第十五話 美少女と二人きりで水族館って、それってもはやデートじゃありません??
夏季休暇。
それはまるで、荒んだこの世界におけるオアシスのような存在。
そして、それが大学の夏季休暇とくれば、それはまるで、荒んだこの世界における海のような存在!
なぜって?
簡単な話、大学生の夏季休暇には、高校の夏休みと違って、なんと!!!
課 題 が な い !!!!!!!!
これだけ言えばもうわかるだろう?
これが、とんだフィーバータイムってことがな!!
そして、夏季休暇の時期は、おおよそ一カ月半。
おいおい、こんな幸せ、あっていいのかい???
……とはいっても、だ。
そもそも友達がいない僕にはやることも特にないし、行こうとしてる祭り自体までもあと半月ぐらいある。
だからまぁ、こんな恵まれた世界だというのに、僕は前と変わらずゲームをする。
……藍原さんと遊ばないのか、だって?
まぁ、僕にそんな誘える勇気があるのなら、とっくに僕は彼女と付き合えてる。
……バイトに行かないのか、だって?
……それはそう。
でも、初日からバイトって……なんか悲しくない?
いや、尊厳自体は元々こんな生活してるからないけど、なんか、それでも、ねぇ……?
……笹草さんを誘わないのか、だって?
僕はつい最近知ったのだが、彼女はどうやら高校生らしく、まだ夏休みまでは日があるそうだ。
……というか、高校生なのマズくない?? え、一歳しか離れてないけど、大学生と高校生って言葉にするとなんかよくない気がしてくるよね????
――と、まぁこんな感じで、僕はいつも通り、空虚な夏休みを過ごす―――。
ピコンッ。
―――はずだった。
ん? 連絡の通知……? 誰からだ……?
―――思えば、この連絡の通知からすべてが始まったと言えるだろう。
―――――――――――――――――――――――
―藍原 唯さん
陽太くん、明日って暇だったりする? - 13:26
もし暇だったら、行きたいところがあるんだけど…… - 13:27
―――――――――――――――――――――――
おっ!? 藍原さんから!?
うっそ、てっきり藍原さんはこの夏季休暇中、燕尾さんとずっとどこかに行くと思ってたけど、こりゃまだ僕にもワンチャンあるのか!!!?
――当然、この時の僕はそんなことが起こるとは考えてもみなかった。
いったいどこに行くんだろう……!
うわ~~~デートなのかな!? これはもう! デートなのかな!?
――まさか……。
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―藍原 唯さん
既読 13:28 - 全然あいてますよ! どこに行くんですか?
実は水族館に行きたいと思ってて! - 13:28
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―――藍原さんと水族館デートに行けるだなんて!!!!!!!!!!!!!
◆
照りつける太陽がその効力を増し、その眩しさに思わずくしゃみが出そうになる時分。
真夏の洗礼ともいうべき灼熱の風を受けながら、僕は携帯の画面の反射を利用して入念な確認を行う。
服装、良し。
髪型、良し。
準備、良し。
ウム、三種の神器はここに揃った。
今日は、夏季休暇二日目。
普段ならば家でゲームをしているところだが、今日の僕は、一味違う。
オット、服装や髪型が違うわけじゃないぜ?
今日の僕は、そう、一人じゃあない。
男友達? ノンノン。
今日、僕と約束をしているのは――。
「お待たせ! 待った?」
「いっ、いやっ、全然―――!」
大学の女神 (僕調べ)!!藍原 唯さん!!!!!!
……の、はず、だよな?
「えっ、あの……だ、誰、ですか??」
約束をしている藍原さんを待つ僕に声をかけてきたのは、藍原さんではなく。
僕の目の前には、全く身に覚えのない女性が一人。
顔は確かに美人かもだけど、耳にたくさんピアスをしている金髪の女性は、まるでギャル……って、これ、ナンパじゃない?????
「あっ、ごめんごめん、初対面だよね? お兄さん今暇? よかったらうちとカラオケ行かない?」
なんてことだろうか。
僕はこの世界について思い違いをしていたらしい。
いくら僕がいた世界と貞操観念が逆転した世界とはいえ、ナンパなんてのはそうそう起きるものではないと思っていた。
まぁ、僕の陰キャオーラもあるだろうし、余計にね?
