第十九話 恋の悩みは難しい問い。もちろん童貞なんぞに解ける訳もなく。恋の問いはポイッ……ふふっ。
―――。
「おい陽太! あとはお前だけだかんな~!」
何の変哲もない、けれど少しだけ豪華なホテルの部屋の一室。
部屋の隅っこのベッドで目を閉じて寝ようとしている僕に、一人の男の声が飛んでくる。
その声に仕方なく目を開けて、体の向きを相手に向けて答える。
「……別に好きな人はいないよ」
すると、その言葉に反応してその場にいた三名が同様の反応を示した。
「嘘つけよ! クラスの杉岡さんとかめっちゃ可愛いだろ!?」
「いやいや、杉岡さんが好きなのはひろきだけだろ?」
「なにおう! すっくんはひかりちゃんにいつ告白するの? え?」
「おい二人ともあんま大きい声出すなよ、先生の見回り来たらどうすんだよ!」
そうして、一人の男―――小山によって、ひろきとすっくん……戸堀と須熊は止められた。
彼らは僕のクラスメイトであり、今行わている二泊三日の修学旅行の班メンバーだ。
「んで、遠野は誰が好きなのか教えろよ! 他のみんなは言ったんだぞ~!」
「そーだそーだ! 聞いてたなら言わないとフェアじゃないぞ~!」
「いやいや、戸堀が勝手に言い始めたんじゃん……ていうか僕は別にいないし……」
僕の言葉に、しかし須熊が食いつく。
「じゃあせめて! マシな人は? クラスで一番付き合うなら??」
「あ~、それならいいかもね? だれだれ?」
「いや小山まで乗ってくるんかい……えぇ~、別にそんな考えたことないけど……」
「せめて!! だって!! そう深く考えずにさ!」
深く考えずに、ねぇ~?
って言っても、別に好きだなって思う人はいないし……。
まぁ可愛いなと思う人は結構いるけど、、好きかって言われたらなぁ~~?
う~~~ん、まぁ確かに杉岡さんとか、福崎さんも可愛いけど……。
これ言うと恋敵みたいな感じして嫌だしなぁ~……。
う~~ん……。
「別に好き、ではないけど、可愛いっていうなら日向さん……かなぁ……?」
だから俺は、とりあえず誰よりも話しかけやすくて、たぶん悪くは思われてはいないであろう、日向 雪乃さんの名を口にした。
まぁ顔も可愛いし、強いて言うならの中でも無難だろう……。
「おあーっ! まじ!? 確かにあの笑顔が可愛いよな~!」
「おいおいいないとか言って~本当はいるんじゃん! なんだよ~!」
「いや、あくまで、だから、好きとかじゃないけど……」
「照れ隠しはいいって! はいはい雪乃ちゃんね~!」
「……明日も早いし、もう眠いから先寝るよ、おやすみ!」
と、僕はその日、その話題から逃げるようにクラスメイトにそう言って眠りについた。
―――そして次の日の夜に、事は起こった。
高校の修学旅行としては珍しく、最終日前日に遊園地に行くという行事の最中。
班ごとに分かれて各々楽しんでいるとき、僕と須熊は、図らずして……いや、戸堀や須熊、あるいは小山がそう仕組んだのだろうが、当人である日向さんと、須熊の好きな福崎 ひかりさんの四人で、大きな観覧車に乗ることになった。
その時の須熊のテンションの上がり方は尋常じゃなかった。まじで。
いや、まぁそもそも男子高校生の思考では、あんな密室に一緒に乗ってくれる時点で少なからず好意があるのだろうと思ってしまうし、そうなってしまうのも理解できる。
僕としても少しはそうなんじゃないかと考えてしまうほどだし。
しかし現実は、ドラマやフィクションのようにあまり上手くいくものではないということを、僕は知っている。
――大きい観覧車ゆえか、回るのはかなり遅く、そもそもそんなに接点があったわけでもない僕らの会話は、頂上に行き着く前にほとんど尽きてしまい、しばらく無言なこともあった。
よく考えればわかる話だが、実際、僕と須熊はクラス内では陰キャの部類でそんなに自分から話すこともない上、日向さんや福崎さんもどちらかと言えば受動的なタイプだったこともあり、頂上に上がるまでの時間は、酷く苦痛だった。
