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後日談 王都を去る前に ①

いつもありがとうございます。

個別でお返事を掛けていませんが、頂いた感想やご意見は全て拝見して、反省点や今後の課題としてとても参考にさせて頂いています。

皆様、ありがとうございます。

誤字脱字報告を頂いた皆様、本当にいつも感謝しています。

王都からアルテーヌに戻る少し前、アンジェリカたちはグラーシュ公爵家が支援する教会に足を運んでいた。

教会の中庭を挟んで、孤児院とこの教会に身を置く司祭や修道女や修道士の為の修道院が併設されている。

その中庭にアンジェリカたちが姿を現すと、ちょうど昼食後の自由時間だった子どもたちが周りを取り囲んで、口々に近況を報告してくれる。アンジェリカは、皆の元気な姿に目を細めて子供たちの話を頷きながら聞いていた。

子どもたちは、報告がいち段落するとそれぞれの目当てのグループに分かれていく。

カールの剣と体術指導のグループに、マルコムの語学指導のグループ、カトリーヌの刺繍や裁縫指導のグループに、パトリシアのマナー指導のグループなど、アンジェリカたちが王都に来てからは子供たちの興味と特性に合わせた特別授業を施している。


皆と別れてアンジェリカとメルヴィルが孤児院の談話室に入ると、あの鈴を転がすような声が聞こえた。


「いらっしゃいお嬢さん、あら、今日は素敵な方とご一緒なのね?」


そう言って顔の前で手を合わせて少女の様に笑っている。


「こんにちは、ベアトリーチェ夫人。今日は私の婚約者を紹介しに伺ったの」


アンジェリカがそう言って隣に立つメルヴィルに目を向けると、メルヴィルは元王妃の手を取り、恭しく挨拶をした。


「初めまして、ベアトリーチェ夫人。私はメルヴィルと申します。夫人の事はいつもアンジェリカから素敵な方だと伺っていましたので、今日お目にかかるのを楽しみにしていました。お会いできて光栄です」


そう言ったメルヴィルを、ベアトリーチェは目を丸くして見ていた。


「まあ、とても素敵なご挨拶をどうもありがとう。まるで貴婦人にでもなったような気分だわ。でも、落ち着かないからそんなに畏まらないでくれると嬉しいわ」


そう言って、くすぐったそうに笑っている。


元王妃は元々こういう人なのだ。

錚々たる顔ぶれの王太子妃候補の中で、一番素朴で一番素直な令嬢だったベアトリーチェは、まさか自分が選ばれるとは夢にも思っていなかった。

侯爵家の末っ子だった彼女は、どこか田舎の領主の元に嫁いで、領地で家族とのんびり暮らす事を夢見ていたのだ。それでも、望んでくれた王太子と愛を育むことが出来たベアトリーチェは努力を重ね、厳しい王妃教育を見事に修めたのだ。

やっと授かった一人息子のラシェルに、常に側に居てやれないという過度な罪悪感が間違った方向に向かってしまった事は否めない。それが彼女の罪であり、また罰でもある。

愛した夫に手を掛けられた事を覚えていないのはせめてもの救いだろう。

当初の望み通り、地方領主の妻となって領地での静かな暮らしが彼女にとって幸せだったのかは分からない。ただ、王を育てる者としては、彼女の愛情は素直すぎたのかもしれない。


ラシェルとの面会の後、教会の司祭様に事情を説明し、(ラシェル)こと、ジルベールとベアトリーチェを預かってもらえないかと相談すると、司祭様は快く引き受けてくれた。

そして、修道院の空き部屋を使わせてもらえることになったのだ。

ベアトリーチェもジルベール(ラシェル)も、その事に深く感謝して教会や孤児院の手伝いを献身的に行っていて、教会の皆や孤児院の子どもたちにも慕われているという。

引っ越し当初、ベアトリーチェが明るく振る舞ってはいるものの、どこか塞いでいる様子だとジルベール(ラシェル)から報告を受けたアンジェリカは、レース糸をたくさん持ってベアトリーチェを訪ねてレース編みを勧めてみた。

王妃と王太子の婚約者だった二人は、公務や茶会で顔を合わせる事が多く、趣味の話などを良くしていて、目を輝かせてレースの魅力を語っていたことを思い出したのだ。


それ以来、まるで水を得た魚の様に、素晴らしい作品を次々と生み出していくベアトリーチェに、アンジェリカは、孤児院の子どもたちにレース編みの手解きをして貰えないかと聞いてみた。


