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クレイグ

ルイが亡くなったと聞かされた日、クレイグはいつもの祈りに加えてルイのために鎮魂の祈りを捧げていた。

あの日、暗闇の中で何が起こったのかクレイグには何も見えてはいなかったが、衛士のカンテラに照らされたラシェルとルイの状況から、何が起こったかは明白だった。

幼馴染でもある元側近を手にかけてしまったという、その事実を突きつけられたラシェルはあれ以来牢の隅で頭を抱えて蹲ったままだったが、ルイが亡くなった事を知らされてからはずっと同じ言葉を繰り返している。


「僕は悪くない、僕は悪くないんだ。ルイがあんな嘘を言うからいけないんだ。僕は暗闇で頭を掴まれて怖くて身を守っただけだ。掴んでいたのが首だと思わなかったんだ」


あの瞬間、暗闇でなければ、わずかな月明りでルイの顔が少しでも見えていれば、ラシェルはルイを手に掛ける事はなかっただろう。

それはルイも同じこと。あの独白も、怒りを露わに頭を掴んだのも暗闇だからこそ出来た事だった。

ルイは闇に閉ざされるその日を待っていたのだ。


祈りを終え、呟くラシェルの声を聞きながらそんな事を考えていると、入り口の扉が開いて騎士が二人入って来た。

クレイグは騎士の一人に牢から出されて扉を出ると、暗闇に慣れた目が日の光を受けて一瞬目が眩み、思わず目を閉じた。

すると軽く肩を叩かれ、目を上げるとグラーシュ公爵が牢の扉を潜る姿が見え、クレイグは慌ててその背に深く頭を下げた。


促されて入った牢の隣にある元控室で、アンジェリカと共に待っていた両親の姿を見たクレイグは、言葉にならずその前に跪き、堪え切れない嗚咽を漏らした。

その様子を見たアンジェリカにそっと背を押されたミラー夫妻は、嗚咽交じりに父母や兄に謝罪を繰り返すクレイグが落ち着くまで二人で肩を抱き、背を擦っていた。


「今日は貴方たちに相談があってここへ来てもらったの」


クレイグが落ち着き、跪いてアンジェリカを見上げる三人を椅子に座らせて、アンジェリカが口を開いた。


「養育をお任せしようと思っていた子の事なのだけれど、医師の見立てでは目に障害がある様なの。生まれつきなのか早く生まれてしまったせいなのかは分からないし、このままなのか、これからどのくらい回復するかはまだ未知数だそうよ。このままであれば農民として生活していくのは難しいわ。そこで提案なのだけれど」


そう言って、資料をミラー夫妻とクレイグに渡した。

それは、グラーシュ公爵家が支援する教会に併設された、孤児院と障害のある人々の為の施設に関する収支や運営に関する物だった。


「グラーシュ公爵領では、障害のある人たちはこの施設で色々な手仕事をして収入を得ているの。目に障害がある子たちは、小さなころから適性を見てそれを伸ばしていくのよ。手の感覚が素晴らしい子が多いから、精度の良い糸を紡いだり織物を均一に仕上げたりするのが得意な子や、楽器の演奏に優れた子も多いわ。そういう子は教会のオルガンやハープの奏者を担ってもらっているの。報酬の分配や業者とのやり取りと、管理や運営は多岐にわたるわ。それに何よりも、彼らから搾取しようとする者たちから守らなくてはならないの」


熱心に資料を繰っているミラー氏とクレイグを見つめてアンジェリカは続けた。


「貴方たち三人には子の養育と同時に、この施設の運営と管理を任せたいの。元王妃の筆頭秘書官だったミラーさんの力を存分に発揮してもらいたいと思っているわ。それに、この短期間の過酷な経験で祈りが日課になったクレイグさんには、教会の側に身を置く事が救いになるのではないかしら」


