第二話 ここは夢の世界。されど現実は斯く悲しきなりけり
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次も頑張れます。
「ねぇ、陽太くん、今日は空いてる?」
そう可愛く話す女の子は、黒髪美少女の藍原さんだ。
明るく元気で眩いばかりの陽属性の彼女が、暗く卑屈な陰属性の僕に話しかけてくるのには理由がある。
僕が彼女と出会ってから、もうすでに一か月が経った。
そして、一か月も経てば、この状況が……いや、この世界がおかしいことは僕でも理解できた。
詳細は冒頭で……おっと少しメタ発言だったな。
とはいえちゃんと僕の話を聞いていない人に向けて独り言を話すと、おそらくこの世界は男女の役割――というより立ち位置や精神性、貞操観念が綺麗に入れ替わっているようなのだ。
そのため、僕のようなオドオドしてるような陰キャでも女子から遊びに誘われるし、なんならちょっと性的な視線を感じることもある。
しかしこんな夢のような世界だと仮定したとして、僕には一つだけ悩みがある。
確かにこんな世界でなければ藍原さんのような美少女と関わる機会なんてものはなかったかもしれない。
確かに。確かにそれはありがたいことだ。
神様には感謝してもしきれないほどといっていい。
……けど。
……だけど!!
藍原さん以外の女子が一向に僕には寄ってこないのはなんでなんだ!!!!!????
再三言おう、確かに藍原さんのような美少女と話せたりしていることはありがたいさ!!!
でも、でもだよ!?
こんなに男にとって都合のいい夢のような世界に来たのならハーレムのようにモテたくない!?!?!
他の可愛い子とだって話したいし、なんならその先も……とかね!?
え? こんな世界なら自分から話しかければいいじゃんって?
バカがよォ!!! そんなことができたらこっちは長年陰キャ拗らせてないんだよ!!!!!
普通に話しかけられない年数が十八年も続いてるんだぞ!?
時間にして約567,600,000秒!!!!
たかが一か月2,628,000秒ごとき!!!
差にして564,972,000秒だぞ!? 全然足らねぇよ!!!!!
どうしようもない壁ってのがあるんだよ!!!!!
壊したいと思ってんだよ……。
でも、でもなんか話しかけるの恥ずかしいし、もしかしたら断られるかもしれないし、普通にこの世界でも嫌われている可能性だってある……。
それに、それにだ……。
「……陽太くん、どうかした?」
長らく考え込んでいたせいであまりにも返事のなかった僕のことを不安そうにのぞき込んでくる藍原さんは、あっかわいい……じゃなくて、藍原さんでさえ、この世界で僕にだけ優しい……わけじゃない。
確かに元の世界でも、特定の誰かだけに優しくするイケメンなんぞいやしない。
道行く先に可愛い子がいたらイケメンでも見てしまうように、そりゃ藍原さんも僕みたいな陰キャよりも明るい人のほうが好きに決まっているワケで……。
「いや、なんでもないよ! ごめんね、えっと……実は今日は初バイトでさ……だ、だから、ごめんね……? あっ、あの、もしよかったらまた今度一緒に出掛けてくれると……あ、いや、別に無理にとは言わないけど―――」
たかが一つの会話ですらコレな僕に、そりゃ好意なんて芽生えるわけがないんだよなぁ……。
でもさ。
「ううん! そうなんだ! もちろんまた誘うね! ……っていうか、バイト始めるんだー?」
そう笑顔で話す彼女を見ると、どうしても心の中のリトルな自分が叫びだしてしまう。
……実はこの人僕のことが好きなんじゃないか!? と。
ここまでキョドってる人相手にこんな笑顔向けてくれるんだよ?
