踏切
後輩(仮にTとする)が体験した話。
Tはある時、不幸にも交通事故に遭い、入院することになった。
その病院は住宅地から離れた山の中にあり、近くを電車が通ってはいるものの、駅からも離れたちょっと不便な場所にあった。
そんな僻地の病院に入院したとはいえ、後遺症もなく、寝たきりにならなかったのは不幸中の幸いと言えるだろう。
そして、もともと活発なTは部屋に引きこもりになるのが耐えられず、入院中はリハビリがてらに院内を歩き回っていたという。
おまけにその病院には庭園もあり、敷地内なら散歩も出来るのがTには幸いだった。
なので、晴れた日は庭園の散歩を日課にするようになったT。
高台にあるからか庭園からの景観も見晴らしが良く、晴れた日には遠くの美しい山並みが見渡せた。
夕暮れになれば、斜陽に照らされた山々。
夜になると、きらびやかな町の光が一望でき、そこを気に入ったTは、散歩に行く頻度も徐々に増えていったという。
しかし、Tには一つだけ不満があった。
病院の庭園のすぐ下には、電車の通る線路があり、時間になると電車が通過するため、その音が気になったという。
そうは言っても僻地の路線だ。
電車の本数も少ないし、始発も終電も早い。
運営会社も病院付近を通過する点に配慮しているのか、あからさまな騒音被害までには至るものではなかったらしい。
むしろ、その付近にある踏切の音の方が耳について仕方なかったようだ。
お馴染みの「カンカン」というあの音で電車の接近を告げる踏切は、病院の前の道路伝いにあり、線路を越えて渡る地点にあった。
庭園からも見えるので、日夜問わず赤い点滅灯も目に入ったという。
そんな普通の踏切を毎日、電車の通過と共に目にしていたT。
ある朝、食前の散歩をしていた時、踏切が鳴り始め、そちらへと目をやった。
見ると、踏切の遮断機前に一つの影。
遠目でよく分からなかったが、背格好から小学生に見えたという。
朝の通勤通学時間だったので、きっと近くに住んでいる小学生なのだろう。
そんな風に何気なく見ていたTの前で、小学生は奇妙な動きをし始めた。
最初はただ立っていただけだったけど、踏切が鳴り、しばらくしてから地面にかがんで何かを拾い始めた。
最初、ポケットのお金でもぶち撒けたのかな、と思っていたTだったが、その拾う範囲が段々と広がっていく。
そして、電車の姿が見え、踏切に近付いてきたが、子供は気付いた風もなく何かを拾い続けている。
しかも、段々と遮断機に近付いているではないか。
Tの脳裏に嫌な予想がよぎり、思わず「オイオイ…!」と庭園のフェンスへと駆け寄る。
そんなTの目の前で、子供は電車の接近に気を留めた風もなく、ついに遮断機をくぐり、線路内へと侵入した。
「駄目よ!早く出て…!!」
聞こえるかどうか分からない距離だったが、Tは子供に向かってそう叫んだという。
その声には気付いたのか、立ち上がってTの方を見る子供。
しかし…
Tの目の前で、無情にも電車が踏切を横切る。
思わず目を背けたT。
そして、電車が通り過ぎた後、踏切に広がっているであろう凄惨な光景を想像し、恐る恐る目を向けた。
しかし、そこには何もなかった。
誰一人いない道路と鳴り止んだ踏切。
遠くに広がるいつもの山並み。
全ては何事もない、いつもの風景だった。
しばし、呆然と立ち尽くしていたT。
今見た一部始終が、まるで夢のように思えたという。
その後、Tは無事に退院。
日常へと戻ってきた。
そして、私と久し振りに待ち合わせをした時に、入院中の話になり、その中で聞かされたのがこの不可思議な出来事だった。
私はTに尋ねた。
それは本当に目にした出来事なのか。
何かの見間違いなのではなかったのか、と。
すると、Tは自分の勘違いも含めて、入院中に色々と周囲に聞き込んだという。
そうして、事の次第が徐々に明らかになっていった。
Tが聞いたところ、その踏切でかつて痛ましい人身事故があったという。
電車に轢かれて亡くなったのは、地元の小学生。
学校に行く際に忘れ物に気付き、慌てて帰宅している最中に、遅刻を気にして気が急いたのか、遮断機が下りた踏切内に侵入。
電車と接触して亡くなったらしい。
以来、稀にその子の姿を踏切で見る人がいるという。
Tは暗い表情で言った。
「その子のご遺体はかなり損傷が酷くて…辺りに飛び散ったらしいです」
あの朝、Tが見た子供が何かを拾い集める姿は、もしかしたらそれを集めていた様子だったのかも知れない。
そう考えると、何ともやりきれない。
そこまで話したTは、しばし無言で俯いていた。
大丈夫か、と声を掛ける私にTは小声で言った。
「あの時…」
私はTが落ち込んで俯いていたと思っていたが、その身体が少し震えていることにその時気付いた。
「私が声を上げて注意した時…あの子、こっちを見たんです。遠かったけど、その顔はとても嬉しそうに見えて…それが逆に怖くて」
目を閉じて呟くT。
「本当に声を掛けて、良かったのか…何か、今も混乱してます」
ちなみに、Tは今も踏切はあまり見たくないし、音も苦手らしい。
【ご案内】
例年、開催される「夏のホラー企画」で紹介した過去の作品を「本当にあった怖い話」シリーズとしてまとめております
本作を気に入っていただけたなら、本ページ最上部の文字リンクからジャンプできますのでお楽しみください




