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1,望まぬ出会いと交わしたグラス


ご覧下さり、ありがとうございます( .ˬ.)"

本日中に完結する、“悲恋×救済”をテーマにした連載型短編です!

更新は、12:30・14:30・16:30・18:30・20:30

の5本ですので、是非とも最後までご覧いただけますと幸いです。


では、本編をどうぞお楽しみください!




 ――『第一王子殿下、王国再興のため新たな徴税令を公布。王女派の貴族がこれに反発。民衆の間に不安広がる』



 王都の外れに貼られた古い壁新聞が、風に晒されてカサカサと音を立てていた。誰も見向きもせず、紙の端が千切れて舞い上がる。


 男はその紙切れを踏み付けるようにして通り過ぎた。夜の帳が下り、辺りは酒場の灯りだけが通りを照らしている。

 

 酒と煙の匂いが染み付いた木の扉を開けると、陽気な笑い声が疲れた心に纏わりついた。


「……いつもの」

「はいよ」

 

 男は慣れた様子で席につき、カウンターに肘をついてグラスを傾けた。淡い琥珀色の白ワインが、灯火を反射して静かに煌めく。


「……俺の隣で、赤ワインだけは頼んでくれるなよ」


 ふと隣の席に近付いてきた女に、男はぼそりとそう告げた。女は長い睫毛を揺らし、小首を傾げた。


「どうして?赤ワインなんて一般的なお酒なのに」

「嫌いなんだ。……嫌なもんを思い出して、酒が不味くなるから」


 男はグラスを回しながら、剣呑な声で言い放つ。これで離れていくだろう――そう思っていた。


「そう。不快になるものを頼まれるのは嫌よね。それじゃあ、貴方と同じ白ワインにしようかしら。マスター、お願いね」

「はいよ」


 あっさりと納得され、男は思わず眉を(ひそ)めた。しかも当然のように隣に腰を据える気らしい。


「あら。嫌われようと思って言ったの?赤ワインが嫌いなのは嘘?」

「赤ワインが嫌いなのは本当だ。でも、普通あんな言われ方をしたら嫌な気分になるだろ」

「ふふっ。私、人の言葉の嘘を見抜くのが得意なの。何となくだけれど、本当に嫌なのねと思ったのよ。もし嘘だったら、ちょっとした特技の自信をなくすところだったわ」


 女はマスターから白ワインを受け取ると、何故かこちらにグラスを傾けてきた。上品ぶった笑みを浮かべて、グラスを揺らす。


「せっかくお酒を飲むのに、私だけいい気分なのは良くないでしょう?寧ろ教えてくれて嬉しいわ」

「はっ!変な女だな」

 

 男は仕方なく同じようにそれを持ち上げ、チンと軽い音を鳴らして乾杯した。そんなやりとりから、男は女を「レディ」と呼び、女は男の飲んでいた白ワインにちなんで「ブラン」と呼ぶようになった。


 


挿絵(By みてみん)




 二人に約束はない。


 時々酒場に来て、顔を合わせれば一緒に酒を飲んだ。そうしてほんの少し世間話や愚痴を語る。互いの過去も仕事も、本当の名前さえも知らないまま。他愛のない話をダラダラと話すだけ。


 人生において、きっと砂粒ほどの僅かな時間だろう。けれど、二人にとってそれは“束の間の安らぎ”だった。


 


 ある日、ブランは苛立ちながら酒場の扉を押し開けた。


 握り締めて皺だらけになった一枚のカードを取り出し、暖炉へと放り投げる。火に呑まれるそれを暫く無言で見つめてから、力が抜けたように椅子へ腰を落とした。


 マスターは何も聞かずに白ワインを置いてくれた。ブランは一気にそれを飲み干して、胸を押さえる。


 緊張が解けたからか、そこが軋むように傷んだ。こんなことは今までなかった気がするが。


(……まぁ、酒でも飲めば治るか)


 そうしてワインを飲みながら何度か溜息を吐いた後、背中からいつもの調子の声がかかる。


「どうしたのよ。飲み過ぎて気持ちが悪いの?」

「違ぇよ。俺がどれだけ飲んでも酔えねぇの、知ってるだろ?」


 ジロリと鋭い目を向けても、レディは全く動じない。それを分かっているからか、最近どんどん対応が雑になってきている。


(雑に……というより、コイツを許してきてるんだろうな。はぁ……)


