表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

6,色褪せない花の名を記す日々


本編内で語られなかった、フランネルを失ってからのブランの想いが綴られた日記です。

行き場のない心の叫び、変わりゆく心境、色褪せない想い――彼の一生の全てを、どうぞご覧ください。



1XX7年 4月

 今日、王女から白い表紙の分厚いノートを渡された。

 なんだこれ?って聞いたら、日記だって言われた。

 「何か感じた時、あの子に伝えたくなった時、ここに記していきなさい」――だとよ。

 日記なんてガラじゃねぇよ。お前もそう思うだろ?


 まぁ……そうだな。

 報告しておくと、俺は雇用主を裏切ったよ。

 お前の守った王女に付くことにした。

 お前の代わりに、あの人とお前が目指した国にするために、これからは剣を振るう。

 

 もっと早く、こうしていれば……俺は、お前を……。



1XX7年 11月

 すっかり忘れてた。

 王女に「日記は書いていますか?」って聞かれて思い出したよ。

 剣を振るうより、書く方がよほど難しいな。

 そう思ったら、お前が送ってくれた手紙は……よく書けていた。

 俺は、あんなふうに書けねぇよ。




 

1XX8年 2月

 王女は相変わらず無茶ばかりしてる。

 今日だって、書類の山を抱えて倒れそうになっていてよ。

 その姿を見て――あの日が頭を過ぎった。

 思わず手を伸ばして、「やめてくれ!」って叫んじまった……。

 王女は、俺の顔を見て「ごめんなさい」と悲しそうに謝ってた。

 あの人が謝ることなんてねぇだろ。

 俺が謝り続けなきゃなんねぇことなのに。

 俺もあの人も、まだお前を失った痛みは消えてねぇよ、フランネル……。



1XX8年 2月

 昨日、王女が倒れるところを見たせいか。

 夢を見た。あの日の夢を。

 俺にとって、最も罪深いあの日を。

 俺の手で……俺の手でフランネルを……っ!

 

 俺は、何を守ったんだろう。

 お前を傷付けて、俺は……。


 起きた時、枕が濡れてた。

 笑えねぇな、男のくせに。



 


1XX9年 5月

 前に書いてから一年以上経ってたんだな。

 あの夢を見た日から、無心で役目に専念してたんだ。

 

 今、王女が玉座に上がる準備をしてる。

 それを邪魔しようとする元王子派の貴族が、昼夜問わず刺客を差し向けてくるんでな。

 日記を書いてる余裕もないくらいに忙しいよ。

 お前が守った主人は、絶対に俺が守り抜くから。

 安心してくれ。



1XX9年 7月

 ふと気になって、王女に「女王になろうとしてんのに、俺みたいなやつを連れてていいのか?」って聞いたんだ。

 そうしたら「貴方が居るから、わたくしは立っていられるのです。貴方と、貴方を通して見えるあの子が、進むべき道を忘れないように教えてくれるから」って言われたよ。


 俺は……きちんと前に進めてるのか?

 なぁ、フランネル。

 今の俺は、間違ってねぇだろうか。





1XX0年 1月

 (ようや)くだ。

 フランネル、あの人が女王になったぞ。

 年明けすぐのめでたい発表だと、新聞や号外が沢山撒かれたらしい。

 国はまだ不安定だけどな。

 それでも、やっと……お前の望んだ未来に進めている気がする。


 戴冠式の王女……いや、女王は凄く綺麗だった。

 あの人も、お前にその姿を見せたかっただろうな。


 今日はいい日だから、この後お前と飲んだ白ワインを開けるつもりだ。

 お前のために、グラスは二つ置いておくよ。



1XX0年 3月

 まだ残っていやがる元王子派の刺客に、女王が狙われた。

 幸いにも女王に怪我はない。

 仲間の何人かが命を落としたが。


 まだ、気を抜いちゃいけねぇ。

 俺の役目を、忘れちゃいけねぇよな。


 