でも、それは僕が当時は冴えない男だったから気が付かなかっただけで、実際は祭りや海といったイベントがなくてもナンパはされるものだったんだ!!!!
……元の世界の女性って大変なんだな……。
―――が、しかし……ッ!
「あ、えっと、ま、待ち合わせをしてて……だから……」
非常~~~~~に残念なことに、今日は藍原さんという超絶美少女との約束があるッ!
……これが燕尾先輩との約束だったら全然キャンセルして行くんだけど……くぅ~~~~!
藍原さんと比べてしまうと……うん! 今日はごめんなさいです!!!
「え~? じゃあその約束の人が来るまで話そうよ! いいでしょ? ほら、とりあえず連絡先交換しよ~」
……フム?
連絡先かぁ……う~~~ん、でもギャルっぽいしなぁ~~~~~。
―――まぁでも女の子に変わりないもんね!
「ま、まぁそれなら―――」
――と、僕が携帯をポケットから取り出そうとしたとき、僕の腕が誰かに掴まれた。
僕の腕を掴むその手は小さく、そしてこの真夏でも冷たく、驚きとは別に肩が震えた。
「わっ!? えっ!? 藍原さん!?」
「あの……すみません、今から私たち予定があるので、し、失礼します!」
僕の腕をつかんで急に登場した藍原さんはそう言うや、僕の腕を引っ張ったまま少し歩きだした。
……おっとと、意外と力が強くて引っ張られてしまうな?
というか手ちっさ! 顔かわよ!!! 服も可愛いな!?
って、いつまで腕を握ってくれるんだこれ?
できれば手を握ってほしかったというのは贅沢な悩みなんだろうか……おっ、立ち止まった。
「あ、ありがとう藍原さ――」
「……よ、陽太くんは危機感がなさすぎです……もうわ、わ、私から離れないでね!?」
―――オッ。眩しっ。
え、なにこれ、夢、か? 違うか。
なにそのお願い、可愛すぎて天国まで行って離れてしまうところだったヨ???
ていうか、その顔、その顔の角度、腕の握り具合、口調……うん! 僕の心にドン、ピシャリ!
こりゃダヴィンチでも描けない美少女ですわ。
しかも振り向いた瞬間にめちゃくちゃいい匂いしたんだけどそれなに?
それがフェロモンだってんならもうこの世界の女王バチになってるレベルだわ。
離れないでね、だって? そんなん言われたら一生側にいるけど大丈夫そ?????
……あっ、そういえば。
「初めて会った日もこんな感じだったよね?」
「えっ? あ~、確かに! ……あの時から今、こうなるとは思わなかった、よね~~?」
それは確かに。
思えばあの時から僕の世界は変わったんだよな~。
まさかあそこからこんな美少女と二人きりでお出かけなんて……。
二人きり……。
そういえば、今二人きりか……。
あれ? なんか今になって恥ずかしくなってきたぞ?????
心なしか藍原さんも緊張しているような……。
エッ。これ、合法なんですか???
ちょっと待ってよ、こんなの心臓がいくつあっても足りないよ???
はぁ、はぁ、ど、どうしよう……無言が続いちゃって気まずい……!
な、何か喋らないと!!
「「あのさ!」」
う、ウワァアアアアアアア。
こんな漫画みたいに重なることあんの!?
うわ、まじか!? 余計に話しにくくなっちまった!!!
グ、グェ……。
あ~~~~完全に気まずい……。
仕方ないが、ここはせめてもの男の覚悟……!
「そっ、じゃあ、あのっ……行きま……せんか?」
「うっ、うん……い、行こっか……!」
―――えっ、これでデートじゃない、マ?????
◆
水族館。
それは、家族からカップル、そして一人でも楽しむことができる娯楽施設。
普段目にすることがない魚という非日常を垣間見ることができるこの施設が、僕は好きだ。
雰囲気を感じるために冷やされた空間、穏やかなBGM、そして自由気ままに泳ぐ海の生き物たち。
そのすべてが心地いい理由は、きっと、水族館という空間には僕の苦手な騒がしい人たちがいないというのが正直大きい。
無論、例外がいることにはいるのだが、それでも数は少なく、皆が海の生き物の世界に入り込むために、静かに会話を行っているのは水族館という空間の民度を表しているだろう。
……しかしまぁ、時に、静かにしなければいけない、という制約は首を絞めることもある。
それは、例えば―――。
「ねぇっ、これ見て? 可愛くない??」
「あっ、うん、か、可愛い、と思う……」
みんなは、ASMRというものを知っているだろうか?
