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短編シリーズいろいろ

国を牛耳る魔女と断罪されて幽閉されてたら、滅国RTAが開始されました~皆頑張って生き残って欲しい~

作者: 枝豆ずんだ


「……悪女転生………ッ!!」


 部屋の巨大な鏡を前にして、自分の姿を確認した私は全力で嘆き、その場で崩れ落ちた。


「この顔はどこからどう見ても……………断罪される魔女……ルクレツィア……!!」


 当代の聖女の名はルクレツィア。私は自分が「前世」でプレイした乙女ゲームに似た世界の、悪役令嬢に転生していることに気が付いた。


 断罪パーティ開始10分前のことである。





 国の名前はオーロラ国。


 南の暖かな島国の人口が千人程度の小国だ。農作物の特産物は特にないが、生息する魔物たちの毛や抜けた牙で作った工芸品と、豊かな自然、年中穏やかな気候のため観光地としての利益でうまく維持できるようになっていた。


 島には「悪意」というものが存在せず、悪意あっての犯罪率はゼロ。隣人同士のちょっとした行き違いや不幸な事故での「罪」は多少はありながらも、他人を「害してやろう」「他人が妬ましい」「自分だけが得をしたい」と考える国民が存在していない。

 国に一歩足を踏み入れれば、どんな悪人であろうとも悪意を忘れ、人の笑顔を受けて微笑みを返すという「楽園」と呼ばれる土地だった。


 そのオーロラ国には「聖女」というシステムがある。


 国民、あるいは入国する旅行者は出生時、入国時に必ず水晶の腕輪を配布される。国中の施設を利用するためにはその水晶が必要不可欠で、その水晶には「悪意」を浄化する魔法がこめられていた。


 この水晶は王宮にある神殿で聖女が祈りを捧げる巨大水晶とリンクしており、腕輪の穢れを聖女が浄化してくれる、というシステムだ。国は平穏。水晶は国中に設置され、島の外では人間を襲う魔物たちも聖女の祈りで温和な性質になり、観光客を前にしても寛いだ姿を見せ、島の外からくる研究者たちにも協力的になった。


 しかしこの聖女システムには「裏がある」と、気付いた少女がいた。

 ゲームのヒロインである彼女の名前は「リリアンヌ」金の髪にそばかすの散ったとても愛らしい少女で、オレンジの瞳に彼女の喜怒哀楽が乗れば美しく輝いた。





「魔女ルクレツィア!お前の罪をここに告発する!!」


 もう仕方ない。

 10分で何をしろというのだ。


 私は自分の運命を受け入れることにして、すごすごとパーティー会場に移動した。いつもは同伴してくれている聖騎士は一週間前にどうしても彼でなければならない仕事があったので島の外に出している。なので一人で会場に行き、そうして始まる断罪イベント。


「……」


 目の前で私に指を突きつけているのは、一応名目上の「婚約者」であるこの国の王太子殿下だ。


 聖女の伴侶は代々王太子と決まっている。けれど聖女は「正室」ではない。この国の王に「正室」「正妃」という他国と同じ立場の女性はいない。聖女は「聖妃」という扱いだ。

 これは「妻」でありながらも妻ではない。結婚はするが、聖女と王太子の間に子供は作らない、作る行為もしない。ただ、婚約者であり、結婚する相手ではある。

 当然王太子、あるいは王は後継者を作る相手が必要だ。他国でいう「側室」にあたる女性たちは「愛妃」と呼ばれ、王、あるいは王太子は愛妃との間にのみ子を作る。

 これは聖女を尊重し、聖女を国で最も身分の高い女性として扱うための制度だったらしいが……国で「平和が当たり前」の時代が長く続いたのがよくなかったのだろうな……。


「魔女……?聖女様が……?」

「どういうことだ……?」

「ヘンゼル殿下はいったい何を……」


 参加者たちが突然始まったイベントに戸惑い、ざわめきが大きくなる。


 ホールの中心、シャンデリアの真下で金髪を輝かせ堂々としている王太子殿下の傍らには、不安げな表情を浮かべながらも、自分がここにいることを気後れしてはいけないと健気に胸をはる美少女がいた。


