プロローグ
異性にモテたい、と思うのは、今までモテることのなかった人なら一度は必ず思うことだろう。
それこそ思春期の男子ならば、女の子に無条件で言い寄られたり好意を持たれたりしたいと思うことなんて当然あるといっていい。
しかし、現代の恋愛関係はどうしたって男性側からの好意が女性に一方的に向けられることが多く、女性側からしたら望まない好意を受け取ることに辟易することもあるだろう。
では、そんな関係が逆転する世界があるとしたら?
男性は女性から一方的に好意を向けられ、女性が男性からの好意を無条件に欲しがる世界。
もしそんな世界に行くことができるとしたら、君ならどうするだろうか?
これは、そんな世界に迷い込んでしまった陰キャの僕が、ハーレムを作ろうとする物語だ―――。
――‐なーんて、カッコつけたはいいものの、現実はそう簡単にはいかないわけで……。
「なぁなぁ、私らだけでカラオケ行くのあれだし、男誘わね?」
「いいじゃんいいじゃん! 誰誘う? あ、佐々木は?」
「佐々木はアリ(笑) 由美、佐々木のこと誘ってよ~!」
「え~? うちが? マジ? じゃあ行くわ~(笑)」
などという会話が僕の後ろの席でされ、一人の足音が徐々に僕のほうに近づいてくる。
そしてその状況に、僕は心の中で溜息を吐いた。
「なぁ佐々木さんって、今日この後ヒマ? うちらこれからカラオケ行くんだけど、よかったらどう?」
そうしてかけられた言葉に、僕は席を立ち、特に気にする様子もせずにその場から立ち去った。
どうして無視するのかだって?
いやいや、だって――‐。
「え、と……、ごめん、今日バイトがあって……」
「あ、あ~そうなんだ? あっ、じゃあ仕方ないね~! また誘うね!」
そんなやり取りを背後に僕は教室の扉を横に開けた。
だって、僕の名前は佐々木、じゃなくて遠野 陽太だから。
僕はそんな状況を横目に、今度は実際に深くも小さい溜息を吐く。
……ギャルとカラオケ……行きたかったなぁ……。
◆
僕はそのまま大学の講義室を後にして、構内にある休憩スペースのベンチに腰掛けた。
周囲を見渡すと、やれ道行く男子学生に話しかける女子大生やら、男子大生から恋人に大胆なキスをする人――って学内でなにやってんだよ……――とか、最近流行りの動画投稿サイトに投稿するための動画を撮っている男子学生なんかが目に入る。
うん、何か変だと思わないか?
僕も当然そんな感情を抱き、つい最近、一つの結論にたどり着いた。
これはおそらく、僕は異世界へと転移してしまったのだろう、と。
世界がおかしくなってから……というかおそらく僕がこの世界に来てから一か月経って、ようやくこの世界がどういうものかを僕は理解した。
先の景色を見てもらったらわかるように、どうやらこの世界では男女の役割――というより立ち位置や精神性みたいなものが綺麗に入れ替わっているようなのだ。
例えばこの世界では、道行く人に連絡先を聞く行為であるナンパは女性が男性にするものだし、メイド喫茶の数よりも執事喫茶のほうが数が多い。
しかもなんとこの執事喫茶、みんなが想定しているような落ち着いた雰囲気の執事ではなく、女性に甘えるタイプの執事ときている。いやなんだそれは。
しかもこれだけではなく、男子学生ならみんな憧れる、古びたビデオショップなんかにある十八禁のマーク。
ふと好奇心であそこを覗いてみると、そこには筋肉ムキムキの男性だったり、細身色白の男性、未亡人の旦那など、男の俺としてはかなり悍ましいものが見え、僕はこれ以来二度と見ることはなくなった。
この日初めて女性の気持ちがわかるとは思わなかったよほんと。
ただ、あくまでこの現象はどうやら立ち位置や精神面にのみ起こっているようで、特段女性のほうが筋肉質かと言われたらそうではないし、男性の胸が大きいかと言われればそうではない。
わかりやすく言えば、性に対する考え方や性格などだけが反転。
つまるところ、貞操観念が逆転している世界、といったところだろうか。
そして、僕がそのような世界だと気が付くのになんと一か月もかかった理由。
それが、この世界では僕の今までの行動がそのまま反映されている世界だったことにある。
いわゆる、ここで僕は生まれてから高校生活までを過ごしていたことになっているため、僕が生活していく上での矛盾が一切存在しない。
まぁ、多少の違和感はあるんだけど、それでも確信に至るのに時間がかかってしまった。
さて、話は戻り、そんな世界に来た思春期の男子学生が一人。
かなり羨ましい状況だと、そんな風に思う人もいるかもしれない。
あぁ、もちろん僕も最初はなんて幸せな世界に来たのだろうと思ったさ!
