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元王子と不愉快な仲間たち-1

最初に元王子のラシェルと側近四人とミーガンが収監された一般牢は、広場の鐘楼の両翼に伸びる壁に作られている。

その壁の頑丈な鉄の門を潜ると囚人の監視用の騎士の詰め所があり、石畳の広い中庭を隔てた場所には教会がある。

その教会の位置づけは特殊なもので、簡易的な裁判や刑の言い渡しを行う場所としての機能を併せ持ち、主にはその奥の共同墓地の管理を行っている。

そして鐘楼の鐘は刑の執行を知らせる為だけに存在しており、近隣の民衆はどのような刑が行われるのか鐘の音によって聞き分けるのだ。


一般牢とはいえ、軽犯罪者と重犯罪者と政治犯や元貴族等の特殊犯罪者のエリアは分かれており、特殊犯罪者のエリアは外部からの情報や接触が完全に遮断された場所となっており、その狭い独房が連なる隔絶された場所は特に厳重な警備を敷いている。


六人が連れて行かれた場所は特殊犯罪者のエリアであり、一人ずつ文字通り独房に放り込まれた。

連れていかれた時、クレイグ以外は連行した騎士に激しく抵抗して収監するまでに酷く時間が掛かったと報告を受けている。

恐らく元国王から、幽閉とは名ばかりの謹慎部屋である事を聞いていたのだろう。

クレイグを除く五人は収監場所を間違えていると口々に言い募った。

それに取り合わない騎士達に王族に返事も出来ない無能だなどと罵声を浴びせ続ける者、何かを喚きながら扉を叩き続ける者、格子を掴んで扉を揺らしながら叫ぶ者、何度も何度も扉に体当たりをする者、すすり泣き格子から手を伸ばして騎士の同情を引こうとする者と、それはもう大変な騒ぎだったそうだ。


裁定を下すまでは彼らにもまだそれぞれの立場があった為、服装は簡素ながらも貴族として最低限の格式の物を着用していた。

収監に当たり、彼らが大人しく着替えるとは思えなかったため、それぞれの独房の寝台の上に毛布と共に、囚人服である首と腕を通せる布が置かれていた。


錠を確認した後、いつまで経っても静かにならない彼らにうんざりした様子の騎士の一人が、大音声で注意事項を伝えた。


「いいか、よく聞け! 一度しか言わん! 食事は毎朝一日分のパンとチーズが届けられる。一緒に届く桶の水は飲み水の他は好きに使え。寝台の毛布の上に囚人服を置いてある。着るなりなんなり好きにしろ」


それを聞いたミーガンが、女性は一人では着替えられないと涙ながらに訴えた。

すると、体調確認を兼ねてミーガンを拘束していた女性騎士が進み出て独房から出し、ミーガンの背後に立つと、腰の短剣を抜きざまに一振りして簡素なドレスとコルセットを両断した。

悲鳴を上げて蹲ったミーガンを見下ろしながら女性騎士は言った。


「これで一人で脱げる。囚人服は頭と腕を通すだけだ。肌に傷はつけていないから心配は無用だ」


そう言って蹲ったまま動こうとしないミーガンを引きずって独房に戻して錠を掛けた。

その様子を見ていた五人が息を呑み、漸く静かになった特殊犯罪者エリアの錠を再度確認した騎士達は、疲れた様子でその場を後にした。


それから一月の間、毎朝食事と水を持って現れる騎士と下男に口々に何やら喚く他は、ラシェルがずっとぶつぶつと不満を漏らし、時折八つ当たりの様に順番に元側近に言い掛かりをつけては言い合いになっているようだ。


やがてミーガンが、食事が口に合わなくて吐き気がする、もっときれいな水が欲しいなどと訴えるようになると、ラシェルと側近三人はそれを理由に食事を運ぶ騎士や下男に自分たちの待遇も改善するようにと命令するも、全く取り合わない事に腹を立てて罵っているらしい。




◇◇◇

毎朝恒例の朝食後の会議で、アンジェリカが『ずいぶん元気そうよ』と言いながら皆に報告書を回した。

そんな中、クレイグだけは誰に何を言われても反応せず、食事と水を運ぶ騎士と下男に小声ながらもきちんと感謝の言葉を伝えていると報告にあった。

謝罪はパフォーマンスではなかった様で安堵した。

生まれた子は、監視付きではあるがクレイグに任せる事で皆の意見は一致した。


クレイグの両親のミラー伯爵夫妻は今回の引責として爵位返上を届け出ている。

ミラー伯爵家を継ぐことが決まっていたクレイグの兄は、両親と共に平民になる事を婚約者である伯爵令嬢に告げて婚約の白紙撤回を求めたのだが、令嬢本人とその父である伯爵から引き留められて、その伯爵家が持つ子爵位を引き継ぐ事を請われ、その旨の嘆願を届け出てくれた。