 こんな時間に一人で酒場に来る女に、碌な奴は居ない。ベタベタされるのは嫌いだし、女はいつも睨んで突き放してきた。


「それならどうしてそんな顔してるのよ。ほら、ブランの好きな白ワイン頼んであげるから」


 それなのに、どうしてコイツはこうも普通に話してくるのか。どうせ一日だけだろうと思っていたのに、気付けば何度も酒を飲む仲になってしまっている。


「レディ、勝手に頼むな。まだグラスがあるの、見えてるだろ?」

「それくらい、すぐに飲んじゃうでしょう?吐き出したいことがあるなら、聞いてあげるから」


 ブランの眉が僅かに寄る。


 吐き出したいことなんて、腐るほどある。でもそれは、おいそれと打ち明けられるものでないことは、ブランが一番よく分かっていた。


「仕事に嫌気が差してるだけだ」

「そう……。辞められないの?」


 レディは、俺の過去を聞かない。「何の仕事なの?」と聞かれても、言えないと答えるつもりだったが。この女は、こういうところが本当にいい。

 

「辞めらんねぇな。俺は生まれた時から親が居なくて、そこで育てられたからな。辞めるっつっても、探し出されて連れ戻されるんだよ。雇用主が離してくれねぇんだ」

「なにそれ。貴方、もういい歳でしょ?親代わりの主人が過保護なの?」

「……そんな可愛いもんだったら、どんだけよかっただろうなぁ」


 結局レディによって頼まれた白ワインが二つ、カウンターに置かれる。乾杯して流し込んだ酒は、さっきよりも甘い気がした。

 

「レディは主人がいい奴なんだろ?」

「えぇ!私は充実した毎日を過ごしているわよ!」

「チッ。少しは言うのを躊躇えよ」

「うふふ!ブランの雇用主とは違って、私の主人はそれはそれはいい人よ。きちんと休みもくれるし、体調や心まで気遣ってくれるもの」

「あーあー!羨ましいことで。ちくしょう……」


 本当に羨ましいと思う。でも、こうして話しているだけで少し気が紛れる。こんなクソみたいな人生も、他愛のない話の一ページに過ぎないんだと思えて。

 

「私の悩みはブランとは違うの。多分、逆ね」

「逆って?」

「主人が素晴らしい人で、ずっと雇っていただきたいと思っているわ。でも、事情があって大変な方なの」

「雇用主の方がボロボロなのか?」

「ボロボロ……というのとは少し違うのだけれど、そうね。色々と背負ってしまう人だから心配なの」


 レディは憂いを含めた瞳で白ワインを見つめる。こんな風に思ってもらえる雇用主ってのは、さぞ素晴らしい人間なんだろうなと……胸が傷んだ。


「なんだ、雇用主に恋してんのか?」


 そう口にして、俺は何を言ってるんだ!?とブランは焦る。他人の――レディの人生に踏み込むようなことを言うつもりなんてなかった。レディもびっくりしたように目を丸くしている。


「いや、その……あんまりにも切なそうな声で言うもんだから!忘れてくれ」

「ぷっ!ブランの口から“恋”なんて言葉が出ると思わなかったわ。今日はなんて楽しい日なのかしら!マスター、おかわりちょうだい!」

「おい……っ!」

「ふふふっ!ちなみに言ってあげるけれど、私の主人は女性よ。確かに大好きだけれど、恋愛感情はないわ」


 ブランはつっけんどんに「そうかよ」とだけ返す。ぷいっと顔を背けるが、耳まで熱い気がした。


「ねぇ」

「なんだよ」

「私のこと、フランネルって呼んで」

「!?」


 ブランは突然名前を教えられ、ぎょっとする。こうなれば自分も名乗らなければならないが、困ったことにそんなものは持ち合わせていない。


「おい、俺は……」

「いいの。私にとっての貴方はブランでいいの。だって、ずっと“レディ”のままじゃ味気ないじゃない」


 それは確かにそうかもしれないが。ブランは嫌そうな目を向けるも、期待を込めた眼差しを返されて……白旗を上げた。


「……フランネル」

「ふふっ。ありがとう、ブラン」


 その日は上機嫌なレディ――改めフランネルに付き合わされて、沢山飲んで。全てを忘れられたような気がした。

 


 ――気がした、だけだった。



 

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