環境音や租借音、効果音などを聞いて、聴覚で心地よさを感じるというものなのだが、僕は正直これが苦手だった。
ただ、今日、一人の声を除いて。
「陽太くん、この魚知ってる?」
「……っ。えっと、映画とかで見た気がする……」
「陽太くんも知ってるんだ! 意外~!」
耳元で小声で話しかけてくる藍原さん。
当然僕の耳に息はかかるのもあってかなりぞわぞわするのだが、不思議と心地よく、しかし話しかけられるたびに心臓が跳ねてしまう。
困ったことに、藍原さんは特に気にしている様子がないから何回も同じことをしてくるから、どうしたって僕は水族館に集中することができないでいた。
いや普通に集中するの無理じゃない?
ただでさえ二人きりだってのに緊張してるのに、耳打ちまでされてみてくれよ。
なんかこう……なんかこうッ!!!!
はぁ~~~、折角の水族館だってのに全然魚に集中できないな……。
何か気を紛らわせそうなものは……あっ、これ……。
「藍原さん、もうそろそろ一回目のイルカショーがあるみたいなんですけど……行きませんか?」
イルカショーならいったんこの空気をリセットすることができる気がする!
それに、イルカショーなんて見たことないから少し気になるんだよな!
「えっ、行きたい! ……あ、けど、これ別のチケットがいるみたいだけど……陽太くん持ってる?」
……えっ、マジ???
なになに……? ショーをご覧になるには、別途観覧券がいります……いや、マジじゃん。
え、今時そんな感じなの? 誰でもはいれるわけじゃないんだ……。
イルカさんも、もはやイルカ様ってこと? くぁ~~~マジか……見たかったな……。
っていうか藍原さんに言った手前入れないってちょっとしんど……。
印象最悪じゃん……オワッタ……。
「あ、あのね、陽太くん……じ、実は……」
ん? どうしたんだい藍原さん。
こんな僕と水族館を巡るのが恥ずかしくなったとかですか??
それともこんな何もできない男とは一緒にいられないとかですか??
「私も見たいと思ってて……チケットとってたんだけど……行く……?」
……マジ????
やっぱり女神様ですか??
「えっ、行きたい!!! ありがとう、藍原さん!!!」
――こんなことしてくれるって……え、好きだが―――???
◆
藍原さんのお陰で見れることになったイルカショーの会場についた僕らは、二人揃って声を漏らした。
「おお~~~~!!!! きれい!!」
「すご~~!!! もうイルカ泳いでるじゃん!!」
すでに満場とまで言えるほどに埋まった席の中で、大きな水槽からかなり離れた位置に空いているところを見つけて並んで腰を下ろした。
目の前には、どこまでも澄んだプールと、そこに顔を出すイルカたちが、飼育員の方の指示に従って華麗な動きを披露していた。
「うわ~~!! すっご! こういうの初めてだからめっちゃ楽しいよ! ありがとう! 藍原さん!」
僕は陰キャゆえに来ることがなかったこういうショーに感動し、藍原さんに感謝を伝えた。
いつか来たいとは思ってたけど、こうして見れるなんて!
めちゃくちゃうれしい!!!!
――と、僕が感動に目を見張っていると、飼育員からのアナウンスが流れた。
『最前の方は水を被る可能性がありますので~! 注意してくださいね~! 今は夏なので! たっくさんかけちゃうぞ~!』
そして。
その飼育員さんのアナウンス後、イルカたちの華麗なパフォーマンスとともに大きな水しぶきが前列に座る人たちへと襲い掛かり、歓声や悲鳴が会場に響いた。
「わぁ~! あの席って本当に水かかるんだね~」
「生で見るとあんなにかかるもんなんだね!! ひぇ~! 帰るの大変じゃないのかな!?」
スタッフのお姉さんが、「水に濡れることがあります!」ってアナウンスしているのにも関わらず、最前列の人たちはわざとらしくレインコートも着ずにスタンバって、笑顔で談笑している。
……なるほど、あれは、多分水族館を見に来たというより、水をかぶりに来てるな。
と、そこへ――。
ばしゃああああああっ!!!!
