閑話 お手紙のやり取り
今回は短めです。
ちょっと休憩回です。
もう皆を犠牲にして隠れて過ごすのは終わりにしたい。
その決意をメルヴィルとパトリシアとカトリーヌ、そしてカールとマルコムにも伝えた。
今日までの皆の尽力に心から感謝し、今まで犠牲を強いてきたことを詫びた。
その上で心を込めて願った。これからは側近として支えてもらえないだろうかと。
皆からは、何を言ってるんだと呆れられ、当然だと即座に承諾の返事をもらった時には、涙が出る程嬉しかった。
私は改めて皆に誓う。
「誰が窮地に陥っても、私は絶対にあきらめない」
その夜、私はお父様と大伯父様に面会を求めた。
そこで、アンジェリカ・グラーシュ・アルテーヌとして皆の前に立つ覚悟と決意を表明したのだ。
もう逃げも隠れもしない。側近たちの力を借りて、これからは皆を私が守るのだ。
あの襲撃事件から一月ほど経ち、私のお披露目が終った頃、諦めの悪いトーラント王家からまたしても婚約の打診が届いた。
王太子殿下ってアレよね、あの日、私を指差してこんな女呼ばわりしたあの失礼な子よね?
絶対いやだって、二回言ったわよ?
いやいやいや、私だって絶っ対いやなんですけど?
嫌がってる二人を婚約させる意味ってある?
無いでしょ?
無いわよね?
と言う内容を美しい文字で優雅に高位貴族的に綴ったお断りのお手紙を、何度も何度も何度も何度も送ったにも関わらず、懲りずに何度も何度も何度も何度も婚約打診の手紙を送って来る。
カトリーヌの諜報によれば、王太子殿下は側近の、何処やらの伯爵家の何とかいう令嬢を甚くお気に召していて、共に学園に通えるようになる日を指折り数えて楽しみにしてるとか。
まあ素敵、お断りの常套句が追加出来てしまう。
ねえ、その情報当然知ってるでしょ?
舐めてるの?
舐めてるわよね?
知らないとでも思ってた?
身辺整理してから出直してこいやぁ!
と、やはり高位貴族的に美しく優雅に綴ったお断りのお手紙を送ってみた。
すると、[グラーシュ公女と親しく交流して、公女の素晴らしさを知ればその様な女性など霞んで見える事でしょう] と、またしても婚約打診のお手紙が届いた。
あらそう。親しく交流しなければ良いのね。
パトリシアから聞くところによると、あの時一緒に来ていた子は宰相と近衛隊長の息子で側近なんだとか。あの時、婚約者になる子を見たいと駄々を捏ねた王太子殿下にくっついて、周囲の制止を振り切って部屋にやって来たそうだ。
ウチの側近たちの爪の垢を送りましょうか?
しかもウマシカな王子様と一緒になって私の悪口言ってるって知ってるわよ?
私、公爵令嬢なんだけど?
言いたくないけど、他国の王家の血も引いてるわよ?
ねえ、不敬って言葉知ってる?
それはさておき、あの時のウマシカな王子様の暴言で心を病んでいて立ち直れそうにありません。
あの日以来、ウマシカな王子様の顔を思い出すと本当に辛くて苦しくて悲しくて夜しか眠れません。
そうそう、最近ヤギを飼い始めました。
主食がお手紙なので、お返事は書けないかもしれません。
悪しからず。
貴族的な言い回しにも限界があるので、不敬にならないようにそろそろ手打ちにしましょうか。
貴族の義務とされている貴族学園は十六歳から十八歳までの二年制だが、その前か、あるいは在学中に卒業試験に相当する課題をクリアして卒業資格を得れば通学は免除される。
その制度を利用して王都の学園へは通わない方針だった。
実際マクガリー辺境伯家メルヴィルは十五歳の現時点で卒業資格を得ている。
しかしこの様子では、婚約を受けても辞退しても学園で交流を持たせるために通学免除は受け入れられそうにない。
ならば条件付きで婚約を了承しておいた方が何かと有利かもしれない。
お父様に相談してそちらの準備を進めてもらいましょう。
パトリシアとカトリーヌにも相談して、入学前に彼女らの諜報網と人員の配備をお願いしておかなくちゃ。
忙しくなるわ。本当に迷惑この上ない。
王都に居を移す事で一番の懸念は、やはりバランデーヌ国からの襲撃だ。
護衛や人員をこちらに割いてしまえば、ゾフィーお祖母様の警備に支障が出るのではないか。
亡命中ではあるが、未だお祖母様はバランデーヌ国の王妃の地位のままなのだ。
国境を封鎖されて人道的な最低限の流通だけでは民衆は疲弊する。
それを見かねたアルテーヌの権利を持つゾフィー王妃は、民衆に向けて莫大な支援を行っている。
国民の絶大な人気を誇るゾフィー王妃は、バランデーヌ国にとって目の上の瘤なのだ。
その事を相談すると、大伯父様は心配ないと言ってくれた。
「これは宿敵であるバランデーヌ王と私の戦いであり、これより先は我ら大人の領域です。
近いうちに必ず公女様の憂いが無くなる日が参りますので、どうぞ心置き無く。
我々は公女様の学園での武勇伝を伝え聞くのを楽しみにしておりますぞ」
そうしてラシェル王太子殿下とアンジェリカ・グラーシュ公爵令嬢の婚約が発表され、学園への入学のために王都に向けて出発の日を迎えた。
私は見送りに出て来てくれた大伯父様にハグをしながら耳元で囁いた。
「それでは大伯父様、私はちょっと王都まで、赤子の手を捻りに行ってまいります」