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(5)聞き込みと呼ぶには乱暴な


「御子柴くんも知ってるよね? 四月に柚月ちゃんが事故に遭ったこと」


「まあ……でもあれってただの転倒だろ? 道端で転んだって。それで骨折とかどんだけ弱い骨してんだってハナシ」


「怪我人にその言い分は良くありません。訂正してください」


「んで。右足折ってしばらく松葉杖だったけど、ある日急に朔の車椅子使い始めたってところまでは噂で聞いたけど」


 一時校内で話題になった噂を語る。真魚の抗議の眼差しを軽く聞き流しながら、「その理由までは聞いてないな」と付け足した。


 すると、看森はふっと俯きがちに、


「柚月ちゃんは、逢原さんになろうとしてるんだ」


「えっ?」


 声を漏らしたのは真魚だった。哲郎はただ肩をすくめただけだ。


「と言っても、取って代わりたいとか思ってるわけじゃないと思う。そうじゃなくて、なんて言ったらいいかな。……柚月ちゃんって、前から逢原さんにすごく憧れてたでしょ?」


「あれは憧れっつーか。もっとキモくてねちっこいやつだろ」


 看森が「あはは……」と苦笑する。


「だから、逢原さんが倒れて入院したって知ったとき、柚月ちゃん、すごく動揺したみたいなんだ。そのあと、いつ目が覚めるかもわからなくなったって葛西先生に聞かされて。だんだん魂が抜けたみたいになっちゃって。ぼーっとすることも多くなって」


 看森は麻綾とおなじクラスで、おなじ部活に入っている。麻綾の変容を実際に近くで見てきたはずだ。


「そんなときに怪我をして。いつだか、学校に置きっぱなしになってた逢原さんの車椅子を使うようになったんだ。……それからだよ。柚月ちゃんが、逢原さんの振る舞いとか、喋り方とか、真似するようになったのは」


「あのキモイ喋り方か……。あれ、全然朔に似てないよな。マジで朔のこと好きなのかよ、あいつ」


 同意か同情か、真魚も苦い顔をしている。


「じゃあ、演劇部の部長になったのもあれか。逢原の真似か」


「まあ、そんな感じ」


「だとしても、よくあんなに部員が集まったよなあ。あいつの人望じゃ、ふつームリだろ」


「演劇部に未練がある子は少なくないよ。何人かは、僕も頼んで残ってもらったけど。それにそもそも……逢原さんに憧れてたのは、柚月ちゃんだけじゃないし」


 三角座りをしている看森が両膝の間に顔を埋める。長い睫毛が頬に影を落とす。自嘲げな表情に見えるのは、哲郎の気のせいではないだろう。


 きっとみんな、どこかで逢原朔を求めている。


「ひょっとして……湯川くんが女装しているのは、柚月さんの命令ですか?」


「うん。逢原さん、何度か僕に女性役やらせてたでしょ? 柚月ちゃんもそれを覚えてたんじゃないかな。あとは、胡桃沢さんのこともあるのかも」


「クルミちゃんも去年とは別人になっちゃったしな。……でも、ぶっちゃけそれって柚月のワガママだろ。ミモリンが素直に従ってやる必要、あんの?」


 学校の許可を得て、校舎では看森はずっと女装をしている。女装をして、車椅子係まで引き受けて、麻綾に付き従っている。


「つーか。ちょっと甘やかしすぎ」


 看森が、ちら、と目を逸らす。


「……逢原さんがいなくなってさ。元気がなくなった柚月ちゃんを見てたら、なんだか可哀想に思えちゃって。不健全かもだけど、今のほうが、活き活きしてるし」


「ミモリンは他人に甘すぎ。将来DV夫と結婚して破滅するタイプだろ」


「湯川くんは男子です」


 看森はまぶたを閉じて「……ごめん」と言った。


「今の柚月ちゃんがダメな状態なのは僕もわかってる。だから、なんとかしてあげたいんだ。僕がなに言ってもたぶん響かないけど……でも、御子柴くんの声ならきっと聞いてくれるはず」


「なんでそうなんのかね」


「だって……逢原さんも、そうだったから」


 その言葉に、哲郎は苦虫を噛み潰したような顔になった。


「みんな逢原、逢原って。どんだけ好きなんだよ。あいつのこと」


 逢原朔はもういないというのに。


 ザクッ、と砂を鳴らし、真魚が一歩踏み出す。


「その願い。引き受けました」


 哲郎は、はぁ、と息をつく。この少女は。また性懲りもなくその場の勢いで、安請け合いなんかしてしまって……。


「ちょいちょい、なに勝手なこと言ってんの真魚ちゃん」


 哲郎は少し身を屈め、「薫ちゃんはどうすんのさ」とこっそり耳打ちする。真魚は「そ、それは……」と言葉に詰まった。やっぱり。なんの計画もなかったようだ。


「助かるよ。このままだと柚月ちゃん。一生歩けなくなるかもしれないし」


「いや、今のはいったんナシで」


(ん?)