イルカが豪快なジャンプとともに、尾びれで水面を叩き、今までのもので一番派手な水しぶきが、前列の人たちを容赦なく襲い、観客たちが「うわぁあ!」と叫び声を上げて大笑いしている。
―――その時、おもしろそうだなと思う反面で、僕はふと、想像してしまった。
……もし、藍原さんとあの席に座ってたら――?
……藍原さんの濡れた髪が肌に張り付いて、普段とは違うしっとりとした雰囲気になって……あの服が……透け……透け……って、いやいやいやいや!! ダメだって!? 何想像してんだ僕は!?
イルカのショーのチケットを取ってくれた恩人になんて想像を……。
でも、なんかこう……水を浴びてはしゃいでる藍原さんを見てみたい気もする。
意外とテンション上がって、笑顔で「きゃー!冷たいっ」って言いながら、僕に「濡れちゃったね……」とか……へへ、んへへ……。
――おっと? これはいかんな。
いかんいかんいかん!!! どうしても想像してしまうな??
っていうか絶対顔がにやけてる!!!
こんなの見られたら―――。
「陽太くん、楽しそうだね?」
「へっ!? あっ、いやっ、そんなことないですっ!!」
やっべぇ~~~~! 見られてないよな!?
絶対今、不審者の笑い方してたぞ!?
いや、でもさっきの想像はさすがに、ねぇ? ん……へへ……。
まったく……イルカ……君は罪深い生き物だよ⸻。
◆
「楽しかったね!」
「あれはすごかった!!! 藍原さん、本当にありがとう!」
「うん! 楽しめたなら私も嬉しいよ!」
僕らはイルカショーを楽しんだあと、しばらく水族館を鑑賞していると、もうそろそろ出口というようなところで、なにやら人だかりができているのが見えた。
「あれ……なにしてるのかな?」
「え? あ~、一番くじ? だって。水族館限定って書いてあるよ」
へ~、こんなのもやってるのか。
商品は……イルカにクラゲ、それにペンギンのぬいぐるみかぁ。
えっ、最低でもカワウソのぬいぐるみ貰えるの!? すっげぇ~……。
てか一回千三百円!? なるほど……悪くはない。
しかし……。
僕は、その中でや特に在感を放っている、A賞のイルカのぬいぐるみに目を奪われた。
一般的なサイズよりちょっと大めで、手で抱えるとちょうどいいくらい。
……正直、ちょっと欲しい。
けどこういうのってやっていいのかな……?
もし当たっちゃったらずっと抱えることになるよな……?
うーん……うーん……。
「陽太くん、やってみる?」
「え? あ、うん……まぁ、記念に一回くらいなら……」
お、藍原さんがそういうのならやってみようかな……?
そう思いながら僕は財布の中身と相談しながら、一枚、くじを引いた。
千三百円……ぬわ~~~~当たってくれ~~~せめてC賞のクラゲくらいは……!
―――片目を閉じながらもペリッ、とカードをめくったその瞬間。
「おっ!? えっ、これ、A賞ですよ!! おめでとうございます!」
「……えっ?」
スタッフの喜んだ声と、響く鐘の音に、周囲から惜しみない拍手が送られ……えっ、なにこれはっず。
やめてくれる????
いや、ていうか、え? マジでA賞じゃん。すごくね????
