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第二十八話 貞操観念逆転世界の文化祭ほど最悪なものはないね、ガチで



九月初週、金曜日の夜―――。


僕は湯船から上がって、ほかほかになった身体をバスタオルで拭きながら、ため息をつく。


「……はぁ~~~……」


いや~~~久しぶりにお風呂に浸かったからか、心が満たされているような感覚になるね……。


……な~んて。


それだけが理由じゃないことなんて、とっくの昔にわかっているだろうに。


――‐僕の心が豊かに感じているのは、間違いなく今日の日向さんのおかげだ。


日向さんが通う、紫陽大学の学園祭初日。

大学に所属する学生と、その学生が招待した人しか行くことができない学園祭の初日は、例の約束通り、僕は日向さんと巡ることになった。


様々な出店に行き、クレープを半分こしたり、サークル展示で一緒に写真撮ったり、そしてなにより、どさくさに紛れて手を握られたり……。


んな~~~思い返すだけでにやけちまう……!

そうだよな!? 貞操観念逆転世界なんだから女の子のほうが積極的になるんだもんな!!

こういうことだってあるもんさ!!! ははっ……。


……はぁ。


いや~~~~~~、、好きだ。


上から目線かもしれないけど、全然好きだ。

告白をされているから、よりそう感じるのかもしんないんだけど、すっごい幸せそうなんだよね。

何か食べる時も、遊ぶ時も、ずーーーーっと笑顔。そんなん普通惚れますやん???


はぁ~~~~なんかずるいっていうか、可愛すぎて困る。


……けど。

いざ、それを言葉にしようとすると、どうしても浮かぶ顔がある。


「はァ~~~~こりゃガチで刺されても文句はないわな……」


僕は下着を着て、自室に飾られたミニ水族館――‐イルカにペンギン、クラゲにラッコのキーホルダーが飾られた棚を見る。


実際、告白をしてきたのは日向さんだけだし、日向さんと付き合えないのならそこで断ればいいと思う人もいるだろう。


……というか僕も今まではそういうタイプだった。

けれど、日向さんへの好きという気持ちが、他の女の子と同等なうちは決められないんだって……!!

もし断ったとして、実は誰よりも好きでしたとか後でわかったら僕は……あぁ……。


「はぁ……けど、年内に答えを出すって決めたからな……」


日向さんに誓った約束。

年内には返事をするという、まぁギリギリクズの言動に、しかし日向さんは受け入れてくれた。


……ふと、思う。

もし、僕が陰キャじゃなかったのなら、すぐに誰かを決めて告白をしていたのだろうかと。

卑屈で、陰湿で、自己肯定感の低い僕でなければ、すぐに日向さんと付き合っていたのだろうかと。


まぁどれだけ想像しようと、今の僕には想像できないんだけども。


……僕が気になっている女の子。

藍原さんに、燕尾先輩。笹草さんに、日向さん。


それぞれにいいところがあって、どの人もこんな僕には勿体ないほどに眩しい存在。

この世界に来ていなければ絶対に関わらなかっただろう存在。


……だから全員魅力的に見えてしまうんだよなぁ……っと、そうだ。

今日案内してくれたお礼のメールでも送ろう……って、およ?


携帯の連絡アプリに表示された通知。

開いて確認してみると、そこには―――。


―――――――――――――――――――――――


―笹草 心愛 (グラス)


陽太、土曜日暇?- 20:12

あっ、違くて!- 20:12

我が魂が封印されし学び舎にて、年に一度の祭典が開かれる - 20:14

祭典に招待する故、汝にも是非、足を踏み入れてほしい - 20:14

どうだろうかな? - 20:15


―――――――――――――――――――――――


……名前見なくてもだれか一発でわかるけど……笹草さんか……。

まったく相変わらずの暗号文だな、この人は。

よくもまぁこんな語彙が出てくるもんだ。

えーっと、学び舎にて年に一度の祭典……この時期だと文化祭のことか?

祭典に招待……あぁ! 一度文化祭に来てね~ってことか!


