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第二十九話 エ〇いお姉さん



「……えっと、次はどうする?」


メイド喫茶の衝撃をなんとか消化したあと、賑やかな廊下を歩きつつも僕は改めて笹草さんに聞く。


校内は活気に満ちていて、どこを歩いても催しの声が飛び交っているが、しかし、笹草さんはなぜか落ち着かない様子で、スカートの裾をいじったり、視線を泳がせたりしていた。


……笹草さん的には、僕の世界基準に言えば後輩のメイド服姿を見たようなモンだから緊張というか無理をさせてしまっただろうか……。

いや、にしてもどこか誰かから怯えてるような気も……。

……なんだろう?


あ、それなら。


「じゃあさ、息抜きで心愛のクラスとかって―――」


僕がそう、口に出した瞬間―――。


「―――そっ……れは……大丈夫……。わ、私のクラスの出し物は……別に、いい……かなって、思ってる、から……」


笹草さんにしては珍しく声を荒げてそう顔を伏せた。


―――え。


あまりの剣幕に、僕は思わず口をつぐむ。


だが、どうして……とは、あえて言わない。


……まぁ、さすがに僕もこれで気が付かないほど馬鹿ではない。

……きっと笹草さんがこのような状況なのは、自分のクラスに何かがあるからとみていいだろう。

笹草さんがここまで拒否感を見せたのはこれが初めてだから、きっとよっぽどのこと。


ただ……ここまで拒否感が強いとなると、きっとこれは僕には知られたくないものなんだろうとも理解できる。

出来れば力になりたいけど……それが余計なおせっかいの可能性もあるし、彼女がそれを望んでいないのなら、今は……。


「……それじゃ、違うところ行こうか! どうする? あ、体育館でライブとかやってるみたいだよ? 行ってみる?」

「……え? い、いいの? あ、いや、気になったりとか……」

「いやいや~、笹草さんが嫌なら行くもんじゃないっしょ~! 文化祭って別に全部回らなくても楽しいし、何より笹草さんといるだけで僕はすごく楽しいよ!」


そう言って笑ってみせると、笹草さんは驚いたように僕の顔を見つたあと、それからそっと目を伏せて頷いた。


「……ありがとう。やっぱり陽太は――いえ、少しトイレに行ってくるわね!」


と、笹草さんは何かを言いかけて、何かを飲み込むように口をつぐみ、足早に廊下を曲がって姿を消した。




……そして冷静になる。





あれ、さっきの言葉ってほぼほぼ告白みたいなもんなんじゃ……?

い、いや、匂わせぐらい、か?

あれ? でも笹草さんの表情的にアレはやっぱそういう風に捉えられた可能性も?

じゃあもしかして今トイレで返事を考えてたりする……?

いやいやいやいや、笹草さんは花火大会でも特に何もなかったし、僕のことはほんとに、なにも思ってないんじゃない???


うん、そうだ。

普通にトイレに行っただけに違いない。


「あれ? 今朝のお兄さんじゃん! 一人?」


おや、帰ってくるのが随分早い……って、あ。この人たちは……。


「どうも……今朝はごめんね、もしかして案内しようとしてくれてたよね?」


今朝、校門前で僕に話しかけてきてくれた女子三人組がそこにはいた。

ちょっとナンパっぽいような気もしたけど、男子高校生からすれば女子大生が魅力的に見えるように、この世界でもそういう扱いなんだろう。

というか。


「そういえば聞きそびれちゃったんだけど、こ……笹草さんと知り合い? 同じ学年?」


これはチャンスなのではなかろうか?

さっきまでも特にいつもと変わらない普段の笹草だったけど、これは学校での笹草さんを知るチャンス!!!

ふふふ、あの中二病の女の子は学校ではどんな―――。


「そうだよ~、同じクラス! ってか、お兄さんて笹草の彼氏?」

「いやいやそんなわけないすよね~? てかあの中二病やばくないすか? 知ってます?」

「お兄さんあいつの言動気になんないの?」


そう話しながら薄ら笑いを浮かべる女子高生。


―――あぁ、僕は、この顔を知っている。


明らかな悪意を含んだ声。

これは、人を見下しているときの顔だ。


そしてそこですべてを理解した。

彼女が今日、誰かを気にして過ごしていたのは、彼女らが原因だということに。


……くそ、どうして早く気が付いてあげられなかったんだ……。


「……彼氏じゃないけど……特に僕は気にしないよ」

「え? マジ? お兄さん趣味悪いよ~!」

「てか、偉大なる天使とか言ってんの見て引かないの? 一緒にいて恥ずかしくない?」


……正直、彼女らの言っていることはすべてド正論だと思う。

言い方は悪いかもしれないけど一個も間違っていることを言っていない。


……のにもかかわらず、僕が彼女らの言動に苛立っているのは。

笹草さんが馬鹿にされるのが、どうしても耐えられなかったから。

そしてなにより、笹草さんは祭りのとき僕を助けてくれたのに、この状況に気づいてあげられなかった僕自身に。


―――ただ。

一介の大学生である僕が、この学校の生徒である彼女たちに下手な口の利き方をして、これからもこの学校に通う笹草さんに迷惑をかけるわけにはいかない。


じゃあどうするか?


