第五十五話 僕の人生の分岐点
あっという間に月日は過ぎていくもので。
ついには暦は十二月へと差し掛かり、世界は明るく灯されたカラフルな電灯に包まれていた。
世間の雰囲気が、一つの行事を後押しするような大学生活一年目の冬休み。
帰省の準備や休み明けの試験対策に勉学に励む人、春先の展示会や大会に向けてサークル活動をするなど、各々が忙しく過ごす中――。
僕はバイトにも行かず、遊びの予定も入れず、ただ、自室のベッドに寝転がり、白い天井をぼんやりと眺めていた。
気が付けば、僕にとっての運命の日はあっという間だった。
藍原さんと遊園地に行き。
燕尾先輩と美術館を巡り。
笹草さんと一緒に悪の組織を調査し。
日向さんと徹夜でカラオケなんかもした。
そのすべての日々が僕にとっては眩しいほどに輝く毎日で。
……そして、それが終わりを告げることに、大きなため息を吐いた。
もし、これがフィクションであるのなら、一夫多妻やら分裂やらして全員と仲良くハーレム生活とかしちゃったりするのかもしれない。
陽キャなら、全員付き合っちゃおうよなどと口に出してしまえる……かどうかは微妙だけど、たぶん僕みたいな陰キャよりはきっと上手く付き合っていくことができるだろう。
でも、ここは現実で。
誰か一人と付き合うということは、他の異性との今まで通りは捨てなければいけないし、誰かの思いを受け取るということは、誰かの思いを捨てることになる。
ハーレムを羨ましいと感じ、いざ自分がそれが可能になるかもといったときにでさえこういった思考が出てきてしまうあたり……やはり自分は根っからの陰キャなのだと感じてしまうね……。
だから……。
「……はぁ~~~~……ま、どうするのが正解かなんて、そんなの決まってるけどさ~~~……」
僕は再び何度目かの大きなため息を吐く
結論から言えば、そりゃ自分が好きだと思う人と付き合うべきだとわかっている。
それでも決めきれないのなら、誰との将来が上手くいくかを考えるべきだともわかっている。
そ、れ、で、も、決めきれない場合はもう、顔の好みや趣味、匂いや居心地で決めればいいともわかっている。
わかっているけど!!!!
それでもなお、決めきることがどうしてもできないでいる。
そうして僕はベッドに横たわりながら携帯の画面をつけ、カレンダーを開く。
今日の日付は、十二月十九日。
運命のクリスマスまで、もう一週間を切っている。
まったく……クリスマスをXmasとはよく言ったもので、まさに決行日。
泣いても笑っても……いや笑うことはないかもだけど、いずれにせよここまで答えを長引かせた代償は高く。
これ以上はさすがに彼女らに失礼すぎるから決め切らないと……っていや、よくクリスマスまで待ってくれたと思うよ、ほんと……。
そう思いながら僕はふと、視線を部屋にある棚に向ける。
そこには、カーテンの隙間から差し込む光を受けて、冷たく、煌びやかに光を反射させている四つのキーホルダーがあった。
僕は思わず最初にイルカのキーホルダーを手に、かつてのことを思い出す。
彼女と出会ったきっかけは、本当に漫画の世界のようだった。
まさか自分がナンパされるとは思わなかったけれど、それを助けてくれた彼女は本当に勇気に溢れていながらも少しお茶目で。
好きなことにはとことん集中して取り組んで、常に前向きな明るい存在。
水中を自由自在に動き回り、その跳躍力で前へと羽ばたくイルカのように彼女は自由で、どんな時も前に進もうとする、とても素敵な人だ。
僕が悩んでいるときもちゃんと見てくれて、何も言わずに僕を外に連れ出してくれる。
彼女と付き合ったら毎日が明るく。そして、自分自身に自信を持ち、こんな僕でも前向きになることができるだろう。
―――そうして、僕は隣に置いてあったもう一つ。
ペンギンのキーホルダーを手に取る。
先輩との出会いは不思議な出会いだった。
バイト先で出会った先輩はカッコよくて、スマートで、イケメンで。
人生において、すべての面で尊敬できる先輩……だった(?)
