mission1 エージェントドラゴン
私はエージェントドラゴン。
種族はエンシェントドラゴン。
ゲザー国の偉大なる王、カレーナル=ド=ゲザー陛下に仕える一人のエージェントだ!
………………
エージェントだ!
……フフフッ。
エージェント。
響きが格好良いので気に入っている。
何をやる存在なのかは良く分かっていないがな!
……まあ、それは置いておくとしてだ。
今回は、我が主から任務を言いつけられている。
ゲザー国の西に位置するタイラン帝国。
その悪しき帝国が、我がゲザー国に調略の手を伸ばしてきた。
我が国に裏切り者が居るとは思いたくないが、真実を確かめる為に、主は私に今回の任務を申し付けたのだ。
そう、調略を行っているタイラン帝国の貴族の屋敷に侵入し、密書、計画書、そういった物を探し出し、ゲザー国に持ち帰るのが今回の任務だ。
気付かれずに屋敷に侵入し、証拠を集める。
難しい任務だろう。
だが! このエージェントドラゴンにかかれば造作もない事よ!
そう! 何故なら、私がエージェントだからだ!
エージェント……。
やはり、響きが格好良い。
……おっと、そんな事を言っていたら、もう、目的地だ。
目的の貴族が治める町が見えてきた。
危なく目的地を通り過ぎるところだった。
とりあえず降下しよう。
翼を畳んで一気に町に向かって降下する。
雲を突き抜け、風を切る感覚が気持ちいい。
このまま地面に突撃したい気分になるが、今回は隠密作戦だ。
町の上空で滞空する事にする。
町は防壁に囲まれているが、翼を持つ私には意味がない。
町への侵入は問題ないだろう。
滞空しながら町を見下ろす。
町の人間が騒がしい。
祭りでもやっているのか?
叫びながら走り回る人間だらけだった。
「ドラゴンだぁぁぁっ!」
「逃げろぉぉぉっ!」
………………
避難訓練?
良く分からないが、ドラゴンに襲われた態で、避難訓練でもやっているのだろう。
防災意識が高い様で何よりだ。
まあ、騒がしいなら、こちらとしても動きやすいのでありがたい。
とりあえず、領主の屋敷に向かおう。
途中、何やら、矢やら魔術やら飛んできたが、本当に何をやっているのだろう?
あっ、いや、そうか。
ドラゴンに襲われた態なのだから、空に向かって攻撃する訓練なのだろう。
威力が弱いのも訓練なのだからだろう。
あんな攻撃で傷つくドラゴンなどいる訳ないしな。
領主の屋敷の上空に着く頃には、避難訓練も熱が入ってきた様で、矢と魔術が中々の数になっていた。
どうでもいいが、私に当てるのは止めてほしい。
痛くはないのだが、普通にウザったい。
まあ、やろうと思えば、どうとでも対処はできるのだが、私の侵入がバレるといけない。
ここは我慢しておこう。
そんな事を考えていたら領主の屋敷の上空に着いた。
屋敷の人間達が騒いでいる。
「もう駄目だ!」
「逃げろ!」
屋敷から幾人も駆け出してくる。
此奴らも避難訓練か?
まあ、屋敷から人が減ってくれれば好都合なので構わないが、流石に領主の屋敷を無防備にするはどうかと思う。
……とりあえず、侵入口を探そう。
私が読んだ物語では、屋根に上っていたな。
私もそれに倣う事にしよう。
領主の屋敷の屋根に降下する。
それなりの速度だ。
見咎められる前に屋根に降りられるだろう。
目論見通り屋根に降りられた。
だが、屋根が崩れた。
見事な崩壊だった。
……欠陥住宅か?
普通、飛び乗ったくらいで崩れるか?
まあ、屋根裏に侵入はし易くなったので良いか……。
後は、領主の仕事部屋を探す必要があるだろう。
他にも、密書等を隠していそうな場所を見極めないとだな。
首を伸ばせば、近くの部屋は覗けるだろう。
近くの部屋から見ていこう。
そう思って、とりあえず、近くの部屋を窓越しに覗く。
部屋の中では、数人の人間が必死に書類らしき物を搔き集めていた。
一人は領主だった。
主から、領主の容貌は事前に聞いていたので間違いない。
いきなり当たりか?
そう思った時だった。
「ヒッ……!」
そんな声が聞こえた。
声の方に視線を向ければ、一人の男が此方を見て固まっていた。
他の者達も一斉に此方に視線を向けてきた。
思い切り領主と目が合った。
……いかん! バレたか⁉
とりあえず誤魔化さなければ!
