こてんぱん
お読みいただき本当にありがとうございます。
誤字脱字報告にはいつも感謝の念に堪えません。
感想もとても励みになっています。
返信の内容でネタバレになってしまいそうで、画一的なお返事で申し訳ございません。
ありがとうございます。
「我々は、今日の件はグラーシュ公女の陰謀だと確信しています。グラーシュ公女は、そこにいるベルジェ伯爵令嬢を使い、私たちを部屋に誘い入れて部屋の物を持ち出すように仕向けた疑いがあるのです」
静まった裁定の場に響いたルイの言葉に、トーネット伯爵は小さくため息を吐いてルイに尋ねた。
「この裁定の場でグラーシュ公女のお名を出したからには、その主張が思い込みや勘違いだったなどという結論は許されませんよ。その場合、公の場でグラーシュ公女の名誉を棄損したと見做されますが、続けますか?」
ルイとジルベールは顔を見合わせて頷き合い、自信に満ちた顔で続けた。
「はい、続けます。
では、ベルジェ伯爵令嬢に伺います。ラシェル殿下と私たちが王族エリアに差し掛かった時、あなたはグラーシュ公女の控室から出てきて私たちに声を掛けましたね。
そして、ミーガン嬢が制服を汚して困っているのを知った上で、扉を少し開けて出て行った。それは、その扉からトルソーに掛かっている女生徒の制服を我々に故意に見せ、ラシェル殿下が紳士的な動機からミーガン嬢に着替えを提案することを誘導する行動と言わざるを得ません。
我々は侵入したのではなく、グラーシュ公女が我々を断罪するために悪意を持ってベルジェ伯爵令嬢に誘導させた結果、部屋に入らざるを得なかったのです」
そう言い切ってルイとジルベールから視線を送られたトーネット伯爵は、パトリシアに助けを求めるように問いかけた。
「だ、そうですが、如何でしょうか、ベルジェ伯爵令嬢パトリシア様」
今まで後ろに控えていたパトリシアが前へ進み出て、陛下の前で見事なカーテシーを披露して答えた。
「ベルジェ伯爵家パトリシアが答弁させて頂きます。
お答えに当たり、補佐としてグラーシュ公女の筆頭秘書官、デュボア家マルコムからも発言させて頂きます事、お許しくださいませ」
承知いたしました、では答弁をどうぞと、トーネット伯爵から促された。
「先ず初めに、エリオット公爵令息様とフラン侯爵令息様の [仮説] を拝聴し、私もマルコムも、大変な驚愕を以て受け止めております。
次に、私が控室に居りました経緯についてお話しいたします。
本日のランチルームでラシェル殿下とグラーシュ公女が昼食中、お二人の元へヘイデン伯爵令嬢がお越しになり、不意にお持ちになっていた昼食をトレーごと手放すという出来事がありました。側近で護衛のマクガリー辺境伯家のメルヴィル様が対処したためトレーや食器がグラーシュ公女を傷つける事はございませんでしたが、食事の中身がグラーシュ公女を著しく汚してしまいました。その為、私はお召し替えの準備を伝えに急ぎ控室に参った次第です。午後の授業は、ラシェル殿下と皆様にも事前にお知らせしておりました通り、王妃様やオルザス国とモンテ国の大使もご臨席の大切な発表がございました。その前に何としてもグラーシュ公女の身嗜みを整えるべく我ら側近一同奔走していた最中の出来事であり、陰謀などと嫌疑を掛けられ、大変困惑しております」
パトリシアがそう答えると、ジルベールが威嚇するような大音声で発言した。
「己の姦計を誤魔化すために言葉を重ねても我らは騙されない!あの時明らかにそのような慌てた様子はなかった。部屋から出て来た時にも落ち着き払って我らに声を掛けて来たではないか!それに本来、ベルジェ伯爵家のあなたからラシェル殿下やエリオット公爵家のルイやフラン侯爵家の私に話しかけるのはマナー違反なのだ。ラシェル殿下は寛大にもその件については不問にしているが、このような陰謀が隠されていたと分かったからには容赦はしない!」
