凱旋式
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いよいよ戦勝の英雄、マクガリー前辺境伯ユアン翁を先頭に、国家の勝利に貢献した一行が城門を潜り、詰めかけた群衆に熱狂的に迎えいれられた。
沿道だけでなく、建物の窓からも身を乗り出した人々が歓声を送り、王都は勝利に沸いている。
騎乗のユアン翁は手を挙げて民衆の声に応え、しかし顔を引き締めたまま式典の行われる中央広場にゆっくりと進んでいった。
その後ろには並び立つグラーシュ公爵とモンテ国王とアルザス国王、そして功績を称えられるべき司令官が率いる騎士たちが続く。
凱旋には戦利品の行列が続くのが常なのだが、今回の戦利品はただ一つ。
檻に入れられ首に枷を着けられたバランデーヌ元国王が、ロバに引かれた荷車に乗せられて続いている。
一足先に到着していたトーラント国王が凱旋した一行を礼をもって迎え、その武勇を称えて式典は始まった。
「モンテ国とアルザス国、そして我がトーラント国の協力の下、三十年の苦節を乗り越えバランデーヌの民は解放された!
功労者たる前マクガリー辺境伯ユアン翁の功績をここに称える」
トーラント国王の宣言に、割れんばかりの歓声が天地を覆う。
「解放されたバランデーヌの土地と民は蹂躙されることなく、引き続きアルテーヌの支援の下、モンテ国、アルザス国、トーラント国に割譲され、その保護下に置かれる事となる」
バランデーヌ王家に与していた各国の貴族たちは、諜報によって油断していたところに夜襲を掛けられ、ほとんど無抵抗の状態で制圧されている。
その処遇は各国に任される事になっており、それ以外の貴族家は長年の交渉によりどの国に属するかは既に決まっている事も発表された。
そして、その長い月日をずっと耐え続けた民と支援し続けた民の双方を称え、各国ともこれからの和平と、共に発展していく未来を築いていくことが宣言されたのだ。
三十年の月日を掛けたクーデターがようやく終わった瞬間だった。
トーラント国王からの発表が続く。
「この度、バランデーヌの元王妃にしてアルテーヌの現相続人であるゾフィー夫人の引退が発表された。そしてグラーシュ公女アンジェリカが、次期グラーシュ女公爵に指名されると共に、アルテーヌの初代守護者に就任することが決定した」
紹介を受け、各国王の末席に坐っていたアンジェリカが立ち上がる。
周囲のざわめきを手を挙げて鎮め、トーラント国王が続けた。
「アルテーヌは今後、どの国にも属する事無く新たな三国を平等に支える土地となる。
その管理は、今までの相続人という形ではなく、守護者という形で三国の持ち回りとし、その政策や守護については各国の協議と監視の下決定する事となる」
歴代の相続人の中にも尊厳や命をも脅かされた者は少なくない。今回のような横暴を許さないために、新たなアルテーヌの統治方法として長年三国で協議を重ねて漸く決着のついた方法だった。
発表を受けて沸き上がった歓声にアンジェリカは手を振って応えた。
式典が無事終わり、沸きかえる歓声に見送られながらモンテ国王とアルザス国王が王宮の中へと案内され壇上から退出していった。
歓声が収まった頃、トーラント国王の合図で、後ろ手に枷を着けられたラシェル王太子と側近四人とミーガンが壇上に連行された。
腰に鎖を巻かれ、騎士が一人ずつその鎖の先をしっかりと握っている。
先ほどまで歓喜に溢れていた会場からは、困惑のどよめきが押し寄せた。
彼らの前にトーネット伯爵が進み出て、書類を掲げて会場の隅々にまで届かせるように良く通る声で朗々と読み上げた。
「王太子ラシェル並びに側近のエリオット公爵家ルイ、フラン侯爵家ジルベール、ヘイデン伯爵家サイラス、同じくヘイデン伯爵家ミーガン、ミラー伯爵家クレイグ。
この六名は、グラーシュ公爵家の自治エリアへ無断で侵入した上、その財産を持ち出した窃盗の嫌疑が掛けられ、先日の聞き取りによりその事実が認められて罪が確定している」
人々が顔を見合わせざわめきが大きくなったところで、エリオット公爵が立ちあがり、静粛にと声を掛けた。
「加えて、王太子ラシェルは、婚約者のグラーシュ公女の予算として王家に預けられているグラーシュ公爵家の資産で購入した宝石、ドレスなどを一年に渡りヘイデン伯爵家ミーガンに贈り続けた。贈った王太子ラシェルとそれを受け取ったヘイデン伯爵家ミーガンの二人は横領の罪に問われている。