無条件に女性が寄ってくる世界!?
それならば自分だけのハーレムを作ることだって可能じゃないかと!
恋人も選び放題!アニメで見たような世界に来れるなんて!
あぁ! ここが桃源郷か、と!
……でも、この世界に来て一か月。
僕が感じたのは喜びよりも、納得だった。
僕は正直元居た世界では陰キャと呼ばれる分類で、女性に対して積極的に話しかけるどころか、話しかけられることに対しても緊張してしまうほど。
にもかかわらず、趣味は人間観察とかっていう気持ち悪いほどの典型的な陰キャだ。
陽太って名前なのに陰キャってどういうお笑いなのかと自分でも思うね。
さて、話は少し逸れたけど、ここで再び視点を逆転させてみてほしい。
男性に対して積極的に話しかけるどころか、話しかけられて緊張してしまう女の子。
印象だけ見れば可愛いだとか、愛らしいとか思う人もいるかもしれない。
だけど、世の中にはもっといい人がいるという事実。
そんな僕に積極的に話しかける人なんて、当然誰もいないわけで―――。
「あれ? 陽太くん一人? なにしてるの~?」
―――いや、いなかった、が正しいか。
「あ、藍原さん、いや、ただぼーっとしてただけで……」
「え~? なにそれ? それ面白いの? ね、となり座ってもいい?」
僕はそういいながら自然と僕の隣なんかに腰掛けて微笑みを向ける彼女――‐藍原 唯さんの綺麗な顔に思わず目を逸らしてしまう。
透き通った綺麗な黒髪に長く伸びた睫毛。健康的な体はもう、ほんとにどこ見ていいかわからないジャン……。
「う、うん、大丈夫だよ!」
「えへへ、ありがと!」
あぁ、眩いばかりの笑顔と溢れ出る陽の気で僕は焼け死んでしまいそうだ。
と、僕のそんな思いもそこらに、彼女はしかし気にすることなく隣で携帯をいじり出す。
藍原 唯。
僕と同じ大学一年生で、その優れた容姿から、この貞操観念が逆転した世界でも男子からの人気はかなり高い。本当に僕が元居た世界でも見たことないぐらいの美少女。マジびっくり。
とはいえ、人気に関して言えば、決して彼女の顔が良いからという理由だけではないと思う。
男女分け隔てなく公平に接して、僕みたいな一人ぼっちの陰キャ相手でもこうして優しく気さくに話しかけてくれるその明るい性格はそりゃモテない訳がない。
多分元の世界基準で考えると、男女誰にでも優しいイケメン……うん、そりゃ男でも好きになるね。
まるでド陰キャの僕とは格が違う。むしろ比べるのも烏滸がましいし、欠点イズどこ?レベルなんだけど、この人本当に人間か???ロボットだったりしない?
……はて。
しかしそんな完璧美少女とも呼べる彼女が、なぜこんな陰キャの僕の隣に居座っているのだろうか?
正直僕はこの状況を役得だとかなり楽しんでいるが、そもそもいつからこうなったんだっけ……?
えーっと、あれは多分僕がこの変な世界に来てしまった当日のことだったっけ―――。
★☆★
初めは、ふとした違和感だった。
いつも通りの何気ない通学途中、電車で通っているときに感じた違和感。
(……? なんか、やけに視線を感じるような……?)
僕が、混んでいる電車の中で吊革に掴まっているとき、ふと、やけに視線を感じる瞬間があった。
それも、男性女性問わず、何度も。
(俺の顔に何かついてたり……? 服か? 服が変なのか……?)