「……殿下、いったいわたくしが魔女というのはどういいうことでしょうか」


 私は「あ~~~~あ~~~~~~始まる~~~」と内心ため息をつきながら、ここで喚こうが騒ごうがどうにもならないことをわかっていた。ゲームの展開通りの台詞を吐く。


「言い逃れをさせるつもりはないぞルクレツィア!僕はこのリリアンヌと共に、お前たち魔女が長くこの国を牛耳っていた真実を突き止めたんだ!!」


 牛耳る……。牛耳る……ねぇ………………。


「お前たち魔女は長くこの国を自分たちの都合の良いように操って来た!お前たちが我々に強制するこの水晶は……!僕たちを洗脳するための道具だったんだろう!!」


 こんなもの!と、王太子殿下は自分の腕の水晶のブレスレットをちぎり、床に叩きつける。

 ダンスホールの床は固く、ぱりん、と水晶が砕けた。


 あ~……。


「みんな聞いて!!」


 リリアンヌ嬢は緊張し強張った顔のまま、自身が持てる最大の勇気を振り絞るというような切ない声で叫んだ。


「この腕輪は良くないものなの!思い出して……!みんな、自分が本当は何かしたかったことがあるんじゃない!?この腕輪は……みんなの心を操っている悪いものなの!!」

「この腕輪があるせいで、僕は愛してもいない魔女ルクレツィアを妻にすることを「当たり前のことだ」と思い込んでいたんだ!!それは違う!僕が心から愛して、妻にしたいと思っているのは……彼女、リリアンヌなんだ……!!」


 そっと、王太子殿下がリリアンヌ嬢の肩を引き寄せ、微笑みかける。


「彼女を一目見た時、僕は心に沸き上がる感情があった。けれどそれはすぐに消えてしまって……彼女の友達の妖精が悪戯で僕の腕輪を外さない限り、消えたことにすら気付けなかっただろう」


 王太子ともあろうものが腕輪を外すなど、王太子の地位を奪われてもおかしくない愚行だが、王太子の演説に聞き入っている国王と愛姫はまさかの、ハッとしたようなお顔をされた。


「まさか……そんな……!」

「事実なのよ!みんな、目を覚まして!本当の自分を取り戻すのよ!!森の動物たちだって、魔女に操られているの。魔女が誇り高い彼らをまるで躾をしたペットのように従順にしてしまっているの!あたしは……海の向こうからきたひとたちの話を聞いて知ってるわ!彼らはもっと、本当は自由なんだって!」


 叫ぶリリアンヌの周りには彼女の味方となった妖精たちが集まった。彼女を勇気づけるように輝き、その神聖な光は「彼女こそ真の聖女なのではないか」という疑問をその場にいる人々の頭に思い浮かべさせた。


 あぁ~~~~~。


 私の後に体格のいい貴族や騎士が回り込み、がっちりと私の体を押さえつける。私は膝をつかされ、頭を床に押し付けられる。


 あぁあ~~、順調に断罪イベントが進んでいく~~~~。


 これはもうしょうがないなぁ~~~。

 ヒーローとヒロインが「目覚め」て国の真実を貴族たちに広め、人々の心を操っていた魔女が断罪される。仕方のない展開だ。うん。まぁ、事実なので……。


 私に申し開きはない。

 前世の記憶を取り戻したのはつい先ほどだが、ルクレツィアとして生きていた二十年以上の記憶がある。そう、聖女ルクレツィア、もうすぐ三十路である。王太子も良い歳だ。後継の聖女候補が現れなかったので私の任期が長くなった。


 ゲームの設定どおり、リリアンヌ嬢は聖女候補として王宮に上がり、王宮内を動き回りながら「聖女は本当に聖女なのか」という謎を解いていったのだろう。


 真の聖女が魔女を断罪するという王道ストーリーである。


 リリアンヌ嬢16歳。


 ………王太子、ロリコンか??





 さて、国を牛耳っていた魔女である私は捕らえられて髪を引きずられながら国王の前に連れていかれた。水晶を外し「……まるで本当の自分を取り戻したようだ」と感動している国王と愛妃は私を見ておぞましいものだと吐き捨て、怒りで顔を真っ赤にしながら私を罵った。


 あぁ~~~~。初めての~~~怒りの感情を大変暴れさせていらっしゃる~~~。


 悪い魔女。

 国を思い通りに動かしていた悪女の末路は決まっている。


 私は魔法を使えないように喉を潰され、目を焼かれ、脚の腱を切られて地下牢へ。


 代々の魔女が悪用していた水晶は全て粉々に砕かれて、二度と国民が操られないようにと欠片は海にばらまかれた。


 国民たちは皆、リリアンヌの輝きに心を動かされ、彼女の言葉で目を覚ました。自分たちを縛る水晶を捨て、自分たちの本当の国を作ろうと決意する。


 そうして自由を取り戻した国は、魔物や妖精たちが彼らの望むままに生きることができるようになり、リリアンヌ嬢と王太子は「真実の愛」を取り戻すために魔女と戦った英雄として国民たちから祝福された。