……毎回思うんだけど、これ普通に僕が解けてなかったらちゃんと送り直してくるんだろうか……。

まぁ可哀そうだからやらないケド。


う~~~ん、しかし、だ。

客観的に見ると僕は大学生で、笹草さんは現役の高校生。


……行ってもいいのか……? 男が一人で……。

いや、別に問題ないとは思うよ? だって貞操観念が逆転したこの世界では、女子大生が高校に来る感じだし、普通に誰かの兄ですか?で終わると思うんだけど……。

気持ち的にね???

貞操観念が逆転してるってことは女子高生が男子高校生で、男子高校生が女子高生なワケで……。


まっ、いっか!!!!


よし、細かなことはもう行ってから考えよう!

どうなるかなんて行ってみなきゃわからんしな!!


いざ……高校へ―――――!!!!!





電車の座席に体を預けながら、スマホで送った最後のメッセージを見返す。


笹草さんとの連絡は、割と彼女のテンションに引っ張られてちょっとだけ演劇っぽくなる。

と言っても別に彼女は僕の言動に少し違和感があったとしても特に干渉しすぎないし、あくまでこういう状況を楽しんでる中二病っていう感じがする。


……さて、その笹草さんは学校ではいったいどんななのか……。

気にならないわけないよね????


などと、そう思ってるうちに僕の乗る電車は目的の駅に到着した。

涼しい車内から熱気渦巻く地へと足をつけて、僕は思う。


……うん……まぁ途中で景色は見えてたからいきなり驚くことはないけどさ……。

あの……あまりにもなにもなさすぎやしませんかね????

これ本当に高校あります????


目の前に見えるのははただのコンクリートの広場で、コンビニもない。商店も閉まってる。

あるのは、田んぼと低い山と森、強いて言うなら無人のバス停だけ。


……あれ……? 本当にここだよな……?

ほかの人も降りてるし……と、とりあえずついて行ってみるか。


っても、何もないからか、道自体は奇麗だな。

税金とかがこういうところに使われているんだろうか……。

しっかし周りを見ても畑に田んぼに森って、日差しを遮るものもないから暑すぎる……。

んでも地図アプリではこの先って表示されてるし、あの森の向こうにあるみたいだな……。


え、笹草さんみたいな華奢な女の子がこんなとこ通ってんの?

大丈夫? 暑さで死なない?


「……ていうか文化祭だってのにこんな田舎だったら誰が来るんだ……そろそろ着いてもいい頃なんでけど……って、あれ、あれか!?」


歩くこと十分ちょい。

ついに姿を現したのは丘の上に建つ、白くて大きな三階建ての建物だった。


……ウン、田舎だからか周囲には一切建物がないから夜に見たら廃墟だと思う人もいそうだなアレ……。


あ、でもなんか書いてあるな?

えっと……なんかよくわかんないけどスローガンみたいの書いてあんな!!

おぉ~~~!!! ついに来た感出てきてワクワクしてきたぞ!!


さて、入場門どこに……エ、イヤ、あの、あと二キロぐらいありませんか、これ????





何とか、コンクリートに反射する熱を受けながらも歩いて校門までたどり着くと、見えてきた入場門には盛大なアーチが掲げられており、そこには笹草さんの学校名である秋桜学園をもじった、秋桜文化祭と書かれた看板が立てかけられていた。


ほえ~~~、看板とか手書きっぽいし、めっちゃ高校感あるな~~~、なっつかし~~~!

なんていうか田舎ならではの素朴な感じがめっちゃいいよな~!


っていうか遠くからじゃわかんなかったけど敷地めっちゃ広くない!?

確かこの辺で一番敷地面積が広いとは聞いてたけど、野球場とサッカー場が別なのすごくない?

テニスコートもあるし……あれって弓道場か?


いや~、駅からここまで何にもなかったけど、その分こっちに施設増やしてるのか?

