第四十六話 英雄は遅れてやってくる
「うわっ、あのっ、押さ、押さないでください~~~~~!」
人の波に飲まれる、という慣用句は聞くことはあれど、そう体験することはないだろう。
しかしまぁ実際に今、それを体験している僕が言えることといえば……うん、そうだね。
―――めっちゃ良い匂い……ということだろうか……。
いや、なに、この世界では男性コスプレイヤーに女性がカメラマンとして迫る構図が多いという都合上、なんか素でミナト君とかいうキャラクターにどうやら似てるらしい僕を囲むのは当然女性で。
清潔感溢れる……と僕は思っているのだが、そんな女性たちに囲まれるというのは些か悪い気はしないものだ。
ふと見渡せば目の前には、The・オタク女子みたいな女の子たちが群がっていて、カメラやスマホをこちらに向けている。
「ミナトくんそっくり!」
「こっち向いてー!」
「はいチーズ!」
――と、僕の許可なくパシャ、パシャッと、何度もフラッシュが焚かれるのはまぁ……ウン、これ……元の世界の女の人もこんな微妙な感情なのかな……。
ていうか気が付けば囲いみたいのできてるし、そんな似てるかな……と、そんなことを思っていると、ふと雑踏の中、肩をすぼめるようにして立っていた僕の腕を、不意に誰かが乱暴に掴んだ。
「ねぇ! ちょっと、こっち来なよ!」
耳元で低い……いや低くはないな。というか甘い声が囁かれ、その響きに思わず魅了されそうになるけど、僕は当初の目的を思い出して頭を振る。
この世界では、男である僕の身はいつだって狙われやすい。
だからまぁこういうことは今までもたまにあったけれど……ううん、大衆に囲まれた手前何もできん……ていうかほかの人も見てないで助けてくれても―――と、そう思った時だった。
――ふっと、僕と女の人の間に影が割り込んだ。
その姿は僕にとって見覚えがある人物―――。
「……何をしているの?」
「え、つ、司先輩!? なんでここに?」
突如現れた燕尾先輩は鋭い視線を向けながら素早い動きで僕の腕を掴む女性の腕を掴み返し、当然燕尾先輩の威圧的な顔に怖気づいた女性はすぐにその場から立ち去って行った。
「い、いってぇな! ったく、王女気取りかよっ!」
お、オゥ……その捨て台詞は初めて聞いたな……。
確かにこの世界じゃ王子様というより王女様になるのか。
ま、燕尾先輩は顔も良いから王子様でもいいような気も―――。
「なんなんだ彼女は……ミーハーか?」
―――って怖い怖いよ、なにその睨み顔初めて見たよ。
しっかし……よくもまぁそんな助け方しちゃったらさ……。
「え……かっこよ……」
「なにあの人……やば……」
ただでさえ整った顔である燕尾先輩がそんな大層な助け方をしたせいでざわざわとざわめきが広がるなか、しかし先輩は僕の肩を軽く抱き寄せた。
「―――っえ?」
その仕草がまた“絵”になりすぎていて、周囲の視線が集まり歓声が上がるが、しかし燕尾先輩はそれを気にも留めずに笑った。
「――行こうか!」
そう有無を言わせぬ調子で告げられ、僕はただ何も言えずに集団から抜け出すように走らされた――――。
◆
走ること数分。
喧騒から少し離れた静かな通りまで抜け出すと、ようやく僕は息をつくことができた。
「あ、あの……助けてくれてありがとうございます……。って、なんで司先輩がここに……?」
「あ、あ~……ほら、この間言ったろう? 僕はワーリバオタクだからね……コスプレにも少し興味があって……ぼ、僕も女だし……?」
そう語る燕尾先輩は先の格好良さはどこへやら。
まるでさっきのオタク女子のような表情を浮かべながらこちらをちらちらとみていた。
……まぁこれはこれで心にクるものがあるけど……。
当初の予定である笹草さんがどこかで僕を探している以上、残念だけど―――。
「そういえば、陽太を待っている人がいるんじゃないか?」
「―――え、なんでそれを……?」
「いや、陽太は用もなくここに来る人じゃないだろう? 僕と約束をしていないということはきっと誰かと先約があったのだろうという推測だよ」
おぉ、理解が早いこって……。
とはいえ、これは僕のことを暗に陰キャだと言っていないか???
……いやそれも合ってるケドも……。
「さすがっすね……。いや、さっきは本当に助かりました、ありがとうございます!」
「いいってことさ。君が困ってたらいつでも僕が助けに行くよ。……気にしないで行ってくるといい。さっきの道じゃなければワーリバ関連はないはずだから安全なはずだよ」
「っ! ありがとうございます!」
僕はその燕尾先輩の言葉に背中を押されるようにして、笹草さんに連絡するのだった―――。




