第十四話+ 炎天蒼淵を巡る天命 ~君と見る、幻想境界の海の月~ 後編
館内を巡るうちに、陽太がふと足を止めた。
「あ、もうすぐでショー始まるらしいけど……行こうか?」
「ショー……?」
疑問に思い顔を上げると、視線の先にあるチラシにイルカショーの文字。
なぜこんなにもタイミングよくここに、とはもう言わない。
彼が、私のためにいろいろと調べてきてくれたのなら、私はそれを純粋に楽しむだけだから。
「ほぉ、海の巫女たちによる儀式……ぜひ見ておきたいわね」
「それはよかった。……実は、ここにチケットがあって―――」
……え……!
まさか……!?
最初から行くつもりだったのに聞いてくれたってこと!?
もし私が拒否ってたらそれはどこにどうするつもりで!?
およよよん~~~~好きだよ~~~~~~~ん。
◆
―――そして、我々は辿り着いた。
煌めく光が乱舞し、水しぶきが宙を裂く――哨海の聖戦場。
そこはもはや、ただのプールではなかった。
湾曲したアクリルに囲まれた水の遊宴場。
澄んだ水面は鏡のように空を映し、奥に鎮座する光の祭壇には、海の巫女が、祭典の準備を進めている。
開かれた天井から差し込む光が、乱反射してきらめく空間は、まるで。
「~~神域ね……っ!!」
「おおっ、かっけぇ、いいね、神域……っと、そろそろ始まるみたいだよ」
陽太の言葉通り、耳を劈くほどの開戦の音が鳴り響く。
その音と同時に空気が震え、水面がざわめく。
軽快な音楽と、巫女の言葉に期待値が高まった次の瞬間――。
「うわぁあっ! すごい……っ」
契約された蒼の流星――いえ、綺麗なイルカたちが宙を舞った。
すごい! 初めて見た……!
こんな、すごい……!
そして、そんな私の思考を置いていくようにイルカたちは再び、水の結界から放たれた弾丸のごとく宙を舞い、完璧な曲線を描いて着水する。
その軌道は、まるで神に導かれた星の煌き。
「すごい……! 綺麗……! ねぇ陽太! すごいわ!!?」
「ほんとだね、う~ん、イルカ……イルカ……あっ、あのイルカの名前、契約された蒼の流星……ってどう?」
―――!?
え、それって、私がさっき思ったのと同じ……。
「わ、私も同じこと思ってたの! すっごくいいと思う!!!!」
そんなのって、もう運命としか―――。
そう思った瞬間だった
バッッッシャァァァン!!という激しい波を打つ音に視線を遊宴場に戻すと、そこには、流星の一撃……否。
イルカの必殺技、超高圧水跳躍波動が、一直線にこちらを襲って―――。
「っっっぎゃああああああ!!?」
「うわあああぁあああ!?」
水柱が私たちの全身を飲み込み、頭の先からつま先までずぶ濡れになる。
当然、合羽も何も準備をしてきていない私たちが全面的に悪いので何も言えないが―――。
ふと、私と同じぐらい濡れたであろう、隣に座る陽太を見る。
そこには、しっとり濡れた髪をかき上げる陽太の姿。
衣服が肌に貼りつき、無防備にあらわになるライン。
光に濡れた瞳がこちらを見る、その刹那。
えっ……え、えっ……なにそれ……えっ、わっ、これ、脳が処理できない……。
「――ッぶはぁああ!!」
私の鼻から、盛大に何かが吹き出した。
目の前が赤く染まっていき、意識が、朦朧とし始める。
「えええええ!? 笹草さん、それっ、鼻血!? だ、大丈夫!? 待って。いま人をっ!」
そんな優しい陽太の声が徐々に、遠ざかっていく。
……ああ、だめ……ようた……そんな官能的な姿で上から覆いかぶさられたら……ああっ!
……そして私は、陽太の胸元で安らかに意識を失った。
⸻たった一つだけ。
たった一言だけ言葉をイルカに伝えることができるのなら、私はこう伝えるだろう。
―――ありがとう、ってね。
「さっ、笹草さ~~~~~~んっ!?」
◆
⸻。
――ぼんやりとした光が、瞼の裏から差し込んできた。
「……んんっ……ここは……異界、終焉の間……?」
うっすらと目を開けると、そこは水族館の休憩スペースらしきところだった。
天井を見上げていることから、恐らく陽太が横にさせてくれたのだろう。
……頭に柔らかい感触……ソファ、かな……?