ジルベールの唾を飛ばさんばかりの剣幕に、トーネット伯爵から厳しく注意が飛んだ。
「フラン侯爵令息ジルベール殿、静粛に!ここは聞き取りの場である。立場の弱い者に対して恫喝するような行動や発言は許されないと心得よ」
パトリシアは毛筋ほども動揺を見せずに静かに答えた。
「私はラシェル殿下にもエリオット公爵令息様にもフラン侯爵令息様にも、声を掛けてはおりません」
その答えに、ジルベールがパトリシアに詰め寄り大声で怒鳴りつけた。
「嘘を吐くな!『お怪我はありませんか』と声を掛けて来たではないか!」
トーネット伯爵の目配せでジルベールが拘束され、口を塞がれている様子を顔色一つ変えずに見据えながらパトリシアがルイに語りかけた。
「私は、ヘイデン伯爵令嬢に声を掛けました、『ミーガン様、お怪我はありませんか』と。
同じ伯爵家ではありますが、家格は我がベルジェ伯爵家が上位ですのでフラン侯爵令息様の仰るマナー違反には当たりません。問いに対してヘイデン伯爵令嬢は、大変遺憾ながら言葉通りに受け取られたようですが、そばにいらしたエリオット公爵令息様はどのようにお聞きになりましたでしょうか」
格下の伯爵家の令嬢など、公爵家と侯爵家の令息である自分たちの言葉に逆らえないと思っていた。生意気な受け答えをしたら恫喝すれば良い。そこでグラーシュ公女の名を出せば自分が招き入れたと罪を被るはずだ。そうすればラシェル殿下もヘイデン家の兄妹も罪には問われない。この目の前の令嬢一人が全ての泥を被れば皆が救われるのだ。その上、側近の失態の責を問えば、グラーシュ公爵家に謝罪をさせることも出来る。そう勝利を確信してこの場に臨んだのだ。
それが、どうしてこうなっている。
パトリシアの問いには答えられない。どう答えても自身の威信に関わる。
動きを止めたルイの様子を見て、首を振りながらトーネット伯爵がパトリシアに尋ねた。
「ヘイデン伯爵令嬢はグラーシュ公女に危害を加えておきながら謝罪もしなかったという事ですかな?」
その言葉にルイが反応した。
「いつも少し制服に水が跳ねたくらいですぐに退席するから謝罪する暇がなく、後に残されて泣きながら謝罪を口にしていたのを我ら皆が聞いている。今日は足を挫いていてそれどころではなかったのだ」
トーネット伯爵はルイの言葉を無視し、目を向けられたパトリシアは頷きながら答えた。
「はい、トーネット伯爵様のご指摘通り、ヘイデン伯爵令嬢からは入学から三か月余り、ほとんど毎日トレーに載った昼食の何かしらを浴びせかけられておりますが、グラーシュ公女は一度も謝罪を受けてはおりません。そして本日、頭から浴びせかけられたのはビーフシチューでした。この事態に流石に謝罪があるだろうとグラーシュ公女はお待ちになっておりましたが、結局謝罪はありませんでした。ヘイデン伯爵令嬢は足首を挫いたとの事でしたが、痛めたという足を庇う様子もなくラシェル殿下と側近お三方と共にランチルームを後にされました」
周囲の目に非難の色が浮かんだことに気付いたルイが気色ばんだ様子で抗議した。
「毎日などと、たかが数日の事を大げさに言い募るとは。そんな心根だからラシェル殿下の心を掴めないのだ。グラーシュ公女は余程憐れんで欲しいと見える」
パトリシアはそう吐き捨てたルイの視線を捉え、そのまま誘導するように視線をマルコムに移した。
マルコムは裁定の場に入った時から、懐中時計を片手に自身の分厚いノートに一心に何かを書き込んでいる。
「ああ、先ほどのお言葉はもう記録に残ってしまいましたわね。でもご安心下さい。グラーシュ公女もとても寛大なお心をお持ちですから、きっとエリオット公爵令息様のお言葉を不問になさいますわ」
そう言うと、パトリシアはマルコムに声を掛けた。
