を入れ、僕が普段夕食をとる机の上に置いた。少女は首を傾げたが、椅子に座って皿に盛られた食事を両腕を使って食べ始めた。
もしかしたらネオじゃないのかもしれない。そんな考えが浮かぶ。彼女は二足で立つし、両腕を使ってご飯を食べているのだ。鳴き声も「にゃあん」と言っているだけだ。
「……ネオ?」
空に向かって呟いた。その言葉に答えてくれる存在はいない。視界の端に映る少女はくっちゃくっちゃガリガリぺちゃぺちゃと気分の悪くなる音を立てながらエサ皿に食いついている。
「………ネオ………」
呟いて、なんだか涙が出てきた。ネオはいなくなったわけではない。今ここにいる少女、それがネオなのだと理解している。死んでしまったわけではない。まだちゃんと近くにいる。でも今、ネオは遥か遠くに行ってしまったような気がしてならない。僕がこの世界にたった一人だけな気がしてならない。
ただひたすらに、心の中の”何も無い”が増えているようだ。胸から喉へ空気が登っている。吐きそうではない。しかしなんだか気分が悪い。
気持ちをリセットするために、風呂にでも入ろうと思った。
僕が服を脱ぐと、その部屋には全裸の男女が存在することになった。
18:30
風呂から上がって、しばらくぼうっとして、耐えられなくなって飛び出した。
あれはネオだ。そう理解しようと努めても、視界に映るのは見知らぬ少女で、肌は毛の一本もない滑らかなもので、二足歩行で、声は高くて幼いのだ。目が大きくてこちらをよくじっと見てくるのはネオと変わらないが、その共通点がより一層、ネオと少女の乖離を際立たせているような気がする。
僕は唐突に今日の昼の出来事を思い出し、自分の服装を確認した。パジャマだ。まあ、裸ではないだけマシだろう。
そのまま僕はコンビニに入り、数年吸っていなかった煙草とそれのためのライターを買った。そのままコンビニの喫煙スペースでそれを吸う。久しぶりの苦い煙は体に染み入った。久しぶりの喫煙であるのに六本も吸ってしまって、帰り道の足取りはおぼつかないものになってしまった。
家に帰ったら、少女は僕から距離をとっていた。煙草のおかげだろう。猫だろうが人間の子供だろうが、煙草が嫌いなのはきっと共通する。だから吸ったわけではなかったが、しかし僕のその行為は功を奏したと言える。
………僕はネオを……少女を拒絶したいんだろうか。
洗面所に入って、石鹸で手を洗った。皮がめくれてしまうのではないかと思うほど強く。
歯を磨いた。何度も。削れてしまうのではないかと思うほど。
パジャマを脱いで洗濯した。僕は新しいパジャマを着た。
この一連の行動はほとんど無意識下で行われた。
その全てが僕の身体から匂いを消す行為だった。何のためなのか、それを僕は理解しないようにした。
その後、僕はいつも仕事をしているはずの時間を使って、最近やっていなかったゲームなどをやった。
23:00
いろいろなことがあったからだろうか。流石に眠くなった。
風呂には入っていたので、そのまま電気を消してベッドに横になった。すかさず、ネオがベッドにもぐりこんでくる。
「うわあ!」
人間のひんやりとして滑らかな肌が触れた途端、僕は瞬時に飛び起きた。少女のこの行動はまさしくネオのそれだった。
そう、この少女はネオだ。ネオで、猫だ。だから、僕はいつも通り自分のベッドで寝るだけだ。ネオもいつ通り、僕に抱かれて寝るだけだ。
ベッドに入り直す。……温かい。そしてその温かさを持つ存在を、いつも通り自分の腕の中に収めようとする。だが、なんだかできない。思わず僕はネオに背を向けてしまった。
「………誰なんだよ」
小さく、吐き捨てる様に呟いた。なんでネオが人に成ったんだ、そう思った時、昨夜の自分の発言が脳裏をよぎった。
『ネオが人だったら結婚してたのに』