と、起き上がろうとしたとき。
視界に、紙ナプキンを大量に抱え、心配そうにこちらを覗き込む彼―――陽太がいた。
「……あ、気がついた? もう大丈夫……? 鼻血は止まってるけど……いや、出血多量で死ぬかと……」
すぐ近くに彼がいたことに対する安堵とともに、はたと気が付く。
いや、この頭の感触って……。
「……え!? あっ、ご、ごめんなさい……えっ、私……?」
「うわ! いきなり立ち上がったら貧血になっちゃうよ……!? 大丈夫……?」
待って!?
私今、膝枕されてた!?
そんな、え、そんな!?
……ん? ていうか私は何を……。
と、記憶が、波のように押し寄せる。
イルカ、跳ねる、陽太、濡れる、透ける、見える、色気、理性、崩壊、鼻血、気絶――。
えっ!! なに!? 私!? 何してるのかしら!?
もしかして、 この世界で最も見苦しい倒れ方した女になってない!?
「あっ、あの……め、迷惑……かけてごめんなさい……折角のショーだったのに……」
うわー!
うわー、最悪だ……。
よりにもよってこんな時に……!
なんだよ、濡れてる姿見て気絶って……!
こんなの男性経験がないのバレバレじゃん!!!
こんなの絶対嫌われた……!
「いや、ショーは別に大丈夫だよ。……にしても、死ぬかと思ったから生きててよかったよ……」
思わず顔を覆う私を、陽太は今でも心配そうに見守っている。
ああもう……! どうしてこんなに優しいのかしら……!?
優しくされると、余計に恥ずかしいわ……。
って、そうだ!
「じ、時間は!? 大丈夫なのかしら!?」
私はどれぐらい気絶していたのだろう!?
イルカショーが昼過ぎだから……。えっと……。
「……あ~、実はもうすぐ閉館時間らしいんだよね。だから、目が覚めてよかったよ」
そん……な……?
閉館時間って夜の七時だったわよね……?
ってことはほぼ半日……。
あぁ、もう一生目が覚めなければよかった……って、いやいや、死んだら一生陽太と会えないのは嫌よ……。
はぁ……でも、これでもう帰らないとなのね……。
せめて最後に何か一緒の思い出を作りたかった……。
けれど、こんなに迷惑をかけた私が今更何を……。
「あっ、そうだ。体調大丈夫そうならさ、最後にお土産屋さんに行く?」
オミヤゲヤ……お土産屋!?
「う、うん……っ! 行くわっ!」
――かなりの時間が経ったからか、濡れた服もだいぶ乾き、足取りも軽くなっていた。
身体はまだほんのり熱いけど、それは鼻血のせいではないことは、私の鼓動が証明していた―――。
◆
幻想の城塞。水族館の旅路もいよいよ終章を迎える。
けれど――この異界から戻るためには、最後に記憶の具現を持ち帰る必要がある。
そう――お土産。
陽太とともに訪れたお土産ショップで、私は迷わずキーホルダーコーナーへと歩みを進めていた。
そこには、並ぶ並ぶ、モンスター級の可愛らしさを秘めたマスコットたち。
その中でも――私は一つの魔具に心を奪われた。
青いイルカのキーホルダー。
今日見たイルカのショー。
あの光と水と命の共鳴を、そのまま封じ込めたような輝き。
正直、最後の記憶は最低だったけれど、私と陽太の思い出の瞬間。
だから私は――勇気を振り絞る。
「……ねぇ、陽太。これ、もしよかったら……一緒に。お揃いで……とか……どう、かな……って思うのだけれど……」
あぁ〜〜〜もうダメ。
心臓が高速回転しているような気がする。
全身が熱い。喉が渇く。
理性が息をしていない。
そして、私のそんな気持ちを知らない陽太は、ほんの一瞬視線を落として柔らかく微笑み――。
「……うん、それもいいけど」
そう言って、別のキーホルダーを手に取った。
「こっちが笹草さんに似合うと思うんだよね……お揃いなら、こっちのがいいかなって……」
差し出されたのは、クラゲのキーホルダー。
キーホルダーを揺らすたびに、クラゲがふわりふわりと幻想的な姿を揺らしている。
「あっ、いや、あの、嫌だったら、全然イルカでもいい、けど……」
陽太はそう言っているが、私の答えは、もう決まっていた。
どう考えたって、好きな人が選んでくれたもののほうが思い出になるに決まってる。
「ううん! 私、クラゲも好きなの! 気に入ったからこれにするわ!」
「よかった~、じゃあクラゲにしようか」
そう言うと、彼は私の分と、自分の分を迷いなく手に取った。
私がそれを止める間もなく、彼はそれを手早く購入する。
