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異端賢者の魔導原論  作者: 杜陽月
入学試験と三つの邂逅

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美しさという変数

「君の道は、破壊の道だ。その終着点が、君自身の破滅でないことを祈るがいい」


 秩序の寵児、アウレリウス・フォン・アルゲントゥムが放ったその言葉は、まるで最終的な評決のように実技試験場の冷たい空気に響き渡った。


 彼は、ゼノ・ヴィリジアンという『異端』に対する論告を終え、その完璧な姿勢を崩すことなく、踵を返した。


 熱狂は冷め、周囲の受験生たちは、まるで汚れたものから距離を取るかのように俺の周囲から静かに離れていく。彼らの視線はもはや好奇ですらない。アウレリウスという名のこのアカデミーの『正義』そのものに否定された存在に対するあからさまな軽蔑と、理解不能なものへの恐怖。


 俺は、その熱狂と冷徹な拒絶の奔流のただ中でただ一人冷静に思考を続けていた。


(彼は、俺の理論を『破壊』と定義した。興味深い。古いパラダイムの信奉者が、新しいパラダイムを拒絶する際の、典型的な認知バイアスだ)


 俺の思考OSは、彼の感情的な拒絶を、即座に解析可能なデータへと変換する。彼の論理は、俺のそれとは根本的に異なる公理系に基づいている。その公理を特定しない限り、対話は成立しない。


(彼との対話は、この世界の『常識』という名の壁の強度を測定するための良いベンチマーク(・・・・・・)になる)


 俺は、この貴重なサンプルを、このまま立ち去らせるつもりはなかった。


「お待ちください、アウレリウス・フォン・アルゲントゥム」


 俺の声は、15歳の少女のものとは思えないほどに冷たく、平坦だった。


 アウレリウスは、わずかに苛立たしげに足を止め、ゆっくりと振り返った。その蒼い瞳にはもはや俺への興味はなく、ただ非合理な存在に対する冷ややかな侮蔑だけが浮かんでいた。


 俺は彼の感情という名のノイズを完全に無視し、純粋な学術的好奇心から、その問いを発した。


「あなたは私の理論を『美しくない』と断じました。そしてあなたの魔法を『美しい』と定義した。その『美しさ』という変数は、魔法の出力結果に具体的にどのような影響を与えるのですか? 定量的なデータは?」


 沈黙。


 俺の純粋な疑問は、この思想的牢獄において、あり得る限りで最大の冒涜として機能したらしかった。


 アウレリウスの完璧な表情が、初めて、そして明確に、侮辱れたかのような怒りに歪んだ。


「……君は」


 彼の声は、先ほどまでの静かな拒絶とは比較にならない、冷たい怒りの炎を宿していた。


「君は、やはり何も理解していない。それどころか、理解しようとさえしていない」


 彼は、まるで神の教えを汚された敬虔な信徒のように、俺を断罪した。


「『定量的なデータ』だと? 『美しさ』を変数だと? 君は神聖なる魔法を、まるで金貸しが帳簿でもつけるかのように語るのか! 君のその思考こそが、君の力が『破壊』であることの何よりの証拠だ!」


(……エラー。論理的整合性が、完全に崩壊している。俺の問いは、彼の公理系そのものへの冒涜として処理された。なぜだ? 定義なき現象は、観測し、定義し、定量化して初めて『科学』となる。それを拒絶するということは、彼は――)


「『美しさ』とは、我々が太陽賛歌ソーラー・カンティクルという完璧なプロセスを通じて、神の秩序と正しく接続されたことの『証』だ! それは、計算するものではなく、ただ感じ、敬うべきものだ!」


 アウレリウスは、俺に最後の通告を突きつけた。


 その蒼い瞳には、絶対的な確信が満ちていた。


「君には、この世界の真の理を語る資格はない(・・・・・)


 彼はそう言い放つと、今度こそ俺に背を向け、彼を賞賛と尊敬の眼差しで見守る群衆の中へと迷いなく去っていった。


 俺は、その場に一人、取り残された。


 試験官たちも、他の受験生たちも、まるで俺が存在しないかのように、あるいは、俺という名の呪いを恐れるかのように、視線を合わせようともしない。


 俺は、ふと足元に視線を落とした。


 そこには、アカデミーの整然とした石畳の隙間に、小さなありふれた小石が一つ、転がっていた。


 俺は、ゆっくりと屈み込み、その小石を拾い上げた。


 冷たい無機質な感触。


 ただの二酸化ケイ素の結晶体。


 俺は、その小石を、少女の白く小さな掌で、静かに握りしめた。


詠唱(チャント)はない。


太陽賛歌ソーラー・カンティクルもない。


 アウレリウスが賛美した、あの荘厳な魔法陣も、黄金色の光も、何もない。


 ただ、俺の思考が、俺の魂の設計図――オドが、この小石を構成する原子間の結合エネルギーに対し、直接コマンドを実行した。


(対象:小石。プロセス:原子結合の強制解除。エネルギー効率:最大)


 音は、なかった。


 次の瞬間、俺がゆっくりと手を開くと、そこにもはや小石は存在しなかった。


 ただ、指の間から、こぼれ落ちていく、銀色にきらめく完璧なまでの砂だけが、アカデミーの床に小さな山を作った。


(対話の試みは失敗。彼の思考OSは、『美しさ』や『伝統』といった、論理的に定義不可能な概念を、最上位の公理として設定しているらしい。これでは、議論にならない。彼は、科学者ではなく、宗教家だ)


 俺は、このアカデミーという『思想的牢獄』のその壁の分厚さと硬さを、改めて認識していた。


 俺の知性は、この世界においては、あまりにも異質すぎた。


(……なぜ理解できない? 単純な物理学(・・・)だ! 私の世界では、これは神学論争ではなく、一年次の講義内容だぞ!)


 俺は、その小さな砂の山を、この思想的牢獄に刻んだ最初の戦果として残し、誰とも視線を合わせることなく、その場を静かに立ち去った。

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