これは文化祭も楽しみ……なんだけど。


―――あの、まぁそれはそれとして。


「あの! 誰の知り合いすか? もしかして卒業生の方すか?」

「えっ、いや、あ、僕は招待、されてて……」

「へぇ~~! かわいいすね! 誰の招待? 彼女とかいるんすか~?」

「えっと……あの……」


―――見渡せば僕の周りにはここの生徒であろう女子高生が三人。

校門前の様子を見ていたらいつの間にか囲まれていた。

彼女らは少し派手な見た目をしているからきっとギャル……。

いや、逆転世界で考えるならヤンキーに近いのか?


まさか……いや、ちょっとはあるかな~とは思ってたけど、貞操観念が逆転してるとはいえ、知らない女子高生に四方八方から囲まれるのはなんか違和感がすごいな……。


……しかしアレだ。

なんていうか、この世界に来た時ほどの緊張はない……というか思ったよりも普通だな?

まぁこれを言葉にするのは失礼かもしれないケド、目の前の彼女らよりも可愛くて、綺麗で、大人びている女性と今まで話したり出かけたりしてるんだもんな~。

そりゃこういう学生相手じゃ耐性もつくってもんか。


「ごめんね? 僕ちょっと人を探してて……笹草さんって知ってる? 三年生なんだけど――」


―――と、僕がそう口にしたと同時。


「――あっ、あの、陽太……こ、こっち……!」


僕の背後から響いたその声は聴きなれた声。言うまでもなく――。


「あぁ! 心愛! よかった、勝手に入っていいのか分からなくて……」


笹草さんの声に振り向くと、そこには、可愛らしい制服姿の笹草さんが少ししおらしそうに立っていた。


正直、この時点で僕の目的の一つは達成されていた。


――――制服姿の美少女……良きかな……良きかな……。

あぁ、大学生活では決して見ることのできない神聖なる装束。


制服とは聖服。


制服と書いて、ロマンと読む。

……いやこれは言い過ぎたかも。


けど!!!!それほどまでに!!!!!!!!!!!!

思春期男子大学生にとって制服の女子というだけで、テンションは上がろうというもの!!!


それも、知り合いの制服姿とくれば、僕の言いたいことも理解できるだろう。


あぁ神よ―――感謝します―――。





などと浮かれていたのだが。


「う、うん……そう、だと思って……受け付けはこっちだから……い、行こっ!」

「あ、あぁ、うん。あ、そうだ。あの人らは知り合い?」

「……っ、し、知らないっ! いいの、行こ!」


この時、僕は彼女の違和感に気が付いてあげるべきだった。


―――彼女が、いつもの言動をしていなかったことに。


そして……。


「あいつの彼女ってマ?」

「いやありえないでしょ(笑) 普通に親戚とかじゃん?」

「てか猫被ってんの草。」



――背後から聞こえる、その声の意図に。





「ふふっ、ここが最初の目的地だ。我が学び舎が誇る最凶の呪術迷宮にして禁忌の館……! 曰く、入った者の魂を蝕むという……災厄の巣窟っ!」


笹草さんに案内されるがままに昇降口で受付を済ませた後、僕は笹草さんの案内で各教室の展示を巡ることになった。

そしてまぁ最初に行こうってなったのが……笹草さんは色んなこと言ってるけど要は。


「……お化け屋敷ね?」

「っ……よ、陽太? それを言うのは無粋というものよ……!」


そんな会話をしながらも辿り着いたその教室は二年一組のクラスを丸々暗幕で囲み、その入口には「悪霊封鎖地帯」とか「退魔士募集中」とか書かれた札がべたべた貼られていた。


いや~~文化祭って言えばまずこういうのだよな~~~!


……って感傷に浸りたいんだけども……。


「きゃぁーーーーーーっ!」

「うわっ!?」

「いや~~~~~~!」


教室の中から聞こえる野太い男の声が、どうにも僕の意識を割かせてくる。

むしろお化けよりも、彼らの声のが怖いんですけど?

はぁ……まぁいっか。


「よし、じゃあいこっか」


少し待ったのち、クラスの案内の人に促されるように僕らは一緒に中へと足を踏み入れた。


おぉ~~~!!!