また、この六人は共謀して宝石商を脅迫し、王太子妃の証である国宝の首飾りの贋作を作成させた事が当該の宝石商からの訴えにより明らかになり、その証拠品となる贋作が宝物庫から見つかっている。
更に、本物の国宝の首飾りは持ち出して隠蔽しており、その上でグラーシュ公女を国宝の贋作作成と横領の罪で断罪して幽閉するという冤罪事件を計画していた事が、ミラー伯爵家クレイグの証言と、隠蔽したとされる場所から首飾りが見つかった事で明白となった」
トーネット伯爵は、壇上に持ち込まれたドレスと宝石を指し示し、説明を始めた。
「これらの証拠品はヘイデン伯爵家のミーガンの私室から証拠として提出されたものである。全て王太子ラシェルからの注文で納品したと提出された商会の帳簿とそれに添えられた図案と一致する」
そして壇上に上げられた宝石商に、首飾りを手渡して確認した。
「この首飾りは其方の工房で作った物に間違いないか」
受け取った宝石商は、ポケットから図案とルーペを取り出して入念に確認し始めた。
石の一つ一つまで丁寧に確認し、ルーペをポケットにしまうと図案と共に首飾りをトーネット伯爵に恭しく手渡した。
「私どもの工房で作った物に間違いございません。持ち込まれた図案とご注文通り、全てガラス玉で、金属も金や白金ではなく混ぜ物の多い廉価な物です」
受け取ったトーネット伯爵が宝石商にさらに尋ねた。
「この壇上に、其方の工房に依頼に来たものは居るか」
宝石商は頷いて応えた。
「工房にいらしたのはお二人です。お一方はそちらの、右端に居られる方です」
そう言って手の平を上にしてクレイグを指し示した。
「そちらの方から図案を渡され説明を受けましたが、私どもは王家の装飾品の修理などを承る身です。それが王太子妃様の装飾品であることは一目で分かりましたので一度はお断りいたしました。
もうお一方は騎士の装束でお顔を隠しておられたのですが、腰に差していた剣の柄の紋章からフラン侯爵家の方とお見受けしました。その方に、断ればこの工房など潰す事は造作もないと、平民の工房の職人たちを作業が出来ない体にするなど簡単な事だと脅されました」
俯くジルベールを、確信を持った厳しい視線で見据えながら宝石商は続けた。
「私がその日のうちに王宮に訴えを申し出たことは、トーネット伯爵様もご存知の通りです。
すぐに職人と工房を守るために作業場を移転して職人たちを移し、首飾りは言われたとおりに作成を致しました。しかし贋作である事がすぐに分かるよう、嵌め込んだ全てのガラス玉と金属部分に小さなバツ印を付けている事はトーネット伯爵様にご報告した通りですし、王都のすべての宝石商にも経緯を含めて通達しています」
トーネット伯爵は頷いて宝石商を労い、壇上から下がらせた。
そしてトーラント国王とエリオット公爵に向き直ると礼を執って告げた。
「以上が罪状と証拠の確認です。裁定をお願い致します」
壇上の六人は、壇上の前に引き立てられて民衆に向かって立たされ、それぞれに腰に繋がれた鎖を持つ騎士が後ろに控えている。
エリオット公爵が六人の前に立ち、裁定の前の言葉を口にした。
「我、エリオット公爵は、良心に従い、正義と真実に基づいて裁定を下す事を誓う」
そして六人に確認するように問いかけた。
「先ほどのトーネット伯爵の読み上げた罪状と示した証拠と証言に間違いはないか」
エリオット公爵が順番に目を向けていくと、クレイグが頭を下げて言葉を発した。
「全て我々のした事に間違いはありません。証拠も証言もその通りです。謹んで罰を受け、もし機会を得られるなら生涯をかけて贖罪をしていく所存です」
隣のサイラスの口元が『裏切り者』と動いたのが見えた。
この場で素直に罪を認めた者を裏切り者と罵る意味が分かっていないはずはないのに…
アンジェリカの口角が微かに上がった。
彼らの後ろで鎖を持って控える騎士たちは王宮の騎士の制服を身に纏ってはいるが靴紐の結び方に僅かな特徴がある。全員がカトリーヌ配下のデュボア伯爵家の者だ。
彼らの留め置かれた裁定の間の控室に配備されたメイドたちは監視のために闇に乗じて全てパトリシアの配下に入れ替えている。
ここに連れて来られる前に提供された彼らの昼食はモリーの特製だと報告があった。
鎖を持つ騎士の唇が微かに開いている。あの口元は腹話術を使っている者の特徴だ。
彼らは後ろに控える騎士たちの誘導に従って、思考とは裏腹に本当に思っている事を口走ってしまうらしい。
どうやら私の側近たちは、私以上にご立腹の様だ。




