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第十四話 炎天蒼淵を巡る天命 ~君と見る、幻想境界の海の月~ 前編


七月――魔力を宿した月日が、中枢へと至ろうとする刻。

地表は灼熱の呪いに焼かれ、揺らめく空気が蜃気楼の幻像を描く。

まるで冥界のような燃え滾る地表に、我が足は確固たる意志をもって着地する。


今日は、俗世における高等学舎の夏期休暇。……まぁいわゆる高校の夏休み初日。

冬休みが大学術の審判への対策に費やされることを考えると、これが高校最後の祝祭。

そんなかけがえのない貴重な日に、私は、今日、初めて異性とお出かけをする。


ついに……

ついに私は……!

運命を共にする者――陽太との接触機会を確保したの!


年齢は一つ上の大学生。

一足先に夏休みに入った彼を、幾多の策略と交渉の末に提案した、水族館という異界への小遠征に引きずり込むことに成功したわ!

……二人きりで水族館って、これってもう私のことが好きってことよね?

二人には悪いけど、先手を打たせてもらうわよ!


っと、目的地は近隣に存在する人気の異空間、最近映えると話題の水族館……ってネットに書いてあった。

勿論、異性との接触としてはこれが初陣。

されど、完璧なるエスコート計画のもと、既に万端の態勢は整えているわ。

洋服もこの日のために新調したし、髪型も今日はツインテールを一括りにしたポニーテール。

これは私の決意を一つに束ねる封印術式。


事前準備は万全。

あとはただ、陽太の来訪を待つのみ―――!


……まぁ、ちょっとばかり高揚しすぎて三十分も早めに来ちゃったから、まだ来るはずはないけど。


はぁ……まさか私ともあろうものがたかが異性一人の相手に緊張する時がこようとは……。

いくら運命の人とはいえ、たかが水族館如き……。


「あれ、笹草さん? だよね? 早くない?」


……!?

この音色、この周波数……私の精神の奥深くに深く刻まれし声の主はっ……!


「~~~~っ!? な、なぜここに!? 未だ約定の鐘は鳴っておらぬはずでは……!」

「約定って……難しい言葉知ってるね……まぁ~、なんていうか、緊張しちゃってさ……はは……」


そう言って笑う運命の相手ーーー陽太を見て、私は自分の心の鼓動が激しく波打つのを感じた。

陽太の服装……かっこいいな……黒で統一されてるってことは、もしかして私が黒が好きだから黒で来てくれてたり!?


……など、まぁよく考えれば、思い上がりであり過剰な解釈ではあるが、それをしてしまうほどに、どうやら私の魂は今日という日を待ち望んでいたようだ。


あ~~、どうしよう。

会ったらまず話そうと決めていた言葉が全然出てこないわ!!


「あ、えっと、と、とりあえず、早いけど、い、行きましょうか!?」


で、でも大丈夫!!

完璧な計画が私にはあるもの―――!


「あっ、そういえば髪型……一瞬笹草さんじゃないかと思って……合っててよかったよ」


あひょっ。

き、気づいてくれた――!?

って、そりゃ気づくわよね!? これだけ違ければね!?


でも、でも~~~!

こんなにも嬉しく感じてしまうなんて――っ!!


こんな素晴らしい一日の始まり……うん。

私は今日、大人の階段を上るかもしれないわね―――。





待ち合わせをしていた灼熱の街を抜け、幾つかの曲がり角を経て。

私たちはついに、今日という運命の目的地――海の記憶庫へと辿り着いた。


「うわぁ、綺麗……あっ、いや、これが神話の構造美、なのね……!」

「いやそこは綺麗でもいいんじゃない……?」


人々はそれをただ水族館と呼ぶが、私にとっては違う。

この場所は、水という元素に囚われし幻想生物たちが眠る静謐なる異世界。


外観は、最近できただけあって、景色を反射させる鏡のようなガラスと白い建築材で構成された近代建築。

まるでどこかの神殿のような威厳すら感じられるここは、深海の巫女が封じられているかのような気配がするわね……。

っとと、こんな序盤で感動していては身が持たないわ!

早く中に入らないとっ!


「いざ……侵入するわよ、陽太」


えーっと、えっと、確か入場券が必要だったわね?

もちろんこれは事前に調査済みよ!

入場券売り場は―――。


「あ、一応入場券とっておいたから、行こうか」


え?

え~~~~~!? なんたるスマートさ……!?