その願いは、僕の頭が世界を歪めることによって叶ってしまったのだ。世界を捉えるために存在する感覚が、ネオを人間であると認識するように歪んでしまった。あくまで仮説だが、しかしそれしか考えられないのなら僕の中での定説となる。
それならば。
「ネオ……猫の姿に戻ってきてよ」
そう願えば、明日の朝にはきっとあの黒くて美しい毛並みの猫が、僕の上に乗っかって寝ている事だろう。
僕は心の中で何度も呟く。強く、強く呟く。何度も呟く。意識がまどろむその時まで。
ネオ…ネオ…ネオ…ネオ…………
× × ×
1:00
………
2:00
………
3:00
………
4:00
………
5:00
………
6:00
………
6:30
腹の上に硬いが温かな重みを感じて、何時からか無くなっていた意識を取り戻した。ネオは依然として人間の姿のままだった。
僕には仕事があった。だから、ネオの朝と昼の分の食事を準備して、昨日のような失敗をしないようスーツをちゃんと着て、早々に家を出た。
8:00
いつも通り社訓の斉唱を行い、仕事が始まった。いつも通りの業務。いつも通りの周囲の環境。昨日のミスは全員忘れているようで助かった。
9:00
唐突に先輩に呼ばれた。また何か怒られるようなことをしてしまったか不安になっていると、その逆だった。
「いつも後輩の資料を修正してくれていたんだね」
昨日一日休んだだけで、その事実が先輩に伝わったらしい。それも、後輩の資料の不備のために判明したわけではなく、後輩の資料提出の際「いつもあの人に見てもらってから提出してもらっています」と彼が言ったためだった。
僕は誰も自分のしていることを把握していないと思っていたが、その認識は間違いだったようだ。
12:00
昼休み。珍しく先輩に誘われたので昼食を共にすることになった。その席で、会社の偉い人と話す機会が出来た。話した内容はあまり覚えていないが、かいつまむと僕は重要なプロジェクトのチームに抜擢されたのだとか。
僕が限られた時間で後輩の資料を修正しながら、自分の業務もきちんと行っていた、その積み重ねがようやく評価され始めたのだと思う。
社内の評価がうなぎのぼりに上がっていっている気がする。人生が好転しているような気がする。それは全て、僕の認識の変化から生じたのだ。
ネオを少女と認識して、一日休んだだけ。それだけのきっかけで、全てが変わった。
16:00
後輩の資料を修正してばかりだと育たないと思った。そのため、後輩———七海にこれまで修正していた点と、修正方法を教えた。七海は僕に感謝の言葉を伝えてきた。それは、もしかするとこれまでで初めての事だったかもしれない。
今後もこうして仕事を教えた方が、会社のためにも、僕のためにもなると思った。
20:00
先輩―――松永と次のプロジェクトの話し合いをしていた。かなり建設的な話し合いだった。来週から本格的に始動する。なんだか仕事のやる気が出てきた。本腰を入れて取り組んでやろう、そう思う。
22:00
帰宅した。部屋の電気を点け、ネオのための夕飯を準備した。ネオは相変わらず裸の少女だったので、流石に僕の服を着させておいた。ネオは嫌がっているみたいに「にゃあん」と言った。
23:00
ネオと一緒に風呂に入った。ネオが猫の姿だった時は三日に一回入れていた。風呂でも人間の姿だったけれど、もう姿はそれほど問題ではないことを僕は理解していた。
真にネオを愛しているのなら、中身がネオならば、見た目なんて大した問題ではない。これはあくまで僕の認識がネオを少女と見ているだけで、傍から見れば飼い猫と飼い主の関係だ。
ただ僕とネオは僕とネオという唯一無二の関係なのだ。その関係性が今回の僕の認識の変化によって、更に特異なものに昇華したのだ。そう思えば、僕がネオを見た目だけで拒絶することのおかしさが分かるだろう。