 めでたしめでたしと、そういうお話。


______________________________________


*自由になった島中で*



 地下牢生活開始一日目の夜。王太子が毒殺された。


 もう笑う。

 本当に笑う。


 私は目は潰されたが、そもそも聖女というのは名目上「聖女」と名乗っただけで、生物学的には魔女である。魔女というのはガラスや宝石、あるいは鏡、水などを自分の目のようにすることができる基本能力がある。なおリリアンヌ嬢はマーキングした鏡であればその鏡の周囲を見ることができる、という能力を活用してゲームを進めていったはずだ。


 私は3歳で先代様に発見され、三十路近くまで魔女を行ってきたプロフェッショナルであるので、反射して何かを映すことができるものであれば、全て自分の目に代用できる。

 つまり、他人の瞳もその範疇だ。


「王太子……なんで自分が……他の後継者にねたまれないと思ったのか……」


 私はヒロインとの初夜の前に、腹違いの兄弟が「お祝いに」と持ってきたワインを一口飲み倒れた王太子を眺める王子の目を借りつつ、「気の毒に~」と同情した。


 そして同時刻、水晶を手放した国中で行われる……他人への思いやりの一切ない行為を私は各所の目を通して眺めた。


 隣の家が自分の家より大きいので家主を引きずり出して自分がその家を貰う人。

 知り合いの恋人に片思いしていたことを思い出して相手を押し倒して既成事実を作る人。

 「この国の馬鹿正直な連中をカモにしよう」と思い描いていたことを思い出し詐欺を働く悪人。


 ………………まぁ、それは、そうなるだろうな…。


 自由とは他人の権利を脅かすことではないと、彼らはそもそも知らないし、感情のコントロールなど必要ない人生を送って来た。

 生まれてから今日まで彼らは悪意と欲望の違いなどわからなかったし、自分の望むままに振る舞ったらどうなるのか考える必要もなかった。

 

 私は前世の記憶があるので「そりゃそうなるだろう」とわかるが……


 ルクレツィアとしての知識、この国の真実について私は考える。


 元々この地には国や村などなかったが、人付き合いに疲れた者、迫害された者、裏切られた心優しすぎる人たちがたどり着き自分たちだけの楽園を作ろうと志した。


 彼らは間違いなく善良だったが、時々自分たちの心に湧く欲望を強く嫌悪した。


 自分より他人がうらやましいと思う、それは人間として正常な感情なのだが、それが僅かでも湧くことを「汚れてしまう」と嘆いた。自分たちを迫害した者たちと同じ醜い存在になり果ててしまうと悩み、自死するものが出てきて、彼らは話し合った。

 

 森には魔女が暮らしていた。


 彼らは魔女に頼み込んだ。自分たちの心から欲望を消し去って欲しいと。魔女は彼らに水晶を渡し、それが少しでも曇ったら自分のところに来るように、と教えた。彼らが魔女を訪ねると魔女は彼らの水晶に祈りを捧げ、水晶はまた元の美しい輝きを取り戻した。彼らは喜び、魔女を自分たちの村へ招いた。


 魔女を聖女と称え、彼女のお陰で自分たちは美しい正しい生き物でいられるのだと信じた。


 魔女はそんな彼らを見て「いや、それはまずいだろう」とは思った。けれども魔女というのは人が過ちをおかすのをただ黙って見ている者のことも指す。たまたま運の悪いことに、その魔女はその類の女だった。まぁ仕方ないかと彼らが望むままに浄化してやって、そして祈りで浄化できる子供を見つけると、魔女の力を受け継がせた。


 彼らは望んで無欲になり、魔物たちに襲われ放題になる。怯えてただ食い殺されるだけの彼らは魔女に頼み込んだ。魔女は獣たちを大人しくさせ、彼らに害のない家畜のような無害な存在にした。


「あぁ~~~~あ~~~~」


 私の脳裏に見えるのは、本能を取り戻した魔物たちが、この島の外の魔獣たちと同じく人々を襲う光景だった。


 逃げ惑う人々。

 けれど戦いなど知らない彼らに何が出来るというのか。


 この国の騎士たちは武術の訓練はしてきたが、これまで彼らの技術はスポーツのようなものだった。相手を傷つける、あるいは誰かを守ることを想定していない。

 右往左往する騎士たちが立派なだけの甲冑ごと魔物の牙で潰されていく。


 まぁしかし彼らはリリアンヌ嬢に「目を覚まして!騎士は国のために戦うのよ!」と激励されて出撃したので本望だろう。彼らが食べられている間に数人はその場から離れられたのだから。