「ちょっと待って。今……なんて?」


 気のせいか、聞き捨てならないことを言われたような。


「このままだと、歩けなくなるかもなんだ。柚月ちゃん」


「な、なんでですかっ?」


 真魚が動揺して身を乗り出すと、看森はただ諦めたような笑みを浮かべて、


「柚月ちゃん。リハビリもしてないらしいんだ。たぶん治すつもりがないんだと思う」






  **






 予定変更に差し障りはない。

 当初薫を一番に選んだのは、こう言えば難だが、攻略難易度を想定した上の決定だった。それが後で急を要する事情が判明したので、順番を前後することになったというだけの話だ。のっけから見事に出鼻をくじかれた形だが、ここは臨機応変にやっていくしかない。


 後日からさっそく哲郎は動き出した。


(とりあえずは聞き込みから、と)


 物事の攻略には情報集めが必要不可欠だろう。刑事もののドラマでも定番の流れ。正直なところ今でも真魚のお節介には懐疑的な哲郎だが、約束したからにはとことん付き合ってやるつもりである。


「というわけでさ。薫ちゃんなんか知らない?」


「知らん。帰れ」


 昼休みの教室にて。

 哲郎はランチタイム中の堂前薫を突撃した。了解も取らず対面の席に座りながらの質問だったが、すげなく一蹴されてしまった。


 薫は頭痛にでも耐えるかのような表情をしていた。


「おまえがここまで鳥頭だとはな」


「あーわかる? 今朝ワックス変えたんだよ。こう、ふわっと束感出るみたいにさ」


「髪型の話じゃない。二度と顔を見せるなと言ったはずだろう。もう忘れたのか」


「なら最初からそう言えばいいじゃん。回りくどい男はモテないよー?」


「一発殴らせろ。話はそれから」


 薫ちゃんって血圧高そうだなあ、と哲郎は思った。


 薫はこれ見よがしに、大仰なため息をつく。やがて投げやりに「なにを調べているのかは知らんが」と前置きして、


「柚月のことを聞きたいなら演劇部に聞けばいいだろう。なぜ俺に訊く」


「ミモリンとは話したよ。もちろんほかの子にも訊くつもり。だけどまずは親友の薫ちゃんに、有益な情報を教えてもらおうってさ」


「だれが親友だ。だれが」


「薫ちゃんはさ。なんで演劇部に戻らないの? なんか理由あんの?」


 薫は黙々と箸を動かし、五つあるタコさんウィンナーを一つ摘まんだ。意外にも可愛いらしい弁当だ。自作だったらおもしろい。哲郎は思う。


「そもそも演劇部が存続しそうだと聞いた段階で、俺はもうバスケ部に転部していた。今更辞めるわけにはいなかった」


「タイミングが悪かったってハナシ?」


「俺にだって思うところはあった。もし逢原さんが目を覚ましたとき、演劇部がなくなっていたらきっと寂しい思いをさせるだろう。だから最初は兼部を願い出たんだ。だが、柚月のやつに拒まれた」