ミラー親子は、その言葉に改めて跪いてアンジェリカに礼を述べた。


「そのお役目、謹んでお受けいたしたします。必ずご期待に沿うよう、親子で粉骨砕身努めてまいります」


ミラー氏の言葉にアンジェリカは微笑んで答えた。


「ありがとう、とても心強いわ。よろしくお願いしますね。クレイグさんはこのままご両親と共にグラーシュ公爵領に赴いて、お父上のご指導で運営管理をしっかりと学んでください。貴方の罰は今を以て終了です。これからは貴方の贖罪をしっかり見届けさせてもらいます」


深く頭を下げた後、顔を上げて子の様子を聞きたいらしいが嗚咽で言葉にならないクレイグに代わり、ミラー夫人がアンジェリカに尋ねた。


「恐れながら、ここを立つ前にお子に会わせては頂けませんでしょうか」


ミラー夫人の言葉にアンジェリカは笑顔で答えた。


「もちろんよ。ただ、月足らずで生まれた子は、まだ医師の許可が出ていないから清潔な部屋から出せないの。今からそこへ案内するのだけれど、その前にクレイグさんには湯あみをして身を清めてもらいます」


クレイグの身支度が終ると、一行は馬車で医師の診療所へ向かった。

馬車の中でアンジェリカは子について話し始めた。


「乳母によれば、生まれた時はとても小さかったけれど、たくさん乳を飲んでよく眠るあまり手のかからない子だそうよ。最近目も開いて髪の毛も増えて顔つきがしっかりして来たの。赤銅色の髪に青い瞳のとても可愛い男の子なのよ」


子の容姿を聞いたクレイグは潤んだ目を隠すように下を向いて呟いた。


「そうですか、ジルベールの…」


「ええ、そう。ジルベールさんには子が外に出られるようになったら伝えに行くわ」


驚いて顔を上げたクレイグにアンジェリカは言葉を続けた。


「ジルベールさんは一命を取り留めたの。今は一族の罪を償うと申し出て他の場所に居るわ。彼はミーガンさんが子を産んだことを知らないから、このまま話さずにいても良かったのだけれど、恐らく償いを終えたら彼はまた自ら命を絶ってしまう。だから、悔い改めて真摯に罪と向き合っているジルベールさんには生きる理由が必要だと思ったの。

ただ、ジルベールさんの償いはいつ終わるか分からないわ。

だから子はクレイグさんの子として育てて貰うから、親子の名乗りは出来ないけれど、償いの後は我が子の為に生きる事が希望になると思うわ」


それを聞いていたミラー氏が口を開いた。


「これは提案なのですが、ジルベールは私の甥という事にしてはどうでしょう。

幸い私もクレイグも瞳の色は似たような青色ですし、男の子なら髪の色は短くしておけば似ていても違和感はないでしょう。それに、償いの後は施設の護衛になってもらえれば、体格も良く近衛騎士見習いだった彼の腕っぷしは頼りになります」


クレイグを見やると何度も頷いている。


「では彼にはそう伝えておくわ。

そうそう、クレイグさんには子の名前を決めて貰わなくちゃ」


診療所に到着し、子に面会した彼らは愛おしそうに子をあやしていた。

乳母と一緒に子の世話に当たっているグラーシュ領の教会から派遣してもらったシスターは目の不自由な子どもの養育に長けている人物だ。

ミラー夫人も暫くこの診療所に残って子の世話をし、子が移動に耐えられるようになればシスターと共にグラーシュ領に戻る事に決まった。


クレイグは馬車の中からずっと子の名前を思案しており、皆の意見を聞いて子の名前は『テオ』に決まった。


アンジェリカは優しく頬をつついて微笑みかけた。


「素敵な名前を貰ったわね。神の贈り物という意味なのよ」



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― 新着の感想 ―
親がどんなに罪を犯していても子供は純粋にすくすくと育っているのが救われますね…。目が見えないというか、おそらく視神経を受け止める脳細胞が未発達なのかもしれませんね。 重い話のわずかな救いですね…
反省をするメンバーとしないメンバーと終わり際にハッキリ別れた感じですねー
 目に障害がある代わりに嗅覚や触覚が鋭敏化している人に水脈探しや鉱山探しができた人がいるそうです、空気や地面の湿り具合や水の徹振動や音で水脈を見つけたり鉱物の独特な匂いから鉱脈を見つけたりみたいですね…
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