初めはそんな程度の、ほんの些細な違和感。
そして特に何事もなかったかのように電車を降り、そこでついに大きな違和感を目にした。
「この人痴漢です!」
そう叫ぶ人がいたら思わず視線を向けちゃうのは人間としての性なのだろう。
例に違わず僕も声がする方向を見やり、体が硬直した。
「え……?」
それもそのはず。
そこにいたのは、どこかの高校の制服を着た男子高校生と、スーツに身を包んだ女性。
普通の思考なら、スーツの女性が痴漢されていると認識してしまうところだったが、腕を掴み、掲げているのは紛れもない男子高校生。そして瞬く間に取り抑えられる女性。
僕は思わずその光景に圧倒された。
確かに痴漢をする人は男女関係なく断罪されるべきという気持ちはあるが、あまりにも非日常すぎるだろ……。
「えぇ……なにそれ……」
しかし時間は待ってくれないため、そんな疑問を解消することもできず、モヤモヤした気持ちで僕は今年入学することになった大学へと足を向かわせた。
正直何がなにやらよくわからなかったが、まぁたまにはああいう特例も起きるのだろうと、自分を納得させるためにそんなことを考えていた時、ふと横から声をかけられた。
「あの、お兄さん! ちょっといいですか?」
「は、はい!」
まさか通学中に誰かに話しかけられるとは思っていなかったので、思わず声が裏返ってしまうが、相手が特に気にしていないことにほっと胸をなでおろす。
あぁ、よかった、ちゃんと俺に声かけてて……勘違いなら死ねたぞ?
っていうか、俺? 俺でいいんですか?
声をかけてきたのは派手な髪色の女性で、普通の女性はおろか、そんな見るからにイケイケな女性と話したことがない僕は過度に緊張してしまう。
なんですか……? お金はそんなに持ってないですよ?
「あの、ここからここに行きたいんですけど……」
あぁ、なんだ、道案内か……怪しげな入門でもさせられるかと思ったよ。
「見せてもらってもいいですか? あ~、これならここを曲がって――‐」
簡単な説明をしながらも、携帯の地図アプリを一緒に見るという都合上、女性が近くにいるという事実に緊張して度々目を逸らしてしまっていると、ふと女性が僕の顔を覗き込んでくるように見つめ……って、え、なに?
「うーん、お兄さん、やっぱり顔イケてんね! よかったらこの後私とご飯に行かない?」
ん? 今なんて?
顔イケてる? ゴハン? イカナイ?
よくよく考えれば、これが俗にいうナンパではあるとわかるのだが、この時の僕の思考は、完全に停止していた。
当然だが、僕は人生で生きてきてナンパなどされたことなどない。
そんな人がいきなりそんなことを言われたらどうなると思う?
「あっ、ぁえ? いや、え?」
こうなる。
なんだこれは、と自分でも思う。
明らかに気持ち悪いほどの動揺。
いくら相手が万が一……いや、億が一でも好意を寄せていたとしても一瞬で冷めてしまうほどの気持ちの悪い返事。
人生で一回あるかないか、いや、最後の一回であろうこのチャンスを潰してしまった自分を恥じて取り繕うとしたが、当然、事態は僕の思った通りにはいかない。
「あれ? 緊張してんの? 可愛いね~! ほら、ちょっとだけだからさ!」
僕のあの返答でさえ特に気にする様子、どころかむしろ暴走?までしている女性の姿に、僕は嬉しくはあったが、それと同時に、どこか恐怖を感じていた。
そして突然腕を引っ張られ、嬉しさを恐怖が上回り、思わず叫んでしまった。
「ちょっと! ま、待ってください!」
そしてその時、僕の助けに呼応するかのように、彼女は現れた。
「あれ? ゆうや? ゆうやじゃん! 何してるの? この人誰?」
透き通っていて、それでいて凛とした声。
僕を呼ぶ名前こそ違ったが、突然現れた綺麗な女性の表情を見て僕はこの人の意図を理解した、が。
……っていや、本当に美人だな!? どうしよう!? え、えー? な、なんて呼ぼう!?
「あ、あー! りん……さん! え、えーっと、この人は、み、道を聞かれて……その……」
凛とした声だったからりん、という名前なのはいささか自分でも思考のレパートリーが少ないなと思う。
というより、こういう時でさえ女性の名前をさん付けでしか呼べない自分の臆病さにも嫌気が差す。
しかし、そんなことは今の現状では些細なことで。
「ふーん? 今日は私と学校行くって言ってたのに……それで、どこに行きたいんですか? 私が案内しますよ?」
「いや、別にもういいし。じゃ」
突如現れた女性は強気な姿勢で派手髪の女性に話しかけるや、相手は嫌な顔をして立ち去って行った。
目の前で繰り広げられた見えない言葉の圧力は、それはもう陰キャの僕には入れそうもなかった。
そんな僕を助けてくれた彼女にお礼を言おうとしたその時。
去り際に派手髪の女性の声が聞こえてきた。
「ーっつうか、別によく見たら顔ブスじゃん? てか彼女いるなら言えよきめぇな」
……いや、そこまで言わなくてもよくない……? とも思ったが、すでに女性の姿はなく、僕は心の中に悲しさを押し留めた。
ま、まぁ前半は事実ではあるけど、後半は違うし……。
などと考えていたが、このときの僕は、この言葉がどういう意味だったのか、まだ知る由……いや、知る由はあったかもしれないけれど、陰キャの僕には、察しがついていなかったのだった。
◆
「あ、えっと、さっきはありがとうございました……!」
「いえいえ~! なんか困ってるように見えたから勝手に助けちゃったけれど、大丈夫でした?」
僕はそう言って話す黒髪美少女に顔を覗き込まれ、激しく波打つ動悸を抑えて、何事もなかったかのように取り繕う。
「い、いや! 本当に助かりました! 危うく大学の講義に遅れるところで……」
ふむ、我ながらにしてはかなり上出来な立ち振る舞い。
これならば一見してさわやかな青少年に見えるだろう。
しかし、まさか人生初のナンパの後にこんな美少女が助けてくれるとは!?
