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異端賢者の魔導原論  作者: 杜陽月
入学試験と三つの邂逅

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秩序の寵児

 彼らの権威は、自らが理解できない現象を前にして完全に機能不全に陥っていた。試験場は、彼らの崩壊した秩序を立て直すための必死の議論と囁き声で満たされている。


 この混沌カオスを断ち切る声が響いた。


「――――次! アウレリウス・フォン・アルゲントゥム!」


 その名が呼ばれた瞬間、それまで会場を支配していた不快なノイズが、まるで潮が引くかのように一瞬で静まり返った。


 恐怖に引きつっていた受験生たちの顔に、安堵とそして熱狂的なまでの『期待』の色が浮かぶ。


 動揺し、狼狽していた試験官たちの背筋が、まるで王の臨席を前にしたかのようにピンと伸びた。


 一人の少年が群衆の中から静かに歩み出てくる。


 (ぎん)(ぱつ)の俺とは対照的な、太陽の光をそのまま紡いだかのような、眩い(きん)(ぱつ)


 秩序と理性を体現するかのような、一点の曇りもない(あお)い瞳。


 その立ち居振る舞いには、貴族としての絶対的な自信と、自らが信じる世界の美しさに対する疑いのない確信が満ち溢れていた。


 彼こそがこのソラリア魔術アカデミーにおいて、首席候補の筆頭と噂される男。


 秩序の寵児、アウレリウス・フォン・アルゲントゥム。


 俺の思考OSが新たな観測対象のデータを即座にスキャンし、分析を開始する。


(個体名:アウレリウス・フォン・アルゲントゥム。識別完了。……なるほど。このシステムの理想を体現した、完璧な製品(プロダクト)だ)


 アウレリウスは、俺が立ったのと同じ演台の前に立つと、まず厳格な教義に定められた通りの完璧な仕草で胸元で太陽神の紋章を描いた。


 それだけの極めて非生産的な動作。だが、それだけで試験官たちの顔が恍惚こうこつと緩むのを、俺は観測した。


「第一の課題。太陽賛歌ソーラー・カンティクル 第一節による、燭台への点火。……始め!」


 試験官の声には、先ほどまでの焦燥とは比較にならない誇らしげな響きさえ含まれていた。


 アウレリウスは、ゆっくりと息を吸い込む。


 そしてその唇から紡がれたのは、祈りの言葉だった。


「おお、不敗の太陽ソル・インウィクトゥス よ。その御手よりこぼれ落ちし、原初の光を……」


 完璧な発音。完璧なリズム。まるで教会で流れる聖歌のように、その声には聞く者の精神を安定させ高揚させる非合理的な力が宿っていた。


(……詠唱(チャント) 。やはり、この世界の魔術師は、この冗長な音声コマンドへの依存から脱却できていない。だが……)


 俺の分析は、次の瞬間、新たな現象の観測によって更新された。


 彼が詠唱を始めると同時に、彼の足元に淡い黄金色の光が走り始めた。


 光は複雑な幾何学模様を描き出し、瞬く間に床一面に巨大で、荘厳で、そして息を呑むほどに美しい(・・・)魔法陣を形成していく。


(……なんだ、あれは。魔法陣か。だが設計思想が俺の理論とは根本的に異なる。非効率だ。目的は『発火』。それに対してあの魔法陣の構造はあまりにも複雑すぎる。エネルギーの伝達経路が、まるで教会のステンドグラスのように無駄に装飾されている)


 俺がシジル理論で目指すのは、最小限の記述で最大限の結果を出す、究極の効率性だ。


 だが彼が描いた魔法陣は、その対極にあった。


 効率を度外視し、ただそのプロセスがどれほど神聖で、どれほど荘厳であるかを示すためだけに膨大なリソースを浪費している。


(……個体名:アウレリウス。彼の魔法は無駄な装飾(オーナメント)が多すぎる。だが、その出力自体は高い)