「子どもたちがレース編みを習得出来れば独り立ちする役に立つし、それにここで作った作品を売り出せば、孤児院へ寄付を促す材料にもなるわね」


それを聞いたベアトリーチェは、思案顔で呟いた。元王妃の膚感覚は残っているようだ。実に話が早い。領地のミラー氏と連携して、こちらは任せてもいいかもしれない。

ベアトリーチェとそんな話をしている間、メルヴィルがジルベール(ラシェル)の体をぺたぺた触っているのに気が付いた。ジルベール(ラシェル)も困惑顔だ。


「基礎の体作りは怠っていない様だな。あとは剣術か、ここでは体術の方が良いのか…」


そう言ってあごに手を当ててジルベールを眺めている。

よし、両方だと言って、王都を発つまでに集中してメルヴィルとカールが交代で鍛錬の仕方を教えると言っている。目を丸くして『良いのですか?』と問うジルベール(ラシェル)に、メルヴィルは肩と背中をまたぺたぺた触りながら言った。


「腕の立つ護衛が居れば、教会の皆も安心だろう?」


マクガリー辺境伯騎士団の鍛錬はスパルタで有名だ。次回会う時のジルベール(ラシェル)の成長が楽しみだ。



◇◇◇

アルテーヌに戻る前日、アンジェリカ一行は別れの挨拶の為に教会を訪れた。

教会の談話室に入るとテーブルには見事なレースのテーブルクロスが広げられており、孤児院の子どもたちと共に仕上げに取り掛かっているところだと言う。

ベアトリーチェは若い頃からレース編みの名手として知られていた。

王太子妃から王妃時代にかけては、多忙を極める為に本腰を入れた作品作りは不可能だったが、チャリティーとして時折作る小さな作品は、出す度にかなり評価が高かったのだ。

そのレース編みの名手が時間と手間を惜しまず作る作品は、一見するだけでため息が出る程に繊細で美しい。

聞けば、教会の祭壇用のクロスとして使ってもらうのだとにこやかに話してくれた。

ここに置いてもらえることへの感謝の気持ちだそうだ。

手伝っている子供たちに、皆で頑張ったのね、とても素敵なレースだわと声を掛けると、皆目を輝かせてベアトリーチェ夫人の教え方は優しくて楽しいのだと口々に話してくれた。


そんな子供たちに聞いて欲しいと、皆を集めて話をしたのだ。

私たちは明日王都を離れる事、今までの様に頻繁に特別授業が出来なくなってしまうと伝えると、皆が残念がったけれど、新しい後を任せられる先生として、ベアトリーチェとジルベール(ラシェル)を紹介すると、皆から歓声が上がった。


レース編みを通じて、優しく飾らず素朴で親しみやすい人柄のベアトリーチェは女の子たちから慕われている。

そのベアトリーチェが、レースだけでなく、語学もマナーも裁縫も教えられる凄い人だと知って、皆の尊敬の眼差しを受けたベアトリーチェは、あのくすぐったそうな笑顔を向けて子供たちに言った。


「ねえ、先生なんて堅苦しくて落ち着かないわ。今までどおり夫人と呼んでね。これからみんなで仲良くお勉強できるなんて嬉しいわ」


ジルベール(ラシェル)は、メルヴィルとカールと共に男の子たちの鍛錬に加わるようになって、二人の認める人物として男の子たちの目標になっている。

ジルベール(ラシェル)が、これから一緒に鍛錬して、次にメルヴィル卿とカール卿が来た時には驚かせるぞと言うと、皆大騒ぎで喜んでいた。


帰り際にジルベール(ラシェル)から渡された、たくさんのレースはどれもとても繊細な物だった。

これを売ったお金は、テオの養育費に当てて欲しいとこっそり言われて驚いた。

何と、この繊細なレースはジルベール(ラシェル)が編んだものだという。

誰よりも細い糸で、誰よりも繊細に編み上げている。

あの大きな体でこんなに繊細な物を作っている姿が想像できない。

驚いてジルベール(ラシェル)を見つめるアンジェリカたちの顔を見て、ベアトリーチェは、驚かせたかったのよと満足そうにうふふと笑っていた。


ベアトリーチェもジルベール(ラシェル)も、死の淵に立ちながらもこの世に戻る機会を得たのだ。

二人が得た生き直すチャンスを、どうか悔いなく歩んで欲しいと、アンジェリカたちは切に願った。


きっと彼らは大丈夫だ。


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― 新着の感想 ―
良いお話でした。 元王妃は国王とセットでラシェル(真)にクズ教育を施した諸悪の根源みたいに思っていましたが、記憶をなくして素に戻った彼女は飾らない優しい女性だったんですね。 あらためてこのお話には都…
記憶を失って昔のような気持ちに戻れたのは幸せだったのだろうか
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