表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/65

第十五話EX 水族館デートに誘え私! 彼と過ごす幸せな夏季休暇を手にするために!


私の名前は藍原 唯。

大学一年生の女の子だ。


趣味はゲーム。特技もゲーム。

生粋のゲーマーの私だが、つい最近、ゲームよりも熱中していることがある。


それは……。


「うぅ……あ、明日から夏季休暇なのに……っ! よ、陽太くんを誘うことができなかった……っ!」


私はベッドの上で、この真夏だというのにも関わらず、布団にくるまりながら携帯を握りしめていた。


私が今、最も熱中していること。

それは、同じく大学一年生の男の子、遠野 陽太くん。十八歳、O型、さそり座、好きな食べ物は……おっと、また少し熱中してしまった……反省……。


とまぁ、そんな彼について、私がこうして悩んでいるのには理由がある。

というか理由もないのにこんなに悩むわけがないよね。


その理由ってのは、私と同じく陽太くんを狙う二人の女の子との存在。

……あれ、今、誘えないことじゃないのかよ!? って思った?

まぁまぁ、それも後で話すからちょっとだけ待ちなさいよ。


とにかく、私が悩んでいるのはその二人。

燕尾 司さんと、グラ……いえ、笹草 心愛さんね。

まっ、正直、燕尾さんのほうは恐らくまだ陽太くんは男の子だと勘違いしているはずだからいいといて、問題はもう一人、笹草さんの方……。


彼女とは一度会っただけだけど、まず何といっても顔が可愛い。

私も自分の顔には自信があるけれど、私とは違って、なんていうか……陽太くんが好きそうな顔なのよね……あっ別に貶してないからね!?


それに、彼女の言動は不思議なもので、時たまに変な行動をすることはあるけど、なんていうかそれすらも可愛く思えてしまう愛嬌があるというか……。


それに加えて彼女は高校三年生という年齢的にも若さがある……。

つまり彼女が一番の難敵なわけだけど……。


彼女に聞いたところによると、高校の夏休みはまだ先。

そして、私たちの大学は明日から夏季休暇を迎える。


ということは必然的に一番近くにいる私が趙有利。

でも、でもぉ~~~!!!


「誘うのって、勇気いるのよぉ~~~~~~!」


私は特に恥じていないが、男性経験はゼロ。

そんな人が一体どうやって同い年の男子を誘うというのか。


悩みに悩んだ挙句、私は、過去に役に立った、ある人の言葉を借りようと心に決めた。


「そうだ……ラブ権三郎先生が確か誘い文句についてまとめて……あっ、あった!」


私の恋愛についての大先生ことラブ権三郎先生は、よくネットに恋愛についてまとめ記事を載せている非常に参考になる先生だ。


えーっと、なになに?


《デートの誘いは、素直に伝えるべし!!!!》


デッ……い、いや、デート……ではない、よね??

まだ付き合ってはないんだもん……そんな、ねぇ……? んへへ。

いや、でも、ラブ権三郎先生が間違うわけないし……。


うん、ここは正直に……。

えっと、陽太くん、明日暇だったりする……っと。

行きたいところが……。


……あれ、待てよ?

まだ行きたいところ決めてないのに送っちゃったぞ???

私は馬鹿なのかな????


アッ、ヤバイ! 既読ついたっ!?

陽太くん、なんでこんな時は早いの!?


えっと、えっと―――!


《初デートは、水族館に行くべし!!!》


こ れ だ !!!!!!!!!!!!!!!!!!!


そうと決まれば事前に入場券と……えっ、ショーのチケットって別売りなんだ……。


……ふーん……買っておいた方が好感度上がる……よね―――?





―――天気、よし。

―――準備、よし。

―――異常、あり!!!!!


はぁはぁ、困った……まさか当日に電車が遅延するなんて……!


どうして私は毎回陽太くんと会うたびになにかトラブルがあるんだ!?

……いや、最初の買い物は私が全面的に悪かったけども……。


どうしよう……! また燕尾さんとかいたら……!