「でも、流石に結婚はしないけどな……」
僕がネオとの関係に求めていたのはそういう人間間の幸福の到達点へ至ることではない。僕とネオの関係、その概念はまだきっとこの世界には明確に存在していない。しかしあるところにはあるだろう。
風呂から上がり、改めてネオに服を着せた。僕もパジャマを着て、寝る準備をする。
電気を消す。ベッドに横になる。ネオはすかさずベッドの中に潜り込んでくる。
一般的に猫という動物が人間の眠るベッドに入る理由には三つある。
一つ目は安心感を得られるから。信頼できる飼い主と一緒にいると安心できるからだ。
二つ目は体温調節が苦手だから。寒がりで温かい所を求めてベッドに入るのだ。
三つ目は習性。猫は狭い所を好む動物だ。そのため、狭いベッドに入ってくる。
ネオがベッドに入ってくるのにはどの理由があるのだろう。考えながら目を閉じる。三つの中のどれでもないかもしれない。愛し合っているからかもしれない。
僕の腕の中にはネオが収まっている。これまでどおり。
「………ネオ、おやすみ」
静かに、優しく呟いた。腕の中の小さな黒い存在に。
「うん。おやすみ」
ネオは返した。こちらも優しく、穏やかな声で。それはまるで猫の長くて黒い毛のような柔らかさだった。
「 」
23:58
23:59
24:00
恐怖した。
僕は今このベッドの中にいる得体の知れないモノにこれまで感じたことのない恐怖を覚えている。
理解できない。
コレはいったいどうしてここにいるのだ。なんのために?
逃げられない。
体を動かすことより頭を動かすことに今僕はすべての脳のリソースを割いている。
「なあ、君」
僕はソレに声をかける。
「ネオをどこへやった?」
少しだけ、返答が遅れていた。
「ネオ?あなたの中のネオは私なんでしょ?」
そう言われると、分からなくなる。
いや、違う。僕はやっと確信した。
「違う。猫は喋らない。ネオは喋らない」
「………」
そういえば、この二日間僕は猫砂の掃除をしていなかった。
何もかも正当化していた理論の穴が、余すことなく埋まっていく。
そうだ。ネオは去勢していたが雄だ。雄なんだ。男なんだ。
「答えてくれ。ネオをどこにやった」
僕の声は震えていた。
少女はその大きな目で僕の顔をじっと見た。その目は恐ろしい程黒く、人の理解の遠く及ばない深淵を内包しているようだった。
「さあ。でも、あなたの中であの黒猫は永遠の存在になったはずだよ」
ネオではない、決して猫ではないその存在は、僕の腕の中で不気味に口角を吊り上げた。
こんな作品のあとがきに、一言
「うんこ!」
とか残して終わらせてみたい欲求があります。
読んでいた本の読後感を噛みしめながら、これはどういう意味だったのかとか考えている読者の頭に「うんこ!」を流し込むことでブチギレさせてみたいです。
僕はめちゃくちゃきもいので、この作品を書くにあたって、寝る時にセ〇アで買ったクッションを抱きかかえて、実際に「ネオ、ネオ、ネオ」と言ってみました。
架空の存在でも自分が本当に愛しているのだと思い込んで抱きかかえていると、なんだか心が落ち着いてきます。次第にその架空猫のネオがこの世に存在しているのではないかと思い始めたのです。
ネオの事を夢に見始めた頃には、そろそろ終わらせないとまずいか、と思ってこの作品を完成させました。もうきっとネオの事を夢に見ることはないでしょう。
作品のことをつらつら語っても語りつくせないし、全ては読み手がどう感じたかで変わるでしょう。認識が変われば、駄作も名作に変わる。
これを僕が名作だとか駄作だとか思っても、全ては読んでくれた人によって決まるのです。
そういうわけで
「うんこ!」