おいおい、忘れたのか?

僕は、この世界で唯一、貞操観念が逆転していない側から来た人間なんだぜ?


ってことは、だ。

この世界の“女子”が何を求め、どんな視線に弱く、どんな言葉に心を揺らすか——僕ほど理解している男はいないだろう??


なら、ここはそうだなぁ……少し笹草さんに倣って演じてやろうじゃないか。


―――元の世界で言うところの、“エロいお姉さん”というやつをな!!!!!


僕は一歩、ゆっくりと彼女たちのほうに歩みを進める。

そして―――。


「え~? 僕はかっこいいと思うけど?」

「は?」

「何を……?」

「だから~、僕はああいう、かっこいい女の子がタイプなんだけどな~?」


言いながら、わざと目を細めて微笑んでみせる。

ほんの少しだけ首を傾けて角度を作り、口元に手を当てる。


――まるで年上の余裕を見せつけるかのように。


その瞬間、女子生徒たちの唾を飲み込む音が聞こえた気がした。



―――フッ、勝った。



でもまぁ当然だな。

元の世界では男子高校生は総じてエロいお姉さんに弱い。

であるのなら、この世界の女子高生はエロいお兄さんに弱いに決まってるのだから!!!!


……おっと、決して僕がこの状況を楽しんでいるわけではないぞ!!!?

これは、そう、言わば、笹草さんに迷惑をかけない作戦なのだ!!!


決して!!!!! 楽しいわけじゃ!!!  ないんだからねっ!!!!!


「え~? 君たちはそうじゃ……ないの?」


そして今度ははっきりと、女子高生の唾を飲み込む音が聞こえた。


先ほどまでの敵意や嘲笑はなく、あるのは血走った目と微かな鼻息……っていや怖っ!

えっ、元の世界の女子大生ってみんなこんな視線向けられてんの? いや怖いな!?

……もし元の世界に戻れたのなら女の子に気を遣おう……ウン。


しかし今の僕にとってはこうなってくれるほうが好都合。

あとは、この女子高生が欲に負けてくれれば……。


「え……と、いや、まぁ……? 私も? 青海の歌姫って呼ばれてるんだけど……?」

「あっ、ズル!? わ、私だって、えっと……だ、断罪の雷番だし?」

「え、えと、私は、その、えーっと、紅蓮の……妖狐……だから!」


——よし!!! 刺さった!!!

……いや、少し刺さりすぎな気もするけども……。


もしかして普通にこの人ら過去にやってた???


とはいえ結果としては大成功ではある、か。

さて、ここまで来たらあとはどうとでもなるだろう。


「え~~? カッコいい~~!! でも、なんかさっきは笹草さんのこと悪く言ってなかった~?」


ほんのちょっと釘を刺すだけで……。


「……えっと、そんなことないよ? あっ、ほら! ね、ねぇ! 笹……グラスさん!? 私たちは今、契約を結んだものね!?」

「……えっ??」


――と、いつの間にかトイレから帰ってきていた笹草さんを巻き込んで、目の前の女子高生は肩を組んだ。

……が、当然急変した彼女らの態度に、笹草さんは困惑した表情で僕と彼女らの顔を代わる代わる見比べては戸惑いの表情を浮かべる。


……まぁ、そうなるよね~。

っていや、見てなかったよね??? 大丈夫だよね???


「……な、何が起きたの?」


おぉ!よかった! あっぶね~~~~~。

笹草さんに見られるのは恥ずかしいからな……。

しかしどう説明したものか……。


「あ~、えっと……」


――と、僕が答えようとしたとき、女子高生の三人組のうちの一人が慌てて口を挟み――。


「あっ、あ~~、私らちょっと用事あるから! あ、あの! 笹……グラスさん! ちょっと後で一緒に話そうね~!?」


――戸惑う笹草さんの前で、彼女たちはバツの悪そうな笑みを浮かべながら、文字通り逃げるように走り去っていった。


……なるほど、逆の世界基準で考えれば気恥ずかしさが勝って逃げたといったところだろうか……。

うんうん、わかるよ……?


さて、と―――。


「……よ、陽太? なにがあったのかしら……?」


逃げていった三人組を見送ったあと、笹草さんが静かに僕に問いかけてきた。

うん、そりゃあそう。

ううむ、どこまで話すべきかが悩ましいところですね……。


「いや~、ちょっと話してただけだよ?」


そして訪れる沈黙。


……さ、さすがにエロいお姉さん役してましたはダメだもんね??

けど、それならなんて説明するのが無難なんだろうか……。

もう大丈夫?

実は彼女らも同族で??

いやいや、えっと、え-っと……。


などと悩んでいたのだが、しかし笹草さんは特に気にする様子はなく―――。


「……ふーん、まぁいいわ! じゃあ、そろそろ行きましょうか?」

「えっ? どこに行くの?」


少し恥ずかしそうに、しかし―――。


「決まってるじゃない!!! 私のクラスによ!!」


満面の笑みでそう答えた―――。

 


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