第十六話 藍原さんとの最高の水族館デートの翌日に男二人で来ちゃったら思い出が上書きされるでしょうが!!!……って、思う時期もありました。
まず、初めに僕は謝らなければいけないことがある。
自分だけ美少女と水族館に行って楽しんだこと? ――違う。
あくまで誘われたから行っただけなのにデート面してること? ――それも違う。
おっと、勘違いしているようだけれど、僕が真に謝るべきは、君たちに、ではない。
お察しの通り、燕尾先輩に対してだ。
……では、僕が一体彼に……いや、彼女に何を謝るべきか。
順を追って話をしていこうか―――。
◆
七月も中旬、という始まり方をするのは今回で何回目だ?
まぁとにかく、僕の大学生活が始まって以来の夏季休暇三日目。
僕はまるでデジャヴュ……デジャヴュ? デジャヴ?? デジャブ???を見ているかのようだった。
なぜなら僕は今、昨日藍原さんと待ち合わせした同じ時間、同じ場所にいて同じ景色を見ていたからだ。
とはいえ全く昨日と同じというわけではなく、異なる点もいくつかある。
例えば、僕の服装とか、行き交う人々、そして――。
「お待たせ、待ったかい?」
僕に向かってそう声をかけるのは、藍原さんではなく、もはや恒例の紹介ではあるが、イケメンの燕尾 司さん。
僕の働くカフェの先輩で、その顔立ちでありながらも全然嫌味を感じさせない爽やかさと、気遣いがとんでもない人だ。
そして、顔が整っているがゆえに、こういったセリフ一つをとってもまるでドラマのワンシーンかのように見えてしまうのだから、本当になんとも羨ましいと思う人物だ……。
「大丈夫ですよ、僕も今来たばっかりです」
「ふふ、そうか、それならよかったよ。今日は君を待たせるわけにはいかないからね」
と、そうだった。
昨日と違うところはもう一つ。
今日は、燕尾さんが買いたいというグッズを一緒に買いに来たから、水族館が目的地じゃない。
まぁそもそもグッズを一つ買いに男友達を連れていくっていうのは陰キャの僕には理解できないけれど、貞操観念が逆転した世界ならば、女子同士でなんとなく買い物に行くという感覚なんだろう。
それに、目的地が水族館じゃなく、隣の総合施設ってだけで多少救われるものがある。
……さすがに二日連続水族館はね……。
◆
僕らの待ち合わせ場所から歩くこと数十分。
ついに目的地らしき建物の前に、僕らはたどり着いた。
そして当然、目の前の施設を見た僕は、燕尾さんにこう問いかける。
「……あの、先輩。買い物って、雑貨とか服とかですよね? ここって――」
「――うん、水族館だね」
僕の問いに、ハッキリキッパリ答える燕尾先輩。
いや、え、なんでそんな笑顔なんですか?
ていうか当然でしょみたいな顔やめてくれません?
普通買い物って聞いて水族館連想する人誰もいないですって……。
いやぁ~……これは……。
「……水族館……実は昨日ここに来たんデスヨネ……」
「えっ!? そうだったのかい!? いったい誰と……っていや、そんなことよりも、それは申し訳なかったね……少しサプライズ気味にしようとしていたんだが……」
なるほど、それで昨日は頑なに行き先を言ってくれなかったのか……。
燕尾さんにしては珍しいなと思ったけれど、まさかそんないらないサプライズだったとは……。
そういうのは女の子にしたほうが喜ばれるのではなかろうか?
……いや、僕が知らないだけで、元の世界でも女の子同士はサプライズとかしてたのか??
「まぁ、でも全然いいですよ。二日目ってのもまぁ新たな発見もあるかもしれないんで」
「本当かい? いや〜、申し訳なかったね……その代わり、今日を楽しめるように色々調べてきたから、楽しみにしておいてくれよ!」
「へぇ~! それは楽しみっすね! そんじゃ行きますか……って、あれ?」
おや、昨日ここに来たときはこんな工事の看板とかなかったはずだけど……。
あれ、入り口どこだこれ??
「あぁ、今日からこの辺が臨時工事でね。入り口についても調べてきたよ。こっちさ」
おぉ! 早速頼りになるじゃ~ん!!
◆
そこからの。僕にとって二回目となる水族館鑑賞は、正直言って、すごく楽しかった。
昨日の藍原さんとの水族館は主に鑑賞、というよりも、緊張を和らげるために魚を見ているという側面が強かったために、あまり記憶にも残っていない……というのもあるけど、なによりも……。
「知っているかい? エビの心臓って、人のように胸ではなく、頭部……正確には頭胸甲という硬い殻の中にあるんだ」
「えっ、そうなんですか!?」
「うん、それに、人と違って血液も青いから……まるで異世界の生物って感じがするよね」
―――。
「お、あそこで亀が歩いているだろう? 実は亀の甲羅っていうのは、外に飛び出した背骨と肋骨が進化したものなんだ」
「へぇ~、じゃあゲームとかで亀が甲羅だけになるってのも無理なんですかね?」
「そうなるね。まっ、そこは深く考えないほうがいいかもね……」
―――。
「このクラゲは、ミズクラゲだね」
「ミズクラゲ、ってなんですか? 結構カラフルなんですね……」
「ふふっ、これはこのクラゲの色じゃなくて、水族館の水槽のライトの色だね。ミズクラゲはその名の通りほとんど水のように透明だから、こうしてライトアップさせることによって映えさせてるのさ」
「へぇ~! じゃあこっちのクラゲもそうなんですか?」
「ううん、こっちはサカサクラゲって言って―――」
―――。
「っていうか、先輩ってマジで色々調べてきたんですね……正直めっちゃ面白かったです!」
「そうかい? それならば良かった。……少し飲み物を買ってくるから、ここで待っていてくれるかい?」
「あ、僕が行きますよ?」
「ううん、こういうのは女にやらせてくれ」
そういって燕尾先輩は手をひらひらさせながら飲み物を買いに行ってしまった。
いやぁ~、本当に楽しかった。
水族館って魚の名前を載せてることは結構あるけど、あんまり説明がないから少し寂しいんだよな~。
でもこうやって教えてくれる人がいるとまた違った楽しみ方ができるというか、僕も調べてみようという気持ちになるというか……。
まさか二日連続で水族館に来て楽しめるか不安だったけど、普通に楽しんじゃってるな……。
……。
……。
……。
いや、え?
違う、よね?
聞き間違い、だよね?
「お待たせ、お茶でよかった?」
「あっ。ハイ。あ、アリガトゴザマス……」
「ははっ、どうしたんだい? 別にお金はいらないよ」
え?
いやいやいやいや、え?
燕尾先輩が……女の子?
嘘だよ〜! こんなイケメンが??
……いや、聞き間違いだよ絶対!
だって、別にそんな女の子だって感じるときなんてない……。
……まさか?
いや、万が一、億が一、兆が一の可能性だけど、仮に燕尾先輩が女の子だとした上で、僕に好意を持って水族館に誘おうとしていたとしたら……?
……た、確かめて、みるか……?
「あ、あの、先輩って、どうして今日僕をここに誘ったんですか?」
「……えっ!? な、なんだい、急に……?」
動揺している……ってことはもしかする、のか……!?
ど、どうなんだ――――!?
「あ、あ~、そうだね、実は―――」