断罪-元側近たち
いつもお読みいただきありがとうございます。
誤字報告もいつも大変感謝しています。
感想を頂き、自分でも読み返して分かりにくいと反省致しました。
分かりにくいと思われるところと説明不足の加筆修正を致しました。
感想を頂いた皆様、いつも本当にありがとうございます。個別に返信できず、この場を借りてお礼を申し上げます。
アンジェリカは微かに上がってしまった口角を優雅に広げた扇子で隠し、眉尻を下げて壇上の彼らを見つめた。
モリー謹製の昼食は各種のハーブとはちみつを使ったチキンソテーがメインだった。
彼らのメニューも同じだったようだが、ハーブのブレンドが特別だったらしい。
捕らえた間者たちにも使用したものだ。
このブレンドハーブは意識を奪うことなく、近くで囁かれた言葉に素直に答えてしまう作用がある。
モリー曰く、カトリーヌの要求通りに、意識を失ったり混濁したりしない様にブレンドすることに大変苦心したらしい。
自分が言ってしまった言葉と周囲の反応をきちんと理解出来なければ、この状況で真実を語らせても罰にはならない。
では、ご立腹の側近たちが用意した、ラシェル殿下と不愉快な仲間たちの舞台を見届ける事にしましょう。
◇◇◇
『先を越されたな』
「裏切り者」
サイラスが耳元で微かに聞こえた声に、思わず口を開いて答えた自身の呟きにハッとした瞬間、聞き咎めたエリオット公爵に問い返された。
「裏切り者とは、クレイグの事を言っているのか?」
『自分だけ助かろうとしていると思わないか?』
「そうだ、同じ事をしていたのに、自分だけ罪を軽くしようと僕たちを裏切った卑怯者だ」
また耳元で聞こえた声に、思わず答えてしまった言葉に顔から一気に血の気が引いていくのが分かる。
自分の口から出た言葉が信じられなかった。この衆人環視の場で、裁定者のエリオット公爵に対して言って良い言葉ではなかった。
「…クレイグが認めた事と同じ事をしていたという事だな」
そう質されて、慌てて弁解しようとした。
『君にはミーガン嬢が居るじゃないか』
「ミーガンからラシェル殿下に頼んでもらえば、どんな事でもいつの間にか誰かがもみ消してくれるんだ」
またもや聞こえた声に答えて犯罪の隠蔽を口走ってしまった事を自覚して、口を開けたまま視線を泳がすと、会場は静まり返り、人々の刺すような冷たい視線が向けられている。
「…もうよい、わかった」
エリオット公爵の呆れ返った目と投げ捨てるような言葉にがくがくと体の震えが止まらない。
エリオット公爵の目がジルベールに向けられた。
「ジルベール、其方はどうだ」
問いかけに応えようとして口を開いた瞬間だった。
『サイラスには呆れたな』
「全く馬鹿な事をしてくれる。言い逃れの方法くらい幾らでもあるだろうに」
耳元で微かな声が聞こえ、それに思わず答えてしまった。
答えた自分の声に間違いはない。しかしその内容が、自分の言った事とは信じられず思考が停止する。
口を衝いて出た言葉は言おうと思っていた事とは全く違っていた。
「ほう、どの様に言い逃れをするつもりだったのだ」
目を細めて見据えるエリオット公爵の視線が恐ろしく、額に脂汗が滲む。
『ラシェル殿下と王妃様のお名前は万能だものな』
「ああ、ラシェル王太子殿下のご意向と王妃様からの執り成しがあれば、誰もがひれ伏して何でも言う事を聞くさ」
耳元で微かに聞こえる言葉に、思っている事を素直に答えてしまう。
何故、頭の中にはその言葉しか浮かばない。驚愕に見開いた眼がエリオット公爵から離せない。
『ラシェル殿下にハンガーストライキを教えたお陰だな』
「そうだ、父上から聞いてラシェル殿下にハンガーストライキをお教えしたんだ。王妃様は食事をしない殿下を心配して俺たちを側近に戻してくれた。母上の言う通りだった」
耳元の声に逆らう事が出来ず、また素直に答えてしまった。
事の重大さに唇が戦慄き、周囲を見渡しても近衛隊長の父の姿がどこにもない。
「そうか、そうやって何度遠ざけても側近に戻っていたという訳か」
フラン侯爵家は建国以来の重臣だったため、王家の信頼も篤く知らされた時の落胆は大きかった。