……そうだ! 笑顔だ!
笑顔で、気さくに話しかければ警戒されないはずだ!
そう思い、全力で口角をあげてみせる。
「クックックッ……」
後は……、後は何と言えばいい⁉
とりあえず、天気の話でもしてみよう!
「こう天気が良いと、思い切りブレスを吐きたい気分になるな」
部屋に居た者達が、何もかも投げ出して走って出て行った。
どうやら、誤魔化せた様だ。
流石に肝が冷えた。
いきなり侵入がバレそうになるとは思わなかった。
まあ、結果的に良い方向に向かったので構わないだろう。
そう思いなおして、部屋に散乱した書類に目を向けてみる。
その中には、ゲザー国への調略計画書と銘打たれた物が見て取れた。
どうやら、当たりの様だ。
だが、散乱した書類から関連した物を見つけるのは時間が掛かりそうだ。
……正直、もう少し、仕事場所は整理した方が良いと思う。
こんな状況で、良く仕事ができるものだ。
だが、言っていても仕方ない。
主の期待に応えるため、やるしかないのだ。
そう、私はエージェントだからな!
よし! やるぞ!
可能な限り、素早く、そして、多くの情報を集めて持ち去らなければならない。
その為の方法を考える。
そして、一つの方法を思いついた。
この方法ならば、情報を根こそぎ持ち去れるはずだ。
早速、魔術を発動し、屋敷の内部に残った人の位置を探る。
……どうやら、いない様だ。
今現在、屋敷は空の様だった。
考えてみれば、部屋を覗く前に、この魔術を使っておけば良かった。
まあ、今更だ。
それに、状況は良い方に向かっている。
都合よく、屋敷も空になっているようだしな!
早速、新たな魔術を使う。
これで、情報を根こそぎ持ち去れるはずだ。
少し、飛んでみる。
……よし! 上手くいっている!
一気に飛び上がる。
問題は起きていない。
私は、今回の任務の成功を確信した。
自然と笑みがこぼれる。
喜びのあまり、思わず咆哮してしまった。
そして、私は、速度を上げ、主の下へと向かうのだった。
「なんで、根こそぎ持ってきちゃったんですか⁉」
主が目の前で嘆いていた。
何か問題でもあったのだろうか?
「勘弁してください! これ、どうするんですか⁉」
そう言って、主が目の前に置かれた物を指し示す。
そこには、私が魔術で基礎から根こそぎ持ち去って来た屋敷が鎮座していた。
屋敷ごと持ってきてしまえば間違いないと思ったのだが、何か問題だっただろうか?
「いくらタイラン帝国と敵対してると言っても、これはやりすぎですよ! 調略情報だけじゃなくて、相手の財産まで根こそぎ持ってきちゃってるじゃないですか!」
……言われてみればそうだな。
ちょっと、やりすぎたかもしれない。
「これじゃあ、相手の貴族、下手すれば税を上げて損害を補填しようとするかもしれないんですよ! そうなったら、相手の領民からも恨みを買うかもしれないじゃないですか!」
……領民が苦しむのは本意ではないな。
「我が国、土下座外交で生き残って来た国ですよ⁉ 相手を本気で怒らせたら大変なんです!」
そこは大丈夫だ。
私が居るからな。
タイラン帝国位なら、一人で壊滅させられる。
「我が軍、四万足らずですよ! 周辺五か国と同盟を結んでますけど、六か国同盟の最大兵数は十万程度です! タイラン帝国は三十万ですよ!」
私一人で引っくり返せる兵力差だな。
それに、ゲザー国には切り札がある。
主は、それを忘れているのではないだろうか?