ミラー伯爵家の進退の表明と、クレイグ自身の反省と贖罪の意思からその嘆願は了承されてクレイグの兄は子爵となり、婚約者の令嬢とも無事に婚姻の運びとなったようだ。

更に、ミラー夫妻は爵位返上後にアルテーヌの農民として移住し、クレイグが刑を終えて子を迎えに来るまで、農夫となるクレイグの子としてしっかりと自分たちの手で育てたいとも申し出ている。それを聞いてこの両親ならと、子を託すことに決めた。


その事を、食事を運ぶ際に付き添う騎士から密かに伝えられたクレイグは、その場にひれ伏し毛布に顔を押し付け、声を殺して慟哭したという。

もちろん、子を迎え入れる事を決めた以上、預けたミラー家の人間だけに責任を押し付ける事はしない。監視と共にきちんとサポートもしていく。



一方、現在のヘイデン伯爵夫人は後妻である。

嫁いですぐに授かった男の子は六歳を迎えたばかりだ。

サイラスとミーガンはヘイデン伯爵の子ではなく、元ヘイデン伯爵夫人の結婚前からの不貞相手である元侯爵家の次男の子だともっぱらの噂だった。理由は簡単、二人は誰の目にも容姿端麗だけが売りだった不貞相手に瓜二つだったからだ。

奔放だったサイラスとミーガンの実母は不貞を理由に離縁され、不貞相手と共に平民に落とされてからの行方は知れない。


社交界では兄妹の出自と今回の不祥事を受け、()()()()()()()()囁かれ始めたヘイデン伯爵家に同情する声が次第に大きくなっていった。

それにより、身持ちの悪い娘とその後始末をヘイデン家に押し付けた元妻の実家である筆頭伯爵家と、不貞相手の親元である侯爵家の名が()()()()()()()上がるや否や、歴史もあり格式も高い両家は共同で声明を出した。


曰く、『追放した自身らの子の私生児であるサイラスとミーガンを、長年養育したヘイデン伯爵の慈悲深さを心から称えると共に、同家による手厚い教育にも関わらず起ったこの度の不祥事に対して、ヘイデン伯爵家に一切の非はないと考える』と。


その声明によりヘイデン伯爵家は降格を免れたが、ヘイデン伯爵自身は宰相補佐の役職を辞して、宰相室の一文官からやり直す事を表明した。

幼い弟君があの二人の巻き添えにならずに済んで本当に良かったと思う。



報告が終わり、明日に控えた元バランデーヌ王の裁定の準備のため、メルヴィルとマルコムとカールは席を立った。



「それにしても、ねえ…」


残ったパトリシアとカトリーヌにアンジェリカが呟いた。

報告書によれば、ミーガンはつわりの症状が出ている様子だが、それを環境と食べ物による体調不良だと思っているらしい。

しかしいくら特殊な環境にあるとはいえ、月のものもかれこれ四カ月は訪れていないはずだ。

学園に入学直後から、ラシェルを皮切りにあの三人の誰かと関係を持っていない日はほとんどなかったというのに、本当に気付いていないのだろうか。

曲がりなりにもヘイデン伯爵家の令嬢だったミーガンの周囲には侍女たちも居たし入浴の介助もされていたのだ。妊娠はともかく、男性関係については分かっていたはずだ。


カトリーヌによれば、ミーガンは子爵家から嫁いだ後妻を見下して自分の息の掛かった侍女を使って酷い嫌がらせを行っていたそうだ。

それなら、ミーガンの侍女からヘイデン伯爵夫人やヘイデン伯爵にさえも恐らく報告などされてはいなかったのだろう。


もしも自分たちなら…

アンジェリカとパトリシアとカトリーヌは、一斉にペルジェ伯爵夫人に視線を向けた。

それを真っ向から受け止めたペルジェ伯爵夫人は、さも当然と言った顔で頷いている。

その顔を見て、三人ともふるふると首を振った。


ミーガンの産む子が両親の資質を受け継いだとしても、それを発揮する事なく育つ事を願うばかりだ。




◇◇◇

一般牢への収監から一か月余り、クレイグ以外はこの場所が幽閉先だと思っていた。

それが、幽閉先が整うまでの仮宿だと知らされたのは二日後の早朝の事だった。


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― 新着の感想 ―
生まれて来る子に罪は無いとか子育て計画とか言ってるけど、妊婦にパンとチーズだけしか与えない時点で、生まれて来る子供にダメージ与えてる気がするのだが。。。
誰かの感想でもあったけど、第2のヒロイン誕生の予感。
ミーガンと不愉快な仲間の誰かの御子。多分人生の何処かで血の発現があるような気が、気が、気がー!だってアンジェリカ嬢は悪魔の血がかなり薄まってますけど、不愉快血筋はより濃厚に混じっちゃてるじゃないですか…
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