景色が奇麗だったとはいえ、乗っている間はずっと同じ景色なのだから、飽きてしまうよね、こういうのって。
……と、観覧車が、四分の一を過ぎた頃だっただろうか。
僕の人生の中で、最も忌むべき事件が起こった。
「あ、あの……ひっひか……あっ、福崎さんっ! えっと……あ、あなたのことが好きです! 付き合ってください!」
あまりにも唐突な告白だった。
今この話を聞いている人が動揺しているように、この時の僕らも全く同じ……いや、それ以上の動揺をしていた。
予感はあった。
いつもよりもテンションが高い上に、度々どこか迷っているような雰囲気でチラチラと福崎さんを見つめる須熊。
でもこれは予想外。まさか頂上に着く前段階で告白をするとは思わなんだ……。
……ただ、頂上に到達してから告白するのもそう変わらないと思うし、須熊からしたら付き合って幸せな気分で頂上に行こうと考えたのかもしれない。
……が。
「えっ、いや、私はそんなつもりじゃ……いやぁ……え~……?」
福崎さんはそう言って言葉を濁していたけれど、結果は当然バツ。
まぁそれはそう。
彼女の気まずそうな視線が、必然的に対面に同席している僕に向けられるが、こんなの僕もお手上げ状態。
僕も知らんこいつは。誰だ? 落とすか?
この苦しい空気をさらに苦しくした諸悪の根源を、僕が責任をもって楽にさせてやろうと、そう決意したとき。
何を思ったのか、須熊は続けてこう言った。
「な、なぁ遠野はどう!? ひ、日向さんのこと好きだって言ってたじゃん!? 言わないの!?」
「……っえ?」
須熊の言葉に、目の前の日向さんと福崎さんの視線が注がれる。けど。
いや、はい?
何を言って……というか、いや、え、こいつ、まじか?
まさか自分が降られた気まずさから僕を引き合いに出してくるとは思いもしなかった。
須熊とは半年ほどの付き合いだったが、まさかこんな普通じゃないやつだとは思わなかった。
って、そんなことよりもこの空気どうすんだ????
……いや、僕も勇気を出して告白してみよう……か?
―――この時の僕は、須熊と同じように、少し舞い上がっていたんだと思う。
もしかしたら可愛い女の子と付き合えるのでは? と。
だから、こんな事件も起こった。
「あ、あ~、えっと、ひ、日向さん……じ、実は僕も……」
――だが、僕のその思惑は……無残にも打ち砕かれる。
「うちが遠野の彼女~!? 無理だって! 冗談辞めてよ~!?」
そう口にする目の前の彼女――日向さんは、僕を見ることなく、自分の隣に座る福崎さんへ視線を向けたまま、言葉を続けた。
「えぇ~? うちが遠野と!? ありえないって!」
そして彼女は、気まずそうに僕を見て――――――。
――――僕は目を覚ました。
……またこの夢か。
僕は眠気を覚ますように瞼を擦り、洗面台へと向かう。
はぁ……今日はだいぶ長い夢だったな……まさか恋バナから思い出すなんて……。
しかしまぁこれは間違いなく昨日の影響、だよなぁ~。
昨日の燕尾さんとのやり取りから連想されるように見てしまった、過去の夢。
日向さんの言葉に、正直……いや、オーバーキルはやめたって下さいよ……、とその時強く思ったのを覚えている。
そこから先はもう地上から離れているというのに、室内は地獄かと思うほど空気は悪く。
頂上に至ってから、降りるまで、誰一人として言葉を話すこともない。
まるでクソB級映画を二時間も見させられたかのような疲労感に包まれながら降りた先で、須熊が仲間かのように肩を組もうとした腕を振り払った後。
僕らはそれ以降、卒業するまでも、してからも一言も会話をすることはなかった。
運がよかったのは、その件を誰も言いふらさなかったこと、と言いたいところだったのだが、どうやらその後なぜか須熊は福崎さんと付き合うことになり、その馴れ初めとしてあろうことか観覧車の話を出してしまっていた。