 詠唱がクライマックスに達した瞬間、その複雑な魔法陣が眩い黄金色の光を放った。


 そして演台の上の蝋燭に灯ったのは、俺が灯したような小さく揺るぎない白金色の炎ではなかった。


 それは、まるで小さな太陽そのものが降臨したかのような、力強くそして神々しい黄金の炎だった。


 その炎は、俺の炎のように静かに燃えるのではなく、周囲の魔素(エーテル)を貪欲に吸収し、力強く燃え盛っていた。


「おお……!」


「なんと美しい……」


 受験生たちから、感嘆のため息が漏れる。


 試験官の一人は、その黄金の炎の神々しさに、感動のあまり涙さえ浮かべていた。


「これだ! これこそが、我らがアカデミーの求める、正統なる神の御業! 素晴らしいぞアルゲントゥム君!」


 俺は、その熱狂の光景をただ一人、冷静に分析していた。


(……理解した。このシステムは、効率よりも『美しさ』という極めて曖昧なパラメータを評価基準にしているのか)


 俺の『沈黙の解答』は、あまりにも効率的すぎた。故に彼らの理解を超え神への冒涜と映った。


 だが彼アウレリウスの『荘厳な解答』は、あまりにも非効率で儀式的でそして美しい。故に彼らの常識に完璧に合致し神への賛美と映るのだ。


「……第二の課題。光弾(こうだん)の防御。始め!」


 試験官の声が、興奮に上擦る。


 アウレリウスは先ほどとは異なるより複雑で力強い詠唱を開始した。


「おお、太陽よ! 我が身を護る黄金の盾(アイギス)となれ!」


 再び、床に壮麗な魔法陣が展開される。今度は、無数の六角形が組み合わさった、完璧な蜂の巣状の防御陣形だ。


 彼が杖――――アカデミー標準支給の『日長石の杖(サンストーン・ロッド)』――――を掲げると、その魔法陣は立ち上がり、彼の前面に黄金色の光り輝く巨大な盾を形成した。


 魔力発射装置から、俺が受けたものと同じ光弾が射出される。


 白いエネルギーの塊が、黄金の盾へと迫る。


 俺は、その瞬間を観測していた。


(俺の『ベクトル制御』は最小限の力で軌道を逸らした。エネルギー効率はほぼ100%に近い。だが彼は違う。彼は運動エネルギーをそれよりも遥かに巨大なエネルギーで正面から受け止めるつもりだ。なんと非効率な……!)


 次の瞬間、光弾が黄金の盾に激突した。


 轟音。


 そして閃光。


 俺が引き起こした、あの静かで不可解な現象とは、比較にならない。


 まるで二つの小さな恒星が衝突したかのような、圧倒的なエネルギーの奔流が試験場を包み込んだ。


 爆風が、受験生たちの髪を激しく揺らす。


 だがその衝撃の中心で、アウレリウスは一歩も動いていなかった。


 彼が展開した黄金の盾は、光弾のエネルギーを完璧に受け止め無力化し光の粒子へと昇華させていた。


「……素晴らしい!」


「完璧だ! まさにアカデミーの理想!」


 今度こそ、割れんばかりの拍手と喝采が試験場を支配した。


 試験官たちは、まるで救世主を見るかのような目でアウレリウスに駆け寄り、その手を握って彼の完璧な技術を賞賛している。


 彼らは、俺が引き起こした『異端』の恐怖を、アウレリウスの『正統』の輝きによって、ようやく上書きすることができたのだ。


 俺は、その熱狂の中心で、ただ一人、冷静な分析を完了させていた。


(……結論。個体名アウレリウス。彼はこのシステムの理想を体現した完璧な製品(プロダクト)だ。彼の魔法は無駄な装飾(オーナメント)が多すぎる。非効率で冗長でエネルギーの浪費だ。だがその出力自体は高い)


(そしてこのシステムは『効率』ではなく『美しさ』と『伝統』を評価基準にしている。俺の理論はこのシステムにおいては評価されるどころか理解さえもされないだろう)


 熱狂の輪の中心で、アウレリウスがふと、こちらを一瞥した。


 群衆の中でただ一人拍手もせず冷たい翠眼(すいがん)で彼を『観測』している俺の存在に気づいたのだ。


 彼の蒼い瞳が、僅かに細められる。


 その目に浮かんでいたのは俺という『異物』に対する静かなしかし明確な『拒絶』の色だった。


 俺は、その視線を無表情のまま受け止めた。


(……彼との対話は不可能だ。彼は科学者ではなく宗教家だ)


 こうして、ゼノ・ヴィリジアンとアウレリウス・フォン・アルゲントゥム。


 『効率』と『美しさ』。


 『革新』と『伝統』。


 『異端』と『正統』。


 二つの相容れない論理体系の、静かなしかし決定的な衝突が今始まった。

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