「拒まれた? 薫ちゃんって柚月と仲悪かったっけ?」


「知らん。ほとんど話さんからな。だが聞けば、ほかにも何人かおなじように拒絶された者がいるそうだ。とりわけ俺だけが追い払われたわけじゃない」


 ふぅん、と哲郎は気のない相槌を一つ。


「……んで。なんで薫ちゃんはバスケ部にしたの?」


「柚月と関係ある質問をしろ」


「興味あるんだよね。薫ちゃんがバスケとかしてるイメージなかったし。体育会系っぽい感じはするけどさ」


 薫はがっちりとした身体付きで背も高く、体力もかなりあった。考えれば考えるほど、なるほど、たしかに向いていそうだとも思う。


 薫は水筒の蓋を外し、無言で呷る。スポーツ用の大きな水筒だった。

 飲み終わり、口を指で拭う。すると薫は不敵に笑い、「中学の頃、俺はバスケで全国まで行った」と明かした。


「え? マジ? 聞いてないんだけど」


「言ってないからな。……もういいだろ」


 薫はしっしっと手で追い払う仕草をした。






 哲郎は現部員への聞き込みを続けた。


「部長が変わったところ? んー、そう訊かれてもな。元からすごく変わった子だったし。喋り方とか態度とか、変なところ挙げたらキリないし」


「そんなんで、よくあいつについていけてるね」


「みんなもう慣れっこだしね。今更困ることもないよ。困るって言うとやっぱ人手不足かな? もっと男子がいたら小道具とか運ぶのも楽だし演技の幅も広がるんだけど。……御子柴くんさ。やっぱ戻ってこない?」


「遠慮しとく」


「えー。女子だけだとつまんないよー」


「男子ならミモリンがいるじゃん」


「え? あー……」


 現副部長の女子生徒は遠い目をする。どうしたのかと思えば、「そういえば、湯川くんって男の子だったね」となんとも悲しいことを呟いた。女子からも女子だと思われているのか。湯川看森。なんて憐れな。


「じゃあ、友達待たせてるから」


 副部長が廊下の先に消えていく。


 話を聞いた限り、演劇部はつつがなく運営されているようだ。あの我儘な女が部長であることを思うと、これは驚きだ。まあ、きっと周りが優秀なんだろうな、と哲郎は想像した。


「あら、御子柴くんじゃない」


(噂をすれば)


 行く手を塞ぐように、車椅子に座る柚月麻綾が現れた。


「部長であるわたしを差し置いて、副部長となにを話していたのかしらね? もし演劇部に戻りたいなら、まずわたしに言うべきじゃないかしら?」


 なにも言っていないのに話を飛躍させる麻綾。この妙ちくりんな口調、聞けば聞くほど癪に障る。


「おまえの悪口で盛り上がってたんだよ。あいつ最近調子乗ってるよなって」


「は、はあ?」


「いやほんと、残念な部長持つと周りが大変だよな」


「だ、だれが残念やっ。うちかていろいろ考えてやな……!」


「うわ、出た方言。ヤッバ、たこ焼きクセー」


「こいつ……‼」


 まんまと怒りに顔を真っ赤に染める麻綾。単純なやつだ。やはり、こういうところは変わっていない。


「まあ、それはさておき」


 哲郎が、じとっとした眼差しを送る。

 麻綾の後ろ、そこには、付き従うように車椅子を押している鍛冶谷真魚の姿があった。


「真魚ちゃんは、一体なにしてんの?」


「どうも」


 ぺこり、と頭を下げられる。使用人のような態度だ。


 麻綾がしたり顔を浮かべる。


「あら? わたしの召使いになにか用かしら? 用があるなら主人を通してほしいのだけれど?」


「まさか、マジで召使いになっちゃったの? 真魚ちゃん」


 麻綾のことは無視し、哲郎は呆れたように言う。真魚が言った。


「わたしは、わたしにやれることをやっているだけです。演技はおろか、裏方作業もろくにできないわたしにはこれが相応しい職業でしょう。あっ、そろそろ喉が渇きませんか? 麻綾さん」


「自分の目的忘れてない?」


 ささっとジュースの入ったペットボトルを取り出し、うやうやしく主人に差し出す。麻綾は「気が利くわね」と満足げだ。


「ちょっと。これコーラじゃないの。わたし炭酸飲めないんだけど」


「す、すみません! 勉強不足で……!」


「まったく……。じゃあ、ほら」


「……この手は?」


「鈍いわね。爪を切りなさいと言っているのよ。最近伸びてきたの」


「と言われましても。わたし、爪切りとか持ってなくて」


「はああ? なんで用意してないのよ使えないわね……。看森ならあらかじめ準備してたわよ?」


「も、申し訳ございません」


「もういいわよ。じゃあ飲み物でも買ってきなさい。今日はココアがいいわね。あったかいやつ。あと職員室で爪切りもらってくること。終わったら次の台本印刷しときなさい。部員全員分ね。あと今日はわたし部活行けないから、放課後に看森にでも言っておいて」


「えっと、すみませんもう一度最初から……」


「はあああ? ホントつっかえないわね!」


「す、すみません!」


(ダメだこりゃ)