1XX0年 12月

 気が付いたらあっという間に年末になってたよ。

 戴冠式が昨日のことのようだってのに。


 女王が狙われてから、俺はまた夜に潜む日が増えた。

 その方が暗殺者だった時の力を最大限に活かせるからな。

 女王や女王の勢力を削ごうとする奴らを狙い、裏で血を流す。

 こうして俺は命を奪い続けているのに……俺はお前に赦されるんだろうか。

 




1XX1年 1月

 夢に出てくるんじゃねぇよ。

 「ちゃんと寝てる?」なんて……。

 俺はお前に心配される資格なんてねぇだろ。

 でも……久しぶりにお前の声を聞けて、嬉しかった。

 お前の分まで俺がやらなきゃなんねぇんだよな、フランネル。



1XX1年 3月

 今日、初めて女王に怒られたよ。

 「自分を罰するために、貴方に剣を握らせているのではありません!」ってな。

 償いだろ?間違ってねぇじゃねぇか。

 そう言ったら、「その穢れを背負って、誰かを救っているのです。あの頃の貴方とは違うはずですよ。それもまた“誇り”と言えるはずです」って返されたよ。


 お前の言ってた“誇り”ってやつを、いつか俺も思えるようになるんだろうか。

 今の俺には……まだ分かんねぇよ。



1XX1年 9月

 フランネル。

 日に日に国の空気が、いい方向へと変わっているぞ。

 お前の守った女王は本当に凄い人だな。

 貧民街も改善されてきてるし、孤児が守られるようにって、孤児院も建てられた。

 俺達みたいな親の居ねぇ子供に、帰れる場所が出来たんだ。


 いつかあの人が言ってくれた、「貴方のような人をなくしたい」って言葉が形になったみてぇだよな。

 この時代に生まれる奴らが、少し羨ましいよ。



1XX1年 12月

 日が経つにつれて、お前の顔が上手く思い出せなくなってきた。

 目を閉じたら、いつでもそこに居る気がするのに。

 苦しくて辛ぇ時にはあれだけハッキリ思い出せたのに、思い出したくなった時に朧げになるなんて。


 ……会いたい。会いてぇよ、フランネル。





1XX2年 2月

 女王が一枚の絵をくださった。

 お前がルネとして仕えていた頃、自分の肖像画を描いてもらうついでに描かせたものらしい。

 ここに描かれているお前は、使用人の服を着て、ちょっとすました顔をしてて……笑っちまったよ。

 俺の前では上品ぶった態度だったのに、お前にもこんなところがあったんだな。


 女王はよく見てやがるな。

 俺の考えてることなんてお見通しみてぇだ。


 あの頃のお前にもう一度会えて嬉しいよ、フランネル。

 

 

1XX2年 8月

 女王に呼ばれて部屋に行くと、今度は大きな絵画を見せてくれた。

 俺はフランネルの絵だったから喜んだだけで、絵なんかに興味ねぇよって思ってたら、「あの子に話した、海を描いてもらったのです」って言われたんだ。

 女王の執務室に飾るんだってよ。


 でも……俺、絵なんて見ても分かんねぇからさ。

 「やっぱりでけぇ水溜まりみたいなもんじゃねぇの?」って言っちまってさ。

 女王に「ブラン、それは湖ですよ?」って、お前と同じことを言われたよ。

 絵で見る海よりは、グラスで揺れる白ワインの方が、俺は綺麗だったと思うけどな。





1XX3年 3月

 女王の婚約が決まった。

 相手は長く女王を支えてきた、女王派の公爵家の令息だ。


 女王が女っぽく顔を赤らめてるところなんて、初めて見たよ。

 案外あの人も可愛らしいところがあったんだな。


 あの人は幸せそうだよ、フランネル。

 でも……二人を見ていると、泣きたくなるんだ。

 俺の側にお前が居ないからなんだろうが……自業自得なのに、情けねぇよ。



1XX3年 11月

 女王の国は安定してる。

 どうしたって不穏分子を完全に排除するのは難しいんだろうが、俺が剣を握らなくてもいい日が来るのかもしれねぇな。


 そうしたら……俺はどうすりゃいいんだ?



