少年の選択
怖い。
何が怖いって、ソレをするのが怖い。
でも、やらなくちゃいけない。やらないと、皆が苦しむ。僕も苦しむ。
そして、やれるのは僕だけ。他の誰かに任せたり頼んだりする事はできない。今ここで僕が勇気を出してやらなければならない。
でも、怖い。
このチャンスを逃したら次が来る事なんて無いって分かってる。このチャンスを逃せば僕達は永遠に苦しむ事になる。だから、やらなければならない。今、僕がこの手で。
でも、怖い。
道具を持つ右手は震え、その右手を支えようと動かした左手も震えている。心臓は胸を飛び出た後その辺を跳ねそうなくらいに脈打ち、体中から嫌な汗が溢れ出ている。
今、僕がしようとしているのはいけない事だ。
いけないけど、必要な事だ。
必要な事だけど、いけない。できない。
やっぱり諦めよう。僕には無理だ。この小さな体にあるだけの勇気を動員しても無理だったのだ。もう僕にどうしようもない。僕は道具を置き、その場を後にしようとした——
——そこで、あの子の声が脳裏を過った。
——もうやだ。あんな奴早く死んで仕舞えばいいのに。
それを皮切りに他の皆の声も流れだす。
——もうなんなんだよアイツ! あんな事して楽しいのか? とっとと死ねばいいのに!
——アイツさえ死ねば、俺達は……
——早く死んで欲しい。
そうだ。コイツは死ぬべき奴なんだ。死ぬべき奴を殺したって何の罰がある筈もない。そうだ、ここでコイツを殺すのは正しい事だ。一体僕は何をしていたんだろう? 本当に正しい事をするのに勇気なんて要らない筈なのに。何でさっきまで勇気が足りないとか嘆いていたんだ? 全く無意味な嘆きじゃないか。
僕はさっき手放したばかりの道具——ハサミを再び拾う。そしてアイツの下に戻る。
ソイツは僕の葛藤も知らずによく寝ていた。丸い腹を天に突き出して、脂ぎった顔は安らかな眠りに落ちている事を示している。僕はハサミを開き、ソイツの頭の方に寄った。
喉に刃を近づける。動悸は一層激しくなり、震える手は今にもハサミを落としてしまいそう。汗は出れば出る程乾いて興奮している僕の体温を外から下げる。体の中は熱いのに表面は寒い。変な感じだ。
ふと僕の頭に『警察』という言葉が浮かんだ。ここでコイツを殺せば必ず警察絡みの事件になる。僕は容疑者とかいう奴になって裁判を受けさせられる。
——そんな訳あるか! 僕は『正しい』事をするんだ! 警察が『正しい』奴を捕まえなんかするもんか! 僕は今ここでコイツを殺す! そして皆を救う! これが僕の『正しさ』! 『正しい』事をするのに何か障害があるか? いやない! もしあるなら『正しい』事を妨げる様に出来ている社会が悪いんだ! 僕は悪くない!
——だから『勇気』なんて要らない!
僕は表面上はそう思いながら、でも実際はありったけの勇気を使って、ハサミを握る右手に力を込めた。
ハサミは、ソイツの皮膚を切り裂き肉を切り裂き血管を切り裂き僕の中の何かも切り裂いた。