最終話 絆
ネバダ州、モハーベ砂漠、セレス基地の南方。
核の冬が降りしきる廃墟の都市「ラスベガス」。
かつて「眠らない街」と呼ばれ、欲望と光が渦巻いたこの砂漠のオアシスは、今やその名残すらも、凍てつく砂と闇に飲み込まれていた。
色鮮やかなネオンサインは砕け散り、煌びやかだったカジノホテルの巨大な建物群は、黒ずんだ氷の棺のように立ち並び、無数の氷柱をぶら下げていた。
ベラージオの噴水は凍りつき、その豪奢なショーは永遠に止まった。
ホテル街を縫うように走っていたモノレールは、無残に座礁し、錆びた骸骨のように風に軋みを上げている。
そして、都市の至る所に張り巡らされた、まるで毛細血管のように蠢く菌糸。
地面を這い、ビルの壁を這い上がり、凍りついた構造物にしがみつくそれらは、街の死骸に寄生する生命体のように見えた。
時折、ビルの影や雪に埋もれた車両の残骸の中から、ネクロムの不気味な咆哮が響き渡り、この死の都市が完全に彼らの支配下にあることを告げていた。
栄華でその名を馳せた街は、もはや、絶望の象徴たる廃墟となっていたのだ。
その荒廃したビル群の谷間に、一機の漆黒のシルエットが静かに着地した。
それは、まるで異質な生命体が金属の鎧を纏ったかのような、人型の機体だった。
「司令部、こちらエコー01。機体状況は良好。作戦ポイントへ到達。」
戦術通信にて、淡々と報告する、エミール。
その全身を覆う外骨格は、複雑な凹凸と無数の微細な溝が刻まれ、光を鈍く吸収している。背部には、折り畳まれた翼の骨格のようなパーツが確認できる。
部分的な発光ラインは、血管が脈打つように、内部エネルギーの流れを視覚化しているようだ。
エミールは周囲の瓦礫を踏みしめ、沈黙した廃墟の中に、異質な捕食者のような存在感を際立たせていた。
それは、これまで得た統合データに基づいて、アリアとエミールが共同開発し、
設計された、オーバーテクノロジーの結晶。個人機動要塞。
対ネクロム極地戦用機動装甲。
──【エクソスーツ・ヴァリアント】
エミール機 型式及び識別コード【 EXVー001 アーク・レイブン】。
「エコー01、司令部。了解。周辺の状況を報告せよ。」
こちらも淡々と応じるのは、ラスベガス奪還作戦、前線総司令のアリアだ。
これまでの多大な功績と指揮能力から、重要ポストが彼女に与えられていた。
ラスベガスから程近い、北東「ネリス空軍基地」を前線司令部として拠点を構えていた。ネリス基地は、無傷ではないもの辛うじて基地機能を残す、数少ない壊滅を逃れた友軍拠点だ。
そして、人類の反撃が始まった。
他の作戦部隊は、すでに交戦状態。少数チームに分かれ、各所で群の分断と陽動、各個撃破に奮戦していた。
この間に、ネクロム大群の巣窟、深層とも言える中心街に、エミール機による単独強襲作戦だ。
エミールの視界、HUD (ヘッド・アップ・ディスプレイ)には、各戦術情報がフラッシュする。
戦闘モードとなった、彼の顔に浮かぶタトゥが熱を帯び、微かに発光する。
その瞳にも淡く鋭い光を灯し、獰猛な闘争本能が深く、静かに脈動する。
「周辺ネクロム反応、多数。掃討を開始する。」
エミールは、内なる凶獣をねじ伏せ、冷然と告げる。
同時に管制用ドローンを飛ばし、上空からの映像が司令部のモニターに映し出された。
「エコー01、無理は禁物よ。ヴァリアントのデータはまだ不十分。特にそのアーク・レイブンの神経接続フィードバックは──」
アリアの声が通信機越しに響く。
ヴァリアントの装甲は極限環境に耐え、内部システムは着用者の身体能力を限界まで引き出すための機能が施されていた。
通常の兵士では制御不能。肉体に深刻なダメージを負うほどの反動と加速を伴う為、一般兵用の量産型を製造する上で、多くの実戦データが必要だ。
特にエミールの機体は、量産不可能な‶特異仕様〟のため、まだ調整中の段階だ。
「問題ない、アリア。」
彼の脳内では、ネクロパルス菌の活動が、スーツのシステムと奇妙な同期を果たしていた。敵の動きが、まるでスローモーションのように感じられる。
「征くぞ──レイブン。」
『──了解、パパ! 』
AIではない、エミールの意識に「アーク・レイブン」は、確かにそう呼応した。
幼い快活な子供の声だ。
その思念的な声は、戦術無線を通じて、司令部のアリアにも聞こえていた。
「……さぁ、羽ばたくのよ…私たちの──希望の‶翼〟。」
アリアは、涙ぐみながら‶生まれ変わった我が子〟の武運を祈る。
その瞬間、廃墟の奥から、複数の放射性ネクロムが咆哮を上げて飛び出してきた。彼らの体から放たれる緑色の光が、闇を不気味に照らす。
これに、アーク・レイブンの背部から推進スラスターを展開。三次元機動モード。
そして、獰猛な闘争本能を解き放つ。
「ブラストウォーカー多数、正面より急速接近! 距離200!」
オペレーターが警告を発する。
【ブラスト・ウォーカー】: 核放射線を浴びて変異した、強化型ゾンビ種ネクロム。皮膚は焼け爛れ硬質化し、強靭な耐久性を持つ。