そんなん絶対好きじゃん! と。
……でも僕は身の程を弁えるタイプの陰キャだから、心ではそう思っても決して口には出さない。
僕にとってはドキドキするようなこの瞬間も、陽キャである藍原さんにとっては普段通りだということをちゃんと知っているからだ。
彼女にとっては僕はただの男の一人で、僕が一人でいるのが可哀想だと思ってくれているだけだから……。
だから僕は期待しない。
いや、嘘。そりゃ少しはしてるけど、藍原さんレベルが僕なんかと付き合うわけがないからね。
はぁ。藍原さんと付き合えるなら付き合いたいけど、そもそもこんな世界でさえ陰キャで、そもそもの女性も寄って来ないんじゃ、どうすれば……と、考えていたのが数日前。
「うん、高校までは禁止されてたからやってみたくて……」
だから僕は勇気を出してバイトを始めることにした。
そう、単純な話、この世界ならバイトしてる男子大学生はモテると僕は踏んでいる。
だって元の世界でも女子大生ってだけでなんかテンション上がるし、まぁ陰キャでも多少問題ないだろう、多分。
ってあれ、なんか藍原さんの表情が暗く……?
「―――さか……なんて……」
「え? あ、藍原さん、今なんて?」
「ううん! バイトしてて偉いなって! 頑張ってね! えっと、じゃあ私用事思い出したからまたね!」
そう流れるように言い放った藍原さんは風のようにここから立ち去って行った。
なんだ? なんか言ってたような気がしたけど……。怒ってた……? なんで?
……はっ、まさか、私のような可愛い子が誘ってるのにバイト如きで断りやがって……ってコト!?
……いやいや、さすがに藍原さんに限ってそれはないな、うん。
てかそんなことより、僕に予定入っていたと知ったとたんに露骨に興味を無くしていなくなったことが悲しいんだが……?
これが俗にいう都合の良い相手というわけか……なんていうか……。
うん、やっぱり彼女が僕のことを好きとかいう考えは捨てよう。
あれは脈ナシすぎるもんな……。
◆
僕が勤める予定のバイト先は、大学と自分の家の間にある、静かな雰囲気のカフェだ。
さて、今、陰キャなのにカフェで働くの? と思った人もいるだろうが、それについて説明しよう。
まず、僕が働くカフェは基本的に落ち着いた雰囲気のお客さんが多く、その上店長が優しいおばあちゃんで、あまり話すのが得意じゃない陰キャの僕でも居心地が悪くなかったことが一つ。
加えて給料も悪くないし、なによりお洒落な空間であることを除けばむしろ居酒屋とか体育会系の力仕事とかよりも断然僕向きの仕事なのだ。
最初は僕の趣味であるゲームやアニメ関連であるグッズショップで働こうとも考え、体験させてもらったことがあるのだが、とある理由によりここを断念せざるを得なかった。
皆さんはご存じだろうか?
元の世界ではこういうグッズショップには推し活をしている女性がグッズを買ったり売ることが比較的多いのだが、そう、ここは逆転世界。
男の人らが嬌声を上げながらグッズ開封をしたり、おばさんが大分激しめの男同士の絡み合い本を売りに来たり、挙句、その本には何の液体かわからないシミがついていることに、僕は耐えられなかった。
まぁ表面的な部分はそもそも男女差がないからいいにしても、同性のああいうのを見るのは少ししんどい部分があるよね……。
世の中のグッズショップで働く女性に敬礼……。
―――とまぁそんな経緯で僕は静かな雰囲気のバイト先で働くことにした……のだが。
「えっと、ここ……だよね?」
バイトが決まる前から何度も通っていたから、道に迷うはずもない。
外観も何度も見てきたから、そこが目的地であることには何の疑いもなかった。
しかし、確かにそこにあったカフェの入り口には大量の人の列ができており、僕は思わず立ち尽くした。
え、なにこれ?
いやいや、こんなんじゃなかったよね?
あ、もしかして人気なのは隣の店舗だったり?