いや、多分いないだろうけど、また待たせちゃう……!

急がないと―――って、あれ、陽太くん? ……と、え、誰?????


まってまって、陽太くんまた何か絡まれてない!?

ちょっと絡まれすぎじゃないかな!?

確かに可愛いし、ちょっと気弱なところもあるけど、にしてもじゃない!?


もう~~~! 今日は私とのデ……お出かけなんだから! 邪魔しないでよねっ!!!


「あの……すみません、今から私たち予定があるので、し、失礼します!」


そういって私は陽太くんの腕を掴んで、とりあえず遠くに引っ張り出……えっ、私いま、なにしてるの?


腕、手、握……エッ。


うわっ! やばいやばい!!! 思わず腕握っちゃったけど大丈夫だったかな!?

痛くなかったかな!? っていうか手汗!? だ、大丈夫かな!?

気になっちゃうぅ~~~でも、そんなことよりもっ!!!


「……よ、陽太くんは危機感がなさすぎです……もうわ、わ、私から離れないでね!?」


本当に目を離すとすぐ女の子に絡まれるんだから!!!

私が守れるのにも限度があるんだからねっ!!!!

~~~もうっ! そんな顔して~~~~!

可愛いからってダメだからねっ!!


って、なに~~~? 何か言いたそうじゃない?

アレ、もしかして、さっき腕掴んだの嫌だったり……?

エ、チガウヨネ????


「あ~、初めて会った日もこんな感じだったよね?」


……ン?

初めて……?

初めてっていうと確か……あぁ! あの顔が怖い人!!!


「あ~、確かに! ……あの時から今、こうなるとは思わなかった、よね~~?」


いや~本当にあそこで勇気を出してよかったよ~~~~。

まさかあそこからこんなかわいい男の子と二人きりでお出かけなんて……。


二人きり……。

そういえば、今二人きりか……。


あれ? なんか今になって恥ずかしくなってきたぞ?????

心なしか陽太くんも緊張しているような……。


エッ。これ、合法なの???

ちょっと待って??? こんなの心臓がいくつあっても足りないよ???


はぁ、はぁ、ど、どうしよう……無言が続いちゃって気まずい……!

な、何か喋らないと!!


「「あのさ!」」


う、ウワァアアアアアアア。

こんな漫画みたいに重なることある!?

うわ~~~~どうしよう!? 余計に話しにくくなっちゃった!?

あ~~~~完全に気まずいよぉ……。

でもまた重なっちゃったら嫌だしなぁ~~~~~!


「そっ、じゃあ、あのっ……行きま……せんか?」


アッ、陽太くんから話しかけてくれた……優しいっ……!


「うっ、うん……い、行こっか……!」



こうして私の、"最高の一日"が幕を開けた―――。





「わ~! きれいだね~!」


水族館の扉をくぐった瞬間、夏のまとわりつくような外気が嘘みたいに消えて、ひんやりとした空気とほんのり潮の香りに私たちは包まれた。


入場ゲートを抜けた先、目の前に広がっていたのは、大きなホールのような空間。

そこでは、暗がりの中に浮かぶように設置された水槽が、まるで“舞台セット”みたいに上からライトアップされており、光が水槽に反射して、きれいな波模様を壁に映し出していた。


「うわぁ……! 可愛い~~!」


小さなガラスの水槽の中を泳ぐのは、自由きままに動きまわる小さな魚たち。

天井からの光の演出が入るたびに、その体が七色に染まっていく。


ふと、隣にいる陽太くんを横目で見ると、陽太くんもまた静かに魚に見入っている。

その表情は、さっきより少しやわらかくなっていて、私はなんだか嬉しくなった。


陽太くん……魚好きなのかな……?

なんか可愛いかも……。

……さすが、ラブ権三郎先生ね……わかってるぅ~!


……けど、本当に楽しそうでよかった!


「陽太くん! 見てみて! タツノオトシゴだって! 私初めて見た!」

「……うわ、ほんとだ……! 本当に立ってるんだ……!」

 

