物思い
裁定の場での聴取が始まって数時間、休憩の時間を挟むこととなり、夕食代わりの軽食を摂って呼び出しを待っていた。
この後、ラシェル殿下と私の聴取が始まる。
ラシェル殿下は裁定の場に隣接する待機室でずっと傍聴しており、私も控室で詳細な報告を受けていた。今回の件の状況確認は十分だ。
ラシェル殿下と私は今まで一度も会話をした事が無いのだから、私としては特に今更話す事は何も無い。
お父様との対峙の後、ラシェル殿下が向けて来たあの器用な笑顔を思い起こせば、話をするつもりはあるのかもしれない。
きっと最初で最後の会話?話し合い?になるのだし、聞かれれば答えるつもりだった事くらいはお話ししておきましょう。
聞かれれば、だけれど。
ラシェル殿下と不愉快な仲間たちの処罰については、お父様に委ねられていると聞いているから私はそれに従うのみだ。
漏れ聞くところによると、ゾフィーお祖母様とお母様が置かれていた過酷な状況と同じ幽閉先を既に王家が用意しているらしい。
ただ、学生の間のおイタ程度ならそこまで過酷な罰にならなかったと思う。
こちらの思惑通りに動いてくれたという、ある意味 [駒]への恩情もあったのだ。
しかし、軽い気持ちで言ったであろう一言が彼らの明暗を分けたのだ。
彼らには保身のための上辺だけであろうとも決して謝罪の言葉を口にさせない。
仮令彼らの妄想の物語の中であったとしても、謝っても許してもらえない哀れな悲劇の主人公を演じる事も、私を謝罪を受け入れない非道な公女に仕立て上げる事も許さない。
裁定の場で不愉快な仲間達が見せた、私をとことん軽視した態度を最期の瞬間まで貫かせ、それを周囲にも強く印象付ける。
彼らのプライドを刺激し続け、謝罪の念や反省を封じるなど簡単な事だ。
ただ彼らの前で私を褒めれば良い。
今彼らが思っているであろう [どうしてこんなことに] に、[あの女のせいで] が加われば、自身の置かれた状況を受け入れ難く苦しみは倍増する。
それが私からの彼らへの罰だ。
憎悪や殺意を向けられる事は子供のころから慣れっこだ。
物理を伴わない彼らからの敵意や憎しみなど痛くもかゆくもない。
ただ、反省の態度を見せたクレイグ卿の謝罪は受けようと思っている。
お父様次第だけれど、多少の情状酌量の余地はある。
婚約の話し合いの席で、ラシェル殿下と側近たちが私を完全に無視した事で、トーラント王家とグラーシュ公爵家の間で方針が決まった。彼らには隠れ蓑になってもらう。
その時の、自身の子どもを諦めなければならないと知った両陛下と側近たちの父親の悲しみ、絶望、哀れみ、それらが綯交ぜになった表情が忘れられない。
そして広まった [アルテーヌの相続人を蔑ろにする愚かな王家と次代の国王]。
この一年、最も辛かったのは彼らの両親だろう。
今夜は新月だ。
何もかもを闇の中に隠してくれる。
先触れの知らせに、扉の前で待機する。
扉が開かれ、メルヴィルに恭しく手を取られてパトリシアとカトリーヌを従えた私の前に立っていたのは、エリオット公爵だった。
礼を執った私に笑顔を向け、差し出した腕に私を託したメルヴィルに向かって問うた。
「マクガリー辺境伯の…何と呼べばいいのかな?」
その問いに顔を上げまっすぐにエリオット公爵を見つめて、彼は答えた。
「その暁には、[ユアン] と」
破顔したエリオット公爵に促され、私たちは裁定の場へ向かった。