 騎士として華々しい戦いの場を得る、狂暴な魔物から人を守りたいという欲望を叶えられてよかったね。


 そうして何百人かは王宮の敷地内に避難することが出来た。

 王宮は聖女……彼らがいうところの魔女の結界が張られているので「悪しき魔物」は侵入できない。


 半分以下になった国民たちは「魔女の報復だ……!」と私への憎しみを募らせ、とりあえず彼らの素晴らしい自由解放の第一日目が終了した。


______________________________________


*妖精たちはおともだちだよ*


 自由への一歩を踏み出した王国二日目の朝。


 朝食前に国民がさらに半分減った。


 どうしてそうなる。

 なんでそうなる。


 私はもう笑うどころか、頭を抱えたくなった。

 いやまぁ、確かに……想像していた出来事は起きた。想定内の出来事、ではあった。


『ねぇ僕らのリリアンヌ!これでほら、ショクリョウモンダイ?は、解決したよ!!』

『よかったね!僕らのリリアンヌがケーキを食べられない日があるなんて考えられないもん!』

『さぁお菓子を作ってよ!前にくれたクッキーがいいなぁ!』


 母親が死に泣き叫ぶ子供の目を通してみる光景は……まさに地獄絵図。


 朝の配給として配られるはずの食糧を眺めながら、リリアンヌがこのままでは三か月しか持たないんじゃないかとこぼした言葉。これにリリアンヌの味方である妖精たちが反応した。


 魔女たちは魔物のコントロールはできたのだが、知能が高く力が強い妖精は制御できなかった。ので、魔女たちは妖精を出禁にすべく妖精たちが入ってこれない仕掛けをいくつか作ってきたのだが……はい、リリアンヌ嬢、妖精はともだちなのでそのすべてを悉く破壊しました。


 彼らは純粋で愛らしくキラキラしている。それは間違いない。


 ただ、妖精は妖精であって人間ではない。


 人間ではない存在が人間と同じ価値観、基準を持っているわけがないだろう。


『ひっ……ひぃっ!!』


 自分の腕や髪を掴んで甘える妖精たちをリリアンヌは払い落とす。けれど純粋無垢な妖精たち。見かけは小さくもその強度は人とは違う。払い落とされた程度は痛みすら感じない。新しい遊びだと思って、笑いながらリリアンヌ嬢にまとわりついた。


 リリアンヌ嬢が飢えないようにと国民の半分の口に入って、眼球ごと外に飛び出したり、ブーン、と勢いよく飛び込んで心臓をうまく抉り出した妖精たちは血まみれの姿で無邪気に笑いあう。


『止めて……!!止めてよ!!止めてったら!!』


 リリアンヌ嬢は必死に彼らを拒絶するが、妖精たちは『リリアンヌはともだち!』と認識を変える気はない。妖精たちは人間が大好きなのだ。柔らかくて、甘い人間たちが大好きなのだ。


 妖精たちが無邪気に国中で遊びまわり、生き残った人々は王宮の扉をしっかりと閉じて隙間一つないように神経をとがらせた。そして口々に『魔女が心優しい妖精たちを操っている』と言いあい、とりあえず彼らの素晴らしい自由解放の第二日目が終了した。

 

______________________________________


*一方その頃隣国の皇帝と、聖女の護衛騎士*



「……………貴様の国の連中は狂っているのか?」

「ハハハ、仰る通りですね」


 その日、隣国ドルツィア帝国の若き皇帝カーライルは、黒龍討伐の帰りがけに帝国に立ち寄った聖騎士マクシミリアンと歓談をしていた。

 彼らには共通の目的があり、友情とはお互い死んでも認めないが、ある種の仲間意識のようなものがあった。普段は滅多に国を離れられない聖騎士だが、彼の主人である聖女ルクレツィアから「黒龍討伐の帰りに皇帝カーライルにお手紙を渡してきて」と頼まれた。それは聖女の気づかいの一つであったので、マクシミリアンは数少ない自分と同等の力を持つカーライルと剣を交え、そして二人は雑談をという所だった。


 そうしてお互いの話題は聖女ルクレツィアのこととなり三時間ほどしたころ、皇帝の私室に慌てふためき転がり込んできた側近が「オーロラ国で革命です!聖女ルクレツィアが投獄されました!」と報告してきた。