私の言葉にぽつりぽつりと反応しながらも、陽太くんの視線は水槽に釘付け。

その様子がどこか無防備で、私はついじっと見てしまう。


あぁ~、この時間が永遠に続いたらいいのにな。


……そんなことを思いながら私は、この水族館に来たことに、すでに満足感を得ていた―――。





しばらく色々なコーナーを回っていると、ふと、隣にいた陽太くんがぴたりと立ち止まった。


「……うぉ~……!」


そう小さい声で呟いたきり、陽太くんはただ水槽を見つめてる。

何の魚なんだろう……って、あれ、この魚、映画で見たことあるやつだ!

もしかして、これに反応したのかな……?


「陽太くん、この魚知ってる?」

「……っ。えっと、映画とかで見た気がする……」


やっぱり!


「陽太くんも知ってるんだ! 意外~!」


へ~! 男の子でもそういう映画って見るんだ!

まぁ有名だもんね! え~でもこういう話ができるの嬉しいな~!!

どうしよう! ほかになにか知ってる魚とかいないかな!?


はぁ~~なんだかんだで会話はちゃんと続いてるし!

このまま自然に楽しい時間を過ごせればきっと私のことが好きに―――。


そんなふうに思っていた、ちょうどその時だった。


「……あ」


再び足を止めた陽太くんが、何かを見ていることに気が付いた。

それは壁に貼られたポスターで……。


「藍原さん、もうそろそろ一回目のイルカショーがあるみたいなんですけど……行きませんか?」


イルカショー!?

えっ、陽太くんも行きたいと思ってくれてたの!?

え~~~~! 嬉しい~~~!!!

あっ、けど、私のチケット無駄になっちゃったな……まっ、一緒に見れるならそれでいっか!


「えっ、行きたい!」


……あ、でもそういえばショーにチケットが必要だってわかりにくかったよね……?

一応聞いてみようかな!


「これ別のチケットがいるみたいだけど……陽太くん持ってる?」


……あ、あれ!? 固まっちゃった……?

……もしかして、私と同じで知らなかったのかな。ふふ、わかりにくいもんね!

でも、それならよかった!


「あ、あのね、陽太くん……じ、実は……私も見たいと思ってて……チケットとってたんだけど……行く……?」


これでチケットも無駄にならない……って、わっ! すっごい笑顔!?

ま、眩しいっ!? 可愛いっ!? 


「えっ、行きたい!!! ありがとう、藍原さん!!!」


ワオッ。買っといてよかった~~~~~~~~~~~~~~!!!!!

こんな顔が見れるなら私は何枚でも買うよ~~~~~~~~~~~!!!!!!


っていうか、陽太くんにこんな顔させられるイルカに嫉妬しちゃうよ~~~~~~~!!!!



まっ、今日のところは許してあげますよっと―――!





陽太くんと一緒にショー会場に向かうと、すでにお客さんがいっぱいだった。

けれど、何よりもまず目に入ったのは。


「おお~~~~!!!! きれい!!」

「すご~~!!! もうイルカ泳いでるじゃん!!」


透明のアクリル板に囲まれたプールと、そこを縦横無尽に泳ぐイルカたちだった。


そして周囲を見渡せば、子ども連れの家族や友達同士、そしてカップルたち……みんなワクワクしてるのが伝わってきた。


……わ、私たちもカップルに見えてたりするのかな……?


私たちが座った席は後列の方で少し遠めの席。

遠めとはいっても、席は段差になっているのでステージも水槽もよく見えるという悪くない場所だった。

……というよりも。


「うわ~~!! すっご! こういうの初めてだからめっちゃ楽しいよ! ありがとう! 藍原さん!」


そう口にする、笑顔の男の子――陽太が隣にいるだけで、私にとってはどこも最高の席だ。


あ~~~幸せだな。

こんなに喜んでくれるなんて、こっちも嬉しいじゃん!!!


はぁ~~~陽太くんの隣……いい匂いだし……心地いいなぁ。


