★ 元国王夫妻の末路
今回からしばらく残酷な表現が続きます。
タイトルの★が目印です。
苦手な方はどうかお気を付けください。
書いたものの、投稿するかどうか暫く悩んでおりました。
凱旋式から一夜明け、元両陛下は離宮の特別牢へ、裁定を下された不愉快な仲間たち六人は一旦一般牢へ収監された。
お父様曰く、まだ相応しい場所の準備が整っていないらしい。
妊娠初期のミーガンの体調も気になる所だ。かなりのストレスだっただろうから、子の状態が心配だったが、今の所大丈夫の様だ。
お腹の中に居ても声は聞こえていると聞いた事があるアンジェリカは、罵り合う環境では良くないかしらと側近たちと相談している。子が生まれるまで彼らと離しておいた方が良いのか思案のしどころだ。
不愉快な仲間達は、お父様の納得のいく収監場所が出来次第移す事になっている。
一般牢でホッとしているであろう六人にはしばしの休息の時間になるだろう。
◇◇◇
両陛下の特別牢は離宮の塔の頂上に用意されていた。
身に着けていた装飾品や衣装も全て取り上げられ、首と腕を通せる布を纏わされて、与えられた毛布を一枚抱き抱えて案内されたのは、何もない空間だった。
床も壁も石造りのむき出しのまま、寝台や椅子すらなく隅に屎尿桶だけが置かれている。
それを目にした瞬間、元国王は案内役の騎士を振り返って突き飛ばそうとしたが、屈強な騎士は難なく受け止めて部屋に押し込め、錠を下ろしてしまった。
隣の同じ作りの空間の中に既に収監された元王妃が、震える声で錠を確認している騎士に問いかけている。
「どこで寝ればいいの。座る場所もないわ」
騎士は、黙って床を指差した。
「地下牢にだって寝台や椅子位あるわ!」
喚く元王妃に騎士がため息を吐いて告げた。
「地下牢の床は常に濡れていてネズミや虫が這いまわっているからな。ここは塔の上だから床は乾いている」
鉄格子の扉の錠を確認した騎士たちは向き直って二人に告げた。
「食事と水の桶は一日一度運ばれてくる。屎尿桶の中身は壁の横の穴から捨てて、桶の水で必ず流しておくように。きちんと処理をしておかないとウジが湧くぞ」
わなわなと震える二人に騎士たちは言葉を残して立ち去った。
「グラーシュ公爵閣下の御慈悲だ」
格子を掴んで揺らしながら、何が慈悲だ!と叫ぶ声も空しく、騎士たちは振り返ることなく去って行った。
毎日届け得られる食事は、黒パンひと塊とチーズがひとかけら、それに桶に一杯の水だった。桶の水は飲み水にする以外には、主に最初の騎士に言われた通り衛生のためだった。
元国王は食事を運ぶ下男と付き添いの騎士に暴言を吐き続け、元王妃は泣き叫びながらこんな場所は元王族に相応しくないと訴え続けた。
二人ともに屎尿の処理などするものかと放置し、部屋に悪臭が立ち込めるようになると、きちんと処理をしないなら下男と付き添いの騎士の健康を害する恐れがある為、食事も水も運ぶことが出来なくなると言われた。
こんなところに居るくらいなら死んだ方がましだと叫ぶと、下男と騎士は何の感情もない顔で食事と水の桶をおいて出て行った。
次の日は食事も水も届かなかった。
そしてその次の日も何も届かなかった。
彼らにとって自分たちが死のうが生きようが本当にどうでも良い事なのだと思い知り、元国王はぞっとした。死んだ方がましだなどと、いかに子供じみた甘えだったか思い知り、王妃と共に残り少ない水を使って屎尿の処理をした後で、小さな高窓に向かって大声で食事と水をくれと叫び続けた。
二人で一晩中呼び続け、諦めかけた明け方、やっと下男と騎士がやって来た。
姿を現した二人に元国王は怒鳴りつけた。
「遅い!呼ばれたらすぐに来い!それから、グラーシュ公爵を呼べ!」
