7,罪と赦しの果てで、もう一度
「父ちゃん、行ってきまーす」
「おぉ、気を付けてな」
木の扉を開いて、少年は駆け出した。小さなワインボトルを抱いて、街外れの丘を目指す。
(今日はいい天気だな。海も綺麗に見えそうだ)
今となっては見慣れた街を、迷いなく走っていく。子供の足には随分遠く感じるが、この街の象徴は目立っていてよく見える。
真っ青な空の下に映える、白い聖堂。百年前に女王が建てたというその場所は、今では街の人達の憩いの場となっている。時々人生相談なんかもされているらしい。
海の見えるこの街で生まれた少年には、物心つく頃から薄らと知らない記憶があった。
(母ちゃんに言ったら、「夢でも見たんでしょ」って笑われたけど。あれは多分、生まれ変わる前の俺なんだろうな)
ハッキリとしない映像なのに、胸の痛みだけが嫌に生々しくて。これがただの夢ならたまったものではないと、丘を駆け上がっていく。
少年がこの聖堂に通うようになって、八年が経っただろうか。
親に何度か連れられていたんだろうが、聖堂をしっかりと認識して見たのは三歳の頃だったと思う。どうしてか気になって、時々ふらりと見に行くようになって。
暫くして、通っている学校の授業で聖堂についての話を聞いた時、胸が跳ねた。建てられた年代や女王の名前、たった数行程度の説明で終わったそれに、手の震えが止まらなかった。
それからは前よりも熱心に通うようになり、月に一度は必ず聖堂に行くようにしている。
(父ちゃんに「お前みたいな年の子が聖堂好きなんて、変わってるな」って言われたっけ。別に聖堂が好きで通ってるわけじゃねぇんだけどなぁ……)
息を切らせながら到着したのは、太陽に照らされて目が眩むほど美しい――ルネブラン聖堂。
かつての自分の名前と、愛した人の名前の建物。この名前が二人の名前から付けられていると、一体何人の人間が知っているのだろう。
(自分の侍女と、それを殺した男の名前を付けるなんて……本当にあの人は変わってたんだな)
見上げていた聖堂から目を逸らし、目的の場所へと向かう。聖堂の裏手に並んだ、二つの墓。
(来たぞ、フランネル。あと、昔の俺)
墓の前には、前に置いたワインボトルがそのまま置かれていた。それを回収して、新しいものに変える。酒場を営む父に頼んで、小遣いを払って白ワインを少しだけ譲ってもらい、墓に供える。それが少年の月課だった。
「今日も海が綺麗だな。いい気温だし、花も見頃だ」
そこには、かつて女が名乗った花の名前にちなんで、フランネルフラワーとフランネルソウという二種類の花が植えられている。洒落たことをしてくれたもんだ。
一時間ほどそこで景色を眺めたあと、そろそろ帰ろうかと腰を上げる。再びワインボトルを手に抱いて、丘を下りようとした。
――その時だった。
丘を上がってくる、上品な服を着た母娘に目を奪われた。いや……正確には、その娘の方に。
(顔も髪色も、全然違う。違うはずなのに……。あの笑顔と仕草は……アイツの)
息を呑んで立ち尽くしていた少年を、少女の青い瞳が捉える。きょとんと目を丸くして、少し視線を下げた。
「ねぇ、どうしてワインを持ってるの?まだ子供でしょ?」
「……えっ?あっ」
まさか声をかけられると思わず、少年から上擦った声が漏れた。焦って視線を彷徨わせたあと、ぽつりと呟く。
「その……お供えに」
「お供え?ふふっ、お酒が好きな人なのね」
その柔らかな笑みに、何かが胸の奥を刺した。
(……ただ似てるだけだ。アイツも俺も、もう居ない。俺のこの記憶だって、正直気味が悪いし確証もないのに。この子がフランネルだなんて、そんなわけが)
「飲むんじゃなくてよかった。また体を壊したら大変だもんね」
「!?」
その瞬間、時間が止まる。
――今、なんて言った?
問いたいのに、少年の唇は震えるだけ。そして、自分でそう言ったはずの少女は、驚いたように自分の口を押さえた。
「あれ……?どうしてまたなんて。……お母さん」
不安げな表情で、少女は母を見上げる。母は静かにその背中を撫でた。
「言ったでしょう?貴女が時々見る夢や既視感には、必ず意味があると。大丈夫よ。……ほら」
母に背中を押された少女が、少年へと近付く。気まずそうに頭を下げた少女は、少年を伺うように見上げた。
「変なこと言ってごめんね。その……」
困った様子の少女に、少年は泣きそうな笑みで首を振る。
「いい。いいんだ。俺にも少し、分かるから」
「えっ、そうなの!?貴方もなのね!」
少女はまるで花が開いたかのように笑う。キラキラと煌めく瞳が、まるで光を反射している海のようで……とても美しかった。
「名前を……君の名前を聞いてもいい?」
「私、ルネっていうの!貴方は?」
その名前に、少年は彼女の母へと視線を向けた。見守るように優しくこちらを見つめている瞳に、今度こそ涙が零れる。
それをぐしっと手で拭って、心からの笑みを返した。
「俺は――ルブラン。ルブランって呼んで。ルネ」
「えぇ!ルブラン!」
少女は嬉しそうに微笑み、少年の手を取る。風が吹き、海の香りが三人を包む。
ふわりと巻き上がった花びらは、この出会いを祝福しているようで。風の向こうで、誰かが笑った気がした。
「……綺麗ね」
「そうだな」
いつまでも、見ていたいと思った。
これにて、SS含め完結となります!
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
運命に引き裂かれ、対立せざるを得なかった二人の辿り着いた先――百年後の物語はいかがでしたか?
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また、1/31(土)からは先日“亡命編”が完結した、
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