私の行動を見透かすような、これはまるで未来視!?


いえっ、違うわ!


これはまさか、私のために調べてきてくれたってことかしら!?

そ、そんな、え~? いや、え~~~????

こ、これが、大人の余裕……ってやつなの~~!?


……はっ。

いえいえ、しっかりするのよ。

私は天使……狼狽えることはあれど、すぐに冷静さを取り戻す存在……主導権は一度は陽太に握らせてしまったけれど、ここからは私が女としてエスコートするのよ!


さぁ! いざ、入場ゲートへ!!!

確か入場ゲートはあっちの白耀の門を超えた先に――。


「あ、入場ゲートはこっちだよ」

「あっ……そ、そうなのね! あ、あれ? 事前情報と違……」

「あぁ~、なんか改装工事があったらしくて、ちょっと変わったらしいね」

「そ、そうだったのね……!? 情報感謝するわ!」


……あれ、もしかして、今日、まずいのではないかしら……?





入口の扉が静かに開かれる。


室内に足を踏み入れた途端。洗礼かのように冷気が肌を撫で、空気が一変する。

扉の内側はもう、海に沈んだ幻都。光と水と静寂の――異界。


深海のように暗い空間の天井と床から漏れ出る光が示す幾多の硝子の檻。

その硝子に光が乱反射して描かれる壁の波模様はまるで触ることのできない大海のヴェール。


私は初めて踏み入れたその空間に目を奪われながらも、ふと、ちらりと隣の陽太を見る。


……横顔……綺麗……。

暗い部屋だからか、より一層線が引き立つというか……。

それに、身長も高いし……。


……傍から見たら、デートに見えるのかしら―――。


「……? え、何か顔についてたりする……?」

「……あっ、えっ、いや! そういうわけじゃないわ! えーっと、その、そうだ、陽太ならこの空間をなんて表現するのかしら!?」


あっぶな~~~~い!

まさか見つめているのがバレるだなんて……!

機転の利いた私の脳内、グッジョブ!!!


……それにしても、やっぱり陽太は優しい。

私が適当に言った言葉ですら、しっかりと考えてくれる。


……クラスのみんなとは違って―――。


「ん~、これはそうだな……さながら、俗世と未知の境界線……蒼の回廊ってのは、どうかな……?」


……っ。

そう口にしながら私のほうを見る陽太に、思わず、胸が高鳴った。

優しい微笑みと、少しばかりの照れくささ。

……うん、本当に。


「いっ、いいと思う……! わ……私は……好き、かも……。さっ、さすが私の共感者ね!」


好きだなぁ~~~~。

どうしようもないほどに。


まったく、私の気持ちの少しも理解してくれても―――と、そう思って陽太の顔を見て、私は息を吞んだ。

陽太は私と目が合うと、少し目をそらしながら―――。


「えっ、うわ、なんか恥ずかしい、かも……あ、あんま見ないでね……」


え°?


なにそれ、待って?


照れてる????

ちょ、ちょっと可愛すぎじゃないかしら???????


隠してるけど顔が赤いような……。

え、これ契約を無視して告白してやろうかしら??????


こんなの反則も反則じゃない?

耐えられる女の子いるの? いるわけないよね?????


「っほら、魚見に行こ!」


あっもう魚とかいいです。もうそんなんじゃ感動しないです私―――。





足音が、柔らかな絨毯のような床に吸い込まれていく。

薄闇に漂う青い光は、まるで水底に射し込む月光。

私たちはその静寂の回廊を、ゆっくりと歩き出した。


入口の展示を抜けて最初に現れたのは、虚無の精霊回廊――この世の名で、クラゲの間。


空間は薄青く輝き、心を穏やかにする安らぎの音とともに、ガラスの向こうでは無数の光の精霊が漂っていた。


その存在は形を持たず、輪郭さえ曖昧。

ふわりと揺れ、揺蕩うだけなのにも関わらず、しかし瞳はその姿に魅入られてしまう。


「……これが……虚無の精霊……」

「虚無……?」

「えぇ、そう。これはこの世に在って、在らざるもの……自我なき漂流者。光に包まれながら、ひたすらに時を彷徨う……滅びを忘れた魂たちよ……」


な~~んてね!

ふふ、クラゲちゃん~? こっちおいで~?

あっ、来てる! もしかして人間の言葉を理解して!?