「フラン侯爵家は昨夜のうちに制圧された。侯爵夫妻はバランデーヌの間者と繋がっていた事で国家反逆罪に問われて、爵位剥奪の上収監され、刑の執行を待っている。ラシェル王子と王妃を都合よく動かしている事は分かったが確たる証拠が掴めなかったのだ。これで拷問する手間が省けた」
刺すような視線のまま、片方の口角を上げたエリオット公爵の顔をただ見つめ続けた。
一面に脂汗が浮かんだ顔が蝋の様に白くなっているのが分かる。
もう、立っているのがやっとだった。
眉を顰めてジルベールを睨みつけていたルイは、自分に父のエリオット公爵の視線が止まった事に気付いた。
「フラン侯爵家の裏切りを野放しにしておくなど、宰相として職務が怠慢過ぎませんか、父上」
挑むような視線を向けるルイにエリオット公爵は対峙した。
他の二人の様に、思わず口を衝いたという様子ではない事に溜息を抑えられなかった。
「グラーシュ公女の陰謀論の次は私への批判か。フラン侯爵家はバランデーヌ派貴族の筆頭だった。それが判明してからは近くに置いて監視しておく方が都合が良かっただけの計画の一部だ。今回、グラーシュ公女と側近方の尽力のお陰で難なく一網打尽にする事が出来たのだ」
そう言ってグラーシュ公爵とユアン翁に挟まれて座っているアンジェリカ嬢へ目礼をした。
「さて、いくら話題をすり替えてもお前たちの罪から民衆の目は逸らせないし言い逃れはさせない。国宝の贋作の作成はそれだけで極刑に値する重罪だ。しかもそれがグラーシュ公女に冤罪を掛ける為だったなど言語道断、悪逆が過ぎる。
計画したのはお前だという事は分かっている。証拠を突き付けられる前にせめて潔く罪を認める気はないか」
聴衆から向けられる氷のような視線が恐ろしい。
『貴方は優秀なのにもったいない』
耳元で聞こえた声に、その通りだと答えようと顔を上げて口を開こうとしたが、それを封じるように父の言葉が掛けられた。
「知恵が回る事を自負しているようだが、それを間違った方向に向けて人を貶める事を世間では悪辣というのだ。間違っても優秀などとは言わん」
『為政者には狡猾さは必要だ』
また聞こえた声に、父の言葉は綺麗ごとだと、思った言葉を口にしようと息を吸い込んだところで、父が言葉を続けた。
「策略で相手の罪を暴く事と、自分の犯した罪を擦り付ける事や、わざわざ犯罪を作り上げてそれを人に被せて陥れようとする事は全く違う。今回の計画は悪逆非道というのが相応しい」
『隠す演技は得意だろう?』
「そんな事、好青年を演じていれば皆が疑わずに信用する。今までだって誰も見抜けていなかったんだ」
耳元の声にやっと答える事ができたと思った瞬間、口にしてしまった言葉にはっと我に返り、向けられる侮蔑の籠った視線に鼓動が速まるのが分かる。しかし、言ってしまった言葉はもう取り消せない。
体中に響く自分の心臓の音を聞きながら立ち尽くすルイに、頭を振ったエリオット公爵が呟くように告げた。
「策に溺れて周りが見えなくなってしまっているようだな。人の道を踏み外した自覚のない人間に更生の望みは薄い。心から残念だ」
エリオット公爵はそう言って背を向け、それから二度とルイを見る事はなかった。
◇◇◇
エリオット公爵は頭を抱えた。
この場では裁定を言い渡すだけのはずだった。
しかし、彼らの口からは次々と通常では信じがたい言葉が飛び出してくる。
言った本人たちが一番驚いている様子から察するに、操られて偽りを語らされているわけではなく、口から出た言葉は彼らの本音に間違いないのだろう。
ルイとの対峙では、息子の見苦しい姿をこれ以上目の当たりにしたくない利己心により、思わず言葉を封じてしまったが、グラーシュ公女には当然見抜かれていただろう。
しかも、そんな小細工は公女の側近たちには許してもらえなかったようだ。
止めの言葉をしっかり吐かされた。
目の端に映るグラーシュ公女は扇子で口元を隠して眉尻を下げて様子を眺めている。
優雅な透かし模様のその扇子は、裁定の場でその切れ味を目の当たりにしていなければ鉄扇だなどとは夢にも思わない代物だ。
『売られた喧嘩は倍値で買うと決めていましたのよ』
そう言って笑ったグラーシュ公女と側近たちの顔を思い出した。
溜息を吐き、視線を向けた所にミーガンが小刻みに震えながら兄のサイラスを見ているのが目に入った。
そうだ、まだこの小娘が残っていたな。