――と、私が感慨に耽っていると、イルカの飼育員からのアナウンスが流れた。


『最善の方は水を被る可能性がありますので~! 注意してくださいね~! 今は夏なので! たっくさんかけちゃうぞ~!』


ふと前方を見ると、確かに最前列の人たちは合羽を着たり、タオルを準備してたりして、まるでこれから濡れることを楽しみにしているかのような笑顔を浮かべていた。


そして。


飼育員さんのアナウンス後、イルカたちの華麗なパフォーマンスとともに大きな水しぶきが前列に座る人たちへと襲い掛かり、想像しているような歓声や悲鳴が会場に響いた。


「わぁ~! あの席って本当に水かかるんだね~」

「生で見るとあんなにかかるもんなんだね!! ひぇ~! 帰るの大変じゃないのかな!?」


あはは、帰る人の視点は確かに気になるかも?

そういえばこのショーって、イルカがジャンプしたりすると水がすごい跳ねるって見た気がするから、それ目当ての人もいる……ん? 


いや、待ちなさい、藍原 唯。

……って、ことは、だ。


もし陽太くんがあの辺に座ってたら……?


あの人たちみたいに水を被って?


びっくりした顔して?


前髪がくしゃって濡れて?


制服のシャツがちょっと透けたりとかして……?


透け……る……肌……!?


──きゃああああああああああああああああああああああ!!!!??

想像だけで無理無理無理!!!!

え、ちょっと待って、なにこれ!?

息止まるんだけど!? 私何考えてんの!?!?


でも……陽太くん、濡れたら絶対可愛いよね……?

あのふわっとした髪がしんなりして、少し頬に張りついたりしたら……


うわあああああああああああ!!!!!!

やばいやばいやばいやばい!!!! 私、変態か!!?!?!?


まずいまずい! このままだと変なニヤケ顔しちゃって陽太くんに気持ち悪がられちゃう……!

とにかく適当に話を振らないと!!


「陽太くん、楽しそうだね?」

「へっ!? あっ、いやっ、そんなことないですっ!!」


えっ、なんで目を逸らすの……?

え、これ、もしかしてさっきの顔ばれてるのかな!?!?

いや無理無理無理!!! 陽太くんを濡らす妄想してたなんて言えないし!?

どうしよう!!!めっちゃニヤけてたよね!?!?!?!?!


ああ~~~イルカも可愛いけど、ごめん!!!!!

今の私はそれどころじゃない!!!!!


あぁ……でも、水に濡れた陽太くんの妄想ができたことには……感謝ッ―――!





「楽しかったね!」


波乱のイルカショーも無事終わり、私たちは再び水族館内へと戻ってきていた。


「あれはすごかった!!! 藍原さん、本当にありがとう!」

「うん! 楽しめたなら私も嬉しいよ!」


そんな幸せいっぱいの空間を噛み締めていると、もうそろそろ出口というようなところでなにやら人だかりができているのが見えた。


「あれ……なにしてるのかな?」


私の言葉に陽太くんは目を凝らしながら答えてくれる。


「え? あ~、一番くじ? だって。水族館限定って書いてあるよ」


あぁ可愛い……別に近づいたらわかるのにわざわざ見てくれて……可愛いが過ぎるよっ!!!


って、一番くじ? へぇ~~こんなのもやってるんだ!

商品は……イルカにクラゲ、それにペンギンのぬいぐるみ……。

えっ、最低でもカワウソのぬいぐるみ貰えるの!? 

……最近の水族館は儲かってるわね……。

いやでも、一回千三百円!?


なるほど……いや、良くも悪くもないな?

けど、千三百円であのA賞のでっかいイルカがもらえるならかなりお得よね~~。

……まぁこういうのって当たらないもんなんだけどね~。


でも、思い出としてこういうのはやりたいなぁ~~~。

陽太くん、こういうのやるタイプなのかな?


「陽太くん、やってみる?」

「え? あ、うん……まぁ、記念に一回くらいなら……」