正直、ナンパよりも何倍もうれしい! あ、別に韻は踏んでないからな?
しかしまぁ、よく見ても美少女ですこと。
僕なんかこんな出来事がなかったら一生関わることなんてなかっただろうな。
あぁ、この一瞬でもこの天使と話せたことを感謝しよう。
ありがとう、神様……。
「ふふ、それならよかった! って、やっぱり学生だとは思ったけど、ここの近くってことは水蓮大学?」
あれ? どうしてそれを……って、そりゃそうか、このあたりの大学は水蓮大しかないもんね。
「はい、今日が初めての講義なので遅れたら大変でした……本当にありがとうございます!」
さて、こんな天使と一緒に話すことができるなんて幸せは一生訪れないかもしれないし、名残惜しいけど、仕方ない。
この美貌。
きっと彼氏がいるし……まぁ彼氏がいることなんて聞く勇気はないけれど、僕みたいな陰キャといるのは彼氏がいようがいまいが可哀想だからね。
うん、早々に立ち去ろう……というかこれ以上は眩しすぎて陰の僕の身がモタナイ……。
「あ、じゃ、じゃあ! 本当にありがとうございました!」
「えっ――‐」
できる男なら去り際にお礼にご飯とか誘うんだろうな……。
くそう、俺もあんな可愛い彼女ができたらいいな……!
僕はそんな理想を思い描きつつ、陰キャ特有の妄想をしながら大学へと向かった。
……そういえばさっきあの女性何か言いかけてたような気がしたけど……まっ、僕みたいな陰キャに言うことなんて何もないか!
……悪口じゃないといいな。
◆
そして少し時が進み、講義室――‐。
「えっと、あれ、座席表とかないのか……。えー……困ったな……」
僕は天使の力もあって余裕をもって講義室にたどり着くことができた。
しかし、ここにきて立ちふさがったのは、陰キャの最大の敵――‐自由席だ。
高校時代までは決められた席を与えられていたが、これが大学生ともなると大きく変化する。
講義は各々が自由に取れるというシステム上、講義室の席は概ね自由席であることがほとんど。
別にただ座って講義受けるだけの席にそんな悩む必要があるのか、と思ったか?
答えは、ある、だ。
例えば一番前の席に座るとする。
すると講義の内容は頭によく入り、講師からの評価も高くなる傾向にあるが、反面、講義中に質問を投げかけられたり、また睡魔に負けて睡眠をとってしまおうものなら一発アウトというハイリスクハイリターン席。
時に陰キャである僕はゲームで夜更かしをすることもあるだろうから寝てしまう可能性がある以上、この席は無しだ。
そして真ん中の席。
ここは一見バランスのいい席に見えるがその実情は、陽キャの領域だ。
主に友達を作りたい人、講義はそこそこに大学生活を謳歌しようとしている人などがあそこには集まり、そして必然的に固定席のようにされてしまうことが多い。
つまり、序盤でそこに座ろうものなら今後の講義は常に陽キャの近くにいることになり、精神的苦しみを味わうことになる。
そして最後に一番後ろの席。
ここは当然ながら講義の内容が見づらい上に聞きづらく、そして講師の評価も低くなる傾向にある。
さらに言えば、講義に遅れるようなひとや、そもそも講義を出席するためだけの人が多く座る傾向にあり、治安としては最悪と言える。
陰キャの僕にとってはむしろここが一番ナンセンス。
ここに座っていて陰キャを名乗るのは三流陰キャだね。
……いや三流ってなんだよ。
まぁそれはいいとして、じゃあ、どこに座るのが陰キャとして正解なのか?