……陽太は、ずるい。
いつも私だけがこうしてドキドキして、色々と醜態をさらしてしまう。
でも、それすらも彼は受け入れてくれて、こんなの好きにならないほうがどうかしてる。
――二人に内緒で告白してしまおうか。
ふと、そんなことが頭に過る。
……けど、そうはしない。
今日のことで改めて、陽太が優しいことを私は理解したから。
だから、私と同じように、こんな優しい陽太が好きな二人の思いを無下にすることは、きっとこんな優しい陽太の隣にいる資格はないと思う。
「……お待たせ、はいこれ……あっ、やば!! ごめん……あんまりクラゲらしくないけど、笹草さんだから緑色のクラゲにしちゃった……嫌だったら今から交換――」
「ううん! これがいいのよ!! ありがとう、陽太!」
だから、陽太。
私を早く、選んでね―――。
◆
私の足が再び踏みしめる自室の床は、以前とは違う意味を持っていた。
そう――。
私は今日。特別な一日を乗り越えた存在なのだ。
「……ふふ……ふふふふふ……っ!!」
自室の扉を閉めた瞬間、抑えきれない感情が溢れ出す。
笑いが、声が、勝手に漏れる。
いや違う、これは歓喜の詠唱。魂の絶唱。
「……陽太……っ、ああ~~~~~もうっほんとになんなのかしら……!」
悶えながら、お土産屋でもらった袋をそっと、取り出す。
淡い緑色のクラゲのキーホルダー。
自室の電気の光の下で揺らめくその姿は、まるで本物の海月のごとき妖艶さを持っていた。
私はそれを強く抱きしめた後、迷うことなく、部屋の中でも最も神聖なる空間――棚の上の特等席。
《記憶の聖域》へ置いた。
好きなアニメのフィギュア、限定グッズ、そして過去の思い出アイテムが整然と並ぶ中。
「ここね……ここしかないわ。今日という日の象徴、“選ばれし封印具”の玉座……!」
そのアイテムの最も目立つ中央!
ここは、光が当たる位置、背景の色彩、空気の流れ。そのすべてが完璧!
「ふ……ふふ……っ!」
あぁ、ダメだ。
嬉しすぎて、頭がふわふわしてくる。
あのときの陽太の言葉が、何度も脳内で再生される。
『こっちが笹草さんに似合うと思うんだよね……お揃いなら、こっちのがいいかなって……』
きゃ~~~~~~~っ!!!
ダメ!! 思い出すだけで昇天しそうだわ……っ!
これが……これが……っ、尊死というやつなのね……!
私はそのままベッドにダイブし、布団をくるくると体に巻き付けて揺れる。
「わぁ……私、もしかして今浮いてるのでは……? 重力を感じない……えっ、今この部屋、深海? 私、クラゲになっちゃったかしら?」
……それにしても、聞きそびれちゃったけれど、どうして陽太は私にクラゲが似合うって思ったのかしら……。
クラゲ……っていうと……今日陽太が話してくれたクラゲの話……?
えっと、確か……。
『逆さまに浮いてるように見えるけど、実は地面にいるのが普通なんだよね。光合成によるエネルギーで活動するための褐虫藻を体内に持ってるから、光を浴びるためにこうしてるんだって!』
……いやいや、こっちじゃなくて。
もう一つ……。
『発光してるように見えるけど、実は光ってるのは照明のせいなんだって。体が透き通ってるから、光が中で反射して綺麗に見えるらしいよ』
……これって、私が透き通ってて綺麗……ってことよね……?
光を反射して……って。
これ、もしかして、光って……陽太のことだったり!?
とすれば……私は陽太のそばにいれば……ずっと、綺麗でいられる、ということ……!?
……って、何言ってるの私ぃぃぃ!?!?!?!?
きゃぁああああ!!!
ひとりで転がって、枕を抱いて、天井を見つめて、クラゲの真似して手足をひらひらさせる。
ひとしきり動いたあと、ピタリと止まり、目だけ動かして棚のキーホルダーを見上げる。
……はぁ~~~、何度見ても幸せだわ……?
大事にしよう。絶対失くさない
何せ、これが、私にとって最初の本気なのだから。
「陽太……。次の封印具は、何になるのかしらね……ふふっ……」
――夜の静寂。
棚の上で、揺れる少女に合わせて淡い緑のクラゲが揺れている。
イルカのような躍動ではなく、ただ静かに、ゆらゆらと。
それはまるで。
彼女の幸せを優しく祝福しているかのようだった―――。
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