 哲郎はさっさと自分の教室に戻った。





 **






 放課後。

 哲郎は真魚と聞き込みの情報をまとめるため、夕染めの教室で向かい合っていた。窓際に斜陽が注ぐ。開かれた窓の隙間から入り込む風はやけに寒々しく、もうすぐ夏だというのに冬を思わせる。


「疲れました」


 ばたっ、と糸が切れたように真魚が机に突っ伏す。

 ぴくりとも動かない。疲労困憊といった様子だ。


「なんか授業が終わるたびに教室出てたけど。まさか毎回あいつのワガママ聞きに行ってたわけ? そりゃ疲れるよ」


「わたしには召使いの才能もないのでしょうか」


「そんな才能なくていいよ」


 ぐったりしている少女を哲郎はなんとも言えず見下ろす。こころなしか、机のうえに垂れた髪もうなだれるかのよう。ふと、哲郎は手を伸ばした。まん丸な後頭部を撫でる。滑らかな髪の感触が指を通り抜けていく。バタッ、と真魚が顔を上げた。


「な、なにを」


「ごめんごめん。そんで、なんか収穫はあった? あいつのこと調べてたんでしょ?」


 真魚はまだ動揺している。そこへ「まさか、マジでただ召使いやってただけなの?」とけしかけると、真魚は今しがた撫でられた頭を両手で押さえながら「失礼なこと言わないでください」とにらんだ。


「ちゃんと情報収集はしてました。元はと言えば、そのために柚月さんの車椅子係に立候補したんですから」


「そこまでする必要あったのかな」


 放っておいてください、と真魚はそっぽを向く。


「ともかくですね……。柚月さんは逢原さんへの憧れをこじらせるあまり。自らを見失い、今や逢原さんを演じようと躍起になっています。そのために今、手に入れようとしているものがあるのだとか」


 こじらせ、ねじれ、歪んだ先で本物とは似ても似つかない、在りもしない虚像を作り出して、ついに模倣しようとする。これだから極端な人間は面倒くさい。哲郎はつくづくそう思う。


「手に入れようとしているものって?」


「あなたです。哲郎くん」


「は? おれ?」


 真魚は事情を明かす前に、人差し指を一本立てた。


「逢原朔の隣にはいつも御子柴哲郎がいました。強かで孤高たる少女が。唯一頼りにし、気を許す仲でもある。曰く、逢原朔にとって御子柴哲郎は特別なパートナーなのだと」


「なんだそれ。勘違いにもほどがある」


「しかし、実際にそういう認識で広く周知されているそうです」


 ……なんてこった。

 哲郎は頭を抱えたくなる。


「だから、柚月さんもあなたを欲しがる」


「マジで聞きたくなかった」


「逢原さんに近づくためには、あなたの存在が必要不可欠だから。あなたをそばに置くことで、柚月さんはなにかが変わると信じているようです」


 だから、あそこまでしつこく演劇部に勧誘してくるのか。


「迷惑すぎる。そもそも、おれと朔ってそんな関係じゃねーし」


 恋人でもなければ友達でもない。

 いや、もしかしたら知人ですらなかったかもしれない。


「はい。あなたと逢原さんは、そんな関係じゃない」


 真魚が妙な顔をしていた。惚けたような、と表現とするのが一番近いだろうか。やたら熱っぽい視線だ。そういえば、以前こんな眼差しを、股間のあたりに感じたような気が……。


「えっと……真魚ちゃんどこ見てんの? なに? 唇?」


「す、すみませんっ」


「荒れちゃってたかな? ちゃんとリップ塗ってんだけど」


 真魚はあわただしく目を逸らす。哲郎はそそくさとポケットから取り出したリップクリームを唇に塗る。


「か、考え事をしていただけです。気にしないください」


 こほんと咳払いを挟み、「えっと、それで」と気を取り直すように、


「哲郎くんは、なにかわかりましたか? 聞き込み調査をしていただいていたと思いますが」


「ああ、うん。わかったよ。つーか。ぶっちゃけ結論も出たって感じ」


「ほ、ほんとうですか?」


 真魚が目を丸くする。


「け、結論というのは?」


 期待するように訊かれ、哲郎は「うん」と軽く頷く。そしていつもの、もしかするといつも以上に軽薄な笑みを浮かべた。


「柚月のことは諦めよう。真魚ちゃん」


 

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