いや、今でも尊敬する部分は確かにあるけれど……。
でも、まさか先輩が女性で。しかも芸術家として有名な人だとは、まったく思いもよらなかった。
先輩の本当の姿は、ゲームに出てくるキャラに一途で、少し天然で不器用な人。
……でも、仲間や大切な存在に対して守り合うペンギンのように、僕の手をちゃんと握って、僕の知らない世界を沢山教えてくれた。
それこそ先輩とともに歩んだら僕の中の世界が広がって色んなことを知ることができるだろうし、何より、先輩はもう今の僕をちゃんと見て、僕に歩幅を合わせて楽しんでくれるだろう。
彼女らとの出会いはまさに運命的なもので。
きっと、どちらかでも欠けていたら今の僕たちはなかったと思う。
―――そんなことを思いながら次いでクラゲのキーホルダーを手に取った。
それこそ、彼女との出会いは……運命的、だったと言える……だろうか?
この僕の前世がどうやら世界を救う存在で、彼女が共に世界を救う天使。
かつては共に世界を救おうとしていた存在が、今や青春を謳歌しようとは……。
でも、それでも彼女のその個性的な感性はいつも僕に楽しさと笑顔をくれた。
透明感があって、常に波に流されているクラゲのように、彼女は透き通るほどにとても素直で人に流されやすいところもあるけれど、ふわふわしているように見えて、ちゃんと芯を持っている。
そんな彼女だからこそ、僕は彼女といることが幸せで。
きっと彼女と運命を共にすれば、これからも毎日が新しく、時には過去に行くこともあるだろうけども、きっと笑顔が絶えない日々を過ごすことができるだろう。
……そして。
僕は、最後に、ラッコのキーホルダーを手に取った。
彼女は僕が昔、好きだった人だ。
……いや、正直に言えば好きだったというのはもう違うだろうか。
彼女がいなければ、今の僕という存在はいなかったかもしれない。
それは、過去の話でも今の話でもある。
彼女が言ってくれた、元の世界に戻ってもそれでも僕を探してくれるという言葉は、僕の中で心に刺さっていた杭を抜き取ってくれたような言葉だった。
僕は確かに今でも、日向さんが好きだ。
けれど、それと同時に同じぐらい、僕は藍原さんや燕尾先輩、そして笹草さんが好きだ。
―――沢山の女の子に告白をされる、というのは全陰キャの夢といっても過言じゃないだろう。
けれど、いざその瞬間に立ち会ったとしてすぐに決断を下せるかどうかは別の話だと、強く感じる。
恋愛というのは、相手をよく知り、そして、自分を知ってもらうこと。
その先にある人生の分岐点のために通るチェックポイントのようなものだと僕は思う。
だから人は自分にとっての理想を叶えるために、付き合い、別れを繰り返す。
……それが完全に間違っているとは言わない。
これから数十年も続く生活の中で、価値観が合わない人と一緒に居る必要はないのだから。
でも、だとしても、決して同時に別の人を愛することはできない。
誰かを愛するということは、ただその人のことだけを想うことであって、その感情が同時に他に向くことは、それはその人を愛せていない証拠だから。
そして、僕はそんなことはしたくないし、絶対にしない。
それは僕に対して真摯に向き合ってくれた彼女たちへの冒涜にもなるから。
誰かを愛するとき、僕はその人だけを見ていたい。
その人だけを想い、その人だけのことを考えていたい。
――――じゃあ、僕にとってそう思える人は誰なのか?
僕は手に握った四つのキーホルダーのうち、ただ一つだけを残して棚に置いた。
―――いくら悩んでも、正解がどれかなんてわからない。
……というより、正解なんてものは、多分ない。
選択肢が自分にあったとして、そのどちらかを選んでも結果は誰にもわからない。
それならばきっと、自分が選ぶことこそが大切なんだと思う。
――――来週のクリスマスの日。
僕はこの人に想いを伝える。
どんなことがあろうと僕が決めたことで、誰にも文句は言わせない。
―――――きっと、上手くいくはずだから。
そうして僕はたった一つのキーホルダーを手に握りしめ、眠りについた。
今まで他人に全てを委ねる生活の中、初めて自分で人生を決めたからだろうか。
その日は、僕の人生の中で、一番よく眠れた日だった―――――。
次回、最終回です