おろ? 意外と乗り気なんだ……?

って、陽太くんはこういうの楽しんでくれるタイプだもんね!

ていうか陽太ほどいい人ならA賞どころかSSS賞ぐらい余裕で出るに決まってる。


出なかったら私のこのなけなしのお小遣いで……!


そう私が思う間に、陽太くんは一枚、くじを引いた。


あっ、片目閉じてるっ!

可愛い……!

見るの怖いよね! 何が出るのかなっ!


―――そして、陽太くんがカードをめくったその瞬間。


「おっ!? えっ、これ、A賞ですよ!! おめでとうございます!」

「……えっ?」


スタッフの喜んだ声と、響く鐘の音に、周囲から惜しみない拍手が送られる。


―――え? すごっ……本当にA賞!? すごすぎじゃない??


「すごっ……本当にA賞!? すごすぎじゃない??」


と、脳内と全く同じ言葉が出てしまう。

いや、それほどまでにすごいと思う。


ってあっ、大きいイルカのぬいぐるみもらって困ってる!?

可愛い~~~~~~~!!!!!!

写真に撮っていいのかな!?

こういうのって勝手にとっていいのかなぁ!?


「あ、藍原さん、す、少しあっちに行かない?」


え、なに急に……?

撮影会でもやってくれるってこと???


「うん! いいよ!」


そんなの行くっきゃなくない?????






―――して。


「……あの、藍原さん。よかったら、これ……」


これはいったいどういう状況だろうか。

目の前には愛しの陽太くんが、さっき当てたA賞のぬいぐるみをこの私に向かって差し出している。


ん? 差し出して? え、私に……!? なんでぇ!?


「えっ!? なんで!? 陽太くんが当てたのに!?」


いやそんな心の準備はまったくしてなかったんですけど!?!?

っていうか普通、自分で当てたやつあげる!? それって私側がやるべきもんじゃない!?

いやでも、嬉しい! けど、なんで!?


「あっ、えっと、いらなかったら大丈夫……なんだけど……今日、誘ってくれたお礼と、さっきのイルカショーのお礼がしたくて……思いのほか大きくなっちゃったけど……」


え、え~……、なにそれ……。

陽太くん、やさしすぎかよぉおおおおおおお!!!

そんな誘ったのは私の我儘みたいなものなのにそんなしてくれるの!?

あぁ。もう尊すぎてダメになりそう……。


「……え~……ありがとう。これ……大事にするね!」


ぎゅっと抱きしめたイルカのぬいぐるみは、ふわふわしてて、あったかくて……

でも、それ以上に私の心が、すごくふわふわしてた。


……ねえ、自分で気づいてる? 陽太くん。

イルカよりもずっと可愛い生き物が、この水族館にいるんだよ?





それから私たちは、出口近くのお土産屋さんに入った。

夕日が差し込む店内は、なんだか夢みたいにきらきらしてて、ぬいぐるみとかキャンドルとか、ぜんぶが「持ち帰りたい思い出」って感じだった。


「わぁ~、すごいね。なんか全部欲しくなっちゃうかも」


お土産屋さんの中に入った瞬間思い出す今日の記憶に、少し寂しくもあるけれど、それ以上に楽しかった思い出が沸き上がって自然と声が出る。


イルカのぬいぐるみ、貝殻のストラップ、魚の形したクッキーまで、どれもこれも可愛くて、目移りしちゃう。

たぶん今の私は、目がキラキラしてた。完全におのぼりさんモード。


「ねぇ陽太くん―――って、あれ?」


ふと後ろを振り返ると、さっきまでそばにいたはずの陽太くんの姿が見えなくなってた。

あれ……どこ行ったんだろう。


……エッ、帰ったとかないよね!?

た、楽しそうにはしてたよね!?

私、なにか変なこと……言ったかな。


って、いやいや、考えすぎだって……落ち着け、私。


ちょっと焦りつつ、店内をぐるっと回る。

小さな店だけど、人が多くて見えにくい、が。


……あっ、いた。


ようやく見つけた陽太くんは、小物コーナーの近くで、ひとりぽつんと立っていた。

