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第二十一話 許す側と許される側。認識が違えば立場は変わる。



「……高校の頃のさ~。修学旅行、遠野君、覚えてたりする~?」


問一。この問いに対する僕の答えとして、最も適切なものはどれでしょうか?


ア. 覚えてるよ。あの時はごめん……。

イ. 修学旅行か~! 楽しかったよね!

ウ. あ~、えっと……あ、あれ? だよね? 覚えてるよ~

エ.  修学旅行……あ~、ごめん、全然覚えてないや


まぁ、普通に考えてこれは簡単だったか。

当然僕としては日向さんにあの時のことを謝らなければならないから、正解は、"ア"だ。


ーーーが。


「修学旅行……あ~、ごめん、全然覚えてないや……」


まぁ、アを言える度胸と気概もない上に、小心者で陰キャの僕は必然的にエを言うんだけどね。

正直あの事件は夢にまで出てくるほどの悪夢だからめちゃくちゃ覚えてるけど、気まずすぎて普通に覚えていないって言っちゃうよね~こういうのって。

別に話すのが面倒くさいというわけじゃないけど、話すようなことでもないというか……。


というか今更そんな話をしてなにするってんだ?

僕の心をさらに抉りに来た感じですか?


「そっかぁ~、じゃあ私に告白したことも~?」


……え。

いやおい、マジか。

それ、普通に言ってくるの?


「えっ、いや……まぁ……」


どういうことだ?

あの日向さんがわざわざ僕に話しかけてきて、過去の話をするなんて……。

この世界ではどうなって……。


いや、よく考えてみれば、この世界は貞操観念が逆転した世界。

ということは、今の日向さんは男子大学生と同じ感覚だと考えるなら、もしかして……。


「ふ~ん……ねぇ遠野君、今一人暮らしなんだよね?」

「あ、うん。そう……だけど……」

「え~? どんなところ住んでるの? 行っていい~?」


そこで、日向さんの視線を見た僕は何となく、彼女の意図を理解した。


この人は、過去の僕の告白を今でも。

好意が今でもあると思って、近づいてきている、と。


僕は陰キャだからそういう経験がないからよくわからないけど、元の世界では男の人が過去に告白してきた女の人に連絡を取りに行くというのはよくあったとネットで見た。

とすれば、ここが貞操観念逆転世界であるというのなら、日向さんがそういう人に変化してもおかしくはない。


……だとすれば、確信に至るものを聞いておきたい、と思った僕は。

自分でも驚くほどにスッと言葉が出た。


「日向さんって、僕のことが好きなんですか?」


普通に聞けば、痛い陰キャの勘違い。

しかしここは男女の貞操観念が逆転した世界。

つまり僕のこのセリフは、女子大学生が口にしているようなセリフ。

驕るところはなく、ただ、自衛するための、確認のセリフとなる。


そして、それを聞いた日向さんは明らかに動揺した表情を浮かべながらも、確かに答えた。


「え~? 急だね~。うん、好きだよ~? 昔はほら、恥ずかしかったからさ~!」


確かな好意。

藍原さんや燕尾先輩。そして笹草さんからは得られない言葉。


日向さんは高校の時から顔が整っていたが、大学生になってさらに大人びて落ち着いた綺麗な女性になっていた。

恐らくこれまでもこの世界においてもきっとモテてきてはいただろうと理解できるほど、その自信に溢れる言葉に。


「……そう、なんだ……」


僕の返事は口に出してから少し遅れて、自分の中に落ちてきた。


そういうことだったのかと理解した顔を、僕はしていたと思う。

でもそれは――本当は、全然、納得なんかしていなかった。


「実はね、覚えてないと思うけど、あの時……私、断るつもりじゃなくて~。隣にいた子、ひかり……あ、福崎って覚えてるかな? 福崎がね、遠野君のこと気になってるって言ってたから……」


……え?

福崎さんが?