とりあえず、そこを指摘しておこう。
「安心しろ。主の土下座は天下一だ」
「土下座外交にも限度がありますよ!」
そんな事は無い。
主の芸術的土下座ならば、どんな状況でも有耶無耶にできるはずだ。
この私をして、主の美しすぎる土下座に魅了されて仕える事にしたのだからな。
主の土下座には無限の可能性がある。
「本当に、勘弁してください!」
主が土下座を始めた。
常人ならば、何時、土下座をしたのかも分からなかっただろう。
それ程の完成度の土下座だった。
だからこそ、これだけはハッキリと言える。
恐ろしく速い土下座。
私でなきゃ見逃しちゃうね。
……しかし、何時見ても美しい土下座だ。
どの角度から見ても完璧な土下座だった。
やはり、主は素晴らしい。
「なんで、貴方は土下座にこだわるんですか⁉」
どうもこうもない。
理由は一つだった。
「私の兄が土下座の達人だったのだ」
「エンシェントドラゴンが土下座の達人⁉」
そう、兄は、何時だって土下座をしていた。
私が他のドラゴンの住処に突っ込んだ時も。
私が気晴らしに吐いたドラゴンブレスが、妖精の森に直撃した時も。
知り合いの不死鳥のおじさんを間違えて踏みつぶした時も。
そう、つまりは……
「冷静に考えると、私の後始末で兄は土下座していたな」
「もしかして、土下座要員が欲しかっただけじゃないですか⁉」
そんな事は無い。
兄の土下座する姿を見て、美しいと思ったのだ。
そして、主は、その兄にも引けを取らない土下座の達人だった。
そんな者に仕えようと思ったのは自然な流れだった。
「私は、主の土下座に惚れたのだ! もっと、自信を持っていいぞ!」
「土下座しなくていい人生を送りたいんですよ!」
流石は主。変わり者だ。
あれ程の域にある土下座を封印したがるとは。
だが、そうはいかないだろう。
「よく考えると、私はドジっ子と言うやつなのだと思う」
「ドジっ子なんて可愛げのある存在じゃないでしょ! 貴方がやらかすと災害なんですよ!」
「うむ。だから、主は土下座する運命にあると思うぞ。何せ、私がやらかすのだからな!」
「やっぱり、土下座要員が欲しいだけでしょ⁉」
そんなつもりはないが、私がやらかす事で主の土下座が見れるなら、私にとってはありがたい限りだ。
これからも、気にする事なくやらかしていこうと思う!
そんな思いを知ってか、主が泣きそうな声で叫ぶ。
「お願いです! できるだけ大人しくしてください! 最近、胃痛が酷いんです!」
主の言葉に、昔が思い起こされる。
兄も胃痛を患っていた。
土下座を極めし者は胃が弱いのだろうか?
そうだとしたら、やはり主は見込んだ通りの者だという事か。
「兄も胃痛を患っていた」
「はぁ……? ドラゴンも胃痛になるんですね」
「うむ! 良く分からんが、ゲザリストは胃痛を患うのだろう!」
「ゲザリストって何ですか⁉ 私を妙な存在に分類しないでください!」
「ゲザリストは土下座を志す者達の事だ! 私が命名した!」
「土下座を志した覚えはないのですが⁉」
「謙遜するな!」
「してません!」
謙虚な男である。
我が兄と肩を並べる程のゲザリストなのだ。
もう少し誇ってみても良いと思う。
だが、その謙虚さが美しい土下座の秘訣なのかもしれない。
そんな事を考えていたら主が何か思い出した様に話しかけてきた。
「今更なんですが……」
「なんだ?」
「この国に土下座外交を伝授したの、ドラゴンだったらしいんですが……」
「なんと⁉」
驚きの事実だ!
主を見る限り、あのレベルの土下座を伝授できるドラゴンなど一人しかいない!
「間違いない! それこそが我が兄だ!」
「ですよね」
主との出会いは運命だったのだ!
兄が土下座を伝授した者達の末裔に私が仕える。
正に運命としか言い様がない巡り合わせだ!
「兄の関わった国に仕える事になるとはな! これは運命だ! これからも宜しく頼むぞ!」
私の言葉に主が深々と溜息を吐いていた。
運命の強さに感嘆した余りの溜息だろう。
「なんでも、幼いドラゴンが家の城に突っ込んだとかで土下座されたのが切っ掛けだったらしいんですよね……」
主が何やら呟いているが良く聞こえない。
まあ、運命を司る神に感謝の祈りでも捧げているのだろう。
「私が居れば、この国は安泰だ! 任せておけ!」
「はぁ」
どこか気の抜けた主の声が聞こえる。
主は、相変わらず土下座の姿勢を崩していない。
そして、額を大地に擦り付けた姿勢のまま、また、何やら呟いていた。
「また、同じドラゴンに迷惑を掛けられるのかぁ……」
相変わらず何を言っているのかは聞き取れないが、些細な事だ。
今は、この巡り合わせに感謝しよう!
喜びを表現する為に空に咆哮を響かせる。
咆哮が雲を裂き、大地を揺るがす。
我ながら、中々に美しい咆哮だった。
調子に乗って、二度、三度と咆哮する。
そして……
そして、その咆哮に驚いた魔物達がパニックになって森から飛び出してきたが、まあ、些細な事だろう。