「すごっ……本当にA賞!? すごすぎじゃない??」
おぉ、藍原さんまで、まったく同じ感想……。
と、鐘を鳴らすこと数秒。
スタッフの人が、A賞の大きなイルカのぬいぐるみをそのまま手渡してくれる。
「この子のこと大事に育ててあげてくださいね~!」
「あっ、すっ……」
あっ、袋はないんすね……。
受け取った瞬間、そのもちもちした触感とずっしりした重みに、ちょっとだけ顔がにやける。
だけど、僕が欲しかった理由は、これじゃない。
少しくじ売り場から離れた人影のないところで、僕は、藍原さんにぬいぐるみを手渡す。
「……あの、藍原さん。よかったら、これ……」
「えっ!? なんで!? 陽太くんが当てたのに!?」
「あっ、えっと、いらなかったら大丈夫……なんだけど……今日、誘ってくれたお礼と、さっきのイルカショーのお礼がしたくて……思いのほか大きくなっちゃったけど……」
ちょっとだけ勇気を出して、言ってみた。
藍原さんはぎゅっとイルカのぬいぐるみを抱きしめる。
「……え~……ありがとう。これ……大事にするね!」
その笑顔を見た瞬間、なんかもう、水族館でイルカより可愛い生き物を見つけてしまった気がした。
◆
先のやり取りの余韻を引きずりながら、僕たちは水族館の出口近くにあるお土産屋さんへと足を運んだ。
すでに時間が結構経っていたのか、ガラス越しに差し込む夕方の光が店内の商品たちをやさしく照らしている。
ぬいぐるみ、文房具、アロマキャンドル、海をモチーフにしたお菓子……どれも可愛らしくて、観光地らしい賑わいに満ちていた。
「わぁ~、すごいね。なんか全部欲しくなっちゃうかも」
と、藍原さんは目を輝かせながら小物を見て回っている。
その姿を見つつ、僕は手に取ったイルカ型のマグネットをなんとなく眺めた。
う~~~ん……お土産屋に来たはいいものの、僕は別にわざわざ実家の家族に特別なお土産を買う感じでもないし、友達なんていないし……強いて言えば、さっき藍原さんにぬいぐるみを渡したからなぁ……。
……買うものが、ないな。
まっ、お金を使うことがないことはいいことだな。
そうして手にしていたマグネットを棚に戻し、僕は店の端に寄って、ひとりぼーっと立った。
遅い時間だというのに店の中は人が多くて藍原さんの姿が見えない。
彼女を待ちながら、ガラスケースに並べられたアクセサリー類を眺めていたその時。
「……陽太くん!」
「ん? あっ、藍原さん。ごめん、勝手にどっか行っちゃって」
「ううん、大丈夫。……あとね、えっと……はい、これ!」
「—―えっ?」
買い物を終えた藍原さんが差し出したのは、小さな紙袋。
中を覗いてみると、その中には青いイルカのキーホルダーが一つ入っていた。
「さっきのぬいぐるみ……すっごく嬉しかったから……。むしろ私が水族館に行きたいって行ってついてきてくれたから、私もお礼がしたくて……! 嫌だったらごめんなんだけど……」
そういって藍原さんは自分の手に握られた、白いイルカのキーホルダーを揺らしていた。
……これって……?
「……お、お揃い?」
青と白。
二つのイルカのキーホルダー。
それは全く同じ形で、どうしたってお揃いのものだと理解するのに時間はかからなかった。
「そ、そう……嫌、だったかな……?」
そういう藍原さんはとても不安そうで。
……正直、僕はどうしてそんな顔をしているのだろうと思う。
だって、僕が藍原さんとお揃いのものを買うのに、嫌な理由がどこにあるんだろうか?
「いや、めっちゃ嬉しいです!!! 僕も大切にするよ!!」
おっと。
声がちょっと大きくなってしまったかもしれない。なんか周囲に見られたような気もする。
……でも、今は特に気にならない。
それくらい、心の中がぱっと明るくなったのが、自分でもわかったから。
”お揃いの”キーホルダー"。
どう考えたって、そういうことだろう。
逆の立場だとして、好きでもない異性とお揃いのものを買うだろうか?
いや、買わな……あれ……いや、買う……かも……?
え、あれ? 僕が普通に友達いないからあんまわかんないけど、そういえば別に仲良い友達でもお揃いにすることは……うん、あるな??
なんか高校とかの部活動とかで仲いい人とかでお揃いにしてる人とか見たなそういえば。
あれ、まって、これ僕は勘違いしてるんんじゃないだろうか?
お揃い=好き って思ってたけど、これって童貞だからそう思っちゃうだけなのか!?
うおーーーわからん!!!!
わからん……から……うん。とりあえず。
今は何も考えないようにしよう―――。
そして、ここで終わっていれば、僕の夏季休暇は最高のスタートを切ったと言えただろう。
だが、これは序章に過ぎなかった。
……そう、僕に届いたメッセージは、一つだけではなかったのだ――――。
―――――――――――――――――――――――
―燕尾先輩
すまない! 頼み事があるのだが…… - 18:46
明日、僕の買い物に付き合ってくれないだろうか? - 18:46
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