断罪-可憐な少女の一人舞台
さあ、小娘の番だ。
エリオット公爵が気を取り直してミーガンに顔を向けようとした時、グラーシュ公女の視線に気づき、目が合うと目を細めて微かに首を振られた。
子の将来のためなら仕方ない。ここでは『あばずれ』であることは伏せておくとしよう。
まあ、あくまでここだけの話だが。
グラーシュ公女に目礼を返して、エリオット公爵がミーガンに声を掛けた。
「其方も加担していた事は明白だ。しかもグラーシュ公女を劣悪な状況で幽閉することを画策していたとも聞いている」
それを聞き、目を潤ませてエリオット公爵を上目遣いで見上げたミーガンの儚げで痛々しい姿に聴衆から同情の声が上がった。
ミーガンが周囲から聞こえる自分に同情する声に呼応するように、大きな目に涙をいっぱいに溜め、ふるふると震えながらその可憐な唇を開こうとしたその時だった。
不意に耳元に聞こえた声に反応してしまった。
『グラーシュ公女は何と美しい』
「なによ、あんな公女より私の方が何十倍も可愛いわ!」
儚げで可憐な表情から一転、突然目を吊り上げて大声で言い放った。
瞬間芸という言葉がぴったりの、あまりの変わりように聴衆はぽかんと眺めている。
ミーガンは喚くように言い放った自分の言った言葉が信じられないと言った風に目を見開いている。
エリオット公爵は呆れたように続けた。
「確かに其方は花も恥じ入ると言われる程の評判の美貌だ。容姿に自信を持つことを悪いとは言わないが、グラーシュ公女に対しての言葉が過ぎる」
エリオット公爵からの言葉に、ミーガンがその大きな目からはらはらと真珠の様な美しい涙を零し始めると、周囲からは再び同情の雰囲気が漂い始め、その空気を察知してミーガンが再び可憐な唇を開こうとしたその時だった。
またしても耳元に聞こえた声に答えてしまった。
『素晴らしいグラーシュ公女に側近たちが心酔するのも当然だ』
「ラシェ様や皆だって私に夢中なのよ!なのにあの側近たちったら、せっかく微笑みかけてあげたこの私を無視するなんてありえないわ!私の方がずっとずっと可愛いのに、なのにあの公女があんなに素敵な側近たちにちやほやされてるなんて絶対に許せない!」
またもや一瞬で儚さをかなぐり捨てて、涙を飛び散らしながら目を吊り上げて唾を飛ばさんばかりの形相で言い放った。
再び繰り広げられた瞬間芸に、聴衆は目を瞬きながら壇上を見上げている。
ミーガンは自分が言ってしまった言葉に動揺し、固まった様に動かない。
その言葉に、エリオット公爵が側近たちを眺めながら感心したように続けた。
「確かに、パトリシア嬢とカトリーヌ嬢とメルヴィル嬢は実に麗しいし、カール殿もマルコム殿も子供のころからグラーシュ公女の影武者として女装にも耐えうる様に磨き抜かれてきたのだ。成る程、皆が目を瞠る程の美貌であるな」
しげしげと眺められた五人は目を泳がせて苦笑いをしている。
「しかも、彼らは皆幼い頃から常に命を狙われる中にあって、共に力を合わせて危機を掻い潜って来た強い絆があるのだ。見た目しか取り柄の無い性悪な小娘などに目を向けるはずがなかろう」
性悪と言われたミーガンは、眉尻を下げて悲し気な顔でエリオット公爵を見上げた。美少女の悲痛な表情は通常であれば周囲の哀れを誘うはずだが、聴衆は固唾を呑んで見守っている。
まるで懇願するように桃色の唇を開いた瞬間、あの声が耳元で聞こえた。
『たとえどんな姿になろうとも我々のグラーシュ公女への思慕は変わらない』
「そんな訳ないじゃない!幽閉されてゾフィー王妃みたいにやせ衰えてバサバサの白髪になったあの女を見ればみんなが忌み嫌うに決まってるわ。あの女を想っているっていう辺境伯の令息にも見限られて、一人ぼっちで田舎の片隅で寂しく惨めな一生を送らせてやるつもりだったのに!」
またしても一瞬で顔を歪め、喚き散らす姿は醜悪だった。それが可憐な美少女からの変貌であればそのあまりの落差に拍車が掛かる。
三度目に披露された瞬間芸に、事の成り行きを見つめていた聴衆の中から不意に失笑が漏れた。それを合図に、皆から堪えていた嗤いが沸き起こった。
その周囲の反応に、ミーガンは真っ青になりその場に膝を突いて項垂れている。
きっともう顔を上げる事は出来ないだろう。
嗤いに包まれた会場の中、エリオット公爵がグラーシュ公女の後ろに控える麗人たちに問いかけた。
「だそうだが、どう思うかね」
問われた側近たちは、全員が胸に手を当てグラーシュ公女の前に出て跪いた。そしてグラーシュ公女の手を捧げ持って華やかな笑顔を向け一斉に答えた。
「たとえどのようなお姿であろうとも、私たちの想いは未来永劫変わりません」
それを見た聴衆からは、ほう、と感嘆のため息が漏れ、その溜息は歓声に替わり、会場は拍手に包まれた。
エリオット公爵は聴衆と共に笑顔で拍手をしながらミーガンに近づいて行った。
一つ気になる事がある。
エリオット公爵はミーガンを立ち上がらせる風を装い、周囲からの視線を遮って歓声に紛れるように小声で問い質した。
「小娘、周囲に聞かれないよう小声で話せ。ゾフィー王妃の助け出された時の姿と、グラーシュ公女を辺境伯家の令息が想っているという話は誰から聞いた」
獲物を狙う猫の様に目を細め、低い声で問い質した。
先ほどまでの様子と明らかに違う雰囲気を悟り、びくりと体を強張らせて小娘が声を出さずに囁くように答えた。
「両陛下からです。ラシェ様が婚約する前に恋人として紹介するからってこっそり王宮に呼ばれた時に聞きました。先代の責任を取る為にグラーシュ公女をラシェ様に娶わせるのは仕方ないが、嫌がっているラシェ様が不憫だから好きな子を側に置けるようにしてやりたいと言われました。
マクガリー辺境伯家の令息がグラーシュ公女に懸想しているから、グラーシュ公女とは何か理由を付けて形だけの結婚にして、そこで引き受けてもらうようにすれば丸く収まるから、時期を見て側妃にするまで我慢して欲しいって。それから、ゾフィー王妃様が表舞台に一切出ないのは、幽閉で白髪の老婆の様になった姿を見せないためだって聞きました」
根源はここだったか。
玉座に目を遣ると、国王と王妃は二人揃って目の前で拘束されて項垂れている彼らの息子に困惑した表情を向けている。
両陛下は、前エリオット公爵から、周囲に相談せずに動くなと口を酸っぱくして言われていた。口うるさい人間が居なくなった途端に、息子可愛さに根回しも相談もせずに動いたのだ。
善良なこの羊の夫婦の中にはいくら探しても狐は居ない。
王が羊なら、宰相の自分が狐であれば良いと思っていたが、それが間違いの元だったのだ。
内在する狐を育てなければならなかったと気づいてももう遅い。
善良な羊の中身はどこまでも羊だった。
ならばここでその分厚い毛皮を脱いで丸裸になってもらおう。
そしてその毛皮は私が貰い受ける。