隣に店舗なんてないけどさ。
そんな風に僕が立ち尽くしていると、ブブッと携帯が震え、そこのバイト先の店長から電話がかかってきた。
『もし? そろそろ時間じゃけど、大丈夫かい? 道に迷ったりしてないかい?』
『あ、えっと、た、ぶん辿り着いた……と、思うんですけど、人混み?がすごくて……?』
『ありゃ、そうかい、ほれなら迎えに行かすきゃ、そん前で待っとってくれるかい?』
僕の"人混み"という単語に対して特に何も思っている様子がないことを鑑みるに、僕のバイト先はどうやらここで間違っていない様子。
……うん、帰ろうかな? と、あまりにも陰キャの容量では耐えきれない程の人混みを見て僕が踵を返そうとしたとき、ふと違和感に気が付いた。
あれ? おかしいな? 並んでるのは女性ばかり……。
逆転世界って考えるなら男性がカフェに来そうなもんなのに……?
―――と。
僕が、もしかしたらここが実は逆転世界ではなかったのではないかと考えるよりも早く、その原因は、ゆっくりと、しかし湧き上がる女性の声の中から姿を現した。
遠めでもわかるほどにスラっとした体形で、僕よりも少し高いぐらいの高身長。
あぁ、この人カフェで働いてんなって一目でわかるようなセンターパートの美形イケメンが、キョロキョロと見渡しているのを見て、僕は思わず目をそらした。
……うん、やっぱり帰ろう。僕にはあれと同じ職場で働くなんてムリだ。
ただでさえモテたいっていう不純な動機しかなかったのに、あんな人がいたら全部奪われるじゃないか!
動機が全部なくなったよ!!!
やっぱり無難にコンビニで働くべきだった……!
「あの、君、もしかしてバイトの子?」
いつの間にか近くに来ていたらしいイケメンの綺麗な声が耳元で聞こえる。
うん、これは幻聴に違いない!
「違うのかい? ……困ったな……」
困ったのはこっちだ!!!!
この世界に来て考えた僕のモテプランを邪魔するイケメンめ!!!
だが今日のところは僕の負けにしてやる! さらば―――。
「新しい人が来てくれるって、店長喜んでくれてたのにな……仕方な―――」
「あの、すみゅません……僕がバイトの、です……」
おい!!!!!泣き落としは反則だぞ!!!!!!!
◆
「うん、似合ってるじゃないか!」
「あ、っす……」
僕はあれから店長との軽い挨拶を終え、カフェの制服を着て、僕を指導する先輩からお褒めの言葉をいただいていた。
当然、僕を指導する先輩はこのイケメン―――燕尾 司さん―――名前までイケメン過ぎてもはや非の打ち所がないこの人はこの近くの大学の三年生らしく、僕が通っていた時期にはサークルやら研究やらで忙しかったらしく、普段この人が出勤しているときはいつもこれぐらい混んでいるのだという。
さて、この逆転世界でなくても人気が出そうなこの顔面を持つイケメンの先輩なのだが、こと僕がこの先輩のことが特に嫌いな部分が一つある。
それが……。
「やれやれ、僕目当てだとかで人がたくさん来てたけど、君までここで働き始めたらこのカフェ爆発しちゃうんじゃないかな?」
なんとこのイケメン。こともあろうに無自覚で人を刺すタイプだったのだ。
くそぅ、自分の顔がいいからって上から目線でバカにしやがってぇ……!
何が爆発しちゃうかな?だ! 爆発するのは貴様だけで十分だ!!!!
くそう、なんでこの世界に来てまでこんな男と仕事せにゃならんのだ!!!
これなら藍原さんと出かけたほうがよかった……。
いやまぁ、一応そのためのお金稼ぎでもあるからいいケド……。
「うん、それじゃ、最初は軽い接客からお願いしようかな。接客はできるかな?」
バカにするない! そんなん余裕で!
「あの、バイトするのが実は初めてで……よかったら教えてもらえない、ですか?」
無理に決まってるだろ!!!!!!!!