 側近はカーライルがルクレツィアの近況を知りたくて国内に潜入させていたスパイで、彼はリリアンヌと王太子がルクレツィアを魔女だと糾弾した際に、自分の命をかけてでも彼女を皇帝の元へ逃がしてさしあげるべきだと考えた。しかしすぐに国中が混乱に陥り、魔物や悪人がのさばり、妖精たちが王宮内を駆けまわる惨状になすすべもなく、自分だけが死ぬならまだしも、皇帝の元へルクレツィア様の悲劇をお伝え出来ないことは問題だと判断して国を脱出した。


 カーライルは一瞬前まで談笑していた整った顔に青筋を浮かべ、手に持っていたオリハルコンの器を壁に叩きつけた。


 そうして冒頭の台詞である。


 さて、と聖騎士が立ち上がる。


「それではカーライルさん、私はそろそろ……」

「待て、マクシミリアン。貴様、一人でルクレツィアを助けようというのではなかろうな」

「そのつもりですし、私は彼女の唯一の騎士なので、当然ではありませんか?」

「それで良いと思っているのか?」


 と、言いますと?とマクシミリアンが首を傾げた。


「ルクレツィアの体ひとつを取り戻すのみでよいのかと聞いている。あの国はルクレツィアがほぼ一人で政をしていたからな、ルクレツィアがいなければ満足に防衛もできまい」

「確かに……欲のない国民たちは防衛の考えも、そもそも国を運営して良くしようという気さえ起きなかったので……放っておいたら勝手に滅びるんじゃないですか?」

「あの美しい国が崩れていくのを見て、あいつが悲しむのではないか?」

「……」


 マクシミリアンは考え込むように黙った。


 聖女と聖騎士のみが代々、感情を抑えつけられることなくあの国で存在してきた。聖騎士は国防を、聖女は内政を司る。聖女は魔法で治水や建築すらも行い、人々はただ穏やかに、与えられる福祉や技術を当たり前のものとして生きてきて、それが「なぜ存在するのか」の疑問を考えることもなかった。


 代々の聖女たちは国の在り方に疑問は抱かなかった。この国はそういうものなのだと、これがその正しい制度なのだと、先代に言われた通りに生きてきた。


 ただ歴代の聖騎士たちは外を知っている。オーロラ国がどれだけ美しい豊かな国か気付いていた。楽園の代償も理解しながら、聖女たちが守り続けてきたその国を維持しようと決意した。


 ので、国民たちが聖女を見捨てたことはマクシミリアンにとっては「なら彼らはもう必要ないな」という判断を下す理由にしかならない。


「マクシミリアン」

「なんです、カーライルさん」

「俺はお前に敬意は示したいと考えてる。だから俺はあいつが喜ぶだろうこと、国を取り戻してあいつに贈るという行為をお前にきちんと告げて、その上で行おうと思っている」

「……なるほど、では私も。彼女を見捨てた国民を皆殺しにしてから彼女を救い出そうとしていますが、あなたが国に攻め込むタイミングで行う礼儀を示しましょうか」


 さて、そういうわけで、島国オーロラ国から少し離れた土地にある隣国ドルツィア帝国で一つの誓いが結ばれた。


 お互いに勝負だな、とどちらともなく笑いあう。

 単身、国民皆殺しか、武力で以て国を制圧するか、どちらが先に完了するか。


 がしっと、硬く握手を交わす。

 外道二人の熱い友情が発生した。


 同時刻、自由への道を歩み出したオーロラ国では聖女が代々浄化していた水が尽きたので、誰が妖精たちの目をかいくぐり川から水を取ってくるのかと言い争いになっていた。

 くじ引きで幸運にも選ばれた十人が囮になって時間を稼ぎ、妖精たちの玩具にされている間に水は確保できたけれど、死体の浮いていた川の水をそのまま飲むことを疑いもしなかった国民は病気になった。


 強制滅国RTAに突入したオーロラ国。

 聖騎士と皇帝が入国するまで存命することができるのか……!!


 そして、地下牢では魔女のルクレツィアがてきぱきと、指と血で魔法陣を描き自分の為のディナーを楽しんでいた。



聖女のお仕事:国の治安維持、治水、建築、食糧管理、経済状況の把握、隣国との友好的な関係の維持、その他色々。


ルクレツィア「ゲームしている時に思ってたんですよね……これ、ルクレツィアのワンオペ国家だったんじゃ……って」

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― 新着の感想 ―
イイネd お花畑が自滅する様が素敵な物語でした。よき。
ウケるw
呼び方が自分達の「都合」で変わるだけで、魔女も聖女も同じものって感じですね。 愚かな国民こみで皆殺しもしくは国取りをさくっと決める男2人も大概なので、ルクレツィアは現状を満喫しつつお外に出されてまた謳…
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