答えは単純。
真ん中の端っこの席。ここなら陽キャに絡まれることもなく、自然と位置取りが――‐。
「―――あれっ、君、さっきの!」
「っえ!? あっ、す……!」
僕が理想の席を確保しようと講義室の端を歩いていると、唐突に聞き覚えのある声に呼び止められた。
声の主を見ると、やはりそこには天使――‐いや、さっき僕を助けてくれた天使――‐いやもう天使でいいか。がいて、思わず変な声が出てしまう。
なんだ、あっすって。もっといい返事あっただろ……。
ていうか俺のが先に歩いてたよね? 歩くの早くね?
「さっき同じ講義だからって言おうと思ったんだけど先に行っちゃったから驚かせちゃったよね? ごめんごめん!」
そうやって両手を合わせて片目を瞑るその姿は、いやなんだそれ可愛すぎだろ!!!!!
やめてくれ! 陰キャはそういうので勘違いするんだ……!
く、くそう。へ、平然を装わないと……いや、普通に嫌われるのは嫌だし?
「いや、僕の方こそ先に行っちゃってごめん……同じ大学でゃってゃんだね!」
いや嚙んでないが?
なんか笑われてる気がするけど噛んでないが?
「ふふ、でもよかった~! 私この大学に知り合いいなくてさ! あ、よかったらここ座る?」
へぇ、こんな可愛い人でも知り合いは少ないのか……。
まぁ狭く浅くの付き合いを大切にする人もいるし別に珍しくはないけど意外だな~。
ってあぁ、座っていいの?
――― 座 っ て い い の ! ? ! ?
え、座るって、今この人が手で示してる横の席ですか?
しかもこの人端に座ってるから実質特等席ってことですか????
もう一回聞こうか?
――― 座 っ て い い の ! ? ! ?
「……あ、もしかして、他に友達のところ座ろうと―――」
「いや! ただ、いや、あの、座って、いいの? 大丈夫……?」
「……? うん! 大丈夫だよ! あ、後ろちょっと開けるね!」
その会話の後、僕は彼女の後ろを通り、あっ、いい匂い……。
彼女の隣の席に座った……あっ、いい匂い……。
……いやいや、そうじゃないだろ。
え、いまこれなにどういう状況?
ふと隣の天使を見ると目が合い、ふふっと笑みを浮かべていた。
あー可愛い。
もうどういう状況かなんてどうでもいいや。
今はただ、幸運に感謝を―――ってあれ?重要なこと忘れてない?
「そういえば、名前……」
「あぁ! 確かに! さっきは偽名だったもんね! 私の名前は藍原だよ! 下の名前が唯だからどっちでも好きなように呼んでね!」
名前……までしか言ってないのに察して挨拶してくれるとかなんか申し訳ないな……。
ていうか陰キャが女子の名前を下で呼べるわけないだろ……さっきのですらさん付けだぞ?
「藍原さん、よろしく。あ、と、僕は遠野……す。なんか呼び名は、適当に何でもいいよ」
「遠野くんか~、下の名前はなんて言うの?」
「え、あ~陽太。太陽を反対にして陽太。あんまりぽくはないけどね!」
ふふふ、これは高校時代に毎年使っていた秘儀、自虐ネタ!
大体笑ってくれるから僕の十八番ネタだぜ! 少し自分でも傷つくのが玉に瑕だけどな!
「いやめっちゃいい名前じゃん! じゃあ陽太って呼んでもいい?」
呼んでもいい? だと……?
なんだその可愛いお願いは……。
危ない、危うく天に召されかけたぞ?
ていうか陽キャの距離の詰め方早くない?
このままだと勘違いが加速するんだけど!?
……いやまぁ名前で呼ばれたいかって聞かれたらそりゃあ、ねぇ?
「うん、もちろん! これからよろしく!」
「よかった! よろしくね! 陽太くん!」
―――拝啓、お母様、お父様。
僕の名前に、いい名前を付けてくれてありがとうございます。
今まで陽太という名前は少し嫌でしたが、それももう終わりです。
僕は今、真の遠野陽太になったのです。
僕はそんなしょうもないことを考えながら幸福をしっかりと噛み締め、いよいよ始まった最初の講義を受けるのだった。
尤も当然、美少女が隣にいて良い匂いをさせていたことに気を取られた僕は、講義内容をほとんど覚えることができなかったのだがそれはまた別の話―――。
【応援お願いします!】
「続きはどうなるんだろう?」
「面白かった!」
など思っていただけたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします!
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
何卒よろしくお願いいたします!
更新は"不定期"【AM1時】更新予定です!