結果的にその話が広がることで僕だけではなく、日向さんにまで迷惑をかけてしまったことに関しては、ずっと申し訳ないと思っていたが、ついぞ気まずさから話すことなく卒業まで至り、互いに進路が違うことから……今はもう関わりなんてもはない。
ってのに、まぁ思い出すってのは……少なからず未練があるわけで……。
はぁ~~~~、あの時に既に貞操観念が逆転してれば、また違った未来だったんかねぇ~~~。
って、今はそれじゃなくて……。
昨日、僕は燕尾先輩と水族館に行った。
いや、ホントに意外というと失礼かもしれないけれど、正直二回目なのにめちゃくちゃ楽しかった。
……なにより、燕尾先輩が女の子だという事実が、より心を躍らせたことは間違いない。
でも。
《ありがとう、ミナトくん!》
たった一言。
ただ、その一言で、僕の心がぎゅっと縮こまったのを覚えている。
……先輩は、僕じゃない誰かの名前を呼んだ。
それが何を意味するかは、元の世界の住人である男の僕でなくても分かるだろうが、そのお陰でよく理解できていた。
あの場面で、別の男の人の名前を呼ぶってことは……そうかぁ……。
燕尾先輩の顔だもんな……そりゃ他の男の一人や二人はいるだろうけど。
まぁ~別に正式に付き合っていたわけでもないけどさ?
先輩が誰か他の人と関りを持ってたって、僕が責める理由なんてどこにもない。
けど、それなら、僕の勇気は結局意味を成さなかった、ということで……。
あの瞬間。夢の出来事の時と同じように、体の奥がざわざわして、過去の記憶が引きずり出されるように蘇ってきた。
期待して、少しだけ前を向こうとして、そして、落とされる。
その繰り返しが、また来るんじゃないかと怯えて、無意識に自分を守るように、心を閉じてしまう。
「……はぁ~、僕は、この世界に来てまでダメな人間なのか……」
自嘲気味につぶやいて、携帯を手に取る。
と、ふと、一つの通知が目に入った。
―――――――――――――――――――――――
―笹草さん(グラス)
時は満ち、私は束の間の自由を手にした。
季節の刻印が“夏”へと切り替わった今、この身が求めるは深淵の静寂――水族の迷宮”へと行かないか? - 22:44
しかし貴殿の都合が悪ければ、別の時でも全然構わない。 - 22:44
あと、特に変な意味はなくてただちょっと行きたいだけなんだけど、、、どうだろうか? - 22:46
―――――――――――――――――――――――
いや長い、長いって!
なんて???
時は満ち、束の間の自由……これは、多分夏休みってことか?
それで、夏になったから、水族の迷宮……これは海……か?
いや、海だったら多分また違う言い方をするだろうし……。
いやまて、もしかしてこれ水族館か――?。
いやいやいやいや。藍原さん。燕尾先輩。そして、笹草さん。
え、僕もしかしてこれ三回目の水族館ですか???
水族館って、そんなに人を引き寄せる場所だったっけ?
いやまぁ面白いけどさ……?
……本当なら断ってもいいところだけど……。
―――――――――――――――――――――――
―笹草さん(グラス)
22:51 -了解。踏破しよう、グラスさん。いつでも大丈夫だよ。
―――――――――――――――――――――――
笹草さんは、僕の背景は知らない。
ただ一緒に行こうと言ってくれたその無邪気な優しさが、どこかで僕の背中を押していた。
観覧車の中で、あのとき何も言い返せなかった僕。
気まずさから逃げるように先に帰ってしまった僕。
その嫌な記憶を上書きするために別の女性、それも年下の女の子を使う…いや、使うという表現はあれかもしれないケド……というのはどうかと思う自分もいる。
でも、それでも。
それでも僕は、今日、もう一度水族館へ行きたい。
……エゴかもしれないけれど、自分自身のために。
そして―――未来のために。
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