「マルコム、入学以来ヘイデン伯爵令嬢がグラーシュ公女に粗相をしたのは何回ですか?」
マルコムは驚く速さでページをめくり、確認すると答えた。
「今日で四十六回です。ラシェル殿下とグラーシュ公女が昼食を共にした日数と同じです。全ての日付と時間も必要ですか?」
マルコムにそう問いかけられたトーネット伯爵に首を横に振られ、側に居た侍従に何かを伝えると、またノートに没頭し始めた。
そこへマルコムの要請との事で、トルソーにかけられた二着の制服が運ばれてきた。
白を基調にした制服は、片方はスカートの裾に点々と数か所シミが見受けられ、もう片方の紋章が彫り込まれた金のボタンの制服は、肩や胸、スカートまでブラウンに染まった酷い状態だった。
パトリシアは続けた。
「扉の隙間から見えたという制服に話を戻します。前述の通りの事態のためにグラーシュ公女は毎日のように昼食後は着替えが必要になっておりますので、控室には必ず制服が準備されています。扉の隙間から見えたというのはその制服の事だと推察します。
グラーシュ公女の控室に準備されている制服は当然、グラーシュ公女のための物であり、周知されているとおり、どの様な事情があろうとも紋章の入った制服がグラーシュ公爵家から贈られる事はありません。
仮に、控室にあった制服が王家の用意した物であったとしても、二つの制服の状況をご覧になればどちらに着替えが必要だったかは明らかでしょう。
私は準備のために部屋を離れたわずかな間に、まさかラシェル殿下と皆様が控室に侵入しているなどとは夢にも思わず、戻ったのはグラーシュ公女が控室を追われた丁度その時でした。
身嗜みを整えられなかったグラーシュ公女は、来賓の臨席が予定されている午後の授業を優先され、自身の汚れた状態での発表をお詫びする旨をお伝えするよう私たち側近に指示されたのです」
パトリシアはそう言うとルイと拘束されているジルベールにひたと視線を向けて聞いた。
「今お話しした状況の中の何処に陰謀や誘導などがあったのでしょう」
ルイはなおも言い募った。
「控室だ、そもそも王族エリア外の部屋を王族の控室だと錯覚させる何か仕掛けがあったのだ。それこそが陰謀だ。それに、部屋の撤去が不自然に早すぎる。あの規模の撤去をするならグラーシュ公爵家と言えどもたった数時間で出来るはずがないのだ。事前に準備をしていたに違いない。それこそが我々を誘導して罪を着せてこの様に断罪することを画策した動かぬ証拠だ」
パトリシアはため息を吐いて説明した。
「王族の控室だと錯覚したと仰いましたが、扉にはグラーシュ公爵家の紋章の彫刻が大きく施されておりましたので、何故そのように思い込まれたのか私たちにとっても大きな謎です。皆さまのただの勘違いとしか言いようがありません。
それから控室の撤去の件ですが、侵入者があった場合、グラーシュ公女がその部屋に足を踏み入れる事は決してありません。過去には家具に暗器が仕込まれたり、扉や壁を触っただけで意識を失う毒を持ち込まれた事もあるのです。
扉や家具、壁や床や天井に至るまで、不審な人物の出入りした部屋は即座に悉く撤去する。それがグラーシュとアルテーヌでは鉄則であり、その為の人員は常に待機していますので、知らせを受ければ即刻対応致します。
以上の説明でご不審な点は払拭出来ましたでしょうか」
報告を受けた控室では、カトリーヌの人形劇が続いている。
先ほどまでいやいやながらも摘んでいたルイの人形とジルベールの人形はリボンに結ばれて吊るされており、それをめがけてミニパトリシアとミニマルコムが小さな可愛らしい手でパンチを繰り出している。
ここにいる侍女や侍従たちの殆どは時期は違えどアンジェリカの影武者だったものばかりだ。久しぶりに見る大掛かりなカトリーヌの人形劇に皆で喝采を送っている。