なんだか……少しだけ、想い耽るような横顔で。


あれは、何を見て……?


そして、その視線の先をたどると――ガラスケースに並べられたいくつかのアクセサリー類が、並んでいた。

……どうしたんだろう……欲しいのかな?

って、あ、これ……。


そして私もガラスケースの隅に並んでいたキーホルダーが目に入った。

小さなイルカのキーホルダー。青と白。

同じ形をしているのに、色だけが違う――お揃いだけど、控えめで、主張しすぎなくて。


そして。

気が付いたら、思わず手を伸ばしてた。

自分でも驚くくらい、すっ、と。


……私から、何かをあげたいって思うの、いつぶりだろうか。

小学校?中学?


友達なら沢山いたけど、異性は初めて。

ぬいぐるみをもらったとき、私はすごくすごく嬉しかった。

だから、ちゃんと私も感謝を伝えたいな。


レジに並びながら、ふと考える。

……喜んでくれるかな。変じゃないかな。

「お揃い」なんて、重いって思われないかな。


でも、それでもいい。

たとえちょっと恥ずかしくても、これは私の気持ちだから。


小さな紙袋を受け取って、深呼吸をひとつ。

そして私は、そっと彼のいる場所へと歩き出した。


「……陽太くん!」

「ん? あっ、藍原さん。ごめん、勝手にどっか行っちゃって」

「ううん、大丈夫。……あとね、えっと……はい、これ!」

「—―えっ?」


そう言いながら、私は両手にぎゅっと力を込めた。


――今なら、言える。

そう思って、紙袋を差し出す。


「さっきのぬいぐるみ……すっごく嬉しかったから……。むしろ私が水族館に行きたいって行ってついてきてくれたから、私もお礼がしたくて……! 嫌だったらごめんなんだけど……」


驚いた顔。ちょっとだけ戸惑ってる……かな?

紙袋の中を覗いた彼の目が、わずかに見開かれたのがわかった。

少しだけ早口になっちゃうのも止められなかった。

でも、気持ちだけは、まっすぐに。


私は自分の手に残ったもう一つのキーホルダー――白いイルカ――を、そっと見せた。

同じ形。色違い。青と白。

どちらも静かに揺れている。


「……お、お揃い?」


青と白。

二つのイルカのキーホルダー。

優しい陽太くんはこれを分かってくれた……でも――。


「そ、そう……嫌、だったかな……?」


思わずそう続けてしまう。

だって、重いって思われたらどうしよう、とか。

ただの自己満足って思われたら、とか。


そういう不安がどうしても消えてくれなかったから。


けれど、そんな私の心配なんて、吹き飛ばすように――。


「いや、めっちゃ嬉しいです!!! 僕も大切にするよ!!」


その笑顔が、私の不安を全部を包み込んでくれた気がした。


胸の奥が、ぽっと温かくなる。


あぁ、よかった。

ちゃんと、渡してよかった!

青と白の、私たちの。私たちだけのイルカ。


私は、今日という日を、絶対に忘れることはないだろう。

今はただ、それだけで十分、よね。


「じゃあ、そろそろ行こっか」


私の言葉に、陽太くんは小さく頷いた。

その頷きですら愛おしく思ってしまうあたり、本当に私はどうしようもないよ。


―――水族館を出ると、オレンジと藍色がにじむ空に微かに星が混ざりはじめていた。


並んで歩く帰り道。

けれど私たちはそう多くは話をしなかった。


……初めて一緒に帰った時と、全く同じ顔。

だけど、私にとっては全然違って見える。


ねえ、陽太くん。

今日が私にとってとっっても楽しかったってこと、ちゃんと伝わってるかな?


私は、君といるだけで世界で一番幸せなんだよ?


でも、私は卑怯で、狡くて、醜い人間だから、それじゃ満足しないの。


……陽太くん。

早く、私を選んでね―――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