1XX3年 12月

 何かを書こうとしたはずなのに、何を書けばいいか分からなくなっちまった。

 俺はどうしてこれを書き続けてるんだろうな。

 誰に向けて書いてるのかなんて、分かりきってるのに。

 フランネル……。

 


 


1XX4年 2月

 久々に大規模な戦闘があった。

 来月に控えている女王の結婚を邪魔したい奴らの仕業だろう。


 いつも通り、女王も、婚約者の公爵令息も守ったぞ。

 ただ、剣を振るうたびに右手に痺れを感じるようになった。

 傷の治りも遅ぇ気がする。

 前に比べりゃ無茶な仕事はしてねぇはずなのに、胸が痛む頻度も増えてるような……。

 酒の飲み過ぎか?

 お前に怒られちまうな。



1XX4年 3月

 今日は女王の結婚式だった。

 これから三日三晩、祭りだってよ。

 城下もきっと賑わってるんだろうな。

 あの酒場もきっと……。


 フランネル。

 今日は久しぶりに俺と飲んでくれねぇか?

 またグラスは置いておくから。

 今日くらいは飲みすぎたって、お前も怒らねぇだろ?


 なぁ、フランネル。

 今日の光景も、賑やかな街も、俺が守った結果なんだよな。

 赦されねぇようなことも沢山してきたし、俺の手は変わらず血に濡れてるけどよ。

 お前の言ってた“誇り”ってやつを、少しは分かった気がするよ。



1XX4年 10月

 フランネル!

 女王が懐妊されたって。

 まだ内密らしいけど、ここでお前に報告するのは許されるよな?

 

 ルネとしてのお前を知らねぇから、それを聞いたお前はどんな反応しただろうなって想像したよ。

 俺の中のお前は、瞳を潤ませながら綺麗な笑顔を浮かべてた。

 合ってるか?

 俺が思ってる以上に、お前ははしゃいだだろうか。

 それとも号泣しただろうか。

 

 



1XX5年 1月

 ヘマをした。

 手の痺れのせいで、敵の剣を受けきれなかった。

 こんな深手は久しぶりだ。

 傷口が熱をもったように熱い。


 女王にとって大切な時期なのに……!



1XX5年 2月

 酒で痛みを誤魔化しながら復帰した。

 こんな怪我のせいで女王や子を守れなかったら、後悔してもしきれねぇだろ。

 今は無理してでも、あの人を守らねぇと。

 

 フランネル……祈っててくれ。



1XX5年 7月

 もう休めばいいのに、女王は執務室で今日も書類を捌いていた。

 王配も心配そうにしているってぇのに、相変わらず熱心な人だよ。


 飾られている絵が目に入って、約束を思い出した。

 お前は使命を果たすまではここを離れられないって、海を見に行かなかったんだもんな。

 

 今のあの人には王配が居る。

 国も十分に落ち着いてきた。

 それに、まだあの日の傷が尾を引いてるせいか、前のように役目を全う出来る状態じゃねぇからな。

 

 女王の体調が落ち着いたら、フランネルとの約束を果たすのもいいかもしれない。

 この状態が続くなら、一度体を休めて、万全な体で復帰した方がいいだろうしな。

 女王にもらったお前の絵を持って、一緒に海を見に行こうか。


 

1XX5年 8月

 女王のお子が生まれた。

 元気な男の子……王子だそうだ。

 

 幼い子供の命は儚いらしいからな。

 無事に成長してほしいもんだ。

 女王の剣になったつもりだが、いつの間にか守るものが増えちまって困る。


 海に行こうかなんて書いてたけど、俺に休める時間なんてあるのか?



 


1XX6年 2月

 女王に半年間しつこく言われ続けて、ついに王子を抱くことになってしまった。

 死を覚悟するような経験なんて沢山してきたのに、それよりも恐怖を感じたよ。

 赤子を抱くなんて、落とさねぇか傷付けねぇか、怖くて怖くて仕方ねぇだろ!