……そんなわけ……いや、多分、嘘ではない、な。


日向さんはそういう人だ。

いつも周りを見てて、自分の気持ちより空気を優先する優しさを持っている人。

多分、今回のことだけじゃなくて他のこともそれで損してることも多いんだろう。


そんなところが僕は気になっていたわけだが……。


……しかしなるほど、それが確かだとするならば、そりゃあの地獄の空気になるわけだ。


僕はあのとき、須熊に煽られるままに観覧車の中で。

それも、福崎さんもいる状況で、その横にいる日向さんに告白をしてしまった。


ということは、あの時日向さんは僕の顔を見る、というより福崎さんの顔色を窺っていた、ということなんだろう。


ただ……どんな理由があるにせよ。

以降、僕の高校生活は終わったようなもんだった。


女子の視線は怖いし、噂話をされるんじゃないかと放課後が怖くて。

日向さんや福崎さんとすれ違うたびに、自分の足が地についていないような感覚がした。


……でも、それでも、あれは僕が悪かったと思うから今まで誰にも言うことはなかった。


――無神経にほかの人の前で告白した僕が悪い。

――場をわきまえなかった僕が悪い。

――日向さんに迷惑をかけた僕が、悪い、と。


……だからこそ。


「それ、今さら言うこと……?」


口が勝手に動いた。

頭では言うべき言葉ではないと理解している、

けれど。


「え?」

「断るつもりじゃなかったとか……そんなの、今言って……どうなるんだよ……」


言ってはいけないとわかってた。


僕が悪いのだから。


でも……止められなかった。

誰にも言わなかったという反動か、少し言葉を零しただけで滝のように流れ出てきてしまう。


「……僕はずっと……あれから誰にも告白できなかった! ……あれがトラウマで、ずっと誰かに好かれるなんて無理だって思ってたんだ……!」


言葉が喉を通るたびに、胸が焼けるように痛んだ。

絞り出すような声が、自分でも驚くほどに震えていた。

だけど日向さんは、それについて何も言わなかった。

まるで、僕の言葉を受け止めることも、拒絶することもできないかのように。

その沈黙が、僕には何よりも苦しかった。

いっそ、ここでそうだ、お前が悪いと言ってさえくれれば僕も過去を清算できるというのに。


どうして……。

どうして、そんな申し訳なさそうな顔をするんだよ……。


何度も、何度も、自分に言い聞かせてきた。

あれは全部、僕が悪かったんだって。

勝手に期待して、勝手に舞い上がって、勝手に告白して。

それで断られたからって、子供みたいに拗ねて、拗ねたまま逃げた。

女子と関わることが怖くなって、避けるようになって。

そしてそのまま、孤独を言い訳にして自分を守ってきた。


だから今のこの性格も、すべて自分のせいだと――

そう納得して、諦めてきたんだ。


でも、もし……もしも日向さんがそれを咎めてくれなかったら。

僕のこれまでの人生は、いったいなんだったんだよ……。


――あの痛みは、あの孤独は、全部、なんだったんだよ……!


もういい。

もう、そんな顔をしないでくれ。

今さら好きだなんて言わないでくれ。


いっそ、罵ってくれたらよかったのに。

「気持ち悪い」でも「迷惑だった」でもなんでもいい。

そう言ってくれたら、ずっと自分を責め続けてきた理由が正当化できたのに。


ずっと僕が嫌な奴で、彼女は悪くないと思い込みたかった。


これはなんだ?


思わず握る力が強くなる拳は、爪が食い込んでいたが痛みを感じることはなく。

むしろ、体のどこにも感覚がないようだった。


心臓の鼓動が激しさを増す。

それは鼓膜の奥で脈打つような不快な響きとなり、

視界はじんわりと滲んで、色彩を失い始める。


「……っ、あれ……?」


世界が、ゆっくりと傾いでいく。

身体の重心がふっと抜けたように膝が崩れ、

手をつこうとしたが、腕に力が入らない。

重力に抗えず、僕はそのまま、地面へと倒れ込んだ。


乾いたアスファルトの冷たさが、頬に触れる。

でも、それすらも実感が持てなかった。


怒りか、後悔か、苦しみか、痛みか。

誰に向けることもできない感情が空気の通り道を塞ぎ、息ができない。


「と、遠野君!?」


おっとりしていた日向さんの声からは想像のできない声は遠くで響き。

手を握られた気がするけど、それもすぐに感覚が薄れていく。


その薄れゆく意識の中で、僕は思う。

















――こんなことなら、元の世界で、何も知らないまま生きたかった、と。

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この世界の真実は、どれほど以前の世界の真実なのだろう。 以前の世界の真実もそのとおりだったとしたら、確かに救われないなあ。
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