エミールは、スーツの腕部に内蔵されたプラズマガンを構え、スラスター噴射。
狙撃モードに切り替え、照準がブラスト・ウォーカーの核を正確に捉える。
「殲滅を開始する。」
『──ぶっとばす!』
一閃! プラズマの光条が闇を貫き、先頭の頭部を正確に打ち抜き粉砕。
爆音と共に崩れ落ちるが、後続の群れが止まることなく押し寄せてくる。
「エコー01、側面から凶変異体が回り込みます! 警戒を!」
管制オペレーターの声に、エミールは即座に反応した。
「了解。パターンは読めている。」
レイブンの脚部スラスターが火を噴き、瞬時に移動した。
通常の人間ならGで意識を失うほどの加速だが、彼はそれをものともしない。
右腕のプラズマガンを連射し、次々と粉砕していく。
「なんだ、これ…?」
「すごい…これCG…じゃないよな…?」
エミールの鬼神の如し戦闘に、司令部スタッフたちは、誰しも驚愕していた。
巨大な凶変異体が、ビルを破壊しながら突進してきた。
その巨体は、並の銃撃では怯まない。エミールはプラズマガンを収納すると、両腕のブレードを展開した。
それは、エレシュキガルの合金を模して作られた、超振動パルスブレードだ。
「神経接続、最大出力。」
『──うぉおおおおお!全開だ!』
エミールの脳神経とアーク・レイブンが完全に同期する。
「エコー01、コロッサス・リベネーターは危険よ! 近接戦を避けて!」
アリアが警告する。
【コロッサス・リベネーター】: 複数のゾンビ種ネクロムが、ネクロパルス菌の「群体意識」によって融合し肉塊と化した、巨大変異種。
「遅い。こいつは、もう俺の獲物だよ。」
エミールは、コロッサス・リベネーターの攻撃を紙一重でかわし、その巨大な腕の間をすり抜けた。
背後に回り込み、ブレードを一閃。硬質な皮膚に、深々と切り込みが入る。
そこから、青黒い菌糸が飛び散った。
「その動き…解析済みだ。『生命の再定義』、その先を見せてやるよ。」
再びブレードを振るう。今度は、凶変異体の特定の結合組織――エミールが自身で解析し、そして体内で感じ取る弱点を狙い澄ました。
コロッサス・リベネーターは、大気を震わす多重の叫び声を上げながら、ついにその巨体を地面に打ち付け、活動を停止した。
「エ、エコー01! ターゲット殲滅を確認! ネクロムの大群…全て沈黙!!」
「「「うぉおおおおおおおおおおお!!」」」
「マジで、あの数を単独で駆逐しちまったぞ!」
興奮ぎみの管制オペレーターの報告に、司令部は大歓声に包まれていた。
「ハァ…お疲れ様エコー01。全くどっちが化け物なのか、分からないわね。
それと……まぁ、よくやったわね」
通信機から聞こえるアリアの声は、‶二人〟の暴れっぷりに呆れつつ、安堵と労いの想いが込められていた。
そして、その奥底には、それ以上の‶別の感情〟が芽生えていたことに、この時のアリアは、まだ気づいていなかった。
エミールは、立ち込める硝煙の中で、静かにブレードを収納した。
彼の体内に流れるネクロパルス菌の脈動は、もはや恐怖の対象ではなかった。
それは、彼の一部となり、彼を新たな高みへと導く力となっていた。
『──ボク、頑張ったよ…パパ。』
戦闘終了後、アーク・レイブンがエミールの意識に語り掛けてきた。
「ああ……よくやったよ、レイブン。おまえは最強だ。」
司令部との通信を一旦切り、エミールはレイブンを労い、称賛した。
『よかった! …ママにも、いいところ見せられたよね?』
「ハ、ハハ、そ、そうだな!帰ったら、いっぱい褒めてもらえ。」
『──うん!』
機体の様相と、あまりにも相反するレイブンの無邪気さに、エミールは戸惑いつつも、かけがえのない実の我が子のように愛おしく感じていた。
……同調…いや、これは‶共感〟か。
エミールは‶この子〟の誕生に至った、ある程度の仮定はできていた。
アーク・レイブンには、「ホーンド・レイブン」から回収した膨大なデータと異星由来の特殊合金が流用されている。この特異データ内に彼は眠っていたのだ。
ホーンド・レイブンは、南極での空戦にてネクロパルス菌に浸食汚染。
分解と構築、そして、菌のパルス波動信号がシステム内に干渉。
それが、特異性相互作用で‶再定義〟された‶意識体〟だ。
レイブンとエミールは、機体と人間ながら、同様の道程を辿っていた。
一時は無残に倒れ、深い眠りについたもの、エレシュキガルによって覚醒。
エミールは『レムナント』として、ホーンド・レイブンは『アーク・レイブン』として、その‶転生進化〟を成し得たのだ。そして──。
共に「アリア」と深く関わり、共に希望を繋ぎ、共に歩み進んだ。
単なる共感覚ではない。
これは──‶絆〟だ。
「作戦終了。エコー01。これより、帰投する。」
彼らの旅路は終わらない。
混沌と暴嵐が渦巻く戦いの旅は、これからだ。
希望を乗せた‶方舟の翼〟は、世界を取り戻すため、そして、新たな未来へと今、大きく羽ばたいたのであった。
絆と共に──。
完