 固まる俺を見て、女王は笑っていらしたよ。

 勘弁してくれ……。


 赤子を抱くなんて、俺なんかより……。

 

 

1XX6年 6月

 なんでか知らねぇけど、どうやら王子は俺のことを気に入っているらしい。

 話せもしねぇし、どう思ってんのか分かんねぇけどな。

 たまに女王や王配が王子を抱いているところに出くわすと、必ず手を伸ばしてくるんだよ。


 なんで怖がらねぇんだって顔を(しか)めたら、「赤ん坊は、本能的にその人が危険かどうかが分かるらしいですからね」だって。

 いや、俺が一番危険だろうが。

 


1XX6年 11月

 季節の変わり目に、血を吐いて倒れた。

 女王の顔が酷く歪んでいくのだけが分かって、気付いたらベッドに寝かされていた。

 

 医者曰く、俺はもうあまり長くはないらしい。

 それどころか、よく生きているなと言われたくらいだ。

 ……まぁ、そんな気はしてたけどな。


 前々から起きていた心臓の痛みや手の痺れは、病気の症状だったらしい。

 「この体で南の地まで行けるか?」と聞いたら、難しいだろうって言われちまった。

 行っても戻ってこれるか分からない、と。


 戻って来れなきゃ困る。

 俺が死んだ後のことは、女王に頼んであるからな。


 ……悪い、フランネル。

 俺も、海には行けねぇみたいだ。



1XX6年 11月

 女王が見舞いに来てくれた。

 それはもう、こっぴどく叱られたが。

 

 あの医者の爺さん、全部喋りやがったらしい。

 「いつから前兆があったのですか」「どうして早く言わないのですか」って……泣かせちまったよ。

 お前の大切な主人を。

 ……前兆がいつかなんて、覚えてねぇよ。

 胸の痛みなんて言い始めたら、フランネルと会ってた時にもあったからな。


 無茶な生き方をしてきた自覚はあるし、古傷も多けりゃ、毒に慣れるために沢山体に悪いもんも飲まされてきたし。

 長くは生きられねぇだろうとは思ってたが……せめてもう少しだけ、耐えてほしかったな。





1XX7年

 筆が重い。

 体の内側から、少しずつ何かが失われていくみたいだ。

 武力で人生を守ってきた俺から、こんなものを握る力さえなくなるなんてな。

 

 血は吐くし、体は言うこと聞かねぇし、どこもかしこも痛ぇけどよ。

 不思議と穏やかなんだ。

 

 もう誰も殺せない。

 もう誰も殺さなくていいんだ。



 

 今日見た夢に、仕方なさそうに笑ってるフランネルが出てきた。

 そんな顔をするなよ。

 十分生きただろ。

 結局海は見れなかったし、王都の外に出ることもなかったけどよ。

 綺麗なものは、それなりに見れた気がするから。




 また夢を見た。

 今度の夢には、海が出てきたよ。

 執務室にある絵画に入っちまったような、そんな場所だった。

 あれが本当なら……確かに綺麗なところだな。

 そこに、フランネルの姿が見えたんだ。

 一人先に行ってたのかよ。

 そろそろ俺も連れてってくれねぇか?

 

 



1XX8年

 もう、筆を取るのも難しい。

 

 今度こそ、約束を果たしに行く。

 あの海に、一緒に行こう。

 

 ――待っててくれ、フランネル。

 








 女王は、月日が経って少しくすんだ日記を静かに閉じた。これまでの日々を思い返しながら、指先で表紙を撫でて微笑んだ。


「行きなさい。あちらの世界で、あの子が待っていることでしょう。これを持って、あの子にこれまでの日々を伝えておいでなさい」


 穏やかな表情で眠るその胸元に、そっとそれを乗せる。ふわりと吹いた風が、パラパラと頁を捲った。



 


 ――また、夢を見た。

 海の見える丘で、お前がグラスを片手に微笑んで待つ、優しい夢だった。



 


お読みくださり、ありがとうございました。

涙腺激ユルの私は、大体こういう時は泣きながら書いています(苦笑)

皆様の心にも響くものが書けていれば幸いです。


SSとしては、本日もう一本アップいたします!

ブランが亡くなった後、二人の魂の巡る先の物語になります。

そちらも合わせてご覧いただけますと幸いです( .ˬ.)"


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