思ったより暗くて何も見えないな!

こりゃ驚く人もいそう……とは思うけど……。


僕は別にお化けとか怖くないんだよな~~~~~~~。


いやいきなり来たらそりゃ驚くけどさ?

ゾンビとかサメとかみたいに実体がないものって別に怖くないんだよな……。

そもそもずっと家でゲームしてるときとか暗がりばっかだったしそんな怖くな―――。


―――いや、待てよっ!?

そんなことはどうだっていい!!!


この世界は、男が悲鳴を上げてたよな????

ということは、今、僕が悲鳴を上げて笹草さんに、だ、抱きついても……問題ない、ってことだよな!?!?


いいんだよな!?!?


い、いや~~~急に怖くなってきたなァ~~~????


こ、この状況だし……う、うん! 仕方ないよな~~~?


えーっと、まずは叫んで―――。








――――五分後。


「……あ、出口だね」

「……ふむ、やはりこの程度では私と陽太にとっては児戯に等しかったわね!」


結果から言えば、僕にそんな度胸があるはずもなかった。

いくらこの世界では問題ないとはいえど、付き合ってない女の子……それも制服姿の女の子に僕が抱きつくというのを想像するとどうにも犯罪臭がしてしまって出来なかったヨ……。


「あ、あの……お、お気に召さなかったかしら?」

「え!? あぁいや、楽しかったよ!」


まぁ、笹草さんの言うように少し児戯感はあったけどね……。

でも子供も楽しめる、という意味ではアレが学校でできる限界なんだろう。

とはいえこれはこれで文化祭っぽくて僕は楽しめたのは本当だからね!


さて、次は何が……って、あ! あ! アレはまさか!?!?!?


「ね、ねぇ心愛? 次はあそこに行ってみない?」

「む……え、あれ!? よ、陽太……気になるのかしら……?」


お化け屋敷から見える少し奥にある派手な装飾と共に書かれたあの文字は!!!


『メイド/執事喫茶』!!!!


いや、僕だってもうさすがに理解しているさ。

この世界ではメイドはきっと男……。行ったって悲しい思いを抱くだけだろう。


ただ!!!! 

メイドはそうだが執事はどうなる???


そう、逆で見れば女の子の執事姿……ウム。それもまた悪くなかろう!?


本当はメイド姿が見たかったが、これはこれで良し、だ!!!!


「ちょっと寄ってみようか! こういうのも文化祭って感じで面白いし!」

「え、えぇ……陽太がそういうのなら……」


そう言って意気揚々と近づく僕たち。


が、まぁ……その……なんだ……。


「あ、いらっしゃいませご主人様、お嬢様~~♥ ご案内しますね~~♥」

「……アッ……ス……」


―――予想通り、ではあった。

入口で待ち構えていたのは、フリフリのメイド服に身を包んだ、身長が高く、ガタイの良い男子生徒。

まぁそこまではいい。予想していたから。

けど実際間近で化粧がっつり、まつ毛バッサバサ、のにも関わらず声は低音ボイスで猫撫で越えの男を見るのは……想定していても結構クるな……。

ま、まぁこれから執事が来ると思えば……!


「うふふ~♥ ただ今の時間はメイドのお時間なのでお好きな方を指名してくださいね~♥」


―――はっ?


「ようこそ~~~♥ 我らがメイド喫茶へ~~♥」

「あらっ、可愛らしいご主人様ですね!」

「どなたになさいますか~?」


次々と奥から現れたのは、変わらずメイド服の男子、男子、男子。

制服の上にエプロン付けてる、筋骨隆々の男子。

スネ毛がまるで黒ソックスのように……あぁ……これは夢だ……悪夢だ……!


うわぁ~~~~!!!

貞操観念が逆転してるってこういうことなのか……!!!?

なんて世界だ!

あぁ……神よ、さっき感謝したの取り下げさせてください……!!!


「陽太、大丈夫……?」

「うぅ……」


僕は思う。

よっぽどこっちのほうが、お化け屋敷よりも怖かった、と――――。



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