二人は返事をすることもなく、淡々と食事と水の桶を置いて行った。
何としてもここから出る。
そう決意を固めて毎日食事と水を運ぶ下男と騎士に訴え続けた。
そうしてこの場所に収監されて一月ほど経ったある日、いつもの下男と騎士とは違うゆったりとした靴音を響かせ、エリオット公爵を伴ったグラーシュ公爵がやって来た。
元国王は、エリオット公爵をきつく睨み付け、グラーシュ公爵に向かって話し出した。
「グラーシュ公爵、やっと来てくれたか。元とは言え王族の幽閉場所としてここは何としても承服できない。王妃であった女性を石の床に寝かせるなど紳士としてあるまじき行為だと思わないのかね。即刻貴族牢への移動を命じる。いや、要請する」
グラーシュ公爵は手を後ろに組んで部屋を見渡すと、穏やかな顔で元国王に問いかけた。
「ここはなかなか快適ではないですかな?風通しも良く明るくて床もちゃんと乾いている。寝床としては少々固いでしょうが、お望みの貴族牢よりもこちらを選んだのは私なりにかなり温情を掛けたのですがね」
元国王は格子を握りしめ『何が温情だ!これのどこを見て快適だなどと言えるんだ』と叫びそうになるのをぐっとこらえ、震える声を抑えてグラーシュ公爵に告げた。
「いいや、私たちはもうこれ以上、一瞬たりともここでは過ごせない。すぐに貴族牢へ移してくれ」
その言葉に、エリオット公爵が答えた。
「…このままここに居た方が御身と奥方のためだ」
その言葉に、元国王は格子をがたがたと揺らしながらエリオット公爵に向かって叫んだ。
「貴様の意見など聞いておらぬわ!この簒奪者が!よくもこの私の前に顔を出せたものだ」
その様子を見たグラーシュ公爵は、エリオット公爵を庇うように前に出て元国王を宥めるように柔らかい表情でとりなした。
「まあまあ、そう興奮なさらずに。先ほども申し上げたようにここは私なりにかなり温情を掛けた場所です。奥方の事を想うなら私も摂政殿の意見に賛成です」
グラーシュ公爵の飄々とした少しおどけたような様子が癇に障り、元国王はとうとう叫び出した。
「一刻も早くここから出せと言っている!ここが快適だなど、一体どこに目が付いているんだ!」
その様子をじっと見ていたグラーシュ公爵は、元国王に顔を近づけてゆっくりと聞いた。
「一度移動したらもうここへは戻れませんよ。移動は一度きり、どんな事があろうと貴族牢からは出られない。その覚悟はおありですかな?」
元国王はその言葉に被せるように答えた。
「ここからだってどうせ出られないのだ。もう二度と出られないというならここよりも貴族牢を選ぶ。もちろん二言はない」
グラーシュ公爵は重ねて聞いた。
「私としては貴族牢への移動は吝かではないのですがね。
これだけ皆が反対しているのです。それなりの理由があるとは思いませんか?」
その表情にイライラを募らせたように元国王は格子を揺らして叫ぶように言い放った。
「くどい!二言は無いと言っている!直ちにここから出せ!」
その言葉を聞き、暗い顔でエリオット公爵が合図をすると階段に控えていた騎士たちが現れ、格子を開けて入室して元国王夫妻に後ろ手に手枷を付けると、周囲を取り囲んだ。
塔から降りた一行は中庭を抜けて離宮の奥へと進んでいった。
そこで、元国王の足取りが重くなり、顔色が悪くなっていく。
どこに連れていかれるか予想が付いたらしい元国王を尻目に、グラーシュ公爵は穏やかな顔つきでゆっくりと進んでいく。
元国王は、王宮内の貴族牢に移動すると信じて疑っていなかった。
しかし、公にはされていないが貴族牢の機能を持つ場所はもう一つある。
禁忌に近いその場所を、まさか自分たちの幽閉場所にされる等、夢にも思っていなかったのだ。
それは、離宮の奥の離れであり、今は閉鎖されて立ち入る事は禁じられている。