あっ、あ~~行っちゃった……。

……いや、これすらももしかしたらクラゲの思う壺……なの!?


……って、これ、ずっと見てられるわね……クラゲ……買おうかしら……?


「この子は何て名前なのかしら……? 確か案内板に――」

「……あ~、これはミズクラゲだよ。……発光してるように見えるけど、実は光ってるのは照明のせいなんだって。体が透き通ってるから、光が中で反射して綺麗に見えるらしいよ」

「……!?」


え、な、なに……!?

いきなりの解説!?

今の……まるで、専門家のような滑らかさだったわよね!?


「……よ、陽太、やけに詳しいのね?」

「あっ、あ~~っと、あ、そこの案内板に書いてあったんだよね!」

「……そう、なのね! さすがだわ!」


……私は知っている。

先の案内板には、名前しか書かれていなかったことを。

……だから、今陽太が披露した知識は、自前のもの。

それあ意味するところ。すなわち――。


……陽太、やっぱりこれは……私のために……?


私は完全に理解した。

彼はおそらく私のためにこの水族館に関する知識を集めてきているわ……!

先の入り口の件もそういうことだったのね……!

……すべては、私が“幻想を楽しめるように”という、優しき配慮……!


こんなの……敵うわけない……。


「あっ、あと、こっちのサカサクラゲは逆さまに浮いてるように見えるけど、実は地面にいるのが普通なんだよね。光合成によるエネルギーで活動するための褐虫藻を体内に持ってるから、光を浴びるためにこうしてるんだって! それで、こっちのベニクラゲは―――」


……待って? にしても調べすぎじゃないかしら……?

本当に敵わないわ???





そして私たちは、次なるエリア。

天と地を水で封じた透き通る世界――蒼穹の断罪牢――トンネル型の水槽へと足を進める。


果てしなく伸びるアーチ状の水中回廊。

その全貌は、まるで水で作られた監獄のよう。

天井までも覆いかぶさる巨大な水槽が、私たちを幽閉するように頭上に広がっている。

頭上だけでなく、足元も、左右でさえすべて水に満たされ、悠然と泳ぐ影たちが、まるでこちらを監視する番人かのように目を光らせて……わっ、エイだ! 初めて見た……!

ってあれってサメじゃない!? た、食べられたりしないわよね!?

あっ! あそこにいるの映画で見た気がする……! って、え!? サメと一緒の水槽でいいのかしら!?


「……なるほど……ここは蟲毒……弱肉強食の公開処刑場……!」

「いや、物騒すぎない? せめて演舞場とか舞台じゃない?」


おぉ! さすが陽太ね! 一理あるわ。

あまりの高揚に言葉が雑になってしまったわね……反省だわ……。

にしても。


「こんなにガラスを丸めて割れたりしないのかしら……?」


見たところ、ガラスの厚みがそこまであるようには見えないし……。

こんなにぐにゃぐにゃ曲げたりしたら魚がぶつかったときに割れたりしちゃうんじゃないかしら……。

っていうか、もしここで水槽が割れたりでもしたら……!


「大丈夫だよ。ここに使われてるのはガラスじゃなくてアクリルっていう素材だからね。うーん、厚みも多分このあたりなら三十センチくらいはあるんじゃないかな?」

「アクリル……? それって、ガラスとどう違うの?」

「うーん、ざっくり言うと、軽い、割れにくい、曲げやすいってとこかな。ガラスだとこういう曲線の構造は難しいし、重すぎるから支えきれないんだよね」


ふーん……いや、え? 何、この落ち着いた解説……。

私が知らないだけでここの工事に携わっていた方なの??

ていうか生物だけじゃなくて構造までも!?


――唐突に放たれる、知識の矢。

それは、ただ一直線に、私の胸を貫く。


……こんなの、ずるい……! 私がそっちの立場になろうと思ってたのに……!!

……これが……これこそが女を殺す、大人の知性ってやつなのね……!


――このままいけば、私は深海よりも深い感情の圧力に溺れてしまいそうだ。


……いや、でも今日だけは。

少しくらい、浮かれてもいいかしら――?


すみません、笹草の話になるとどうしても文字数が多くなり、難しい言葉も増えるので、今回は前編後編に分けました……!

明日、後編を投稿する予定ですが、もし今後こうなったときに分けたほうがいいとか、分けなくてもいいとかあればいつでも教えてください。

皆様が読みやすいよう頑張ります。


ーーーーーーー

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