さあ、存分に言い訳をなさい
「アンジェリカ・グラーシュ・アルテーヌ、お召しにより罷り越しましてございます」
陛下の前で礼を執り、続いて既に入室していたラシェル殿下にいつものように軽く膝を折り美しい笑顔でご挨拶した。
「ごきげんよう、ラシェル王太子殿下」
ラシェル殿下は怯えた目で忙しなく辺りを見回し、ほっとしたような表情でやっと私に視線を向けた。
お父様ったら、本当に一体何をなさったのかしら。
誰に聞いても良い笑顔を向けるだけで何も教えてくれないのだもの。
あのいつも穏やかでお優しいお父様が王子をここまで怯えさせるなんて想像も出来ないわ。
「…あ……」
かろうじて口を開けたものの、言葉が続かず視線を左右に泳がせるラシェル殿下を笑顔で見つめ続ける私。
挨拶すら返した事がないという事を皆様に露呈する行動には、ここでも満点を差し上げましょう。
小賢しい参謀役と恫喝担当の護衛もどき、首を縦に振るだけの相槌役に盛り上げ担当の太鼓持ち兄妹、その全てを剥ぎ取られた裸の王子様がただ一人、言葉もなく立ち尽くしている。
引き続き私たちの聞き取り役を務めるトーネット伯爵は、しびれを切らしてラシェル殿下を促した。
「僭越ながらラシェル王太子殿下、グラーシュ公女がご挨拶のお返事をお待ちですよ」
はた、と我に返ったラシェル殿下は、『…あぁ…』と言葉を発しただけで、やはり言葉は出てこない。
そうでしょうとも。だって今まで一言も言葉を交わしたことが無いのだもの、何を言って良いのかわからないのでしょうね。
そう言う私も、何を言っていいのか分からないわ。
こちらに水を向けられても困ってしまうので、私はラシェル殿下の呟きのような返事に鷹揚に頷いて、トーネット伯爵に笑顔を向けて進行を促した。
「それでは、お二人の聞き取りは国王陛下の秘書官である私、トーネット伯爵が行う事を宣言します。
ラシェル王太子殿下、グラーシュ公女、この裁定の場で嘘偽りなく真実のみを語ると誓いますか」
交互に視線を向けられ、手を上げて答えた。
「誓います」
その言葉に頷いたトーネット伯爵はラシェル殿下に顔を向け、控えの間でお聞きになっていた通り、ヘイデン伯爵家の兄妹と元側近三人の聞き取りの内容に間違いはありませんねと問いかけた。
するとラシェル殿下はその問いには答えず、私に向かって語り始めた。
「グラーシュ公女、ここで君が今日の一連の事を僕たち皆に謝罪してくれたら、僕は全てを許して君を婚約者として認め、今後は誠意をもって遇しようと思う」
ぽかんとした表情のトーネット伯爵と、壇上の傍聴席で猫の様に目を細めたエリオット公爵に手の平を向けて合図をし、笑みを深めてラシェル殿下に続きを促す。
「これが最後のチャンスなんだよ。それくらい君にも分かるだろう?
メグが君の制服を着たくらいで何故そんなに目くじらを立てる必要があるんだ。小さなヘアピンだって君にとってはどうってことない物じゃないか。それを当てつけみたいに汚れた姿で皆の前に立って、公女ともあろうものが恥ずかしいと思わないのかい?
僕は婚約者として居た堪れない気持ちで君を見ていたよ。
そんなに僕に構って欲しいと思っているとは気づかなかった。僕が君の気持を受け止めきれていなかったせいなんだね。
だからどうか素直になって侵入だの盗難など馬鹿な言いがかりはやめにして、全てメグへの醜い嫉妬だったと認めてくれ。早くメグとサイラスの拘束を解かせて、そして二人にきちんと謝らなければならない事くらいわかるだろう?そのくらい言われなくても出来ない様じゃ、僕の伴侶にはとてもじゃないけどなれないよ。
それに発表で僕たちをのけ者にした件は、ずっと昔に君に酷い言葉を投げかけた僕たちへの意趣返しなんだろう?
でもあれはほんの子供の戯言だった。しかもあの時君がひどい状態だったのは本当のことじゃないか。
驚いて口走ってしまった事をいつまでも根に持つものじゃない。そんな下らない事で婚約者であり一国の王太子でもある僕に恥を搔かせるなんてあってはならない事だよ。
だから、お願いだからこれ以上失望させないで欲しいんだ。
一刻も早く全て自分が悪かったと認めて皆を自由にすると宣言してくれ。
さあ!皆をここへ呼んで、きちんと頭を下げて謝るんだ!」
大げさな身振り手振りで自分の言葉に酔ったような大演説の後、胸に手を当て、もう片方の手を私に差し伸べるという役者じみた仕草で返事を待っている。
ならばご期待に応えましょう。
「素晴らしい妄想劇場でしたわ」
私は拍手と共に笑顔で答えた。
「言いたい事はそれだけかしら?」