こちとら女性と話すのがうんぬんとか言ったけどそもそも人と話すのも苦手だわい!
「ははっ、そうなんだ! じゃあまずは―――」
いろいろ言いたいことはあるけど、ここで働く以上は仕方ないと割り切ろう!
べ、別に顔だけがすべてじゃないもんね―――!!!
――――いや、顔だけが全てでした。
「い、いらっしゃいませー! な、何名様でしょうかっ!」
「えー? 何名に見えるー?」
「えっ、あっと、に、二名様でよろしい、です、でしょうか!?」
これが、僕の接客。
そして。
「ねぇねぇ~、店員さんさ―――」
「お客様、お待たせして申し訳ありません。お席が空いたのでご案内いたしますね? 二名様で?」
「えっ、あっはい!」
これが、燕尾先輩の接客。
先ほどまで初心者である僕をバカにするような対応を見せていたあの女子高生二人組ですら、今や目にハートマークが浮かんで見えるほどの鮮やかな接客。
もはや勝ち目などなし。
……やっぱりここで働くのは間違えたか?
こんなん僕がラオウだったとしても一片の悔いしか残らんだろうよ。
いや、確かに慣れとかはあるかもしれないけど、スタートライン違いすぎてもはや笑えるレベルだぞ?
僕のハーレムモテモテ計画 is どこ?????
もちろん、相手は客だけに非ず。
忙しなくコーヒーを作っている女性の店員ももちろんいるよ?
でも流石に四十代は……ねぇ……?
「さて、まだ始めたばっかりだし、とりあえず休憩しよっか!」
「……うぃす……」
はい、気遣いまで二重丸、と。
うん、僕はきっとこの人にゃ一生勝てんな。
◆
「どう? 初めてバイトした感想は」
そう言いながら先ほど自分で作った珈琲を口に運びながら、燕尾さんは僕に問いかけてきた……というかこんな普通の動作ですら絵になるのすごいなこの人。
「そう、ですね~、いや、なんていうか思ってたより大変ですね……」
いや本当に。
誰だよ初バイトは人に恵まれれば楽しい!とか言ったやつ!
人が恵まれても仕事は楽しくないぞ!?
「そうだよね~! 変に絡んでくるお客さんもいるからね……」
いやそんな悩みはきっと貴方がイケメンだからですけどね。
「あ、連絡先とか渡されても連絡しちゃダメだからね~? あれ受けると厄介だから……」
その悩みも貴方がイケメンだからですけどね?
まぁ、でも。
「正直、燕尾さんはすごい、っすよね~」
「……っえ!? なになに急に!?」
「いや、なんか最初は顔が良いだけとか思ってたんですけど……でも仕事の仕方とかは顔関係ないし、あんなふうにテキパキと自信を持って接客できるのすげーカッコいいなって」
「ぅえぇ何急にどうしたの!? あれ、ていうかなんか最初ディスってなかった? ん? あれ?」
正直、同じ男としては燕尾さんのような姿に憧れてしまうよなぁ。
あんだけ自信もって接客出来たらそりゃモテますわ。
……ん? いや、そうか! そうすればよかったんだ!!!
「燕尾さん、僕、決めたっす!」
「え?」
「僕、燕尾さんみたいにかっこよくなって、燕尾さんよりモテてみせます!!!!」
「……え?」
最初はこんなイケメンがいたら僕のハーレムは無理だと思っていた。
だけど、そうじゃない。
もしこの世界で僕がモテないのが陰キャだからだとしたら、それを改善しなくちゃいけない。
そして!!
目の前には最高のカッコいい男の見本がいるじゃないか!!!!
それならこの人の真似をしていれば、いつか僕も陰キャから脱して、そしてハーレムになり、藍原さんとも……へへ!!!! 天才だぜ!!!
「だから先輩! もっと僕に色々教えてくださいね!」
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