そこは数代前、王の溺愛によって迎えられた側妃が、一見瀟洒でありながら贅沢な設えの離れの部屋を与えられていた。しかしその側妃はあろう事かこの場所で不貞を働き、そのまま生涯幽閉となった場所だった。
側妃の裏切りを知った王の怒りは凄まじく、当然、不貞相手の護衛騎士にもその怒りは向けられ、彼は絞首刑となったのだ。
知られているのはここまでで、この話には続きがある。
離れの部屋は、元々広々した一つの部屋を奥の大きな窓を中心に、上品な作りの調度に似合わぬ鉄の格子で仕切られている。
カーテンを取り払ったその窓辺には、それぞれの部屋に寝台が動かぬように固定され、寝台だけではなく、美しい作りの机と椅子、優雅な曲線のソファーも窓の方向に向けて全てが固定されている。
それは、王が愛する者たちが共に過ごせるようにと、窓から目を背けられない様に施した設えだった。
部屋が完成し側妃をその部屋に閉じ込めると、王は絞首刑とした不貞相手の騎士をその窓の外に吊るした。
そして時折部屋を訪れて仕切られたもう片方の部屋で共に過ごし、愛する者から憎しみの対象へ変わった側妃が壊れていくのを眺めていたという。
後の話を知らない元王妃が、離れの外観を見てホッとした表情を見せているのを見て、元国王の脳裏にはエリオット公爵の『このままここに居た方が御身と奥方のためだ』と言った言葉が蘇った。
フラン侯爵夫妻がバランデーヌのスパイとして公開で絞首刑になった事は、毎日食事と水を運んでいた騎士から聞いていた。
間違いなく、窓の外から何も映さない暗い瞳で部屋を覗き込んでいるのは彼らなのだろう。
部屋に入った瞬間、目に入った窓の外の景色は、覚悟をしていた元国王でさえ叫び出さずにはいられない凄惨な光景だった。
元王妃は声を限りに叫び続け、頑丈な鉄格子から手を伸ばしてここから出してくれと泣き叫んでいる。
それを睥睨しながら、グラーシュ公爵が告げた。
「ですからお止めしたでしょう?それなのに望んだのはあなた方ですよ」
そう言って振り返る事なく部屋を後にした。
続いて出て来たエリオット公爵がグラーシュ公爵に尋ねた。
「ジュリアン殿、この後はどうなさるおつもりですか」
グラーシュ公爵は振り返り、何でもない事の様に穏やかに答えた。
「あの様子では、元王妃は寝食も無理でしょうから持って五日という所でしょう。ご遺体はそのまま元国王のお側に置いてあげて下さい。あとは、元国王がどのくらい持つか…」
踵を返し、離れを出ながらグラーシュ公爵はエリオット公爵に語り始めた。
「ゾフィー王妃と我が妻のマリーが幽閉されていた場所はバランデーヌの城壁でした。バランデーヌでは罪人が絞首刑になるとその後は城壁に吊るして晒されるそうなんですが、処刑がある度に、ゾフィー王妃のいる部屋の窓からはその様子がよく見えたそうでしてね」
横に並ぶエリオット公爵の浮かない顔を覗き込むようにグラーシュ公爵は続けた。
「私を恐ろしいとお思いの様ですね。それはその通りかもしれません。
あの過酷な場所で、ゾフィー王妃は必死にマリーを守り生き延びてくれた。そしてそのマリーが命と引き換えに残してくれたアンジェリカを害する者には、私は鬼にでも悪魔にでもなれるのですよ」
そう穏やかに言うグラーシュ公爵に、エリオット公爵はこの父娘に接する度に覚悟の違いを突き付けられる思いがする。
近日中にバランデーヌ王の広場での晒し刑が終り、それに続き公開で処罰が言い渡される事になっているが、その裁定を、グラーシュ公爵とユアン翁はアンジェリカ嬢に委ねていると聞いている。
過去から続く禍根を、将来を担う手で刈り取らせるためだ。
あの父娘には到底敵わない。
自身が即位しないのは正解だったとエリオット公爵はつくづく思う。